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2016年2月22日 (月)

共に天を戴くことのできない「記紀」

本日「古事記」「日本書紀」のところを授業でやる。
そもそもこの両書は,「共に天を戴くことができない存在」である。
と,古田武彦著『盗まれた神話』(ミネルヴァ書房)を何回目かの読書している私は思う。
(この「共に天を」の表現は,古田氏から教えてもらった)

どうして「共に天を」かというと,両書は矛盾するからである。
「古事記」は基本的には大和政権の伝承を伝えるために作られ,
白村江の戦いの(倭国の)敗戦後,九州王朝の伝承や外国の情報などを取り入れて
編集(天武天皇いわく「削偽定実」)=正史化されたものが「日本書紀」だ。
だから「記紀」と普通呼ばれる両書が「並立」している現状(歴史教科書)を見たら,
天武天皇は冷や汗をかくことになるわけである。

平安時代には何回も講読会が行われたらしく,「古事記」は公のものではなくなった。
それが鎌倉時代に偶然出現してしまって私たちが見ることができるようになり,
古田武彦氏によって研究され,『盗まれた神話』で真実の歴史が明かされてしまうという運命になろうとは,
やはり人間「悪いことはできないもの」である。
ちなみに「古事記」は九州の王族の「悪口」が書かれている部分があるのだが,
さすがにこれは「日本書紀」に正史化する段階では削られている

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