« 時には場所を変えてみる | トップページ | 「全問不正解」でも大丈夫 »

2016年2月 3日 (水)

多元的「国分寺」論に有利な事象

今のところ多元的「国分寺」研究にとって,
有利と思われる事象を整理しておこう。

(1) 武蔵国分寺の塔跡(南北軸)に対して,他の伽藍跡の方位が7度西偏している。

(2) 摂津国には2つ,「国分寺」を名乗る寺がある。

(3) 総国分寺・東大寺のおひざ元・大和国の橿原に国分寺を名乗る寺がある。

(4) 「国分寺建立の詔」の中には,「国分寺」という言葉がない。(「七重塔を造れ」とは言っているが)

(5) 九州年号(金光三年,勝照三年・四年,端政五年)を持つ『聖徳太子伝記』
(文保2年〔1318〕頃成立)の告貴元年甲寅(594)に相当する「聖徳太子23歳条」の
「国分寺(国府寺)建立」記事= 「六十六ヶ国建立大伽藍名国府寺」
(六十六ヶ国に大伽藍を建立し、国府寺と名付ける)

さらに,米田良三さんの『逆賊磐井は国父倭薈(いわい)だった』によると,
「東大寺は,豊前国・宇佐の小倉山の寺からの移築ではないか」という視点も,
頭に入れておきたいところである。(『太宰管内志』)

各国の「国分寺」を多元的に調査し,また 関連文献をチェックして,
多元的「国分寺」論に有利な事象を増やしていきたい。
当然これは各都道府県にお住いの皆さんのご協力を得なければ,
できない研究である。ぜひご協力をよろしくお願いいたします。

« 時には場所を変えてみる | トップページ | 「全問不正解」でも大丈夫 »

古田史学」カテゴリの記事

コメント

国分寺について少し調べてみました。国分寺というのは伽藍配置様式が、いくつか異なっているようです。おそらく時代によって流行が違ったのでしょうか?あるいは、お互いに起源の異なる寺院だったのでしょうか。私が調べて知った限りでは、法隆寺様式、東大寺様式、大官大寺様式があるそうです。ちなみに私の地元の国分寺は大官大寺様式だそうです。この国分寺には何度か参拝に行き、お世話になっていますが関心を持ったことはありませんでしたね。勉強になりました。

閑人さんへ
コメントありがとうございます。

様式というというのは,便宜的なものなので,
あまり固く考えすぎない方がいいかもしれませんね。
私が「国分寺」サイトで見た限りでは,
南北軸で,「伽藍配置の外側」に塔があるというものが多かったです。

ビッグサイト「国分寺」の活用

http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2015/09/post-ea28.html

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 時には場所を変えてみる | トップページ | 「全問不正解」でも大丈夫 »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

最近のトラックバック

無料ブログはココログ