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2016年2月11日 (木)

「人間は嘘をつけない」という法則がある?

多元的な歴史研究によって,
少しずつ古代史の実相が明らかになってきた。
その度に思うことを書いておく。
それは,「人間は嘘をつけない」というか,
「嘘をつきたくない」という法則?があるのではないかということだ。

たとえば,6300キロにも及ぶ古代ハイウェー。
その建設命令がないのに,「コース変更」が初出記事なのである。
揚げ句,「こんな大事業が可能なのは大和政権しかない」と
一元史観の研究者は結論する。

今回研究してきた国分寺もそうだ。
「国分寺建立の詔」とあるから読んでみると,
国分寺の一語がその中にまったく出てこない。
聖武天皇は,別名で「国分寺」「国分尼寺」を呼んでいたのであった。
それを「国分寺建立の詔」と称してきた。

思えば古田武彦氏の研究は,
それへの挑戦の連続だったのではないかと思う。

しかし,謎を解くカギもそこにあった。
「おかしいな」「なぜだろう」と感じる心が,
やがて謎を解く最初の手がかりだ。

同時代の人には嘘はつきにくい。
もし嘘をついたら,目の前の事実ですぐばれてしまうからである。
では,歴史書の嘘はどう見破ったらいいか?
そのコツもどうやらその辺にあるのではないかと思う。(未完)

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

どんなに時代が変わっても、人間のやることは変わってないのでしょう。
どんなに嘘をついても内心では気持ちのいいものではないでしょうよ。
多分、我が人生に1片の悔いなしと言える人間なんていませんよ。
また、嘘や偽りがあれば、それを暴きたくなるのが人の性なのでしょうね。
人間の歴史において「兵とは詭道なり」とは
必然的に生まれた言葉なのでしょう。

閑人さんへ
コメントありがとうございます。

古代史を研究していて思うのは,
きっと人間のことをわかりたいからなのでしょう。
時代や国や地域が違っても,同じ人間がしてきたことの
本当の姿を知りたい,わかりたいという。
古代の人を馬鹿にしたり,外国の人を馬鹿にしたりするのではなく,
なるほどそういうわけで,このような行動をとったのか!という合点がいきたい。
うまく言えないけれど,そんな気持ちが働いている気がします。

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