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2016年2月 1日 (月)

支店が先か,本店が先か

「柳の下にドジョウが二匹」を狙って,
「大仏建立の詔」を読んでみた。
私が読んで「おやっ?」と思ったのは,以下のところだ。

(1) 支店(国分寺。741年)より本店(東大寺。743年)の方が後という謎

たいていの会社は,まず本店があって,その営業成績が良いので,
各地に支店を置くというのが世の常識というものではないだろうか。
(私が社長なら,そうする)
ところが,支店にあたる国分寺が先行して,その2年後に本店ができる。
何だか,また狐につままれているような気がしてきたぞ~。

(2) 「堂を構え」とはあるが,「堂を造り」とは書いていない謎

これは細かいことを言っていると言うかもしれないが,
私は多元的「国分寺」研究をしている者で,
国分寺が「九州王朝の建てた国府寺」を利用していると考えており,
東大寺も「九州王朝の建てた豊前国(大分県)の東大寺」を移築したものと考えている。
そんな疑い深い私なので,「構え」とは書けるが「造り」とは書けないのではないかと,
「ゲスの極み」ならぬ「ゲスの勘ぐり」をしているわけである。

「大仏建立の詔」

http://www.tetsureki.com/home/library/shiryoukan/daibutu.html

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