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2016年1月31日 (日)

私の「多元的古代」脳!?

これまで私が書いてきた古代史についての文章を,
一覧にしてみる。

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1.「古代史と教育」
(「多元NO.40,2000-12」)
【多元的古代研究会・関東の例会で,
私が行った北九州旅行の報告と中学校における
歴史教育について話した内容をまとめたものです】

2.「二倍年暦の実例になるか?」
(「多元NO.41,2001-2」)
【滝沢馬琴が書いた『玄同放言』という本の中に
出てくる194歳の老人(三河国の満平)は
二倍年暦で歳を数えていたのではないかと
論じたものです】

3.「続報「二倍年暦の実例になるか?」」
(「多元NO.49,2002-5」)
【パソコンで検索して「百姓満平の長寿話」という
論文を書かれていた豊川市のお医者さんと連絡がとれ,
調査が少し前進したという報告です】

4.「古代戸籍の二倍年暦」
(「古田史学会報NO.60,2004-2」)
【「平安遺文」の中から「二倍年暦」に該当しそうな
ケースをさがしたもの。国会図書館に1日カンヅメ!】

5.「『徹底検証「新しい歴史教科書」』の紹介」
(「多元NO.76,2006-11」)
【川瀬健一さんの著作の紹介。新しい歴史教科書の
古代史編を古田説を使って批判している】

6.「房総半島から八丈島が見えた!」
(「多元」NO.77,2007-1)
【楽家の旅行の折,沖合い190キロの八丈島が
前夜の嵐のために見えた!その感動をもとに書いた】

7.「日本古代ハイウェーは,九州王朝が作った軍用道路か?」
(「古田史学会報」NО.108,2012ー2)
【上野国府から南下し,所沢市内を貫通し,武蔵国分寺の脇を通り,
武蔵国府まで至る東山道武蔵路。その建設主体は?】

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私が古田史学に再会(高校生の時(『「邪馬台国」はなかった』で
出会いそうになった))したのは1989年頃なので,
それからもう27年の歳月が流れている。
それで7本の文章というのは,いささか「恩返し」ができていなさ過ぎだが,
古田先生が昨年10月14日に亡くなり,
私のゆるいノーミソにも気合を入れる時が訪れたようだ。

【今関心があること】

・多元的「国分寺」研究サークルのスタート・ダッシュ

・九州王朝の家紋は,「12弁の菊花紋」だったのか?

・日本古代ハイウェーの物証探し

・二倍年暦や九州年号の収集

・古代史セミナーの再開(2016年11月)

・『多元的「国分寺」研究』(仮題。2018年春)の出版

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