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2016年1月 4日 (月)

ありがとう新所沢(東口編)

3日の午後は用事も兼ねて,
思い出の地を散策して写真に収めてきた。
30年余りの時を経て,
2軒の銭湯(緑湯と富士見湯)もなくなってしまったが,
若い頃お世話になった場所をめぐるうち,
こころが落ち着いてくるのを感じた。

本日は「東口編」,明日は「西口編」ということで,
2回に分けてお届けする。
私が松葉荘に住んでいたのはわずか2年。
しかし,西口の公団に引っ越しても美原中には8年間勤務した。

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新所沢駅東口~改築されてしまい,かつての面影がなくなってしまったが・・・

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赤城第一食堂~もう営業をやめて久しいが,ビルの1階部分が食堂だった
(一番昔は道路の反対側にあった)

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昨年まで松葉荘があった場所~ここに私の住んだアパートがあったのだが・・・今回一番悔しい1枚

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新任校の美原中~8年間この学校に通勤しました(23~30歳)

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古本屋と中華料理屋~土曜の出前はたいてい「幸陽軒」だった

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トレビというパン屋さん~パンはあまり好きでないのですが,ここのはよく買った

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居酒屋「3丁目の夕日」~もっと通いたかったのだが,最近営業をやめてしまった

富士見湯,けーちゃんの店(老姉弟が居酒屋を経営)など,
もうすでに残っていない。寂しい限りだ。
あの頃は「これがやがてなくなる」なんて思わなかったもの。
人生は無常である。(明日の「西口編」に続く)

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「心と体」カテゴリの記事

コメント

シントコを去るというのは辛いでしょう。
私は、2009年に去りました。
去りたくなかったが、そうせざるをえなかった。
なんといっても、シントコにはいろいろな想い出があります。
できることなら今からでも戻りたい。
新所沢は素晴らしい街です。

九想さんへ
コメントありがとうございます。

同感です。
できることなら,もっともっと居たいです。
しかし,人生にはそれを許さないものがあります。
「潮時」というものもあります。
それを考えての引越です。
長く時間が掛かった理由の背景には,
「引越ブルー」の気持ちが少なからずあります。
30年という年月は,あまりにも思い出を
たくさん作りすぎる時間でもありました。
これからも,時々は足が向いてしまうでしょう。
その時は「夢ブログ」に報告が載るというワケです。
何しろ今のところ「人生で1番長く過ごした街」ですからね!

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