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2015年12月31日 (木)

神奈川県からも九州年号の発見!

「空白」地域と思われていた神奈川県からも,
九州年号が発見された。(冨川ケイ子さんによる)
『江の島縁起絵巻』という史料に,
九州年号「貴楽元年」が出ていたそうだ。
かなり以前,『市民の古代』の時代にも,
かなり大々的に収集されたが,
まだまだ全国に未発見の九州年号があるのかもしれない。
ぜひご存知の方がいたら,お知らせ下さい。
(古代史研究に名を刻めるかもしれませんよ!)

江の島縁起絵巻

http://harady.com/enoshima/iwamotoin/enoshimaengi.html

参考のために,一覧表を付けておきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

九州年号の証言

九州王朝説を支える有力な証拠の1つが,
517~711年の195年にわたって
連綿と続いていた32個の九州年号である。
それを紹介しておこう。

継体・・・517~521年(5年間)
善記・・・522~525年(4年間)
正和・・・526~530年(5年間)
教到・・・531~535年(5年間)
僧聴・・・536~541年(5年間)
明要・・・541~551年(11年間)
貴楽・・・552~553年(2年間)
法清・・・554~557年(4年間)
兄弟・・・558年(1年間)
蔵和・・・559~563年(5年間)

師安・・・564年(1年間)
和僧・・・565~569年(5年間)
金光・・・570~575年(6年間)
賢接・・・576~580年(5年間)
鏡常・・・581~584年(4年間)
勝照・・・585~588年(4年間)
端政・・・589~593年(5年間)
告貴・・・594~600年(7年間)
願転・・・601~604年(4年間)
光元・・・605~610年(6年間)

定居・・・611~617年(7年間)
倭京・・・618~622年(5年間)
仁王・・・623~634年(12年間)
僧要・・・635~639年(5年間)
命長・・・640~646年(7年間)
常色・・・647~651年(5年間)
白雉・・・652~660年(9年間)◆
白鳳・・・661~683年(23年間)
朱雀・・・684~685年(2年間)
朱鳥・・・686~694年(9年間)◆

大化・・・695~702年(9年間)◆  
大長・・・703~711年(9年間)    

大宝・・・「701年に建元(改元ではなく)した」と,
「続日本紀」が誇らかに宣言している。                     
これが大和の出した「最初の年号」である。
(以降,現在の「平成」まで続く)

翌712年は大和政権によって「古事記」が書かれたとされる年で,
気になる年ではあります。(◆印は,「日本書紀」に出てくるもの)

また,「古事記」が書かれたことは「日本書紀」には出てきません。
両者はともに同じ天を戴くことのできない関係だったので,
これが「古事記」偽書説を生みます。

「日本書紀」は大和政権が九州王朝を併呑した後に作られたもので,
「昔からこの国は,大和が治めてきましたよ」
という主張をするための書だからです。

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古賀達也の洛中洛外日記
第1113話 2015/12/29
『江の島縁起絵巻』に九州年号「貴楽元年」

 12月の関西例会では服部静尚さん(『古代に真実を求めて』編集長)から九州年号史料の県別分布が報告されました。その上で九州年号史料の「空白」地域があることを指摘され、何か意味があるのではないかとの問題提起がなされました。それに対して、九州年号が記された中近世史料の所在地分布は古代において九州年号が使用されていた分布とは異なるので、分けて考えた方がよいと、わたしは主張しました。
 服部さんが作成された分布図では神奈川県が九州年号史料の空白県となっていたことから、神奈川県在住の冨川けい子さん(古田史学の会・会員、相模原市)が同県藤沢市の『江の島縁起絵巻』(室町時代成立)に九州年号の「貴楽元年壬申」(552)が記されていることを発見され、ご自身のfacebookで報告されました。わたしはこの史料の存在を全く知らなかったので、この地域で「貴楽」という九州年号が使用されていたことに驚きました。『江の島縁起』は平安時代には成立していたようで、今後の古写本の調査と史料批判が期待されます。
 この「貴楽」という九州年号は元年が552年(欽明13年)に相当し、いわゆる「仏教伝来」の年と一元史観の通説ではいわれています。また、この年が「末法時代の始まりの年」とする説もあり、このことと九州年号が貴楽と改元されたことに、何か関係があるのかという点に、わたしは興味を持っているのですが、今後の検討課題です。
 いずれにしましても、まだ発見・報告されていない九州年号史料が各地にあることと思われますので、会員の皆さんによる調査が待たれるところです。
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古田史学」カテゴリの記事

コメント

古田史学、非常に興味があります。これから少しずつ学んでいきますm(__)m

平野さんへ
コメントありがとうございます。

『市民の古代』第11集(1989年)によると,
長崎県からも以下の九州年号が採取されています。

・「日本略記」(1596年)から「鏡常」の一種の「鏡帝二年」が,
・「肥前旧事巻一」から「勝照二年」が
・「遊方名所略」から「勝照二年」が
・「対馬天道法師縁起」から「白鳳二年」が
・「松浦家旧記」から「「白鳳四年」が
・「対馬天道法師縁起」から「白鳳十三年」が
・「対馬天道法師縁起」から「朱鳥六年」が

これは27年前の1989年時点の調査ですので,
その後増えているかもしれません。

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