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2015年12月14日 (月)

「乗り越えられない試練はない」という言葉についての考察

「夢ブログ」にはよく,
「乗り越えられない試練はない」
などという言葉が出てくる。

この言葉を聞いて,キリスト教の人は,「神は」と合体させ,
「神は乗り越えられない試練は与えられない」と思うだろう。
しかし,私はキリスト教の人ではない(母は若い頃からそうだったらしい)し,
日曜日の午前中に教会に行くこともない(母は喜々として通っている)。
だがしかし,この言葉はなかなか力を持っているとは思っている。

人間の意志というのは,そんなに強いものではない。
私など,いつもくじけてばかりいる。
そんな人には,自分を頑張らせる励ましの言葉がほしい。
そしてそれは,神様の言葉ではなく,
人間が智恵を使って編み出したものであると,なおいいと思う。

この言葉は,ことわざのような感じで,

(1) 乗り越えられない試練はない → だから,乗り越えられる
(2) 乗り越えられない場合 → 荷が勝ちすぎたか,本人死亡で続行不可能になった

というような構造になっているように私には思える。

そして,たいていのことは,あきらめなければ(生きて努力していれば)
乗りえることができる(実現することができる)ということを言っているのではないか。
なので,「夢ブログ」ではよく登場するという次第である。

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