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2015年11月26日 (木)

「立候補しない人には,票は集まらない」(糸井重里)

糸井重里の「ほぼ日刊イトイ新聞」が私に与えた影響は,
少なくないものがあるが,
今でも時々元気をもらいたい時など訪問している。
本日の「今日のダーリン」(巻頭エッセイのようなもの)が
とてもよかったので,長文転載させていただくことにする。

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糸井重里の「今日のダーリン」(2015,11,25)より

 ・「ほぼ日」を始めたばかりのころだったか、
 そのもうちょっと前だったか、
 ぼくは、いくつかのじぶんの考えを吟味することになり、
 そして、あらためることになった。
 
 そのうちのかなり重要なひとつが、
 「立候補しない人には、票は集まらない」ということだ。
 当たり前だろう、と思われるかもしれないが、
 それまでのぼくは、そのことに気づいていなかったのだ。
 「はい、わたしがやります」というのが立候補だが、
 そんなことを言わなくても、
 「あなたにやってほしい」と、
 向こうから頼まれると思いこんでいたのだった。

 それは、アホな男たちがよく夢想しているような、
 「こっちから好きと言わないのに、女のこが寄ってくる」
 という世迷いごとと基本的には同じである。

 雑踏のなかにじぶんだけは選ばれし者とばかりに立ち、
 手をあげることも声を出すこともせず、
 天から落ちてくるぼたもちを待つ。
 しかし、そのまま、日は暮れていく。
 毎日毎日、日は暮れ、人生そのものも日暮れていく。
 
 「立候補しない人には、票は集まらない」のに、
 ひょっとすると立候補しない人にかぎって、
 ぶつぶつあれこれと、後の祭りで口を尖らせる。
 ぼく自身、ぶつぶつ言う人間ではなかったけれど、
 手を上げたりすることは苦手だった。
 だれかに誘われて、「オッケー!」とかね、
 明るくお手伝いするくらいのところが好きだった。

 でも、そういう「だれか」なんて、そうそういないのだ。
 「オッケー!」と言って本気で取り組めるアイディアを、
 じっと待ってるよりも、じぶんでやりたいことを探せ。
 そういうことに気づいてしまったのだった。
 気がつくの、ずいぶん遅かったかもしれないけれど、
 ぼくは、そのときから「頼む側」になろうと思った。
 あれをしたい、これをしよう、と、誘う側に立候補した。
 だからこそ、少しずつでも仲間が集まったんだよね。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
苦手とか恥ずかしいとかを大事にしながらも、手は上げる。

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