« 「了解です!」は失礼!? | トップページ | 今日から「諸活動停止期間」に »

2015年11月25日 (水)

今「上野国分寺跡」が面白い!(3)

すでにこの遺跡では,早い時期(国指定が,1926(大正15).10.20) )から
金堂と塔が礎石から「確認」されており,
東西南北の門の礎石から寺域も「確認」されており,
あとはこれらの範囲の中で,中門や回廊や講堂を「確定」する作業を
しようとしていたと思われる。ところが・・・

2012(平成24)年・・・これまでの推定より南に,中門と回廊が出土してしまった。

2013(平成25)年・・・予想以上に「細長い回廊」?が出土してしまった。
(2つの遺構の重複と思われる。正方形を2つずらして重ねると長方形に見えるように)

2014(平成26)年・・・その中に「真の金堂」とも見られるものが出土してしまった。
すると,これまで「金堂」と考えていた建物は,講堂?時期の違う金堂?

そもそも東西南北の門が固定されている(寺域は変わらない)と考えてきたこと自体が,
間違っていたのではないか。
国分寺が力をもっていた時期には,もっと広い寺域をもっていたものが,
(別の南大門も,40m南に寺域を越えて出土する可能性がある)
律令政治の衰退と共にせばめられてきた結果,今の寺域になってしまい,
その中で伽藍配置を窮屈に,しかも一元史観で考えていること自体に
無理があるのではないかと思う。

メールで「興味深い情報,ありがとうございます」と,
古賀さんにも励ましていただきました。(o^-^o)

« 「了解です!」は失礼!? | トップページ | 今日から「諸活動停止期間」に »

古田史学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 「了解です!」は失礼!? | トップページ | 今日から「諸活動停止期間」に »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

最近のトラックバック

無料ブログはココログ