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2015年10月17日 (土)

「古田先生の思い出」その(1)

ネット上で「古田武彦氏の訃報」を扱っているマスコミは数多く,
あらためて古田先生の存在が大きかったという感じがする。
しかし,「邪馬壹国」と「九州王朝説」の表面的なことを書いてあるだけで,
一般の人にはなかなかその内容や人柄については伝わらない。
直に接していた私が,少しでも古田先生の人間性を伝えることができたらと思い,
未熟な筆で書き始めてみる。
一応,10回の連載をめざします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

古田先生の支持者やファンの間での会話には,
「どの著作から古田ファンになったか?」
という定番の質問がされることが多い。
私の場合,古代史の第1作である『「邪馬台国」はなかった』(角川文庫)である。
というとカッコイイが,実は高校生でこの本にチャレンジし,
あえなくノックダウンしたというのが本当のところだ。
漢文の細かいところまで理解しようと頑張って,息切れしてしまい,
十数ページの「短命」の読書に終わった。

次に「再会」したのが,『吉野ヶ里の秘密』(カッパブックス)。
こちらはその頃興味があった遺跡についてのものだったので,
ついていけたし,「あれ,この人の本を前に読んだことがあるぞ!」と思い,
十数年前の『「邪馬台国」はなかった』のことを思い出した次第。
31歳,少しは読書力もつき,古田本の渉猟(しょうりょう)も始まり,
当時の研究会(市民の古代研究会)にも加入した。
しかし,まだ古田先生と直接話す機会はなかった。

次回は,「初めて古田先生と話せた倭国探訪の旅(三省堂主催)」です。

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

 昨日の毎日新聞朝刊の訃報を見てびっくりしました。しかし古田史学の会のサイトを見ても、古田さんが亡くなられた原因を一言も触れていない。以前みた桂米団治さんとのラジオでの対談の収録写真で、古田さんがあまりにやつれておられ、息子さんに介助されているのをみて心配していました。
 古田さんとの思い出。楽しみにしております。
 以前書いたかと思いますが、僕と古田さんとの出会いは、李進熙さんが高句麗広開土王碑文は参謀本部によって改竄されたとの説を朝鮮史学会で発表されている現場に立ち会ったところ、会場から舌鋒鋭くその説の虚妄を指摘した人物がいた。その人が古田さんだった。1972年の秋でしたか。あまりに理路整然とした批判であったので、この人の本を読んでみようと思って手に取ったのが「邪馬台国はなかった」。すでに一年ほど前に出版されていたが、本の表題が胡散臭かったので読んでいなかったのです。古田さんが当初考えた「邪馬壱国」だったら手に取っていたと思います。
 手に取ってみてその論証の手堅さにびっくり。さっそく岩波文庫本で魏志倭人伝を手に入れて読んでみて、古田さんの説の正しさを確信。以後、「失われた九州王朝」「盗まれた神話」「古代は輝いていた」など立て続けに出された著作は片っ端から読み、読んだ後古田さんが使用し批判した資料を手に取ってみて彼の論証の正しさを確認したものでした。
 こういう意味で僕が古田さんに触れたのは著作でいえば「邪馬台国はなかった」なのですが、高句麗広開土王碑文をめぐって丁々発止と論争している現場に出会ったことが大きかったと思います。この件についても後日李氏が本を出した時もこれをすぐ購入し、李氏の論証が、古田さんが批判した通りに、きわめて観念的な思い込みに基づいていることを確認しました。
 古田さんは真実、歴史学の方法論に忠実な方であったと思います。彼の著書を通じて、史料批判が大事であることと、史料は失われたものの方が多く、残った資料群から導き出される論理に従って歴史を復元することが大事であることを確認し、僕自身もこの方法論に則って研究を続けています。この意味で古田さんは僕の歴史学における師匠ですが、直接師事したわけではないので、先生とは呼ばず、同志的存在としてさんづけで呼んでいます。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

最後の「古田先生」「古田さん」の呼称でいうと,
いつも「私のことは「古田さん」と呼んで下さい」とおっしゃっていました。
川瀬さんのおっしゃる「同志的関係」という意味からでしょう。
私は「古田さん」と「古田先生」の両方を使っているように思います。
古田先生・・・古田史学の関係者の人と話す時
古田さん・・・個人としての思い
この連載は,古田史学関係の人にもみていただいているので,「古田先生」の方を使っています。

「邪馬台国はなかった」は,川瀬さんもご存知と思いますが,
『「邪馬台国」はなかった』が正式名です。
魏志倭人伝のなかには「邪馬台国」はなかった。
(「邪馬壹国」が正しいわけですから)

連載の第1回は,古田さんとの交流は出てきませんでしたが,
第2回からは登場しますので,楽しみにしていて下さい。

こんばんは。超お久しぶりです。(ほとんど毎日ここを覗きには来ていましたが)
私が古田先生を直接拝見したのは京都文化センターで講演された時の二度だけ
ですが、行って良かったと今でも思っています。
(二度ともチラリと肥沼先生を拝見させていただいています)

「どの著作から古田ファンになったか?」

きっかけは父の蔵書にあった「人物探訪 日本の歴史」という 暁教育図書から
出版されていた本。
ここに中学の教科書とはまったくかけ離れた説を展開しておられる方がおられ、
邪馬壹国は博多、倭の五王は九州王朝と述べておられ、賛同された方が
「多利思北弧もその九州王朝の後継という説は妥当」と主張されていました。
その後、高校時代に本屋で「邪馬台国はなかった」を立ち読みして、
「あっ、この説は…」
と思い当たって父の蔵書を確かめ、やはりそれが古田武彦氏であったことを
確認して以来、古田ファンになりました。
今から30年前の出来事なのに、本屋で「邪馬台国はなかった」の背表紙を
見つけた時のことはハッキリと覚えていますね。

私の父は8月に亡くなってしまい、今また古田先生の訃報に接したことで、
「邪魔だし捨ててしまおう」と思っていた「人物探訪 日本の歴史」全20巻は
捨てられなくなってしまいました(汗)
また、京都文化教育センターでの古田先生の講演時にサインを書いていただいた
御著書の「卑彌呼(ひみか)」は私にとって記念の宝物になってしまいました。
いつかはこの日が来ると覚悟はしていましたが、「残された者に何が出来るのか」
の覚悟が私にはまだ出来ていなかったことに、父、そして古田先生の死を迎えて
はじめて気がつきました。

しばらく、その覚悟についてゆっくりと考えてみたいと思っています。

ツォータンさんへ
コメントありがとうございます。

古田先生はこれまでかなり周到に,
自分の死後の会のことを心配し,準備されてきたと思います。
(講演でも論文でも,何回も自分の命が残りわずかだと警告されました)
そして,念願の『俾弥呼』を書き上げられ,
隠すところなく自伝も書き上げて,
「自分の最後の1日まで,研究しなさい」と
その研究姿勢を示して亡くなられたと思います。
私はその志を継ぎたいと思います。
「弟子」であるか「同志」であるかを問わず,
研究し続けることが大切だと考えます。

 「古田さんが講演でも論文でも、何回か自分の命が残りわずかだと警告された」と肥さんは書きました。具体的にいうと、いつのどの講演や論文でのことでしょうか。もしお分かりになったら教えてください。以前古田さんが緊急入院されたと知って気になっていたのです。


川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

2008年,「寛政原本」の発見
2009年,『なかった』誌の終刊(6号)
2010年,ミネルヴァ書房から『「邪馬台国」はなかった』以下の復刊開始
(2004年から始めた「古代史セミナー」で,参加されていたお医者さんにより,
水頭症のような病気の発見・手術があったとのこと。
私が参加した2006年以降に「手術をしてもらって,頭がすっきりした」
というような内容の話を聞いているので,たぶんこのあたり)

「寛政原本」の発見ということもあって,自ら編集の『なかった』誌も終刊。
そして,ミネルヴァ書房による古田本の復刊が始まり,
その巻末に「人間の歴史」という題名だったか,
「その後の研究の進展」を増補する仕事を始めています。
そのあたりの講演や古田さんを支持する団体の発行する会報の巻頭論文に,
「もういつ死んでもおかしくない」というような感じのことを書いていたと思います。
私には,「私の研究を引き継いでいってほしい。
君たち,その覚悟はできているか」というように感じました。

2011年,ミネルヴァ日本評伝の『俾弥呼ひみか』
2013年,自伝『真実に悔いなし』

「書きたい」と言っていた俾弥呼についての本を書き,
幼い頃からの思い出も赤裸々に公開した自伝も出して,
「やれることは,みんなやった」という感じがします。

「死ぬまで探究」という古田さんのことだから,
天国か地獄で再会した時にも,何かを研究中かもしれません。
ひょっとして,「新発見」の話が聞けるかも。(笑)

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