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2015年10月24日 (土)

「古田先生の思い出」その(8)

今回は少々趣きを変えて,私が書いた「論文」と
私が作った「授業プラン」を紹介させていただく。
もちろん古代史についてのものである。
これらには,古田先生の本の影響を直接受けたもの,
間接的なものが混在しているが,
いずれにしても古田先生がいなければ,また交流がなければ,
書けなかったものばかりである。
もしよろしければ,実際に手にとって読んでいただければ幸いである。
まずは,「論文」から紹介しよう。

1.「古代史と教育」
(「多元NO.40,2000-12」)
【多元的古代研究会・関東の例会で,
私が行った北九州旅行の報告と中学校における
歴史教育について話した内容をまとめたものです】

2.「二倍年暦の実例になるか?」
(「多元NO.41,2001-2」)
【滝沢馬琴が書いた『玄同放言』という本の中に
出てくる194歳の老人(三河国の満平)は
二倍年暦で歳を数えていたのではないかと
論じたものです】

3.「続報「二倍年暦の実例になるか?」」
(「多元NO.49,2002-5」)
【パソコンで検索して「百姓満平の長寿話」という
論文を書かれていた豊川市のお医者さんと連絡がとれ,
調査が少し前進したという報告です】

4.「古代戸籍の二倍年暦」
(「古田史学会報NO.60,2004-2」)
【「平安遺文」の中から「二倍年暦」に該当しそうな
ケースをさがしたもの。国会図書館に1日カンヅメ!】

5.「『徹底検証「新しい歴史教科書」』の紹介」
(「多元NO.76,2006-11」)
【川瀬健一さんの著作の紹介。新しい歴史教科書の
古代史編を古田説を使って批判している】

6.「房総半島から八丈島が見えた!」
(「多元」NO.77,2007-1)
【楽家の旅行の折,沖合い190キロの八丈島が
前夜の嵐のために見えた!その感動をもとに書いた。
博多から朝鮮半島も,ほぼ同じ距離というところがミソ】

7.「日本古代ハイウェーは,九州王朝が作った軍用道路か?」
(「古田史学会報NO.108,2012ー2」)
【全長6300キロ,幅12メートルの高速道路が,
古代に作られていた。誰が,何のために作ったのかを,
古田説の立場から論じたもの。ちょっぴり自信作です】

次に,「授業プラン」を1つ。

「〈邪馬台国〉はどこだ!」
(1992年作成)
【私が〈仮説〉と古田史学から学んだ成果を,
古代史の授業プランにまとめたもの。私は『日本古代新史』を読んで,
こり授業プランを作ったが,その下敷きになっているのは,
『ここに古代王朝ありき』のようである。
概要は,魏志倭人伝の中に出てくる弥生時代の文物が,
考古学によってどこで多く発掘されているかを問う4つの問題からなる。
銅鏡,青銅器の武器,鉄器,絹。たった4つの文物を,
北九州が多いか,大和が多いか,その他が多いか予想していくだけで,
古代史研究が中学生にもできるというところがセールスポイントである。
もし授業にかけてみたいという方がいれば,送らせていただきます。
私の作った授業プランの中で,もっとも多くの人に追試していただけ,
もっともご好評をいただいているものです】

ということで,今回はコマーシャル的な話が多くなりました。
次回は,8年ほど前にこの「夢ブログ」に10回ほど連載した
「私にとっての古田本」シリーズの話を書く予定です。
あの時も川瀬さんには,お世話になりました。

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コメント

 古田さんとの出会いの中で、いろいろな問題について研究しようという意欲が喚起されましたね。「日本古代ハイウェー」の問題や、いま進めておられる「国分寺」の問題は、地元に根差した優れた研究だと思います。
 僕の場合は古田さんのご著書をよんで、「これで古代史のなぞはおおむね解けた」と感じていたので、そしてその後僕の関心は「自伝」にも書いたように、現実政治の問題と天皇制に移っていたので古代史について直接考察することはありませんでした。「徹底検証「新しい歴史教科書」」古代編を書いたときに、蝦夷の歴史の部分で、古田説に依拠して日本書紀の701年以前の蝦夷関係記事をすべて九州王朝関係のものとみなし、さらに天智以前は二倍年歴と考えて、九州王朝と蝦夷との関係史を書いたのが唯一でしょう。でも古田さんの史料に即して歴史を考えるという態度に学んでみると、近世史も近代史も、史料を無視したり勝手に改変している例が多々見られますので、そういう個所は独自に研究して書きましたし、今進めている曾祖父斎藤修一郎の研究や徹底検証の近世3・近代編の執筆でも、古田さんの歴史に対する姿勢に学んで研究をしているところです。
 残念ながら中学校の授業で古田説を紹介することは最後までできませんでした。弥生時代から奈良時代まで大幅に変更しなければならないので。そして「教科書にも嘘がある」とまでは言えませんでした。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

古田先生と20年以上もお付き合いさせていただく中で,
歴史を研究することの楽しさと難しさを学んだと思います。
それでも最後には,歴史の真実が知りたくなり,
また新たな謎に挑戦してしまうんですけどね。。

古田先生の研究の中で,多元史観を知ったので,
(日本は複数の王朝によって支配されてきた)
7世紀末までと8世紀からでは,
支配していた王朝が違うのだという「ONライン」がはっきりして,
(OLDとNEWの頭文字から命名された)
研究がますます加速しています。
これからも古田史学に学んだ人によって,
多くの発見・証明がなされていくことでしょう。
私はそれを確信しています。

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