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2015年10月18日 (日)

「古田先生の思い出」その(2)

初めて古田先生とお話しできたのは,
三省堂が企画した「邪馬壹国探訪の旅(2泊3日)」だったと思う。
(1991年5月17~19日)

空路福岡入りして,バスで3日間,
九州王朝関係の遺跡を廻るというぜいたくな旅行である。
志賀島,太宰府政庁,天満宮,須玖岡本遺跡,
井原(いわら)遺跡,平原(ひらばる)遺跡,高祖山神社,
細石(さざれいし)神社,吉野ヶ里遺跡,岩戸山古墳にも行った。
(地元では「太宰府」を使っているのに,行政施設は
日本書紀ばりの「大宰府」を使っているのにも驚いた)

何が一番ぜいたくかというと,全行程古田先生の解説付きなのである。
(移動のバスの中でもミニ講演会。なんとパワフルな方!)
そして,疑問に思ったことや発見したと思ったことを
古田先生に直接お話し,すぐにコメントをいただける。
これで古代史が好きにならなかったらウソである。
私も何回も質問し,「発見」を報告して答えていただいた。
たいてい古田先生は,「それはいいところに目をつけましたね。
さらに深めて論証して下さい」とか「文献と考古学との対応はどうでしょう」とか,
「それは私にもわかりません」(知ったかぶりしない)という形で,
その気さくなやりとりは,学ぶ者の知的好奇心をさらに刺激する
有益な言葉が多かったように思う。

旅行用に持っていった古田武彦著『古代史ー60の証言ー九州の真実』に,
初めてのサインをいただいたのを「家宝」としている。

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後日,出版されたばかりの『九州王朝の歴史学』も,
サイン入りで参加者にプレゼントして下さった。

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次回は,昭和薬科大学の山荘で行われた5日間のシンポジウムの話です。

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コメント

肥さんは、古田さんと直接会ってお話ししているんですね。うらやましい。1990年のバスツアーですか。「吉野ヶ里の秘密」が出された翌年で、「真実の東北王朝」が出された年ですね。どちらの本も読んで、あいかわらず古田さんは精力的に古代史研究を深めていると感心したものです。和田家文書のこともこの後者の本で初めて知りました。でもこのころは歴史研究は天皇制とは何かに特化し、総評解体後の教育労働運動の建て直しと荒れた学校の建て直しに専念していたので、あまり深く古田史学(この言い方は好きではありません。古田さんは歴史学の王道を歩まれただけ。他の歴史学者が歴史学の方法論を無視しているだけです)に関わることはありませんでしたね。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

そうなんです。
古田武彦さんや〈仮説〉の板倉聖宣さんと
直接お話できたことが,私の人生の何よりの宝です。
(「その割りには,成長してないぞー」という読者の声)
その刺激からいくつかの論文(「古代ハイウェー」等)や
授業プラン(「〈邪馬台国〉はどこだ!」等)を作ることができました。

この1991~2年はすごい激動の年で,
5月に邪馬壹国探訪の旅(2泊3日)に出かけた後,
8月に徹底論争シンポジウム(5泊6日)にも参加。
また,12月には,共同研究会(隔月で3年間)がスタートし,
翌年には、私の「〈邪馬台国〉はどこだ!」の誕生となります。

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