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2015年9月 7日 (月)

『盗まれた「聖徳太子」伝承』出版記念講演会

昨日は,午後から,上記の講演会に参加してきた。
時間は,午後1~4時。
会場は,JR市ヶ谷駅近くの東京家政学院大学。
会場には,100人を越える聴衆が集まった。

八王子中との練習試合を終えた私は,
自転車に飛び乗り,下山口駅に向かった、
残念ながら目の前で電車は出発してしまったところで,
仕方なく次の電車に乗った。
(第2部の古賀さんの話に間に合うかなあ・・・)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

演題Ⅰ 聖徳太子の原像 ー姓は阿毎、字は多利思北孤ー
正木裕(古田史学の会事務局長)

演題Ⅱ 日出ずる処の天子と「肥後の翁」
古賀達也(古田史学の会代表)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私が会場に着いたのは,少し延びた第1部の休憩時間だった。
トイレ(女子大なので,男性用が極端に少ない)に行った後,
階段教室(懐かしい)の後ろの方に席を確保。
なんと前列には,翔空さんが陣取っており,「歴史的再会」を果たした。
「夢ブログ」を読んで,わざわざ来て下さったのだった。
ありがとうございます!「夢ブログ」も集客に貢献しました!

正木さんの話は古田史学の基礎編で,
古賀さんの話はその応用。
毎年のように,新刊を出すたびに,
このような出版記念講演会を開く予定という。
それは私としても「老後の楽しみ」が増えて,
願ったり叶ったりという次第。

古賀さんの話の後半で,土曜日に行った
「武蔵国分寺」現地調査についても触れていただき,
とてもうれしかった。ありがとうございました!

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「夢ブログ」を増し刷りして持って行ったら,
「もう,ブログで読みましたよ!」と何人もの方に言っていただく。
古田史学の会の皆さんに読んでいただいているとなれば,
さらに張り切って書いていかねばならないであろう。
今後ともよろしくお願いいたます。

講演会後は,翔空さんと,
所沢西武の6階の和風レストランでオフ会。
牡蠣(かき)フライ定食を酒の肴(さかな)に乾杯した。
楽しい1日だった。

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

現地案内ありがとうございました。
さらに、国府域復元図ありがとうございました。
肥さんのご指摘の仏堂以外に、
国府院・政所?および国司(大館)も西偏のように見えますね。
肥さんの多元国分寺説は、
古田史学に更なる論理基盤を据えるものになりそうです。

じっくりと聞かせてもらいました。
理解は半分でしょうか。

肥さんのブログを読んでいるせいか
抵抗なく聞くことができました。

また機会がありましたらよろしく。
なんせ気まぐれなものでして。

カキを肴に美味かったですね。
ありがとうございました。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

皆さんとご一緒した現地調査。
多元的「国分寺」論の確かな第1歩になりました。
さらに,精度を上げるべく,努力してまいりましょう。
今後ともよろしくお願いいたします。

〉 肥さんのご指摘の仏堂以外に、
〉 国府院・政所?および国司(大館)も西偏のように見えますね。

本当のところ,何度くらい違うのでしょうね。
実側図が入手したいものです。


翔空さんへ
コメントありがとうございます。

講演会の会場で翔空さんの後姿を発見した時は,
とてもうれしかったです。
オフ会で,カキフライ定食を肴に乾杯したのも,サイコーでした。
毎年「出版記念講演会」をやるそうなので,
今後は「定例」にしましょう!

肥さんへ

朝日新聞のニュース(2017年3月10日)によれば
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「聖徳太子という表記をなくしたり、聖徳太子不在説に立ったりするものではない」――。
学習指導要領の改訂案で「聖徳太子」の表記が変更されたことについて、
9日の参院文教科学委員会で「問題だ」といった声が上がり、
松野博一文部科学相が説明に追われる一幕があった。

 改訂案では、「聖徳太子」が、小学校では「聖徳太子(厩戸王〈うまやどのおう〉)」、
中学校では「厩戸王(聖徳太子)」となっている。文科省によると、正しくは「厩戸王」で、
没後100年くらい後の書物で「聖徳太子」と紹介されたという。中学校では正式名を先に出した。
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だそうです。
なんのことはない。『日本書紀』を鵜呑みにした方々のコップの中の嵐ならぬ“微風”ですね。

〉「聖徳太子という表記をなくしたり、聖徳太子不在説に立ったりするものではない」

松野(大臣)さんはこう答弁するように入知恵されたのかもしれませんが、
これは、学習指導要領改訂案を起草した方々の「真っ赤な嘘」です。
そのうち「聖徳太子」という言葉も消えるのです。「大化の改新」が消えてゆくように。
なぜなら、「大化」や「聖徳」などが残るとそこから「皇国史観」の手から水が漏れるからです。
少しでも疑問が生じないようにしたいという意図が見え見えです。
そのうち「白鳳文化」とか「白鳳時代」などの用語も消されてゆくのです。
聖武天皇の詔「白鳳以来朱雀以前」や「遠朝廷」も消される運命でしょう。
〔もしかすると、聖武天皇は九州王朝のシンパサイザーかもしれませんね。〕
やがては「太宰府」という地名も行政的に「大宰府」に変更されるかもしれないですね。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

本当に「歴史教育」の現状は,惨憺たるものです。
歴史を探求する方向とは,正反対の方へ向かっているようです。
先日「歴史を学ぶ中学生たちへ」という文章を再掲載しましたが,
歴史を勝手にねつ造しようとする国は,同じ失敗を繰り返すことになるでしょう。
「福岡県に行くと,「太宰府」と「大宰府」という二種類の表示があってね・・・。」
などという話こそ,若い魂の歴史の探求に寄与するものと考えます。

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