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2015年9月22日 (火)

戦後精神から生まれた仮説実験授業という文化革命

ガリ本『牧衷・今月のお話』(牧衷講演記録集,
編集・文責:増田伸夫,上田仮説出版)を読んでいる。

その中に,「戦後精神から生まれた仮説実験授業という文化革命」
という興味深い話が出てくる。

 「日本の文化全体の中に,ある大きなうねりが戦後にあった。
そのときのうねりというのが何人かの心を強く揺さぶって,
その人間の一生を決めてしまうようなインパクトがあったんですね。
実は板倉聖宣の中にも僕はそれを感じるんです。昔の人の気概を。
それがなくなっちゃうと,仮説実験授業は僕に言わせると腑抜けになっちゃうんです。
〈俺の目で見,俺の頭で考え,自分の足で立つんだという覚悟〉,
それをこしらえるために仮説実験授業をやっているんですよ。
だから一種の文化革命をやっているんです。
単なる授業の改善をやっているんじゃないんです。
単に授業の改善だと思いたくないんです。
単なる授業改善になっちゃったら仮説実験授業はおしまいだと。
腑抜けちゃう。どうにもならないと。

 その事業は簡単じゃないですよ。なにしろ〈勉強は苦しいものだ〉という勉強観から,
〈勉強はたのしいものだ〉という勉強観へコペルニクス的転回をやろうというんですから。
これは容易な話じゃない。天動説から地動説への転換に2世紀かかったように,
これはおそらく2世紀かかるような仕事です。
仮説実験授業は始めてまだ50年ほどしか経っていないですね。

 戦後精神とはヒトコトで言えば〈自立した人間になるぞ〉という精神。
そして,発想が自由闊達になる。それがあって戦後詩も生まれた。
それがあって仮説実験授業も生まれた。仮説実験授業は戦前には
どんな頭のいい人がいても生まれなかった。
自覚的に戦後精神を押し通して目的意識的にそれを追求した人間は少数です。
こういうのは前衛(先進的集団)なんだから,多数になるわけがない」
(牧衷:仮説実験授業の根本精神~戦後精神から生まれた仮説実験授業~)

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