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2015年9月 9日 (水)

『たの授』9月号の感想

仮説社御中
『たの授』9月号の感想を送ります。

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『たの授』9月号で,特に良かったのは,次の3点です。

(1) 〈創造性〉という名の呪縛(黒田さん)

9月号の特集は「図工・美術」だったので,
感想を書くものが見つかるか不安でした。
しかし,芸術の世界でも学問の世界でも,
呪縛から解き放たれないと自由に研究できないということを
再認識させていただいたと思いました。
歴史学の場合は,日本書紀の記述が「呪縛」で,
考古学の編年が「遠慮」しているのですが,
図工・美術の場合にも〈創造性〉が幅をきかせ,
模倣の大切さがないがしろにされているようです。
違う分野ながら,共通の問題があると思いました。

(2) 学ぶ喜び(小原さん)

人間は「学ぶ喜び」を見つけた時,
ぐんと世界が素晴らしく思えるのでしょう。
それは,小学生でも,大学生でも,お年寄りでも同じこと。
特に,仮説実験授業は対応できる年齢の幅が,
めちゃくちゃ広いので,「学ぶ喜び」を
プレゼントしやすいことになります。
1学期には《世界の国ぐに》が歓迎されました。
2学期は《日本歴史入門》でご機嫌をうかがいます。

(3) 〈自分と違う意見を馬鹿にしない伝統〉を大切に(板倉さん)

これは,いい話だなあと思いました。
仮説実験授業をしていると,生徒たちの間でも自然とそうなってきますが,
フツーの生活の中では,けっこう(先生方の中でも)
わかっていない人が多いと思います。
そういう人は,勝手に自分の中で「正解」を決めていて,
自らの不安な気持ちを〈自分と違う意見〉を馬鹿にすることで
バランスを取ろうとしているように思われます。
しかし,それは結局空しい努力です。
実験によって真理が決まるのですから,
「人の意見を馬鹿にする必要」はないし,
むしろ「自分と違う意見を尊重する人」の方に,
実験の結果(真理)は微笑むと思うからです。

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