« 今日と明日は「古田史学」デー | トップページ | 多元的「国分寺」論について »

2015年9月 6日 (日)

多元的「武蔵国分寺」現地調査

昨日は,上記の調査に行ってきた。
同行者は,団長・古賀達也さんをはじめとした古田史学の会の有志8名。
肥さんは,名誉ある「案内人」という重責である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まずは,国分寺駅に12時に集合。
中央線に乗って,1つ下って西国分寺駅へ。
駅前の定食屋(夜は居酒屋)で腹ごしらえする。
久しぶりの「お刺身定食」はなかなか美味しかった。
私の持って行った資料もここでお渡しした。
以下,ご案内した順に書いていこう。

(1) 東山道武蔵路の体験散策

団地建設の際に出土した東山道武蔵路。
百数十mに渡って歩けるように,色アスファルトが敷かれている。
幅12mの小豆色っぽい道に,黄色で側溝が描かれている)
それを,参加者の皆さんにも体験散策していただく。
いわば,多元的「国分寺」論への導入であった。

129

103

106

(2) さらっと現・武蔵国分寺

現・武蔵国分寺に時間を取られてしまうわけにはいかないので,
参道の階段下から見上げるようにして,ここはさらっと通過。
「武蔵国分寺跡」よりかなり高い位置に現・国分寺はある。
(この崖下から,昔も今も湧水がわき出ている)

111

(3) 武蔵国分寺跡資料館

ここが,今回のメインイベントとなった。
我々としては,多元的「国分寺」論の確信を得るべく,
展示品を眺め,学芸員に質問し,オフのはずが仕事に来ていた
発掘担当者の若い方に,わざわざお越しいただき質問を重ねた。
その方の話によると,考古学発掘の成果として8世紀半ばの出土と
判断されているものが,実はもっと遡れる可能性があるものの,
741年の聖武天皇の国分寺・国分尼寺造立の詔にしばられ,
そうなっていない現状があるということのようである。
その答えに,彼の学問に対する誠実さと正義感を私は感じた。
こういう「現場感覚」を得るための現地調査であったから,
それを得られたこの時間は,今回の現地調査の
収穫ナンバー・ワンというべきであろう。
また,塔1と同じ方位と思われていた塔2が,
実は東に数度偏っていたという事実も知ることができた。
(特別に,その資料のコピーを取っていただいた。ありがとうございました!)
まさに,「歴史は足にて知るべきものなり」(秋田孝季)であった。

126

(4) 「武蔵国分寺跡」の見学

その後,講堂→金堂→中門→塔という順で,見学していった。
みんなの観察から,礎石が当時のものではないと思われた。
火災によって消失した際,庭石として持ち去られたのか,
新しい石を設置してあったり,柱を立てたるための平らな場所がなかったり,
石同士の高さのバランスがそろっていないものが多かった。
こういうところは,正確に展示してもらいたいものである。

135

137

138
(5) 国分寺四中内の資料館

2週間前にお邪魔した資料館へ,昨日は8名でお邪魔した。
ここでも「方位」にこだわった質問や土器編年による年代判定への疑問を
担当者にぶつけてみる我々だった。
設置されているビデオで,「国分尼寺は,角度を変えて建て替えられている」
という事実を知ることができたのは収穫であった。
また,小ぶりの白鳳仏がこの近辺から出土したというが,
ぜひその場所も特定したいものだと思った。

120

(6) 国分尼寺跡

その後,府中街道を渡り,武蔵野線のガードをくぐって国分尼寺へ。
境内を北上しつつ,見学をする。
国分寺とともに国分尼寺も,「多元的な解明」を待っているように思った。

139

(7) 「多元的古代」体験通り 

西国分寺駅への帰り道にある,旧鎌倉街道の切り通しと
縄文時代(4000年前)の石敷き竪穴式住居を見学した。
駅への道は「史跡通り」と名前が付けられているのだが,
いつの日か「多元的古代」体験通りと名前を変えられるよう,
これからの研究を積み上げていきたい。

142

(8) おまけ・・・その1 

まだ,5時前だったが,「千年の宴」にて反省会。
古田先生の研究に導かれての弟子同士が,
多元的な「3時間の宴」は楽しく時が流れていった。

(9) おまけ・・・その2

秋津の実家に寄って,引越の荷物の中から
江口桂著『古代武蔵国府の成立と展開』(同成社)を持ち帰った。
この本は8000円+税もするのだが,やはり買っておいてよかった。
図をみると,国府自身は南北方位で,その他のものも同様。
東山道武蔵路に近い「仏堂」という建物が,
「武蔵国分寺跡」に似て西に偏っているように見えた。

146

(10) おまけ・・・その3

古賀さんから「古田史学会報」に「現地調査」の報告を
書いてほしいと依頼された。
私にその重責が務まるかどうかはわからないが,
とりあえず「肥さんの夢ブログ」に書いてみた。
ご笑覧下さい。

« 今日と明日は「古田史学」デー | トップページ | 多元的「国分寺」論について »

古田史学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 今日と明日は「古田史学」デー | トップページ | 多元的「国分寺」論について »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

最近のトラックバック

無料ブログはココログ