« 東へ西へ(肥さんバージョン) | トップページ | サイト・アドレス(http)のコピー »

2015年8月10日 (月)

国分尼寺はどうか?

「九州王朝が建てた国分寺」仮説を単純化するため,
東山道武蔵路を挟んですぐ隣の国分尼寺については触れませんでしたが,
こちらも南北軸がほぼ東山道武蔵路と沿っており,
九州王朝の国分寺とペアだった可能性がある(高い)と考えています。
その証拠として,東山道武蔵路から銅造観世音菩薩像が出土しており,
「白鳳仏」ではないかとされています。
観世音菩薩は女性的なイメージから,
尼寺の持ち物だったのではないかと想像しているのですが・・・。

銅造観世音菩薩立像
http://www.syougai.metro.tokyo.jp/bunkazai/week/fuchu/fuchu10.html

« 東へ西へ(肥さんバージョン) | トップページ | サイト・アドレス(http)のコピー »

古田史学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 東へ西へ(肥さんバージョン) | トップページ | サイト・アドレス(http)のコピー »

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最近のトラックバック

無料ブログはココログ