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2015年8月23日 (日)

「方位磁針 日本への渡来」で検索

上記のキーワードで,検索してみた。
もちろん多元的「国分寺」論の発展のためである。

すると,ウィキペディアの「方位磁針(歴史)」には,以下のように出ていた。
転載させていただくことにする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「歴史11世紀の中国の沈括の『夢渓筆談』、正確には「真貝日誌送」に
その記述が現れるのが最初だとされる。
沈括の記述した方位磁針は24方位であったが、後に現在と同じ32方位に改められた。

原型となるものとしては、方位磁針相当の磁力を持った針を木片に埋め込んだ「指南魚」が
3世紀頃から中国国内で使われていた。
指南魚を水に浮かべることで、現代の方位磁針とほぼ同様の機能を実現する。
名前に「魚」とつくのは、多くの場合木片を魚の形に仕上げ、
魚の口の部分が南を向くようにしたもの(文字通り「南を指す魚」=「指南魚」)が使われていたため。

方位磁針の改良によって航海術は著しく発達し、大航海時代が始まった。

実用的な方位磁針として最初に出現したのは、容器に入れた水の上に磁針を浮かせることで
自由な回転と水平面の確保を同時に実現する方法だった。
この方位磁石の欠点は、激しく揺れる船上で正確に方位を知るのが難しい点である。
揺れる船上で方位を知る装置として、宙吊り式羅針盤が開発された。

ただ19世紀になると船体に木材ではなく鉄などの金属を使う船が普及し始めるが、
これらの金属船では方位磁針が船体の金属の影響を受け、正確な方位を知るのが難しくなる。
このためそれらの船では代わりにジャイロコンパスが方位を知るための手段として用いられるようになった。

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