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2015年7月 8日 (水)

菊の紋とその弁の数

菊の紋は,天皇家だけでなく,
他の民族も使っていたらしい。
(古代ユダヤ)

そんな記事を見つけて喜んでいたら,
だいぶ前に「無紋銀銭」に菊の紋(12弁)が刻印されているという話を
「夢ブログ」に書いたのを思い出した。(2008年8月8日)
こういうのをすぐ探せるのが,ブログのいいところである。

今「洛洛メール便」の竹村さんを通して,
古賀さんに問い合わせ中。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【参考】

1 竹内さんへのメール

竹村さんへ
埼玉の肥沼です。
いつも「洛洛メール便」たのしみにしています。

「日本の長い夢」というブログに
「天皇家のルーツ」という話が載っていました。
九州王朝とは直接関係ないようですが,
菊を紋章にしている民族はほかにもあるのかと,
新知見を得ました。

「天皇家のルーツ」

<< 作成日時 : 2008/01/21 16:58 >>

ここまで憂鬱な話ばかりしましたので、ここで明るい話を書きます。 天皇家とユダヤ
人 昭和57年1月10日初版発行・昭和59年4月20日8版発行 著者萩原央 憲発行者深見
兵吉 本文印刷誠宏印刷 カバー印刷大平舎美術印刷 製本越後堂製本 発行所光風社
出版 住所東京都文京区関口1-32-4   壱・ エルサレムの菊の紋 さて、ここに
また奇妙な事実がある事がわかる。ユダヤのメッカ、エルサレムに残る、二千年前に造
られた城壁に、なんと日本の皇室のシンボルである「菊の紋」があるのだ。そのエルサ
レムの城壁は、暑さが十メートルもある大城璧で、歴史以来の、たびたびの戦火にも耐
えて、それだけは残っている西の門と呼ばれる城壁である。これはいったい何を意味す
るのであろうか。日本の天皇家の紋が、こともあろうに、二千年も前に築かれたユダヤ
の首都のエルサレムの城壁に輝いているのだ。そこで私は、さっそくユダヤ関係の菊の
紋に関する資料を調べた。すると古代ユダヤでは菊の紋はしばしば使われている事がわ
かった。神殿や宗教の中心地や、重要人物の棺の紋様など、大切な所で使われる紋章で
あった。この紋章は、十六弁と十二弁があり、それにはそれぞれ意味があった。つまり
、十六弁は全世界に関わる場合のシンボルであり、十二弁は、ユダヤ十二支族をあらわ
し、神の選民としてのユダヤをあらわすシンボルであった。これは、古代ペルシャにも
伝わり、古代ペルシャ王室は十六弁の菊の紋を使っていた。ユダヤ貴族が総監時代の古
代首都スサでは、紀元前860年の石柱に刻まれた十六弁の菊の紋が発見されており、現
代のイスラエルやその周辺地帯では、古代遺跡から、菊の紋章が入っている遺物が多数
出土している。たとえば、スメリアのニップル市出土のバビロン王の頭飾りに細工され
た十六弁の菊の紋があったし、前六、七世紀とみられるサッカドのイスクル神宮門や、
バビロニア行列道路のレンガ塀にも、菊の紋がずらりと並んでいる。植物学の権威、牧
野富太郎博士(故人)は、この菊の紋章の成花は、アラビアが原産地であると、はっき
りと発表しているのです。十二弁の「菊の紋章」は、日本でも使われる事があった。た
とえば明治神宮では、十二弁の菊の紋が使用されているが、これに特別な意図があるの
かどうかはわからない。とにかく、この古代ユダヤにおいて重要なシンボルであった「
菊の紋」は、当然、古代において日本にまで伝わり、天皇家の祖先が自分たちの紋とし
て採用し、皇室のシンボルとしたと考えるよりほかはない。 弐・ 宝相華文より以前
の複合八葉花文であり、殷・周時代まで遡る事の出来る古代中国の竜文系唐草である事
、中心飾りは菊花紋であって、この紋様は朝鮮・中国をこえてはるかに古代ペルシャを
起源とするものである。と発表していた。すると、その中心飾りは、まさにユダヤ系の
ものである事が確実になった。この中心飾りの紋は、エルサレムのヘロデ大王の門の上
方にくっきりと飾られてある。ヘロデ大王は、紀元前四十一年にユダヤの総督となり、
紀元前三十七年に王号を称した。エルサレムの神殿をはじめ、劇場・宮殿を次々と造営
、その為に国民に重税を課し、人民から反感を買った事で知られる独裁者であった。そ
の王の紋が、なぜ日本で使われているのか、しかも、こともあろうに、高松塚古墳の死
体が入っている木棺の真ん中の飾り金具になっていたりするのか。ところが、ここにも
う一つ不思議な事があるのを、川澄勇氏が指摘された。それは、伊勢神宮の阜大神宮の
内宮と外宮を結ぶ参道に立つ、百個近い石灯籠のあかり窓に、このヘロデ王の紋が描か
れている事であった。その石灯籠には、一番上に当然の事ながら、日本の皇室の紋章で
ある菊の紋章が浮き彫りされ、その石のあかり窓に、このヘロデ王の紋があり、さらに
驚くべき事には、その下の石の台座に、ユダヤのダビデ大生のカゴメ印の紋が彫られて
いるのだった。日本の皇祖である天照大神を祭る阜大神宮に、ユダヤの王の紋が二つも
あり、しかもそのダビデ大王もまたユダヤ王国の始祖として崇められている王であるの
だ。ここまでは、光風社出版の「天皇家とユダヤ人」という本を引用して書きました。

2 私の開設している「肥さんの夢ブログ」から

「無文銀銭の菊の弁の数」

こんなことを考えた人はいるのだろうか?

和同開珎より古いと考えられる
無文銀銭には菊の文が付けられている。
その文の菊の弁の数はいくつかということだ。

手元にある無文銀銭の写真によると
12弁のように見えるのだが,
何しろ1点だけだし不鮮明なので
他の無文銀銭のものも知りたい。

手元に無文銀銭の写真のある方,
ご協力下さいませ。

もし同じ弁数ならば
統一権力が作った貨幣ということで
より有力な資料になると思うのだが・・・。

ちなみに皇室の菊の弁の数は
16とのことです。
(8/8)

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

竹内さんを経由して古賀さんに伝えられた「十二弁の菊の紋」。
古賀達也の洛中洛外日記
第996話 2015/07/08
および「洛洛メール便」の80号で,扱っていただきました。
うれしいです!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第80号 古田史学の会「洛洛メール便」 2015年7月11日

前略。 「古田史学の会」の竹村です。
洛洛メール便をお届けします。

===========

古賀達也の洛中洛外日記
第996話 2015/07/08
「洛中洛外日記」【号外】好評配信中

「洛洛メール便」配信希望者も増え続けており、「洛洛メール便」受信のため新たに入会される方もおられます。また、読者からのご質問や情報提供、誤字誤変換のご指摘までいただいており、感謝しています。
今回、埼玉県所沢市の会員、肥沼さんから「十二弁の菊」の紋章が古代ユダヤにもあったとの情報が提供されました。このことについては肥沼さんご自身のホームページにも紹介されており、興味のある方は検索してみてください。「肥さん」「中学」「古田史学」などの検索ワードでヒットします。
なぜ菊の紋章がユダヤで古代から使用されていたのか、とても興味深い情報ですが、わたしの知識や想像が及ぶところではなさそうです。これから少しずつでも勉強していければと思います。

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