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2015年6月21日 (日)

『教師や親が穏やかで在るために』の読後感

昨日は,いろいろ充実した1日だったが,
移動の際読んでいたのが
伊藤善朗さんの上記の本だ。

最初の「よい子電池」から感動し,
1日で読了してしまった。
全部で47の話が出てくるが,
そして長いものも短いものもあるが,
それぞれに学べるところがある。

ところで,私は中学校で,男子バレー部の顧問をしていて思うのだが,
「このコーチの指導してくれている「今」上手くなってほしい」
という部分と,
「この生徒のピークは,もしかしたら中学ではないのかもしれない」
という部分とのせめぎあいである。
成長を期待しすぎて,その生徒が本来伸びるものを
中学のうちにつぶしてしまわなければいいがなあ,と思っている。

だから,1番うれしい言葉は,
「中学でバレーボールが面白くなって,高校でも続けています」である。
そういう卒業生たちは,自分に時間がある時,
後輩たちの面倒を見に来てくれることもしばしばだ。
反対に残念なのは,「高校では○○をやっています」という言葉。
これはそんなに多くはないが,
「そうか。別の種目だけど,頑張ってね」ということになる。

伊藤さんの「よい子電池」から,引用させていただこう。

「これは,まったく個人的な「仮説」でしかないのだけれど
ひょっとしたら,子どもにも大人にも
誰の中にも〈よい子電池〉があって
その容量には,人それぞれに限りがあるんじゃないのかな
そして,その逆に
誰の中にも〈わるい子電池〉があって
その容量にも,それぞれに限りがあるんじゃないのかな
だとすれば,大人であり教師である自分は,今目に見える範囲の
表面的な子どもの言動に振り回されてはいけないのかもしれない
今〈よい子〉でいる子どもの後ろには,必ず限界があり
今〈わるい子〉でいる子どもの後ろにも,必ず限界がある
子どもの〈よい子〉状態に依存し過ぎるのではなく,でも同時に
こどもの〈わるい子〉状態を悲観し過ぎるのでもなく
その「向こう」にあるものを積極的に予想し,想像しながら
ゆるやかに,穏やかに,子どもの「今」と接していく
人は誰でも,自らの成長と健全さを心のどこかで求めるものだし
まして幼い子どもなら,その強さは大人以上でしょう
だからね,慌てることはないと思うのです
互いの人間関係を崩さず,できるだけ楽しいことを間に置きながら
ゆっくりと「その時」を待てばいい
そんな「気長さ」や「おめでたさ」もまた
大人として,教師としてのたしなみのひとつではあるまいか,と
この歳になってようやく,そんなことをふと思ったりするのです」

また1冊,素晴らしい本に出会えた。

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コメント

「よい子電池」の仮説はすごく納得できるものがあります。
僕自身、当時「最も学校を騒がせたいわゆる不良君たち」とのつき合いが続いているからです。
逆の「よい子電池の限界」の方は検証できていませんが、ありそうな話ですよね。

とてもいい文章ですね。ご紹介ありがとうございます。

小泉さんへ
コメントありがとうございます。

これまでやんちゃ君たちとの付き合いが長く続いてきた小泉さんには,
特に響く内容ではないかと思います。
この本とてもいいので,ぜひ小泉さんも読んでみて下さい。
もしよかったらお貸ししますよ。

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