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2015年6月11日 (木)

五斗長垣内遺跡(ごっさかいといせき)

せっかく閑人さんがコメントしてくれたので,
淡路島の五斗長垣内遺跡について書いておく。

弥生時代の製鉄遺跡で,注目されているものである。
大和説としては,「ここから鉄が供給された」としたいところかもしれないが,
淡路島の対岸には,のちに「五色塚古墳」を作った播磨の勢力もあり,
古墳の葺き石が淡路島から供給されたとも言われているので,
私は今のところそちらとのつながりが深いと考えている。
「新羅が播磨を攻撃した」ような記事もあった。
攻撃するには,するに値する敵が存在するわけで,
それが播磨の勢力ではないかと。

とりあえず「ウィキペディア」の記事をどうぞ。
続いて,「淡路市のホームページ」のこの遺跡の紹介をどうぞ。
こちらは写真入で,よりイメージがわくかと思います。

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五斗長垣内遺跡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

五斗長垣内遺跡(ごっさかいといせき)は、兵庫県淡路市黒谷にある
弥生時代後期の国内最大規模の鉄器製造群落遺跡である。

本遺跡は2001年(平成13年)に発見され、2007年(平成19年)から発掘調査が実施された。

遺跡は淡路島の西側海岸線から三キロの丘陵地にあり、東西五百メートル、南北百メートル。
弥生時代後期・1世紀ごろのおよそ100年間にわたり存在したと考えられる。
遺跡には竪穴式住居や鍛冶工房などが復元されている。

弥生時代後期の鉄器製造施設跡が23棟から成っており、
うち12棟から鉄を加工した炉跡の遺構が確認された。
遺物の鉄器は、矢尻、鉄片、鏨(たがね)、切断された鉄細片など75点が出土した。
また石槌や鉄床石(かなとこいし)、砥石など、鉄を加工するための石製工具も数多く出土した。
1棟の中に10基の鍛冶炉がある建物も発見され、
これまで発見された弥生時代の鉄器製造遺跡としては、最大規模であった。
住居は少なく、鉄器製作に特化した特異な遺跡である事が分かった。

淡路島のような人口の少ない小規模の島で、生活のためにこれほど大量の鉄器は必要ない。
魏志に記された倭国大乱邪馬台国の時期に重なり、
大和王権成立にいたる戦乱期の中でこの施設が軍事利用されていた可能性もある。

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淡路市のホームページ「五斗長垣内遺跡のご案内」

※ 今訪問しようとしたら,うまくいきませんでした。(削除された?)
なので, 作戦変更して,「五斗長垣内遺跡」で検索すると,
その何番目かにこの項目がありますので,そこを訪問して下さい。

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

どうもありがとうございました。なるほど、五色塚古墳を造った勢力の範囲ですね。全く対岸のことを考慮してませんでした。海路の要衝にはそこを支配する勢力が存在するものですね。どちらも一度訪れてみたいと思います。ネット上でこの遺跡の存在を強調される方がいたので気になりまして。日本の土壌は酸性土壌で遺物が残りにくい、だとすると九州のような活火山が多い土地で鉄器が多数残る事の理由が分からなくなる。当然近畿よりも条件が厳しいはず。ということは近畿には初めから鉄器は少なかった。などと考えてました。

閑人さんへ
コメントありがとうございます。

お役に立てたのなら幸いです。
やはり土地勘があるのとないのとでは,大きく違いますね。
やはり「歴史は足にて知るべきものなり」というのは
間違いありませんでした。

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