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2015年5月14日 (木)

柳野遺跡の報告書

「柳野遺跡」というのは,東山道の延長線の遺構をいい,
老人ホームの駐車場建設にともなって発掘された。
この「夢ブログ」でも「東山道武蔵路の柳野遺跡」( 2013.07.03)
ということで取り上げさせていただいた。
その柳野遺跡の報告書が昨日学校に届いた。

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これで南陵中(1988年に校庭のど真ん中に幅12mの道路が発掘される)
東の上遺跡と呼ばれる有名な遺跡だ。(西国分寺にも巨大道路遺構。地上に復元)
ー所沢中の正門あたりをかすめて
ー新所沢駅構内を斜めに横切り
ー柳野遺跡に至る
所沢市を南西ー北東に横切る東山道の存在が明らかになったのであった。

私は2012年2月号の「古田史学会報」に
「古代日本ハイウェーは九州王朝が作った軍用道路か?」
をかかせていただいている。

(1)701年の「大宝」建元(続日本紀)からは大和政権の時代である。
(2)700年までの「大化」(九州年号)は,それ以前の九州王朝の時代である。
(3)したがって,東山道を含む古代日本ハイウェー(7世紀半ば)は
九州王朝が白村江の戦いにそなえて作った軍用道路である。

この「三段論法」が受け入れられる日は,いつ来るのだろう。
もしかしたら私が生きているうちには無理かもしれないが,
少しずつ証拠を積み上げていこうと思う。

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