« 楽天,投打が噛み合い4勝目 | トップページ | 昨日の部活動 4/10 »

2015年4月11日 (土)

パラオと二倍年暦

天皇・皇后両陛下が,戦後70年にあたり,
太平洋の激戦地・パラオ共和国を訪問した。
戦没者の慰霊というのが目的であった。

パラオというと,古田史学的には,
二倍年暦という紀年方法を思い出す。
今でも,パラオの田舎では行われているそうだが,
1年に2回年を取る紀年方法なのである。(享年「125歳」という墓もある)
季節風の影響が極端に出る太平洋地域らしいやり方だ。
同様のやり方で数えると,私なら現在「113歳」(実際は56歳7ヶ月)
という驚くべき「年齢」になるというわけである。
(高山純著『江戸時代パラウ漂流記』三一書房,1993年10月刊)

その二倍年暦が太平洋地域から日本列島に伝わり,
魏志倭人伝では「その人寿考,あるいは百歳,あるいは八,九十年」,
また,魏略には「その俗正歳四節を知らず,ただ春耕秋収を計して年紀をなす」と。
古代日本の天皇の年齢は長寿を通り越したもの(100歳以上)になっている。
また,これに影響したと思われる中国古代の皇帝の年齢も,
軒並み100歳以上。その謎は,二倍年暦だったのだ。

さらに,聖書に出てくる奇妙な1000歳台,500歳台の年齢も,
月の満ち欠けを1歳(1年で12歳となる)と数えるか,
2歳(1年で24歳となる)と数えるかで解けるという。
聖書の紀年法は,単純でなく,二十四倍年暦+十二倍年暦+今の暦(一倍年暦)
という複雑なものとなっている。いろいろな文化の集積でもあったのだ。
それでいくと,ヨーロッパの古代の哲学者たちの年齢も,
「軒並み高いなあ」(怪しいなあ)と私は思っている。
古賀達也さんに,早く『「二倍年暦」の研究』を書いてほしいものだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なお,「新・古代学」サイトの以下の「二倍年暦」のところで,
「暦」を「歴」としてしまっていることに気がついた。
サイト内のメールがうまく通じず,担当の横田さんに伝えられない。
どなたか横田さんのアドレスをご存知の方は,よろしくお願いいたします。

(1)「闘論」の項目の1つ「短里と二倍年暦」が「歴」となっています。
(2)「仏陀の二倍年暦」も,前編・後編とも「歴」とっています。

ご訂正,よろしくお願いいたします。

« 楽天,投打が噛み合い4勝目 | トップページ | 昨日の部活動 4/10 »

古田史学」カテゴリの記事

コメント

連絡が遅れてすみません。とりあえず指摘されたところとホームは改訂致しました。
ですが、全部で84カ所あり、どうするか思案中です。
時間がかかっても訂正します。連絡ありがとうございました。
またメールをくださった方も、ありがとうございました。

横田さんへ

「暦」が「歴」となっていることには,
ずいぶん前から気がついていたのですが,
「もうすでに誰かが指摘しているだろう」と考えて連絡しませんでした。
やはりそれではいけないのですね。
お仕事を増やしてしまったようで申し訳ありませんが,
よろしくお願いいたします。
「二倍年暦」については,今後必ず新しい読者が
読むことになると思うので,ぜひ正しい表記でと思った次第です。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 楽天,投打が噛み合い4勝目 | トップページ | 昨日の部活動 4/10 »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック

無料ブログはココログ