« 「渡る世間は鬼ばかり」2015スペシャル前篇 | トップページ | 昨日の勤務 2/16 »

2015年2月17日 (火)

「五十戸」木簡出土

一昨日(2/15)の「新古代学の扉」の「洛中洛外日記」に,
「難波宮遺構から「五十戸」木簡出土」という記事(871話)のことが出ていた。
(「五十戸」は,のちの「里」だという。つまり,「里」より古い制度らしい)

646年,大化の改新の詔
670年,庚午年籍
というのが通説である。

だが,そこは古田史学,九州王朝説の立場から,
この「五十戸」木簡を,古賀達也さんは
「前期の難波宮=九州王朝の副都」から出たものと考え,
それが九州年号の「白雉元年(652年)」と重なることもあり,
九州王朝の証拠になるのではないかと書いていた。
私もその説に乗りたい。

というのも,3年前にテレビ番組を観て,
「日本古代ハイウェーは九州王朝の作った軍用道路か?」
という文章を書いたのだが(「古田史学会報」2012年2月号),
これも出土土器から7世紀半ばのものと考えられるからである。
(つまり650年頃のこと)

今ミネルヴァ書房から古田武彦氏の著作が
30冊ほども復刊されている。
「7世紀末まで九州王朝。8世紀からは大和政権」
この事実が,歴史の教科書に書かれるのは
いつの日のことだろう。

※ 古田武彦著『「邪馬台国」はなかった』(ミネルヴァ書房)
古田武彦著『失われた九州王朝』(ミネルヴァ書房)
古田武彦著『盗まれた神話』(ミネルヴァ書房)
以上3冊が,「古代史三部作」と呼ばれるものだ。
興味のある方は,ぜひお読み下さい。
今はインターネットで,すぐ注文できます。

« 「渡る世間は鬼ばかり」2015スペシャル前篇 | トップページ | 昨日の勤務 2/16 »

古田史学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 「渡る世間は鬼ばかり」2015スペシャル前篇 | トップページ | 昨日の勤務 2/16 »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

最近のトラックバック

無料ブログはココログ