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2015年2月22日 (日)

関所はどこに作られるか?

「新古代学の扉」の「洛中洛外日記」を読んだら,
「関所はどこに作られるか?」という興味深い話が出ていた。
私は,単純に峠の頂上に設けるのかと思っていたら,
龍田関(百人一首でも有名)の場合は違うとのことであった。
では,どちら側に設けられたのであろうか?

ア.国の境のこちら(河内)側
イ.国の境のあちら(大和)側

実は,その龍田関の比定地は大和側にあるそうだ。
(奈良県側の大和川の堤防の脇に,「関の地蔵」があり,龍田山を遠望している)

龍田山→→→→→→→→●
(前期・難波宮)河内側  /\ 大和側 (龍田関・関の地蔵・大和川の堤防)

関所というのは「外敵の侵入を防ぐために設けられるもの」であるから,
大和→河内か,河内→大和のどちらかであるが,
比定地が大和側にあるということは,前者の場合を想定した関所だということになる。
つまり,大和側から河内側にある九州王朝の副都の前期・難波宮への侵入を防ぐために,
龍田関は設けられた!という驚くべき結論になるのだ。
なんで近い河内と大和の間に関があるのかと思ったら,
実は「違う勢力との境に置かれるのが関所」ということだったのだ。

この龍田関のことに関する服部静尚さん(古田史学の会)の論文が,
『古代に真実を求めて』18集に掲載されるそうなので,
楽しみに待ちたいと思う。

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