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2014年11月30日 (日)

『たの授』公開編集会議 2014年11月

昨日は,上記の会議に参加してきた。

会議といっても,別に難しいことを議論するわけではない。
仮説実験授業やたのしい授業についての情報を交換し,
そのネタを仕入れる時間という訳だ。

今年は編集委員ということもあり,できたら毎回参加したいが,
ここ1年は部活その他で忙しく参加できないでいた。

『たの授』12月号が早くも配られたが,
1月号はさらに早く発行しなければならないので,
感想が早く欲しいということだった。

グラフは,阿部さんの「英国の風車の台数と産業革命」。
1780年から1830年にかけて風車の台数が急増していて,
それが蒸気機関に入れ替わり,産業革命が進展していく様子が
よくわかるグラフだった。(私も久しぶりにグラフを描きたいよう~)

報告は2件。
荒居さんのたのしい音楽の「授業書」と
岸さんの世界史入門の講座の報告。
それぞれに楽しめた。

由良さん(中学社会)が,長年の授業実践により
川崎市から表彰されるそうだ。素晴らしい。
これで仮説実験授業の紹介がまたしやすくなる。

板倉先生はお休みだったが,体調が悪くてというより
無理をしないための配慮のようだった。
また,元気な姿を拝見したい。

房yaの「ラザニア」

昨日は,「最後の炭水化物」としてラザニアを食べた。

ウィキペディアを調べてみたところ,
ラザニアというパスタはこんな風に解説されていた。

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イタリアから広まった料理であるが,
現在ではイギリスやアメリカでも広く食べられている。
ラザニアはギリシャ語で壷を意味する
ラサノン (lasanon) が大本の語源となっており,
直接の語源は古代ローマ人が使っていた
料理用の浅い鍋を意味する言葉,ラサヌム (lasanum) である。
ラサヌムで作るパスタ料理から転じて,ラザニアとなり,
現在では鍋をさすことはない。
イギリスでは,複数形で料理とパスタを指す一方,
アメリカでは単数形でそれらを指す。
lasagna (lasagne) のイタリア語の発音は
ラザーニャ(ラザーニェ)に近い。
数種類のチーズを使うレシピが一般的であり,
リコッタチーズ,モッツァレラチーズ,
それにパルメザンチーズの3種類を混ぜて使う

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さて,美味しいラザニアをいただいて私はお開きということになったが,
実は昨日房yaは,「猫の手」も借りたいような忙しさだった。
予約の客に加え,飛び込みの客もあったようで,
マスターもYさんも休む暇がないほど動き回っていた。

2人は帰りしなに相手ができなかったことをわびてくれたが,
常連客としては,馴染みの店が忙しい様子を見ることは,
決して嫌なことではないのである。
そういう日は大いに稼いでいただいて,
また暇な日には私のおしゃべりにお付き合い願います。

埼玉県民の「県民性」は,
のんびり屋で協調性があることだそうだ。
年間の快晴日数が56日もあって,
気候がおだやかなことが影響しているらしい。
私も就職してから33年埼玉県に住み,
その「県民性」に染まったのでしょう。

昨日は,「週末の土曜日」「給料日後」「雨上がりの高い気温」
が原因しての客の入りと私は分析した。
「高い」といえばこの私も,
「高飲食費」「高カロリー」「高コレストロール」の
「三高」(笑)だけれど,
Yさんを見習って,赤ワインのポリフェノールで,
健康管理にも気をつけたいと思っている。

2014年11月29日 (土)

映画「幸福の黄色いハンカチ」

上記の映画は私も大好きで,何回となく観た。
それが今回「高倉健,追悼」として日本テレビで
ノーカット版の放送で流された。
私は録画しながら観た。

この映画は,山田洋次監督の作品(1977年)で,高倉健が主演。
ほかに倍賞千恵子,武田鉄矢,桃井かおり,渥美清らが出演し,
それぞれが好演。素晴らしい作品となった。

舞台は北海道。
網走刑務所~夕張炭鉱への道中。
当時流行した「イルカの“なごり雪”」も懐かしい。
最後には,「黄色いハンカチ」が出てきて終わる
ハッピーエンドの話である。

今「肥さん年図」(こういう時も便利)をみると,
1977年というのは私が大学に入学した年である。
高倉健(46歳),倍賞千恵子(36歳),武田鉄矢(28歳),
桃井かおり(26歳),渥美清(49歳)という年齢の時だった。
特に武田と桃井が若々しく見えるのは,そのためだ。

私としては,高倉健の「任侠もの」を知らず,
ほとんど初めて高倉健を意識した作品であった。

前にも書いたが,高倉の遺作となった「あなたへ」は,
同じような展開の話と思える。
(「あなたへ」は,亡くなった妻の骨を散骨するための旅。
各地の人との交流を経ながら,最後は目的を達する)

PS 先ほど「九想庵」を訪問したら,
九想さんも映画のことを書いていた。

平和のために「戦争標語」

昔「平和のための「戦争袋」」という平和教育の教材があって,
社会科の教員は大変重宝したものだ。
なにしろ戦争中の資料(赤紙のレプリカなど)が入っていて,
値段もわずか300円だったのだ。
それは今でも3年に1度使わせてもらっている。

ところで,また3年に1度のその時期が近づいた。
今回はそれに加えて「戦争標語」も利用しようと思っている。
最初は授業でと考えたが,今回は廊下の「チャレンジ問題」だ。
テストが入って少し間が空いたが,2週間後の復活である。

問題は,全部で8つ。
「欲しがりません□□までは」から始まり,
□を埋めるものが7問。

1つだけ違う問題を入れた。
それは,「次の標語に一字付け加えて,逆の意味になるようにしなさい」で,
「ぜいたくは,敵だ!」(ひらがなでも漢字でも一字)という問題だ。

早くも解答用紙が袋から持ち出され,
連休明けには「回答」が提出されるだろう。
大変楽しみである。

本日の部活動 11/29

本日は,K先生に部活動をお任せして出かける。
いつも以上にしっかりやってほしい。
ぜひ課題の「声を出すこと」を意識してほしい。
「声」の出るチームは必ず強くなる。

明日は,午前8時半~12時半のコマである。
その時に「声」が出ているとうれしい。
明日は,私が部活に出ることになっている。

2014年11月28日 (金)

阿蘇山の噴火

熊本県の阿蘇山がここのところ噴火を続けている。
地元の方々の被害がないことを祈るが,
阿蘇山と聞いて私がまず思い出すのは,
隋書「たい国伝」の次の一節である。
(『阿毎・多利思北孤』(ドニエプル出版)より)

「開皇二十年(西暦600年),
たい王,姓は阿毎,字は多利思北孤,号は阿輩鶏彌,
遣使を王宮(隋都長安)に詣でさせる」
・・・・・・
「阿蘇山あり,そこの石は故無く火柱を昇らせ天に接し,
俗人はこれを異となし,因って祭祀を行う」
・・・・・・
「大業三年(西暦607年),
その王の多利思北孤が,遣使を以って朝貢,
使者が曰く,「日出ずる処の天子,
書を日没する処の天子に致す,恙なきや云々」。
帝はこれを見て悦ばず,鴻臚卿に曰く
「蛮夷の書のくせに無礼だ,もうあとは聞かすな」と」

通説では,この多利思北孤は聖徳太子のことであるとし,
彼が隋の皇帝に対等に渡り合ったとするのだが,
その2つの間に「阿蘇山あり」等の文章があるのを,
わざと知らせない。

それは阿蘇山が熊本県にあり,聖徳太子は奈良県の人だから,
どうみてもおかしいと感じてのことだろう。
しかし,九州王朝説に立てば,委奴国王も卑弥呼も倭の五王も,
それに続く多利思北孤も九州の支配者なわけで,
なにも不自然なことはないのである。

隋書「たい国伝」は,岩波文庫に入っている。
読む気になれば,すぐ手に入る。

『月刊 仮説実験授業のある人生 29』

もう次は30号になってしまうのか・・・。
毎号たのしみにしている『月刊 仮説実験授業のある人生』の
最新号である「29」を昨日読み始めたところだ。

巻頭の七里さんの「ボクにとってたいせつなもの」と
それに続く原畠さんの「《もし原》はサイコーだ!」で,
いきなりウルウルさせる素晴らしい内容。

やはり「朝読」の効果はバツグンで,
昨日1日けっこう能率的に(軽重をつけて)動けた気がする。
行動の「優先順位」とでもいうかな・・・。

その時の感情ではなく,冷静に動けた日は,
なんとなく充実感が違う。
今日もこの「朝読」からスタートしよう!(o^-^o)

今年の「紅白」出場者

今年の「紅白」は51組出るそうで,
ちょっと異色の人も選ばれている。

私が聴いてみたい・観てみたいと思う人やグループは・・・

・いきものがかり(7回目)~もう7回目なんですね。
ファンクラブにも入っているし,5/17(日)の
日本武道館のライブにも行くし,力が入ります。

・中島みゆき(2回目)~たくさんある曲の中で,
いったい何を歌うのだろうかという興味がある。

・薬師丸ひろ子(初出場)~若い頃彼女のアルバムをよく聴いた。
学級通信にも部分引用した。今回の歌は何だろう。

・クリス・ハート(2回目)~いい声だよなあ。

・ゴールデンボンバー(3回目)~歌も楽しみだが,
パフォーマンスはもっと楽しみ。

・美輪明宏(3回目)~心に響く「ヨイトマケの唄」。

こんなところでしょうか。

AKB48グループは4組選出と相変わらず強いが,
前田敦子・大島優子の2人が抜けて,
ちょっと興味が薄れてきたかも・・・。

2014年11月27日 (木)

小学校への出張

昨日は,学区内の小学校への出張だった。
4年生の社会科(方位と距離を使うと,
所沢市からその都市がどういう位置関係か分かる)を
3クラス比較しながら見させていただいた。

中学の「新幹線授業」と違って,
小学校の社会科は,「各駅停車」のスピードで展開される。
どうか両者の中間ぐらいのスピードで教えたいものだ。

45分間の授業参観を終えて,1時間半の研修会へ。
前半は授業内容についての話(東と西の教え方を披露。
東と西が左右どちらかわからなくなったら,北という字を書く。
すると,その字の中に「東のヒ」と「西のニ」が入っている)。
後半は生徒指導についての話となった。
どちらもなかなか有益だった。
小中交流はこれだから大切だ。

終わったあと,なんと私を追いかけてくる
うら若き女の先生の姿が・・・。heart01
演出としては,ここで「どぶろっく」の
「もしかしてだけど」を背景に流したいところだ。(笑)

「肥沼先生は,以前小手指中にいらっしゃいましたよね?
私,先生が2年生担任の時,1年上の3年生だったんですよ!」
今から10年前15歳だった彼女は,その後学校の先生となり,
元気に学区内の小学校で働いている。
こんな縁がわかったりするから,小中交流は楽しい。

12月の楽しみ

「○月の楽しみ」というのを時々書いてきた。
主にサークルの予定であった。
それを復活できる見通しがついたのでやってみよう。

11/29(土)『たの授』公開編集会議

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12/6(土)高崎サークル

12/10(水)社会科サークル

12/14(土)1年生大会・市予選

12/21(土)昭島サークル

12/25(火)クリスマス

12/26(木)仮説・年末の会(1日目)難しいか

12/27(金)ふじみ野高校杯

12/31(火)年末ジャンボの抽選会

2014年11月26日 (水)

『「邪馬台国」はどこだ!』が出来上がる

『房yaなう!!』に続く,A5判シリーズの第2弾は,
22年前から使っている授業プラン=
『「邪馬台国」はどこだ!』とすることにした。

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群馬の峯岸さんによって美しく入力された
授業プラン14ページに,
授業評価・感想の一部と私の解説等で10ページ。
計24ページのミニ冊子だ。

来週末の高崎サークルのミニ講演で配付するほか,
これから参加するサークルにも持っていくつもり。
最終的には,検討の結果をふまえて
最終版をさらにグレードアップして作りたい。

そんな気持ちにさせてくれた峯岸さんに感謝いたします。
今後ともよろしくお願いいたします。
(この小冊子をご希望の方は,連絡を下さい)

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A5判の『「邪馬台国」はどこだ!』に寄せて

ようやく腰の重い私も,腰を上げることになりました。
この小冊子の発行です。これまで,この授業プランを
高く評価し,実験授業をし,レプリカの活用に道を
開いてくれ,美しく打ち直して下さった峯岸さんの
お陰です。どうもありがとうございます。

さて,この授業プランでは,考古学が登場します。
考古学では,その分布図に大きな意味があります。
ある出土物がその地域に集中していれば,そこは
その出土物の文化を持った人たちが住んでいたという
ことになるからです。自然科学で重要なのは,仮説
を立てて実験することと言っていいと思いますが,
考古学でも「ここを掘ったら,こういうものが出てくる
のではないか」と仮説を立てて実験(発掘)すると
いうわけですから,その成果を使わせてもらいました。

なお,この授業プランのもとは,歴史研究者の古田
武彦氏の著書です。特に,『日本古代新史』から
多く学びました。また,古田氏は「邪馬台国」では
なく,3世紀に存在した女王国を「邪馬壹国」である
としています。魏志倭人伝には,そう書いてあるから
です。なので,私もそれが正しいと思い,いわゆる
邪馬台国のことだというので,かっこ付きで
「邪馬台国」と表記してあります。ご了解下さい。

できたら授業に使っていただき,授業評価と感想を
いただけると,軽くなった私の腰がさらに軽くなる
と思いますので,よろしくお願いいたします。
                     
2014年11月25日  肥沼 孝治  

房yaの「パルマ風チーズリゾット」

冷たい雨の降る夜。
普段と違う注文をしてみたくなる。
私は満を持して,「パルマ風チーズリゾット」を注文した。

リゾットは,雑炊のことだそうだから,
「チーズ味の雑炊」ということになる。
これまで,他のお客さんの注文する場面を見ていたが,
私は注文したことがなかった。

この料理はまずマスターがリゾットを作り,
Yさんがお客の目の前でチーズを削ってそれと混ぜ,
すぐにそれをお客が食べるという
「三位一体(さんみいったい)」的料理である。

つまり,マスターとYさんと「あなた」がいてこそ,
初めて成立する房yaの理想的な姿=
「房yaなう!!」を体現することになるのだ。
ぜひあなたも,来店して「チーズリゾット」を注文しよう!

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「ホットペッパー」のグルメサイトに作られている
房yaのHPには,次のように出ている。

「パルマ風チーズリゾット ~ 当店自慢のお米を
大きなパルメザンチーズの中で仕上げた一品!
チーズ好きの方にはたまりません♪」

【「パルマ」のミニ知識】  ウィキペディアより

パルマ(イタリア語: Parma ( 聞く))は,
イタリア共和国エミリア=ロマーニャ州にある都市であり,
その周辺地域を含む人口約18万人の基礎自治体(コムーネ)。
パルマ県の県都である。
古代に起源を有する都市で,中世は自治都市として栄えた。
パルマ大聖堂を中心に中世都市の景観が残る。
16世紀半ばから19世紀のイタリア統一まではパルマ公国の首都であった。
「美食の都」として知られており,
特にプロシュット・ディ・パルマ(パルマハム)で有名である。
食品産業が盛んであり,ヨーロッパ連合の外局である
欧州食品安全機関の本部も置かれている。

求めよ,さらば与えられん

バレーボール部をK先生と2人で持っているが,
土日の活動を土曜日はK先生に見ていただき,
私が日曜日を担当する形をとっている。

ところが諸事情からその形が崩れ,
うまく機能できなくなっていた。
それを再び行うことにした。

11/29(土)・・・K先生が担当
11/30(日)・・・私が担当

12/6(土)・・・K先生が担当
12/7(日)・・・私が担当

これで私は,『たの授』公開編集会議と高崎サークルの
2つに出ることができるようになった。
これからもこのシステムを使って,
土日の部活をシェアしていく。

2014年11月25日 (火)

「仮説実験的に生きるとは?研究会」の報告

群馬の峯岸さんから,上記の報告を含む4つの報告が送られてきた。
仮説実験授業研究会の若い仲間たちが開いた会(11/2~3)だ。

主たる講師は・中一夫さん。
参加者は15名程度の小さい会だったが,
中身はすごく濃くて,峯岸さんの報告を読み,
「ああ,参加したかったなあ」と思った。
(峯岸さん自身は1日目のみの参加。
最近「1日だけ参加」報告という極意を身に付けられたかも)

就職直後から仮説実験授業(社会の科学)に関りながら,
「仮説実験的な生き方」にあこがれつつも,
それができていないというコンプレックスを感じていた私。
さすが中さんで,そういう人がいることにも配慮し,
それでも「仮説実験的な生き方」の素晴らしさを
説いているようだった。

ただ,中さんの『学校現場かるた』(仮説社)は私も大好きで,
それが「仮説実験的な生き方」に近いものなら,
遅ればせながら私も,それが少しはできるようになったと
言えるかもしれないと思う。肥さん好みの「ベスト5」は・・・

(1)「突撃ラッパは大ケガのもと」 これは,生徒指導の際の大原則です。

(2)「たのしいことほど 先回し」 これは〈仮説実験授業〉をやる際の極意

(3)「分かり合うには1時間半」 これは保護者との対応での大原則

(4)「ムリしちゃいけない 転勤一年目」 新しい学校ではスロースタートを心がける

(5)「どっちに転んでも シメタ」 これは人生の極意かもしれませんが・・・

PS 峯岸さんの報告は,午前2時9分に届いた。
私実はは最近「超早寝,深夜起床」症候群に悩んでいるのだが,
今回はそれが吉と出た。「どっちに転んでも シメタ」かも。
午前2時33分スタートで,午前3時50分読了。
なにもそんな時間に読まなくても・・・ですか?
だって,「たのしいことは 先回し」ですからネ!

市民バレー 2014

昨日,上記の大会があり,2位だった。

対東中 2ー0(25ー12,25ー13)
対向陽中 0ー2(21ー25,18ー25)

数字の上では,一見惜敗(おしい試合)に見える。しかし・・・,
対向陽中で,第1セットに17ー15と2点リードしながら,
「8連続失点」で逆転された。
続く第2セットでは,18ー17の1点リードから,
またも「8連続失点」で試合が終了した。

試合の流れが行ったり来たりするのはバレーボールの常だが,
8点も連続して流れが行きっぱなしになっては,
試合の主導権を相手に握られてしまう。
そしてそれは,たいていサボりのプレーから始まる。
(集中力のないレシーブ,トス,スパイク)
そして,1人のミスをきっかけにした負の連鎖・・・。
それが「8連続失点」の真犯人だ。

「常にどちらかが攻撃をし合うのがスポーツ。
だから,こちらが攻撃するのをやめた時,
相手の攻撃が始まる」というのが事実だ。
早くそれに気が付いてほしい。

25点取ってから(つまり試合が終わってから),
攻撃をやめてほしい。
相手のミスに期待しないでほしい。
「攻撃をしない」「相手のミスに期待する」
それでは,絶対強い相手には勝てない。

そのためにも,1球1球に声を出そう。
「ナイスサーブ」「1本カット」から。
無言でプレーして,ミスして,また次も無言でプレーするなんて,
私のようなスポーツが苦手な人間にも信じられない。
それはバレーボールじゃない。スポーツじゃない。

みんなを見ていると,まず「声でサボっている」と見えてしまう。
それは必ず相手に伝わる。そして,思うだろう。
「あいつら楽をして点を取ろうとしているぜ。
よし,その裏をついてやろう」と。

何か勘違いしていないだろうか。
背番号をもらって,コートの中にいるだけでは,
レギュラーとは言えないのだ。
もし「自分がレギュラーだ」というなら,
まず声を出して,思い切りプレーしてほしい。
「さすがに背番号をつけているだけのことはあるなあ」と納得させてほしい。
「何であいつが背番号つけているの?」と疑われないように!

そして,1点取れたら,相手にプレッシャーをかけるほど思い切り喜んでほしい。
(「10点取ったぞー」くらいに表現する。リアクションが暗い。暗過ぎる)
逆に点を取られたら,次にどうしたら取られないか修正する。
(昨日はフェイントをやられ放題である。
あれほど決めらるということは,相手に見透かされているのだ。
「ここでフェイントをすれば,君たちから点を取れるぞ」と)
悔しくはないか,あんなに決められて。私はすごく悔しいよ。

昨日のNHKテレビ「プロフェッショナル」を観ただろうか。
登場したのは,高校女子バスケットの名将・中村監督だった。
全国大会決勝の前夜,おとなしい生徒たちに,
「オレ(自分)にまかせろ」と言わせていた。
「それぐらいの気概で試合に臨め」と。
そして,最後に「楽しんで勝ってこい」と送り出した。
決勝では,「絶対逃げるなよ~」と檄(げき)を飛ばしていた。
そして当日,夏に接戦だった千葉県代表に,
73ー57の大差で愛知県代表が勝った。
こんな感動,中学の男バレだって味わえるんじゃないかな。
(本当に味わいたい人にしか,味わえない感動だが・・・)

今ぐらいの位置(県大会初戦敗退。市民バレー2位)でいいというなら,
はっきり言って,土日2日間の練習をやる必要があるのだろうか?
また,練習試合をたくさん組む必要があるのだろうか?
私には大いに疑問だ。
コーチにもお仕事がある。私にも出かけたいサークルがある。
君たちにもきっとやりたいことがたくさんあるのではないですか?
それを,あえて土日2日間やっていることの意味を,
ここでしっかり再確認してほしい。
さらに,ギュラーが練習に遅れてくるなんて信じられないことだ。
(体育館を土日2日とも確保してあるのは,
練習場所を確保しておかないと後から取れられないためで,
数ヶ月前から男女バレー,男女バスケ,卓球の5つで分ける。
もし2日間使う必要がなければ1日にする。方法はいつでも変えられる)

今回はあえて厳しいことを書いた。
本当の意味で男バレに強くなってほしいからだ。

昨日は,ご自分の試合のために来られない兄コーチに代わって,
弟コーチに大変お世話になった。
また,多くの保護者の方々に応援いただいた。
ありがとうございました。

PS 1年生大会・市予選が早まった。
12月14日(日)=3週間後の午前中だ。
場所は,向陽中にて。
2セットマッチで,1ー1なら得失点差で決める。
所沢市から2チーム選び,
1月17日(土)の地区大会(富士見東中)に参加する。

テレビ番組のエキストラ(3)録画のお願い

昨夜,先日のエキストラ作品の担当の方から,
以下のようなメールが送られてきた。

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「贖罪の奏鳴曲」の撮影にご参加下さった皆様へ

ご挨拶が遅くなり、申し訳ございません。
先日は「贖罪の奏鳴曲」の撮影にご参加頂き、ありがとうございました。
今回は平日日中の撮影でしたが、お忙しい中ご参加下さった皆様、
本当にありがとうございました!
また、お仕事前やお仕事帰りにご参加下さった方、
他のご予定を調整されてご参加下さった方もいらっしゃり、大変感謝しております。
本作は来年1月25日(土)夜10時からWOWOWで放送される予定です。(全4話)
お時間ございましたら、是非ご覧下さい!

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私はWOWOWの契約をしていないので,観ることができません。
どなたかWOWOWの契約をしている方は,
DVDに録画していただけませんでしょうか?
薄謝を差し上げたいと思いますが・・・。

2014年11月24日 (月)

ミニ講演の企画

高崎サークルでミニ講演をやらせてもらう。
依頼講演ではなく,完全な押しかけ講演だが,
人に作ってもらう前に,自ら「年図」を作る方だから,
その方が私らしいのかもしれない。

演題・・・「中学社会33年~仮説と部活と古代史と~」あたりで。
どんな内容にしようかと考えてみる。

(1)仮説実験授業との出会い・・・これは皆さんが聞きたいことだろう
(2)私のお気に入りの授業書ベスト3・・・これも聞きたいかな
(3)仮説と教科書授業と部活動のバランス・・・1番関心が高かったりして(笑)
(4)グラフを描くコツ(年図を含む)・・・7本の『たの授』グラフの思い出
(5)各「論文」への思い出・・・「いろいろな種」や「形式を教えちゃおう」など
(6)仮説と古代史の二足のわらじ・・・どうして古代史も研究するのか。「〈邪馬台国〉はどこだ!」
(7)私のサークル遍歴・・・始めに「所沢仮説サークル」があった

・・・・・・・・・・・メモ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

就職浪人でもシメタ!~『日本歴史入門』に出会う

仮説・・・33年(就職浪人で『日本歴史入門』に出会って以来~現在)
部活・・・33年(写真部7年,男バス1年,社会・科学部7年,男バス1年,
     ソフト部1年,科学部5年,ソフト部1年,男バレ6年+4年)
古代史・・・25年(1989年に古田氏の『吉野ヶ里の秘密』で再会以来,仮説との二足のわらじ)

とりあえず3つの授業書・・・「世界の国ぐに」「世界の国旗」「もし原」と「ものとその重さ」

「もし原」にあたる「日本歴史入門」と「世界の国ぐに」・・・原子論
「背骨のある動物たち」にあたる「世界の国旗」「靖国神社」・・・分類法
自然科学授業書にあたる「おかねと社会」・・・法則を発見する

所沢仮説サークル→発想法・授業書開発講座→埼玉・社会の科学サークル
→サークル巡り→昭島サークル・浦和サークル・ニコたのサークル・
飯能日高サークル・高崎サークルなど

ぜひ実現したい2人の講演会のこと。
「仮説」の板倉聖宣(84歳)と「多元的古代」の古田武彦(88歳)。
フツーの人(自分)が分かり実践できる研究の方法を教えてくれた2人。
その2人に出会え,同時代を生きて,交流ができた幸せ。

フツーの社会科の時間は・・・○読み,プリントで調べる,答合わせ&解説
社会科かるた・・・中学社会の全範囲を網羅(2001年より3年ほどで作成)
各種ビデオ・・・「僕の自転車一人旅」,合唱コン前の「ハモネプ」,「金八先生」の授業など
1時間もの・・・「「邪馬台国」はどこだ!」「〈いろいろな種〉の標本づくり」,「人体解剖図」など

超アナログ(手書きの学級通信や職員会議資料)の私が,
パソコンと出会い,九想さん(私のパソコンの師匠)と出会い,
メールマガジンを発行し,ホームページを作成し,
ブログを通して様々な人と交流しているという不思議さ。
「人生って~不思議なものですね~♪」

【十大おみやげ】~ 変更の可能性大いにあります

(1)肥さん年図 2014年版 (決定)
(2)肥さんの「論文」一覧 (決定)
(3)最初に作ったガリ本『今日までそして明日から』 2刷 (決定)
(4)授業プラン「〈邪馬台国〉はどこだ!」 (決定)
(5)私にとっての授業書シリーズ
(6)肥さんの仕事術
(7)今月の手品
(8)歴史を学ぶ中学生たちへ
(9)日本古代ハイウェーは九州王朝が作った軍用道路か?(決定)
(10)肥さんのホームページ&夢ブログの紹介パンフ (決定)

高倉健さん追悼企画「あなたへ」

昨日は,午後9時から,
テレビ朝日で上記の企画があった。
私もビデオ録画しながら観た。

2012年の作品で,監督は降旗康男。
健さん最後の主演作品である。

あらすじは,ウィキペディアによると,次のようである。

「富山の刑務所で指導教官を務める倉島英二に,
亡くなった妻・洋子から届いた絵手紙。
そこには今まで知らされることの無かった
“故郷の海に散骨して欲しい”
という洋子の想いが記されていた。
その真意を知るために,故郷へ向けて車で一人旅を始める英二。
その旅は富山から始まり飛騨高山,京都,瀬戸内,下関,北九州市門司区,
そして洋子の故郷である長崎県平戸の漁港・薄香へと続く。
風光明媚な地で出会うさまざまな人々と,さまざまな人生。出会いと別れ。
そしてそれは英二が洋子の深い愛情に改めて気付かされる旅でもあった」

いい作品を観ることができ,うれしい1日の締めくくりだった。

昨日の部活動 11/23

昨日は,午後1~5時のコマだった。
木下兄コーチにお世話になった。
(あとで,弟コーチも女バレの予選を終えて参加。
また,N君のお兄さんとお母さんが来て下さった)

本日は,午前7時半に下山口駅に集合して,
電車で市民体育館で行われる市民バレーに参加する。
目標はもちろん優勝。
ちょうどご自身も別の大会に参加されるコーチとともに,
「アベック優勝」ということになるといいなあ。

2014年11月23日 (日)

良い事ずくめの1日

昨日は朝起きてから夜寝るまで,
良い事ずくめの1日だった。

・朝のうちに『阿毎・多利思北孤』(ドニエプル出版)を読了する。
・思わぬ「臨時収入」が入り,仮説社の口座に書籍代(ストック分)振り込む。
また,スーツのズボンを新調する
・新所沢駅構内に開店した「天丼てんや」のクジが当たり,
ポテトチップスをゲットする。
・資料の印刷方法を思いつき(「新しい資料には,新しい形式が必要なのだ」参照),
2つの資料を印刷できた。
・三連休ならぬ「三連勤」の部活初日を,無事終えた。
・初期の美原中の卒業生のТ君に,馴染みの店でまた会えた。
・川瀬さんとホッティさんから,夢ブログにコメントをいただいた。

「良い事ずくめの1日」の翌日が
「悪い事ずくめの1日」にならないように,
これからもう少々睡眠をとることにします。
「おやすみなさ~い!」( ^ω^ )

新しい資料には,新しい形式が必要なのだ

懸案だった2つの資料=
「肥さん年図」と「肥さんの「論文」一覧」の
印刷方法を変更した。

これまで「A4判×4ペ」という従来の形にこだわり,
字が小さくなってしまうことに悩んでいたが,
「A3判×2ペ」というこれまでにないやり方をしてみることにした。
(写真の上でクリックすると拡大します)

013_2

私としては初めての試みなので
少々勇気のいることだったが,
「新しい資料には,新しい形式が必要なのだ」と
自分に言い聞かせ,やってみることにした。
いかがだろうか。

文字も12ポイントで見やすく,
紙も全部字で埋まっていて無駄がない。
また,表から裏に行く時,
表の終わりと裏の始めをくっつけて,
回転方式にしてみた。
資料を見やすくするためである。

これから参加するサークルや研究会に持参して,
資料として発表したい。
また,多めに印刷したので,ほしい方があれば
声をかけて下さい。

昨日の部活動 11/22

昨日は,午後2~5時のコマだった。
練習前に木下兄コーチから指示があったとのことで,
そのメニューで3時間練習をした。
また,市民バレーの日の背番号の変更が若干あった。

日程の変更で,12月14日(日)が
A(午前)からP(午後)に変わります。
よろしくお願いいたします。

2014年11月22日 (土)

房yaの「下仁田葱の炭火焼き」

ただでさえ美味しい下仁田葱を,
炭火で焼いて甘味を引き出し,
最後は味噌を付けて食べる。

こんなシンプルで,
それ故「群馬に負けた」感を持たせるのがこの一品である。
我が郷土の埼玉にも深谷葱という有名なやつがあるが,
こういう芸当はできない。(薬味としてなら,負けないぞ!)

恒例によって,ウィキペディアに,
「下仁田葱」の知識を増やしてもらうことにしよう。

「特徴・・・他の品種のネギに比べて太く,
また,いくつかの成分が他の品種に比べて多く含まれる。
生のままでは非常に辛いが,加熱すると甘みが強くなり,
非常に柔らかい滑らかな食感となる。
このため,基本的に薬味としてでなく加熱調理に用いられる。
すき焼きに入ってから有名になった。

産地・・・他地方での生産も試みられたが,
前橋,長野いずれで育てても,
下仁田産と同じ品質のものを作ることができなかったため,
現在(2010年)も主な生産地は下仁田町のままである。
他地方での生産がうまくいかなかったのは,
土壌や気候が下仁田と異なるためと考えられる」

最後に,この一品に,私がイタリア風の名前を付けて,
マスターにプレゼントしようと思う。
「下仁田葱の炭火焼ッキ~「黒くなる」まで待って~ナ,
最後に味噌で食べまっチョ」というのはいかがだろうか?

テレビ番組のエキストラ(2)

先日自宅のポストに入っていたのは,
A5判の小さなビラであった。

「ドラマの撮影に ご参加いかがですか?
~エキストラ募集のお知らせ~」
などと書いてあった。(以下は,省略)

「チャンスの神様に,後ろ髪はない」という言葉を信じ,
私はそれに賭けてみることにした。

出かけたのは,先日合唱コンクールを行ったミューズ。
ただし,会場は大ホールではなく,中ホールだった。
(それでも,500~600人はゆうに入る)

「クラシックのコンサートの聴衆」というのが,
エキストラの役割だった。
やったのは,「会場に入る場面」「会場から出る場面」
「演奏を聴く場面」「拍手する場面」などが中心だが,
それぞれ何回かの「テスト」と「本番」があるわけで,
同じ作曲家のピアノソナタの出だしのところだけを,
合計10回も聴かされることになる。
(ただし,演奏はプロのピアニストで,とても上手かった)

エキストラが会場の座席数の約半分の300人しかいないため,
また,必ずしも時間的に余裕がある人ばかりのわけではないため,
「満席の会場」を撮影するために,何回も席の移動をした。

報酬は,もちろんなし。
お弁当として,数百円程度のおにぎりセット。
それでもエキストラが集まるのは,
「テレビに出演したい」という
やはり持ち前の「目立ちたがり屋」精神だろうか。

白っぽい目立つ衣装を着てきて,
何人もが撮影範囲から外されたり,
黒っぽいものを着させられたりしていた。
私は,紺のスーツに赤のネクタイだから問題なし。
前回の映画「草の乱」の経験が生かされた。

テレビ局名や番組名,放送される時期は,
企業秘密だと思うので,伏せさせていただきます。

映画とテレビの違いは,撮影のテンポでしょうか。
とにかく,数時間しか拘束できないエキストラを,
どんどん動かして撮影していく。
昼色は食べて行ったのですが,
撮影が終了する頃には,お腹が空いてきていました。
午後6時,私はエキストラの「土産話」を持って,
帰途に着いたという次第。

PS 房yaで「土産話」をしていたら,70代の男性が,
「後輩たちが,映画「草の乱」(秩父事件に関する作品)で,
たくさんエキストラをやった」という話が出て盛り上がった。
バスで大挙して行ったというから,多分JRの人たちかなと思う。
10年ほど前,私も個人的に4日間参加した。

2014年11月21日 (金)

今後の男バレの予定

今後の男バレの予定について書いておく。

まず11月24日(祝)に所沢市民体育館で
「市民バレー」(トーナメント方式に変更)がある。
11月22日(土),午後2~5時
11月23日(日),午後1~5時
11月24日(祝),午前7時,下山口駅集合
→西所沢駅→所沢駅→新所沢駅→市民体育館。
ユニホームはもちろん,弁当も必要。
女子の試合が優先で,男子は途中から開始する。
コーチはいらっしゃらない。
自分たちで流れを作り,優勝すること。
それが,新人戦のリベンジ第1弾だ。

次に,旧大井高校杯のリニューアルの大会が,
12月27日(土)に行われる。
試合の場所や日程は,まだ未定。
追って連絡が来るとのこと。

さらに,1年生大会(決勝)が富士見東中で行われる。
1月17日(土)だ。
ただし,それに出場するためには
所沢の予選(昨年は1月12日だった)
で勝つことが条件である。
1年生の力の見せ所だ。頑張ろう!

2つの資料の「試作品」

「肥さん年図」と「肥さんの「論文」一覧」という
2つの資料の「試作品」を作ってみた。
以下の写真がそれである。(写真をクリックすると拡大)

2つの資料の表紙

010_4

肥さん年図

011_6

肥さんの「論文」一覧

012_4

このままの活字の大きさで行くか,
それとも字のポイントを大きくするか,
今考え中である。

「九州には巨大古墳がない」という質問

先日の「社会の科学の授業書・読本・用語研究会」で,
落合さんから質問されたことがある。
「関西では巨大古墳が作られ充実していたが,
その時期に九州では見るべき巨大古墳がない」と。

すぐに質問にお答えできなかったが,
『阿毎・多利思北孤』(ドニエプル出版)のなかに,
それに該当する部分(P101)があったので載せておく。

「巨大古墳こそ存在していないが,
神籠石山城群,巨大な水城,軍用道路ではなかったかとみられる
版築工法でつくられた長い土塁(佐賀平野),
そして,近畿には見られない装飾古墳群などは,
九州王朝の存在なくしては説明がつかないといえます」

日本書紀は,これらの施設の建設を,
白村江の戦い後のことと伝えるが,
大敗戦(および唐と新羅の連合軍の占領)という事情の中,
それは不可能なのである。

実際C14(放射性炭素)年代判定法でも,7世紀後半どころか,
何世紀も前からの半島・大陸からの脅威にさらされた
彼らの防衛施設の建設が続けられたことが明らかになっている。

2014年11月20日 (木)

肥さんの「掃除グッズ」

今掃除で2つの道具を使っている。

1つは「肥さん専用ホウキ」。
壊れた柄と壊れた穂先をガムテープで合体して,
頑丈に作り直したもの。
それに名札を付けて,肥さん専用を宣言している。
他の人には使わせない。

もう1つは,「肥さん専用モップ」。
雑巾を着脱できるタイプのもので,水ぶきに使う。
黒板の下のチョークを拭き取ったり,
廊下のスミのホコリをあっという間にきれいにする。
秒速3mくらいで廊下を疾走するイメージだ。
もちろん濡れ雑巾でもいいのだが,
しゃがんだ姿勢は腰に負担がかかるし,
モップでやれば能率が10倍上がるのだ。

まとめると,専用グッズの活用が,
「プロへの近道」ということになるかな。
だって,その道のプロって,
持っている「道具」がまず違うでしょ!

肥さんの「論文」一覧

私はこれまで,何本ぐらい「論文」を書いてきたのだろう。
「肥さん年図」をきっかけに,集めてみることにしました。
これらのほとんどは,かつて
「肥さんのホームページ」に収録しておいたので,
それらをコピー&ペーストしました。(新情報は,数件のみ)
こういう時パソコンは,すごく力を発揮してくれますね!

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【仮説実験授業関係】

1.「僕の社会科の授業」
(『たの授』NO.26,85-5)
【社会科で面積,高さ,%が出てきたときの
イメージのつかませ方のコツです】

2.「選挙は何歳から?」
(『たの授』NO.41,86-7)
【『たの授』の欄外記事「はみだしたの」から
生まれたミニ授業プラン。けっこうウケますよ】

3.「社会科で「いろいろな種」の標本づくり」
(『たの授』NO.69,88-10)
【社会科で出てくる作物の種を画用紙に貼り付けて
標本づくりをしました】

4.「社会科でも実物(綿の種から羊の原毛まで)
を見せたい」
(『たの授』NO.71,88-12)
【社会科の授業にはぜひ実物(モノ)を
登場させたいと思います】

5.「白地図を見て,国の名前がいえますか?」
(『たの授』NO.86,88-6)
【故長岡清さん,幸田正孝さんとの共同研究。
共同研究するたのしさを知りました】

6.「郷土から日本を見る・世界を見る」
(『たの授』NO.90,90-6)
【授業書・総合読本開発講座での板倉聖宣さんの話を
私がテープ起こししました】

7.「「地図さがしっこ」をやりました」
(『たの授』NO.90,90-6)
【地域の地図で地図記号をさがす
「地図さがしっこ」をやった評価と感想です】

8.「実験観がガラリと変わった」
(『たの授』NO.101,91-3)
【「たのしい授業ハンドブック」と題された臨時
増刊号に「拝啓,社会科の教師殿」という副題で書きました】

9.「分野別たのしい社会科プラン」
(『たの授』NO.167,96-4)
【社会科で使える授業書や授業プランを
各分野で「背骨」になるものを中心に紹介しました】

10.「シンガポールは何教の国か?」
(『たの授』NO.211,99-5)
【忘年会から生まれた話で,私のお気に入りの一つ。
量率グラフもうまく使えました】

11.「板倉聖宣・吉村七郎監修(全10巻,小峰
書店)『資源・環境・リサイクル』はおすすめです」
(『たの授』NO.254,2002-6)
【仮説実験授業研究会の会員がつくったシリーズを
書評したものです】

12.「たのしい授業学派の,たのしい郷土史」
(『たの授』NO.263,2003-2)
【重弘忠晴さんが書かれた松戸市立小金小の
130周年記念誌『歴史読本こがね』を書評したものです】

13.「形式を教えちゃおう」
(『たの授』NO.268,2003-6)
【「気軽に作文してもらうために」という副題が
ついています。私も作文は苦手だったもので…。
『たのしい授業プラン3』にも転載されました。】

14.「肥さんの「東京・昭島たのしい教師入門サークル」訪問記」
(『たの授』NO.281,2004-5)
【「肥さんの仮説サークル訪問」の第1回の
訪問のレポートです。活気のあるサークルでした】

15.「私のおすすめ「最初の授業」」
(『たの授』NO.NO.349 2009ー4)
【中1なら「世界の国ぐに」を,中2なら「日本歴史入門」を,
中3なら「三権分立」や「日本国憲法とその構成」を勧めました】

● グラフ関係~これは「別枠」にしてみました

1.「自動車の生産台数と輸出台数」
(『たの授』NO.181,97-4)
【現地生産について,わりと早い時期にグラフ化
できた思い出の作品です】

2.「1994年の日本の工業生産状況」
(『たの授』NO.189,97-11)
【松崎広重『社会を見直すメガネ』(国土社)の
量率グラフで描いた作品です】

3.「日本の発電量の変遷~付.最近の世界の
国ぐにの発電量」
(『たの授』NO.192,98-1)
【発電量を見ると,その国の情勢まで見えてくる
ことを実感した作品です】

4.「親が見た「中学の勉強は何が必要なのか」」
(『たの授』NO.216,99-10)
【「どの教科も大切ですよ」と学校の先生は
言いますが,親と生徒の本音はいかに?】

5.「日本国憲法とその構成」
(『たの授』NO.284,2004-8)
【竹田かずきさんの授業プランに,15年前
描いた「日本国憲法の構成」というグラフを提供
していい感じに仕上がった。ぜひ授業を!】

6.「近世の将軍と天皇の交代年図」
(『たの授』NO.292,2005-3)
【「板倉先生との連名」というとカッコイイが,
ほとんど私のグラフは原形をとどめていない。
「この続きは君がやれ」という宿題だと思う】

7.「中世の将軍と天皇の交代年図」
(『たの授』NO.300,2005-10)
【また板倉先生に「おんぶにだっこ」の作品。
だけど上皇や法皇の乱立するいいグラフができた。
権力不安定の時期,それが中世である】


【その他の教育関係】

1.「6月の学級指導~どこに重点を置くか」
(『中学校 学級指導』(明治図書)1987ー6)
【明治図書からの原稿依頼で.最も早い時期のものか。
2ページもののリレー連載の3番手でした】

2.「陸奥宗光・私ならこう教える」
(『社会科教育』1989年頃)
【いろいろな人物をどう教えるかという特集で,
私は陸奥宗光を担当しました。原稿料<資料の本の価格】

3.「ローマ帝国とキリスト教」
(1989年)
【『一時間の授業技術・中学社会・歴史』(日本書籍)
に書かせてもらったもの。授業書風の進め方をしています】

4.「こんな単元でこんなモノづくりを!」
(『社会科教育』(明治図書)91-12)
【「いろいろな種」の標本づくりや「10万人の
顔写真」の実践を紹介しました】

5.「冤罪事件への関心から」
(『社会科教育』(明治図書)93-2)
【『一時間の授業技術・中学社会・公民』の授業
「死刑台からの生還」を紹介しました】

6.「明確で興味深い発問を求めて」
(『「道徳」授業研究』(明治図書)93-2~3)
【授業書〈生類憐れみの令〉を紹介して,
いい発問とは何かを書きました】

7.「「ゆさぶる」に値するネタを求めて」
(『「道徳」授業研究』(明治図書)1993ー10・11)
【「星野富弘さん」「生きる」「六月」と
特徴的な詩を使った実践を集めてみました】

8.「こんな「反省」のさせ方はやめよう・成功の条件」
(『楽しい学級経営』(明治図書)1993ー12)
【いじめた経験・いじめられた経験を使いながら,
いじめと正義感の話を登場させて論じている】

9.「映画「草の乱」をめぐって」
(『歴史地理教育』NO.683,2005-4)
【「窓」の欄に書かせてもらえるなんて,望外の喜びでした】

10.「これで安心!中学勉強入門(社会科編)」
(朝日中学生ウィークリー2005.4.24号)
【かわいいイラスト付きで,なんだか自分の文章ではないみたい。
「工夫して得意分野を持とう」という題です】

11.「1時間もの授業プラン
~仮説実験授業の実践に学んで~」
(『歴史地理教育』NO.684,2005-5)
【「憲法特集」ということで,仮説実験授業の
授業プランである「日本国憲法とその構成」,
「三権分立」の二つの授業プランを紹介しました】

12.「暗記だけじゃない・生きる力つける社会科」
(朝日中学生ウィークリー2006.10.8号)
【3人の社会科の先生の実践を編集者がまとめて
くれました。社会科かるた&ホームページの紹介も
してくれて,しばらくアクセスが急増しました】


【古田史学関係】

1.「古代史と教育」
(「多元NO.40,2000-12」)
【多元的古代研究会・関東の例会で,
私が行った北九州旅行の報告と中学校における
歴史教育について話した内容をまとめたものです】

2.「二倍年暦の実例になるか?」
(「多元NO.41,2001-2」)
【滝沢馬琴が書いた『玄同放言』という本の中に
出てくる194歳の老人(三河国の満平)は
二倍年暦で歳を数えていたのではないかと論じたものです】

3.「続報「二倍年暦の実例になるか?」」
(「多元NO.49,2002-5」)
【パソコンで検索して「百姓満平の長寿話」という
論文を書かれていた豊川市のお医者さんと連絡がとれ,
調査が少し前進したという報告です】

4.「古代戸籍の二倍年暦」
(「古田史学会報NO.60,2004-2」)
【「平安遺文」の中から「二倍年暦」に該当しそうな
ケースをさがしたもの。国会図書館に1日カンヅメ!】

5.「『徹底検証「新しい歴史教科書」』の紹介」
(「多元NO.76,2006-11」)
【川瀬健一さんの著作の紹介。新しい歴史教科書の
古代史編を古田説を使って批判している】

6.「房総半島から八丈島が見えた!」
(「多元」NO.77,2007-1)
【楽家の旅行の折,沖合い190キロの八丈島が
前夜の嵐のために見えた!その感動をもとに書いた。
博多から朝鮮半島も,ほぼ同じ距離というところがミソ】

7.「日本古代ハイウェーは,九州王朝が作った軍用道路か?」
(「古田史学会報」NO.108 2012ー2)
【全長6300キロ,幅12メートルの高速道路が,
古代に作られていた。誰が,何のために作ったのかを,
古田説の立場から論じたもの。ちょっぴり自信作です】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

仮説実験授業関係が22本(グラフを7本含む)。
その他の教育関係が12本。古田史学関係が7本。
合計41本の「論文」ということになります。

教師生活33年で41本は,大体1年で約1本ということか。
いやいや,最近は『たの授』にあまり書かせてもらっていないからなあ。
欄外記事の「はみだしたの」はたくさん載せてもらっているが,
さらに本文の方に載せてもらえるように,
社会の科学の分野の研究をしていきたい。

第3回定期試験が終了

昨日で,第3回定期試験が終了した。
今はその採点をしているところだ。
(初日の教科だったので,
2日間で4クラスまでつけられた)

専門委員会が入って,すぐに行けなかったが,
部活も再開して,2時間ほど行った。
木下兄コーチにお世話になった。

2014年11月19日 (水)

高倉健さんの訃報

テレビのニュースを観ていたら,訃報が入った。
俳優の高倉健(本名・小田剛一)さんが,
10日に悪性リンパ腫で亡くなっていたというのだ。
私も最近リンパ節肥大を経験したので,他人ごとではない。

享年83歳。福岡県出身で,
若い頃には「任侠もの」で人気を博したらしい。
しかし,私はその頃のことは知らず,
高倉健といえば「幸福の黄色いハンカチ」が一番だ。
武田鉄也や桃井かおりとともに出演し,
刑務所上がりの男を演じた彼は,すごく格好よかった。
また,黄色いハンカチが風にひるがえる中,
倍賞智恵子と再会するシーンには
涙腺がゆるみっぱなしになったものだ。

「高倉健・追悼作品」として,
「幸福の黄色いハンカチ」を
またテレビで放送してくれるといいなあ。

房yaの「ジャンボ椎茸ステーキ」

どうも私のお気に入りの店では,
同じようなメニューが登場するらしい。
それが昨日出た「ジャンボ椎茸ステーキ」だった。

実は私,ジャンボ椎茸ステーキには,
これまで2度お目に掛かっている。
最初に出会ったのは,Yさんもご存知の「肴(さかな)や」という居酒屋で,
まず10数センチあるその大きさに驚いたものだ。
写真で撮って「夢ブログ」にも載せたような載せないような…。
2回目は「3丁目の夕日」という映画の題名のような居酒屋。
「先生,今日は面白いものを仕入れたので,食べてみますか?」
という誘いに乗って食べてみた。

だいたい,店が常連に「食べてみないか」と勧める時は,
その誘いに乗るに限る。
たいてい美味しいことが多いし,
またたとえその時はイマイチだったとしても,
次に美味しいものが入った機会に,
また誘ってくれるという関係になれるからだ。
というわけで,誘いに乗って食べてみた。

皿の中央に,傘の裏の方を上にした形で置かれたジャンボ椎茸。
全体にまろやかな味が付き,何か所かにニンニクやパセリ(?)等を
すったものがトッピングされていた。
UFO(本物にはまだ,出会ったことはないが…)を下から見たような
不思議な趣きを漂わせた一品だ。

ステーキということで,ナイフとフォークを使って口に運ぶ。
「う~ん,なかなかイケますねぇ!」(o^-^o)
ヘルシーで,ビールにもワインにも,
その他のお酒にも合いそうな気がする。

肉のステーキではカロリーが心配だが,
椎茸ならその10分の1か,下手すると20分の1ですむ。
その分他の料理も食べられるわけで,
また昨日も,例のマルゲリータ・ピッツァ(通称マルゲ)で
「最後の炭水化物」の〆(しめ)となった次第。

ところで椎茸というキノコは,他の国ではどうなのだろうと思って調べてみた。
例えばウィキペディアには,こう書いてあった。

「シイタケは日本,中国,韓国などで食用に栽培されるほか,
東南アジアの高山帯やニュージーランドにも分布する。
日本においては食卓に上る機会も多く,
数あるキノコの中でも知名度,人気ともに高いもののひとつである。
英語でもそのままshiitakeで、
フランス語ではle shiitake(男性名詞)で受け入れられている」

低カロリー(100グラムあたり34Kcal)の上,
グルタミン酸(「味の素」で御馴染み!)などが含まれていて味がよく,
生でも美味しいが干せばまた香りが増して,様々な料理に活用される。
その上健康食品として免疫力向上が考えられ,
美味しく食べて,体にもいいという「一石二鳥」の食品という訳だ。

なお,「新所沢 房ya」で検索すると,
「房や 新所沢/グルメ・クーポンのホットペッパー - ホットペッパーグルメ」
というサイトに行くことができる。
そこにはYさん撮影の美しい写真で,
店内の様子やマスターの美味しそうな料理等が紹介されている。
きっと「行ってみようかな!」という気になると思うので,
ぜひ訪問してみて下さい。

2014年11月18日 (火)

肥さん年図 2014年版

私はこれまで,木下さん(小学校)や佐藤さん(中学理科)の年図作りをしてきました。
その経験は,今回の自分自身の年図作りにも生かされています。
人は時に「過去を振り返り,未来を展望すること」が必要だと思います。
そんな時年図というグラフはとても役に立ちます。
過去を整理することが,そのまま未来につながっているからです。
これからの私は,この年図を活用して,さらに頑張っていきたい。
そういう気持ちを込めて作成してみました。
何か参考になるところがあったら幸いです。

なお,年図を作ってみようと思った時,「ひな型」があると便利です。
メールで送ることができますので,興味のある方はご連絡下さい。

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1945(昭和20)年 終戦・敗戦

1946(昭和21)年 日本国憲法公布

1947(昭和22)年 日本国憲法施行。教育基本法制定

1948(昭和23)年 

1949(昭和24)年 

1950(昭和25)年

1951(昭和26)年 

1952(昭和27)年 

1953(昭和28)年 

1954(昭和29)年 

1955(昭和30)年 

1956(昭和31)年 

1957(昭和32)年 

1958(昭和33)年 [0歳] 肥沼豊治・隆子夫妻の長男として山口県岩国市に生まれる。「中3トリオ」と同年

1959(昭和34)年 [1歳]

1960(昭和35)年 [2歳] 東京都東村山市の父の実家へ。祖父・祖母・叔父・叔母との同居(合計7名)

1961(昭和36)年 [3歳] 弟・正浩生まれる

1962(昭和37)年 [4歳]

1963(昭和38)年 [5歳] 清瀬幼稚園(1)

1964(昭和39)年 [6歳]    ↓ (2) 国立大学の付属小を受験(不合格)

1965(昭和40)年 [7歳] 秋津小(1)日高先生 「100グラムの鉄と100グラムの綿では,どちらが重いか」(渡辺君と私)

1966(昭和41)年 [8歳]     ↓ (2)日高先生 。寝る前に父親が読み聞かせしてくれる

1967(昭和42)年 [9歳]     ↓ (3)宇南山先生

1968(昭和43)年 [10歳]   ↓ (4)宇南山(本多)先生。転入生が7名

1969(昭和44)年 [11歳]   ↓ (5)田中先生。野球・ケードロ・めんこ・ザリガニ捕り等で遊ぶ

1970(昭和45)年 [12歳]   ↓ (6)田中先生。クラスの女の子のいじめに加担・厳しい指導を受ける

1971(昭和46)年 [13歳] 東村山二中(1)八木原先生。3年間写真部。赤門塾(長谷川宏先生主宰)に通い始める

1972(昭和47)年 [14歳]   ↓ (2)稲岡先生。先生の実家へ。クラスでいじめに遭う。星新一を読み始める。ギターを始める

1973(昭和48)年 [15歳]   ↓ (3)八木原先生。3校受験し,第2希望の都立高校へ

1974(昭和49)年 [16歳] 小平高(1)山口先生 3年間写真部。赤門塾の鬼無里合宿(以降,6年間)に参加

1975(昭和50)年 [17歳]   ↓ (2)金子先生。「鬼無里村讃歌」と「労働」を作詞・作曲。イルカの「なごり雪」が大ヒット

1976(昭和51)年 [18歳]   ↓ (3)金子先生。深夜放送「金曜パック」(那智・チャコ)。6校受験し,第2希望の法政大学へ

1977(昭和52)年 [19歳] 法政大法学部法律学科(1)。特に,4年生の江川投手の日には神宮球場へ

1978(昭和53)年 [20歳]   ↓ (2)。フランス文学やロシア文学に親しむ。『ひと』誌(遠山啓の論文が中心)

1979(昭和54)年 [21歳]   ↓ (3)。 小学生への読書指導。教職課程(社会科)を履修し始める

1980(昭和55)年 [22歳]   ↓ (4)。東村山二中へ教育実習に行く。東京都の教員採用試験(不合格)。赤門塾の後山合宿で隊長を勤める

1981(昭和56)年 [23歳] 就職浪人 川越の小と中の講師。埼玉県の教員採用試験(合格)。 『日本歴史入門』を読み,仮説実験授業と出会う

1982(昭和57)年 [24歳] 美原中① 2年副担任。東村山の実家から,学区内に引っ越す。歴教協,所教組に参加

1983(昭和58)年 [25歳]   ↓ ② 3ー4担任。『たのしい授業』誌の創刊。所沢仮説サークル(以降,6年間ほど)を始める。白浜大会に参加

1984(昭和59)年 [26歳]   ↓ ③ 1ー3担任。霧島大会に参加。板倉先生の『世界の国ぐに』出版

1985(昭和60)年 [27歳]   ↓ ④ 2ー3担任。湯乃谷大会に参加。この頃,「発想法」「授業書開発」講座

1986(昭和61)年 [28歳]   ↓ ⑤ 3ー5担任。足摺岬大会に参加。ミニ授業プラン「選挙は何歳から?」。板倉先生の『歴史の見方考え方』出版

1987(昭和62)年 [29歳]   ↓ ⑥ 1ー4担任。石川大会に参加。この頃,明治図書に時々原稿が掲載される

1988(昭和63)年 [30歳]   ↓ ⑦ 2ー8担任。鞆の浦大会に参加。板倉先生らとヨーロッパ科学史の旅。文化祭で「十万人の顔写真」という平和教育の取り組み(朝日新聞に掲載)。『たの授』に「〈いろいろな種〉の標本づくり」「社会科でも〈実物〉を見せたい」掲載

1989(平成元)年 [31歳]   ↓ ⑧ 3ー6担任。『1時間の授業技術』(日本書籍)に「ローマ帝国とキリスト教」を書く。ガリ本『今日までそして明日から』を発行。古田武彦氏の本と再会

1990(平成2)年 [32歳] 三ヶ島中① 2ー5担任。ガリ本『ぴぃ~すちゃん』を発行。板倉先生の『世界の国旗』出版。原鶴大会に参加

1991(平成3)年 [33歳]   ↓ ② 3ー9担任。ガリ本『ぼちぼちいこか』を発行。2泊3日の「邪馬壹国・探訪の旅」に参加。5日間の古代史シンポジウム(昭和薬科大学諏訪校舎)に参加。プロジェクター担当。古代史の共同研究会(3年間)

1992(平成4)年 [34歳]   ↓ ③ 1ー3担任。長野大会に参加。授業プラン「「邪馬台国」はどこだ!」を作成

1993(平成5)年 [35歳]   ↓ ④ 2ー7担任。京都大会に参加。韓国旅行。ガリ本『レッツ・ゴー3組』を発行

1994(平成6)年 [36歳]   ↓ ⑤ 3ー3担任。タイ・シンガポール・香港旅行。「川」で合唱コン銀賞

1995(平成7)年 [37歳]   ↓ ⑥ 1ー5担任。阪神・淡路大震災。中国旅行(西安,北京,香港)。ガリ本『肥さんの「多元的古代」通信』を発行

1996(平成8)年 [38歳]   ↓ ⑦ 2ー3担任。ガリ本『5組かわら版』を発行。この頃,EM(有用微生物群)に興味を持つ

1997(平成9)年 [39歳]   ↓ ⑧ 3ー6担任。『たの授』に初めてグラフを描く(これを皮切りに,8年間で7本描く)

1998(平成10)年 [40歳] 小手指中① 3ー5担任。ガリ本『ダイオキシンのない街・所沢をめざして』を発行

1999(平成11)年 [41歳]   ↓ ② 1ー2担任。埼玉・社会の科学サークル(以降,3年間)始める

2000(平成12)年 [42歳]   ↓ ③ 2ー1担任。 「肥さんのメールマガジン」の発行を始める

2001(平成13)年 [43歳]   ↓ ④ 3ー5担任。「社会科かるた」シリーズ作成開始(現在,中学社会の全分野を網羅)

2002(平成14)年 [44歳]   ↓ ⑤ 1ー3担任。久しぶりに鳥取大会に参加。 「肥さんのホームページ」を始める

2003(平成15)年 [45歳]   ↓ ⑥ 2ー2担任。「サークル巡り」始める。映画「草の乱」のエキストラに参加

2004(平成16)年 [46歳]   ↓ ⑦ 3ー3担任。浦和仮説サークルに参加『たの授』に「日本国憲法とその構成」(肥沼のグラフ掲載)。 「名づけられた葉」で親善音楽会へ

2005(平成17)年 [47歳] 向陽中 ① 2ー3担任。父・豊治死亡。男子バレー部顧問に(以降,10年間)。 「肥さんの夢ブログ」を始める

2006(平成18)年 [48歳]   ↓ ② 3ー2担任。「夏」で合唱コン銀賞。古代史セミナー(3)から参加(以降,9年間)

2007(平成19)年 [49歳]   ↓ ③ 1ー3担任。飯能・日高サークルに参加。埼玉で冬の大会

2008(平成20)年 [50歳]   ↓ ④ 2ー1担任。男バレが県大会ベスト8に。10年ぶりにガリ本『肥さんのこの10年~40代の仕事』を発行

2009(平成21)年 [51歳]   ↓ ⑤ 1ー2担任。新型インフルエンザで,残念ながら合唱コンの優勝を逃す(表彰なし)

2010(平成22)年 [52歳]   ↓ ⑥ 2ー1担任。竹田・長岡共著『日本国憲法と三権分立』(肥沼グラフの含む)出版。赤門塾40周年の会

2011(平成23)年 [53歳] 上山口中① 1ー2担任。東日本大震災。新所沢仮説サークル(以降,2年間)。宗像大会に参加

2012(平成24)年 [54歳]  ↓ ② 3ー2担任。「古田史学会報」2月号に「日本古代ハイウェーは九州王朝が作った軍用道路か?」宮城・松島大会に参加。被災地訪問を始める。「そのひとがうたうとき」で親善音楽会へ

2013(平成25)年 [55歳]  ↓ ③ 1ー2担任。被災地支援の「花咲くコンサート」の活動に参加(以降,3年間)。いきものかがりのライブ(横浜アリーナ)に初参加。「あまちゃん」が大人気に

2014(平成26)年 [56歳]  ↓ ④ 2年副担任。「まる読み」や「社会科チャレンジ問題」を取り入れる。「房(ぼう)yaなう!!」を発行。高崎サークルでミニ講演「中学社会33年~〈仮説〉と部活と古代史と~」を行う。音楽酒場「農家」を知る

2015(平成27)年 [57歳]  ↓ ⑤ 3年副担任(予定)。「おのくん」(宮城県東松島市)の「里親」となる。いきものががりのライブ(日本武道館)に参加(予定)。東京大会(北区)に参加(予定)。東村山市に拠点を移す(予定)

2016(平成28)年 [58歳]

2017(平成29)年 [59歳]

2018(平成30)年 [60歳]

テレビ番組のエキストラ

まだ詳細は書けないが,
近々テレビのエキストラに出る予定だ。
自宅のポストに案内のビラが入っていて,
応募することにした。

撮影場所は,所沢市内。
半日拘束されるが,
テレビのエキストラが映画とどう違うのか
知りたいと思った。

10年前,映画「草の乱」(秩父事件の農民役)で
4日ほど秩父に通い,
私は初めてエキストラを経験した。
とても楽しい経験だった。
今回もどういうことになるか楽しみである。

もちろんその様子は,この夢ブログで報告する。
乞う御期待!

自画(ブログ)自賛

板倉聖宣さんと古田武彦さんのことを,
両方扱っているサイトはないかと検索してみた。

すると,「Yamaguchi’s Tumblr」というサイトに,
興味深い話題が引用されていた。
題して,「歴史を学ぶ中学生のために」。
え~,どんな内容が書いてあるんだろう?
ちょっと興味が湧いてきませんか!

ということで,かなり長くなるが,
転載させていただく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

歴史を学ぶことは,人類の過去の成功例と失敗例を学ぶことであり,
同時に未来をどう創っていくかのヒントを得ることでもあります。
大変意義のある勉強と言えるでしょう。

しかし,歴史は注意して学ばないと,「その歴史を書いた人の主張を
そのまま受け入れてしまう」ということにもなりかねない面があります。
そこで,歴史を学ぼうとするあなたにぜひ覚えてほしいことを
いくつか書いてみることにしました。

(1) 歴史は「勝者の歴史」であることがほとんどである

歴史は誰によって書かれるかというと,「勝者」によっての場合がほとんどです。
「敗者の歴史」は歪(ゆが)められたり,消されたりすることがあるのです。
例えば,ひどい乱暴者の王が描かれたあとで,
「だから私たちは彼をやっつけたのだ」などと書いてあることは,
歴史書にはよく出てくる表現です。
しかし,本当にその王が乱暴者だったのかは「死人に口なし」ですから,
実際のことはわかりません。ただ,これだけは言えるでしょう。
「歴史の著述者は,そう信じてもらいたい」のだということです。

たとえば,日本の古代史で蘇我馬子や蘇我蝦夷,蘇我入鹿の名前には
動物が入れられていますが,明らかに「人間以下のもの」
という意識が働くように細工されているように考えられます。
元の字はきっと「いい意味」の漢字が使われていたに違いないのです。
それをわざと「卑しい字」を使って悪い印象を与えようとしているのです。
なぜかといえば,蘇我氏を倒した中大兄皇子と中臣鎌足の側の歴史が
そのようなイメージを描かせたかったからだということだと思います。
さらに,和気清(きよ)麻呂が道鏡に「和気穢(きたな)麻呂」と
改名されてしまうなどという話なども大変わかりやすい例です。

(2) 「普通のできごと」は記録されないのが普通である

私たちは日記に「昨日はごはんを食べた」「今日もごはんを食べた」
「明日もごはんを食べるだろう」なとどは書きません。
それはあまりに当たり前のことで「残しておこう」と思わないからです。
もし書く気持ちになるとすれば,それは異常事態の時で,
「昨日はごはんを食べられなかった」「今日もごはんを食べられなかった」
「明日はごはんを食べられるだろうか」というような時です。

だから,「江戸時代の農民はあわやひえばかり食べていた」
「米を食べることはできなかった」などと書いてあるとしたら,
やはり異常事態の時と考えるべきなのです。
もちろん江戸時代の農民がつらい思いをしたことはたくさんあったでしょう。
冷害や干ばつで米が採れないのに重い年貢を課せられていたり,
せっかく生まれた赤ちゃんを口減らしのために
間引いたこともしばしばだったと思われます。
しかし,物質不滅の法則に従えば,江戸時代の農民も平均的には
米の飯を食べていると言わざるを得ないのです。
農作業は力仕事ですから,あわやひえ(小鳥のえさ)では体力が持ちません。
この件については,板倉聖宣著『歴史の見方考え方』(仮説社)を参照のこと。

(3) 本当の歴史を知ることはできるか

では,世の中に「勝者の歴史」があふれ,「普通のこと」が残らないとすれば,
どのようにして本当の歴史を学ぶことができるのでしょうか。
それにはいくつかの方法があります。

1つは,先ほど書いた板倉聖宣さんの取った方法で,
自然科学の法則や原理をもとにして歴史を検証していく方法です。
板倉さんは,仮説を立て史料を探していけば,
探していた史料は必ず発見できると言っています。
それは自然科学でいう「実験」のようなものと言ってもいいでしょう。

もう1つは,利害関係のない第三者(たとえば外国史料)の記述を優先して採用したり,
2つの歴史書(古事記と日本書紀など)を比較検討するという形の研究をすることです。
この方法で進んだ研究をしている人に古田武彦氏
(『「邪馬台国」はなかった』が代表作)がいるので,
彼に歴史研究法を学ぶのもいいでしょう。

あなたが「本当のこと」が知りたいとすれば,
それはあなたに素晴らしい歴史研究者の素質があるということです。
ぜひ自分に興味があることから始めて,
いっしょに歴史を研究していきましょう。
歴史の研究は,きっとあなたの人生に
ステキなうるおいを与えると思いますよ!

歴史を学ぶ中学生のために:
肥さんの夢ブログ(中社)土曜日, 4月 7 2012に投稿.

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なんと,2年半前に私が「夢ブログ」に書いた内容が,
どうやら気に入っていただけたらしく,
「Yamaguchiさん」に「引用」していただいたという次第である。
私の「夢ブログ」もまんざらではないかも,と自画(ブログ)自賛。(*゚ー゚*)

2014年11月17日 (月)

ぜひ実現したい板倉聖宣氏と古田武彦氏の対談

「I have a dream.」で始まる有名な演説があるが,
私にも1つの夢がある。
上記のお2人の対談の企画である。

板倉先生は,1963年に仮説実験授業を提唱されて,
授業科学の基礎を築かれ,たのしい授業をするための
多くの授業書を作られた。
また古田先生は,歴史研究の分野で多元史観(特に九州王朝説)を唱え,
日本の古代史の解明において大きな業績をあげられた。

お2人の仕事は「学会の常識」を超えた斬新なものだったので,
なかなかアカデミズム的には評価されなかったが,
少なからぬフツーの庶民の人々の心をとらえ,
多くの本が愛読されてきた。
(板倉先生なら,『科学的とはどういうことか』であり,
古田先生なら,『「邪馬台国」はなかった』が筆頭)

このお2人は,私の知る限りでは,面識がないと思う。
ぜひ対談を実現して,お2人の業績を顕彰したい。
それが私の夢である。

板倉先生は,1930年生まれで,現在84歳。
古田先生は,1926年生まれで,現在88歳である。

社会の科学授業書案・読物・用語研究会

昨日は,調布市の深大寺の近くにある
落合さんの主宰される「杜の塾」で行われた,
上記の会に参加した。

落合さんといえば,まず『沖縄』(キリン館)で知られ,
日本地理の授業でお世話になっている。
また,もう10年以上前になるが,所沢に来ていただいて,
著者自らサークルでその講師をしていただいたこともある。
また,「現金掛け値なし」の話は日本歴史の江戸時代の
越後屋のところでは必ず紹介するし,
『江戸時代入門』(国土社)や『サービス産業と教育レジャー』(小峰書店)など,
多数の著書を持っている方であり,
私より4歳年上の仮説実験授業の素晴らしい実践家だ。

もう1人の参加者の松田さんは,私と同じ中学社会の先生をなさっていた方。
仮説と古田史学と共通の「二足のわらじ」の方で,
今は1週間好きなテニスを中心の生活をしておられるとのこと。
この3人で上記の研究会が行われたという次第だ。

会場が分からず,私が遅刻到着してご迷惑をかけたが,
3人そろったところで,研究会は始まった。

午前中は,落合さんより「板倉社会の科学論~その成果,実績と今後の課題」
という資料をもとに,これまでの板倉先生の仕事の「復習」をした。
私が仮説実験授業に関わるようになったのも,『日本歴史入門』からであり,
それ以降の「社会の科学」の研究の進展もよくまとめておられると思った。
松田さんもテニス焼けした健康そうな表情で話を聞いておられた。
(松田さんは,たの社MLには所属しておらず,『たの授』の案内を見て,
日帰りで参加しようと大阪からこの日来られたとのこと)

お昼が近づいてきたので,歩いて深大寺へ。
七五三のお参りの人々も多くあつまり,蕎麦やの前も長蛇の列だった。
落合さんオススメの店は,残念ながら今回は断念。
二番手のお店に入って,十割蕎麦を注文した。

ここでの話題は,ほとんどか古田史学。
私と松田さんがどんどん話題を進めるものだから,
古田先生の本はお持ちだが通説で教材を作ってこられた落合さんには,
目を白黒させてしまう時間が多かったと思われます。ごめんなさい。
時々「それはどういうことですか」と質問されていましたね。
食ごなしに戦国時代の城跡に登ったり,神代植物園を横目にみながら,
また杜の塾に戻って研究会の続き。

私の方から資料として,「肥さんの,この10年~40代の仕事」
というガリ本を差し上げ(重かったけど,持っていって良かったです),
これまでの私の,仮説と古田史学との関わりについて話をさせていただいた。

最後に,落合さんとしてはとてもやりにくそうだったが,
「日本という国名と天皇という称号の起源」という資料を読まれた。
「これがなかなかはっきりしない」というのは同感で,
その「はっきりしない原因がどこにあるのか」というところが大切で,
それは「日本書紀がわざとはっきりさせないように作られているから」です。
日本の古代史の研究において,九州王朝説の仮説を無視しては,
もはや先には進めないのではないか,私はそう思う。
時間がないので,1つひとつ検討できなかったが,
「日本国の成立した670~720年の間に行われた重要な政策」
という項目について,細かく検討してみたかった。
これらのことについて,古田史学では,かなり解明が進んでいると思います。
例えば,大嘗祭については,天武天皇の段階では
功労のあった二国にほうびをあげただけなのですが,
持統天皇に至って主催しほうびをあげる(文武天皇以降も同様)段階になっている。
そして,これはやはり「評→群への移行」,「大宝年号の建元(スタート)」と
画期を一にしている。これを見逃してはいけないところだと思います。
また,無紋銀銭,和同銭(古和同,新和同等のアンチモン含有量による科学分析)
の研究も,今後さらに進んでいくことでしょう。
できたらまだまだ語りたいところでしたが,研究会の終わりを告げるかのように
深大寺の鐘が「ゴ~ン」と鳴ってきたところでお開き。
私は三鷹駅行きのバスへ,松田さんは調布駅行きのバスに乗って帰途に着きました。

落合さんへ ~ 2人の古田史学の読者との会話で,頭を混乱・混線
させてしまったかもしれません。ごめんなさい。
これは別に,松田さんと私が相談してやったことではなく,
2人が別々に落合さんの企画に反応して,
「古代史を手がけるなら,ぜひ古田史学の成果を取り入れてほしい」
と思って集まったものです。
私も昨日会場で話が進むにつれ,2(古田説)対1(通説)になってしまい
申し訳ないなあと一方で思いつつ,せっかくだからこの機会に
古田先生の本をさらに読んでいただいて,古田史学を取り入れた
授業書案・読物・用語の作成をしていただきたいと思った次第です。
これに懲りず,また研究会を主催していただければありがたいです。
できれば1年後の11月(定例研究会とか)にでも・・・。
きっと松田さんも「道を遠しとせず」いらっしゃることと思います。

松田さんへ ~ 人生というのは,いろいろなことがあって驚きますが,
昨日もその1つでした。まさか,仮説と古田史学の「二足のわらじ」の方に,
落合さんの研究会でご一緒し,お話させていただけるとは思いも寄りませんでした。
「短里の採用で勝負あり」ということで,大変明快でした。
ただ「東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)でも勝負あり」の現在,
さらに古田史学をいっしょに研究していただけるとうれしいです。
「新古代学の扉」というサイトの「古賀達也の洛中洛外日記」は,
「最新の古田史学」情報が書かれていて,とても刺激的です。
ぜひインターネットを利用したり,ミネルヴァ書房から復刊している
古田先生の本(巻末に「その後の研究動向」が増補されています)を
お読みになっていただいて,この夢ブログでおしゃべりしましょう。
「昼はテニス」で体を動かし,「夜は古代史」でノーミソを動かす毎日。
きっと楽しいと思いますよ。

2014年11月16日 (日)

侍ジャパンがMLBをノーヒット・ノーラン

MLB 0 0 0 0 0 0 0 0 0 計0
侍ジャ 0 2 2 0 0 0 0 0 X 計4

久しぶりに野球の記事である。
昨日東京ドームで行われた日米野球。
先発が楽天・則本ということで期待していたが,
なんと4人の投手(則本・西・牧田・西野)で
MLBをノーヒット・ノーランに抑えてしまった。
(日本は,71年のオリオールズ,90年のMLB選抜と
2回やられているが,こちらからやるのは初めての快挙)

打っては,2回に坂本(巨人)の2ランが,
3回には中田(日ハム)の2ランが飛び出し,
主導権を握っての堂々たる試合運びだった。

これで3連勝。
このまま勝ち続けて,侍ジャパンの全勝優勝!
なんてことになったらすごいなあ。

定期テストづくり

午前8時半に学校に着いた私は,
さっそくテスト作りに取り掛かろうと思った。
しかし,その前に2つの仕事が立ちはだかった。

(1)学年だよりづくり(月曜日に発行する準備)
(2)研究会の資料づくり(落合さんの会用)

これらを約1時間半で終えると,急きょ方向転換。
猛然と「太字問題」「細字問題」を作り,
選べばいいワークの問題は月曜に回して,
何とかお昼までにはテスト問題の8割方を終わらせた。

(1)パソコンによる入力
(2)長年の経験

これらの助けを借りて,テスト作りを終えた私は,
自転車で自宅へと戻り,午後の昭島サークルへと向った。

昭島サークル 2014年11月

上記のサークルに行くことは,だいぶ前から決めていた。
新人戦も終えたし,仮説や古代史のサークルも復活したい。
その皮切りとして久しぶりに参加したいと思ったのだ。
その狙いは間違いなく,元気をたくさんもらえた5時間だった。

昭島公民館に集った15名ほどが参加した
昭島サークル(正式名は,「たのしい教師入門サークル」)の
提出資料を簡単に紹介しよう。

(1)市原さん「「生きている?」なんて考えたことなかった!」~4年生と《背骨のある動物達》の授業
(2)市原さん「ぼくの学校での過ごし方」←高崎サークルで話題になったもの
(3)私「社会科(歴史)ビンゴ~(時代名)の巻」←16個の場合22個くらいから選ばせるといいとのこと
(4)山路さん紹介「木下さんのガリ本『教室のたのしい引き出し』の宣伝パンフ」
(5)綿貫さん「ありがとう!エルステッド先生」~《電流と磁石》はとても魅力的な授業書です

(6)授業科学教育研究所主催の「12/14・平林先生の講演と授業プラン〈イオンが動けば〉の会のパンフ
(7)仮説実験授業の教育原理を考える会主催の「12/26~27・仮説実験授業生誕51年~
1963年から今,そして未来への会パンフ」
(8)教師新入門の会主催の「2/14・竹内三郎さんの「もしも“講師”になつたなら」研究会のパンフ」
(9)小川さん「空見上げて・パートⅡ~ドラえもんのマンガ」
(10)小原さん「悩みつつ・楽しみつつ…学校の先生」~〈授業書のない世界〉でも予想・実験

(11)小原さん「賞よりうれしいみんなのステキな合唱だった!」~1988年の「かわら版」
(12)教師新入門の会主催の「1/5・「“崩壊”から学ぼう」研究会」のパンフ
(13)田辺さん「音楽界で優良賞~表彰式で子どもたちが叫んだ言葉は?」
(14)原さん「知っておいてもいいかもしれないこと」~在宅訪問学級の先生として
(15)伴野さん「ゆかりちゃんが「キモイ」って言えた日」

(16)丸屋さん「授業プラン〈かがやけ!10円玉〉~〈くらしの中の化学〉でオススメです!」
(17)山路さん「日本の科学教育の歴史から学ぶ~大学の講義用の授業プランと授業記録」
(18)佐竹さん「小原さんの『〈原子・分子〉との素敵な出会いを!』の書評」
(19)佐竹さん「さらっと「たの授」~「3年生以上なら20分以内で行える」たの授シリーズ」

ここまでは紹介あり。以下は「もらった資料」という感じです。

(20)佐竹さん「たのしい「挨拶絵本」の授業~長島照代さん他の授業記録から学んで」
(21)丸屋さん紹介「オススメします・石塚進講演記録集『仮説実験授業と愛とロマンの生活指導』」
(22)市原さん「仮説実験的に生きるということはどういうことなのか」
(23)市原さん「仮説実験的な生き方を考える研究会を終えて~会のあとで感じたこと,考えたこと」

(24)佐竹さん「こども通信No.6 子どもの喜び・先生の喜び」
(25)佐竹さん「子ども通信No.7 僕はどうして先生になったのか」
(26)原さん主催「12/27~28・4人の実践家から学ぶ~たのしい「技術」入門の会パンフ」
※ 私「肥さんのホームページ&夢ブログの宣伝パンフ」(若手の2人のみに差し上げました)

今回は,人数は15人ほどだったが,資料は26点とすごい量(もちろん質も)。
また,2人の若手の先生の参加で,フレッシュ感もあった。

木下さんは,例会が始まって間もなく退席されたが,それは初めての教え子との「同窓会」のため。
その縁を作ったのが,この「夢ブログ」に掲載した「木下さんの退職記念講演」の記事らしい。
(木下さんの情報を知りたくて検索したら,夢ブログがヒットしたのでしょう。
試しに木下さんのフルネームで検索したら,夢ブログの「退職記念講演」と「年図」が上位でヒットした)
さすが,インターネットの時代だなあ。でも,お役に立てたようでうれしいです。

佐竹さんからは,夢ブログに書いた記事(これから出る本・出てほしい本=
『佐竹さんの本』)について,お礼を言っていただきました。
いつもご愛読いただき,ありがとうございます。
古代史セミナーの夕飯の写真まで見ていただいていたとは!
でも,あの豪華な夕飯も参加理由のひとつなんですよ。(笑)

2014年11月15日 (土)

いきものがかりライブin日本武道館(5/17)

ファンクラブ先行予約の上記のチケット。
昨日「当選」の連絡メールが入った。heart04
素直に喜びたい。(o^-^o)

値段が安くないので,何日も応募するわけにいかず,
しかし日本武道館というビッグステージで聴きたくて,
「ダメもと」で日曜日のステージに応募した。

さっそくファミリーマートから入金したので,
2週間後ぐらいにチケットが送られてくると思う。
半年後のステージを励みに,頑張っていきたい。

「房ya(ぼうや)なう!!」

その魅力を伝えたくて「房ya」シリーズを書いてきたが,
ついに昨日, A5判・16ページの小冊子・
「房ya(ぼうや)なう!!」が出来上った。
60部作って,半分を「房ya」にプレゼント。
読んでみたいという方は,私または「房ya」へ。

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マスターもYさんもこの小冊子を喜んでくれた。
常連さんにも読んでいただけそうだ。

店の入り口のところを写真に撮ってきた。
こんな感じの店です。
(内部は,入店してのお楽しみ!)

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昨日のメニューも撮ってきた。

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PS 昨日初めて「フォアグラの串焼き」を食べました。
しかしまだ,Yさんお手製の「パルマ風チーズリゾット」は食べていません。
まだまだ「房ya」は奥が深そうです。

                                                                                                                                                                                                        

2014年11月14日 (金)

レプリカたちの旅

授業プラン「「邪馬台国」はどこだ!」に関連して,
金属器のレプリカを貸し出しいてる。
送料(私が送った分1000円ほどと
送り返していただく分1000円ほど)のみ負担していただく。
教材として使っていただく限り,私はそれでいいと思っている。
子どもたちの笑顔が予想できるからだ。
(それがサイコーの「お礼」である)

私が初めてレプリカを購入したのは,
吉野ヶ里遺跡出土の銅剣だった。
20年前の2万8000円は安くない買い物だ。
しかし,材料もサイズも本物そっくり。
しかも,豪華な桐の箱に入れられていて,ナンバーリングもある。
本当に素晴らしい出来の一品であった。
私は「まだ売れていませんように!」と願いを込めて,
九州旅行から帰ってすぐ注文の手紙を書いた。
それをきっかけに私のレプリカ熱は高まっていった。

レプリカというのは本物ではない。
だから「レプリカ」なのだが,
じゃあ本物には触れることができるのかといえば,
それは絶対無理なのだ。
しかし,レプリカは「本物ではない」が故に,
触ることができる。
だから,子どもたちを古代史の世界に
ぐっと近づけることができる。
それがレプリカの魅力だ。

今貸し出せるのは,以下のものだ。

(1)吉野ヶ里遺跡の銅剣
(2)銅鏡・・・顔が映ります
(3)銅鐸・・・舌が付いていて音が鳴ります
(4)駅鈴・・・唯一現存の隠岐の駅鈴です
(5)「志賀島」の金印・・・ただ今,行方不明

金属器はずしっと重いので,魅力的だ。
銅鐸と駅鈴は音も鳴る。

レプリカの魅力を書いてきたが,
もちろん土器片や石器など,
本物で触れるものも私は授業で使っている。
(縄文土器片,黒曜石片,打製石器,磨製石器など)
今から20年以上前の勤務校の学区に住む農家の方から,
「畑から出た」ということで教材として譲っていただいた。
こちらは壊れやすいこともあって貸し出したことはないが,
梱包をていねいにすれば可能かもしれない。

進路クイズ

私の進路の話を10問のクイズにしてみた。
昨日は急いで20分くらいでやってしまったが,
応用すれば50分のネタになる可能性があると思っている。

Q1 1番最初に進路で挫折を味わったのはいつか?
(選択肢は省略。実は国立の付属小を受けて不合格だった)
Q2 小学生の時の得意教科は何だったか。
Q3 中学生の時の得意教科は何だったか。
Q4 高校受験3校のうち合格したのは何校か。
Q5 高校生の時の得意教科は何だったか。
Q6 大学受験6校のうち合格したのは何校か。
Q7 大学の学部学科を決めた,第2の理由は何か。
Q8 先生への就職はストレートにうまくいったか。
Q9 今まで書いた調査書(内申書)の合計は何枚か。
Q10 生徒1人に書いた最高枚数と最低枚数は何枚か。
(男子で2人,8枚書いた。平均は3枚かな。
最低は0枚。塾推薦のため,書いた記憶がない)

房yaの「○○」

房yaの料理が美味しいことは,これまでの「夢ブログ」の記述でも
少なからず伝わったと思うが,
まだまだたくさんあるので,今回は「ひと口」CM。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・手作り豆腐 ~ 丸くて,滑らかで,いつもたのんじゃいます。
 クセがないのにクセになる!ぜひ1度お試しあれ。

・マーボー豆腐 ~ マスターの料理の幅はとどまるところを知らず,
 四川料理にも及んでいる。辛いのが苦手な私にも美味しかった一品。
 
・つくね ~ コリコリとした歯ごたえのある焼きつくねを
 タレと卵黄で食べる。このほかの「串焼き」もリーズナブル。

・ホタテのバター焼き ~ 最初に焼いて旨みを閉じ込め,
 そのあとバターでしっかり味を付ける。ホタテは私の大好物なのだ。

・たらのニンニク・ペッパー風味焼き ~ 私は基本的に白身魚は
 苦手なのだか,その私も大満足なのがこの一品。マスターえらい!

・たのんでみたいもの ~ 未注文の一品では,フォアグラ(仏: foie gras)
 の串焼きも「時間の問題」。ただ,クセになるのが怖い気も(肝にかけた)!

・グラスワイン ~ 乾杯にさわやかな白ワイン。健康も考えて
 ポリフェノールの多い赤ワイン。Yさんもお気に入りらしいです。

・ウーロン杯 ~ 美味しい酒とオシャレな料理に舌鼓を打ち,
 ほろ酔い時間を楽しむために,私はこれをよく注文します。

・日本酒と焼酎のボトル ~ 私は房yaに限らずボトルは入れない
 のですが,けっこう常連さんは,ボトルを入れているようです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※ これまで「夢ブログ」に書いてきた「房ya」の紹介を,
小冊子にまとめる予定です。
先日12ページの試作品を持って行ったら,
マスターとYさんに喜んでいただけたので,
「カルボナーラ」と「○○」をさらに加えて,
A5判で15~6ページのものとなります。
題名は,「房ya なう!!」。
読んでみたいという方は,私まで。

(試作品です)

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2014年11月13日 (木)

すごいぞ,霞ヶ関中!

夏休みの終わりに練習試合をした霞ヶ関中が,
新人戦・県大会で第3位に輝いた。
準決勝で富士見東中に当たらなければ,
準優勝だったかもしれない。

これからの男バレの目標は,
小さい大会で調子を上げながら力を付け,
4月の協会長杯・県大会でリベンジ。
6月の学総体で上位進出するということだ。

今回はせっかくのチャンスをふいにした。
もう同じ轍(わだち)を踏んではならない。

※ 8/27の練習試合の結果は・・・
1ー6(25ー23,21ー25,22ー25,22ー25,
14ー25,14ー25,13ー25)

房yaの「カルボナーラ」

忙しすぎて夕飯を食べ損なった夜・・・。
「遠くの親戚より,近くの房ya」(笑)というわけで,
イタリア系料理店・房yaでスパゲティを注文することにした。

食べたのはカルボナーラ。
細めの麺に濃厚なソースがからんでとても美味しかった。
が,ふと,「カルボナーラってどういう意味なんだろう」
という疑問がわいてきた。
そこで,帰宅後さっそくインターネットで調べてみた。

【カルボナーラ】

 「炭焼人 (Carbonara) がもし,仕事の合間にパスタを作ったら,
手に付いた炭の粉が落ちてこんな風になるのではないか」
とイメージをして,黒コショウをからませ創られたパスタだそうだ。

美味しい料理を食べたついでにその料理の意味を調べてみると,
意外なことがわかって面白い。

このほか,4つのスパゲティについて調べてみた。

【ナポリタン】

イタリアの港町ナポリでは,
ナポリタンソースをスパゲティに絡めたものを
スパゲティ・アラ・ナポレターナと呼び,
フランス,スイス,ドイツにもほぼ同名の料理がある。
日本の「ナポリタン」は,これを模倣しつつ
入手困難な材料を避けて独自進化した模様。
昔懐かしい「ナポリタン」は,
イタリアのナポリで注文しても出てこないそうだ。

【ペペロンチーノ】

イタリア語で,アーリオはニンニクを,
オリオは油(特にオリーブ・オイル)を,
ペペロンチーノはトウガラシを意味する。
これら3つの素材をソースに用いたパスタ料理を指す。

【ボンゴレ】

イタリア語の ボンゴレは,本来はアサリ類・ハマグリ類などの
マルスダレガイ科の二枚貝を指すヴォンゴラの複数形。

【昨日の,「最後の炭水化物」は,上記のスパゲティーだった。
前から頼もうと思っていたが,とうとう注文の運びとなった。
いつもよりやわらかめに茹(ゆ)でられた麺と
明太子がよくマッチしていた。
これについては,「カルボナーラ」の時に,
「付録」として付けておいた。

和風スパゲティーといえば言えるけれど,
昔からあるかといえばそんな事はない。
考案された年が1967年だとしたら,わずか40年あまりの歴史だ。
しかし,この工夫は「発明」に等しい工夫といっていいと思う。
私も何かを「発明」をすることはできないにしても,
「発明」に等しいような工夫はしていきたいと思う。

【明太子パゲッティ】

日本人の考案。1967年頃,東京都渋谷区にある
スパゲッティ専門店の老舗「壁の穴」で,
常連客であった当時のNHK交響楽団ホルン奏者の
「キャビアでスパゲッティを作ってくれ」というリクエストをきっかけに,
海苔茶漬けにヒントを得て,店主の成松孝安が考案したもの。パゲッティ】

日本人の考案。1967年頃,東京都渋谷区にある
スパゲッティ専門店の老舗「壁の穴」で,
常連客であった当時のNHK交響楽団ホルン奏者の
「キャビアでスパゲッティを作ってくれ」というリクエストをきっかけに,
海苔茶漬けにヒントを得て,店主の成松孝安が考案したもの。

これであなたも,「スバゲッ通」!?(スパゲッティの通の略)

2014年11月12日 (水)

ビデオ「アンネ・フランクの世界」

第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて,
今授業でやっている。
そこで,2回に分けて25分ずつ見せたのが,
上記のビデオである。

日色ともゑさん(女優。若い頃演劇でアンネ役をやった)が
案内役をして,オランダのアムステルダムにあった
アンネ一家の「隠れ家」を訪問したものだ。

もちろん当時のニュース映画も満載で,
ナチス・ヒトラーの台頭,ユダヤ人への迫害,
第二次世界大戦の開始など,臨場感いっぱいの映像だ。
そして,時々日色ともゑさんが「アンネの日記」を朗読する。
今の中学2年生と同じ年齢の女の子が,
その時代に必死に生きた記録である。

アンネの願いは2つ。
「家族だけで安心して住める家」と
「勉強をするために学校へ通うこと」。
今の中学2年生に2つの願いを書かせたら,
いったいどんな内容が出てくるのだろうか。

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アンネ・フランク
1929年6月12日 - 1945年3月上旬(享年15歳)
今の日本の学年でいうと,中1の夏から「隠れ家」に住み,
中3の卒業式あたりで亡くなった計算となる。

彼女の書いた『アンネの日記』は,
60以上の言語に翻訳され,
2500万部以上発行された。

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「アンネ・フランクの名言」というサイトがありました。
転載させていただきます。

○ なんと素晴らしいことでしょう!
世界をよくすることを始めるのに誰も一瞬ですら待つ必要なんてないんです。

○ 私は理想を捨てません。どんなことがあっても、
人は本当に素晴らしい心を持っていると今でも信じているからです。
私たちの人生は一人一人違うけれど、皆同じなのです。
私たちは皆、幸せになることを目的に生きています。

○ 怠惰は魅力的に見えるけど、
満足感を与えてくれるのは働くこと。

○ 道化もたくさん演じてきましたが、
ほとんど演じていることを意識したことはありませんし、
寂しい思いはしても、絶望したことは一度もありません。

○ 私の想像の翼は閉じ込められても閉じ込められても、はばたき続けるの。

○ 苦しいことについては私は何も考えない。
美しいことがまだ残ってるんだから。

○ 本当に他人の人柄がわかるのは、その人と大喧嘩したときということです。
そのときこそ、そしてそのとき初めて、その人の真の人格が判断できるんです。

○ だれもが心に良い知らせのかけらをもっています。
それは、自分がどんなに素晴らしい存在になるのか、
まだ気づいていないということ!
どれほど深く愛せるのか!何を成し遂げるのか!自分の可能性とは何かを!

○ たとえ嫌なことばかりでも、
人間の本性はやっぱり善なのだということを私は今でも信じている。


○ 薬を10錠飲むよりも、心から笑った方がずっと効果があるはず。

○ 太陽の光と雲ひとつない青空があって、それを眺めていられるかぎり、
どうして悲しくなれるというの?

○ 与えることで貧しくなった人はいまだかつて一人もいません。

○ たった一本のロウソクがどんなに暗闇を否定し、
その意味を定義することができるのかを見てください。

○ 母親が子供たちにいっさいを話してやらないかぎり、
子供は少しずついろんな知識を聞きかじり、
そしてそれはまちがった知識にちがいないのです。

○ 教育とは、学校で習ったすべてのことを忘れてしまった後に、
自分の中に残るものをいう。
そして、その力を社会が直面する諸問題の解決に役立たせるべく、
自ら考え行動できる人間をつくること、それが教育の目的といえよう。

○ 死んだ後でも、生き続けたい。

○ 私が私として生きることを、許して欲しい。

房yaの「お通し」論

昨日の房yaの「アクアパッツァ(水煮)」は
カレイとアサリが材料で美味しかったが,
今回はちょっと「お通し」について書こうと思う。

というのは,私が房yaに通いだしてからというもの,
すべて「お通し」が同じものだったからだ。
私はその内容(チキンのソーセージの輪切りに,
ブロッコリーのにんにくオイル漬けとナスの煮びたし)が
大変気に入っていたので,特に異議はさしはさまなかった。
だいたい私が最初に注文する生ビールとよく合っているし,
これがワインなどに変わっても同様だったからだ。

しかし,もし「お通し」が変化したら
マスターに質問しようと思っていたことがある。
それは,マスターの「お通し」についての考え方である。
その質問をするチャンスが昨日やってきた。

するとマスターは,こう言った(と思う)。
「前は変えていたのですが,今はお客さんに出して
好評だったものを集めて出しています」と。
なるほど,その考えはいいなあと思った。
統計学的にいっても間違いない方法だし,
「お客さんに出して好評なもの」ということで,
お客本位(第一主義)でもある。
これは,私の大好きな仮説実験授業と同じ発想である。
(今までやった授業書のうちで,
好評だったものをまた実施することが多いから)

お店にとって,毎日「お通し」を考えるのは結構大変だ(と思う)。
しかも,誰がその日に来店するかは,神のみぞ知るだ。
そしてその結果,前日に残った食材に熱を通して
お通しにすることも少なくない(と思う)。
例えば,昨日出なかった刺身を煮て,
煮魚として出したりするのだ。
(捨てるのはもったいないしね)

しかし,私の場合いろいろな種類のものを食べたいので,
せっかく今日はどんな刺身を食べようかと思って入店したら,
いきなり魚の煮物がお通しで出てくると
出鼻をくじかれるという訳だ。
それなら,最初からお通しが定番になっていて,
それとカブるものは注文しないと決めて店に入りたい。

幸い私は好き嫌いがないので,
肉でも野菜でも魚でもかまわない。
自由な空間を求めて,来店するわけで,
注文も自由にしたい。
だから,「お通しは定番で結構」だし,
むしろ「定番の方がかえって結構」といえるかもしれない。

皆さんの「お通し」論はいかがですか?
よろしかったら教えて下さい。

2014年11月11日 (火)

「ジュース」なのか「デュース」なのか

昨日,「夢ブログ」に書き,「バレーボール部通信」にも
「ジュース」という表現をしたところ,
「先生,あれは「デュース」の間違いではないですか?」
という意見がある生徒から出された。
「疑問に思ったことは,すぐ確かめてみる」という態度は,
大変素晴らしいことだ。
しかし,私も50年以上「ジュース」と言ってきたので,
にわかには信じられない。
そこで,何人もの先生に,アンケート調査をしてみた。
その結果,「デュース」と言った先生はおらず,
(あとで,K先生とH先生と2人が「デュース」と言った)
大多数の先生は「ジュース」あるいは「どちらか分からない」
ということであった。

昔の日本,日本人の英語の発音により,「ジュース」が一般的だった

ジュース(英:juice)果汁入りの飲料
デュース(英:deuce)テニスやバレーボールや卓球等のスポーツにおいて,
ルール上の区切りとなる得点よりも1点少ない得点以上の得点で同点となった状態を指す。
「ジュース」と呼ばれることもある。フランス語 deux「2」「あと2つ」から。

「Q&A」にもたびたび登場する質問

インターネット検索すると,上位に「ジュース,デュースに関するQ&A」が
数え切れないくらいたくさん出てきます。
ためしに,1つだけ書いてみると,

Q テニスの「デュース」が「ジュース」に聞こえるのは,
自分だけでしょうかっ?

A 「デュース」が正しく,日本人の英語は「ジュース」としか
聞こえないし発音もできない。
でも,さすがにNHKのアナウンサーは,ウインブルドンの中継の時は,
ちゃんと「デュース」といってます。

一応の「まとめ」

英語と日本語の発音の仕方と聞こえ方が違うので,
昔は「デュース」と「ジュース」とは区別がつかなかった。
(外国の方が日本語を話すと,「ちょっと発音が違うなあ」と思うのと同じで)
なので,日本語の発音として無理がない方(ジュース)がよく使われた。
しかし,英語が普及し,AEТの先生が各学校に配置されるようになると,
「デュース」と「ジュース」が聞き分けられ,発音ができる人が増えた。
そこで,「先生,違いますよ」という生徒も出てきたというわけである。

最近社会科の教科書で

なお,最近社会科の教科書で「ガンディー」が登場したが,
昔は「ガンジー」だったし,「リンカン」は「リンカーン」,
「ヒトラー」は「ヒットラー」が普通だった。
「だんだんと本来の発音に近づくように表記が変わってくる」
という傾向があるようである。
もともとフランス語の「2」「あと2」が英語に入ってきているので,
ますます日本語としては発音が難しいようだ。

言葉は時代とともに変化する 

ということで,今自然に思われている表現も,
将来「おかしい」「変だ」と未来の人からは思われるということが考えられる。
なので,「これが正しい」「これは間違っている」というより,
言葉は「時代が変わるにつれて変化していく」と考えておけば間違いないかな。  

謝辞

こんな話題を書くことができたのも,
「先生,あれは「デュース」の間違いではないですか?」
と指摘してくれた生徒のおかげである。
ここに記して感謝したい。m●m

Iさんの母校訪問

昨日の午後6時,約束通りIさんが母校訪問に来てくれた。
彼女の高校では,生徒自身に新しくできた学校案内を持たせて,
母校訪問させる方針のようである。

中学3年で担任した時,とても大人しくて,
引っ込み思案な感じのしたIさんだったが,
高校で自信をつけ,成績もクラスでトップの方だとのこと。
また,部活や委員会活動も一生懸命やっているようで安心した。

「最近,沖縄に修学旅行に行ってきました」ということで,
「ちんすこう」というお菓子をおみやげにいただいた。
わずかな時間の母校訪問だったが,
私にとっては大変うれしい時間だった。(o^-^o)

2014年11月10日 (月)

新人戦・県大会 2014

昨日は,上記の大会で久喜市総合体育館に行ってきた。
初戦が第4試合とあって,午前中は観戦,
早め軽めのお昼を食べて,外での練習を行なった。

午後2時頃,深谷中との対戦が始まった。
相手校のエースは,6番の長身の選手。
高い打点のアタックと大きく変化するジャンプサーブに,
どう対処していくかが課題だった。

【第1セット】 20ー25

×××××④×④○×③×①×○×○××○
○○×××○③×⑥×○×○×○④×○×④
④××××

立ち上がりの5連続失点が痛かった。
初戦で不安な相手を,勢いづかせてしまった。
そのあとは,追いついては突き放されの繰り返しで,
試合の主導権をなかなか握れなかった。
せっかくの相手の5つのサーブのミスを生かせなかったのも,
大いに悔やまれるところだ。
「県大会は攻撃しなければ攻撃される」
コーチの指摘にある通りだ。

【第2セット】 24ー26

××④×④④③④×××④×××①⑨××○
×○×④①×④×○×××○○①×①×①×
①×○○×○×○××

どちらに勝利の女神が微笑むか,
固唾を呑んで見守る戦いが続いた。
スタートは悪くなかったし,一時はリードもした。
しかし,大事なところでのサーブミスで,
なかなか勢いに乗れないうちに相手に主導権を奪われた。
最後ジュースに追いついたところまでで精一杯で,
残念ながら敗れてしまった。

こうして2つのセットを振り返ってみると,
最初に取られた「5点」と「2点」が,
最後の結果(20ー25で5点差,24ー26で2点差)と,
偶然かもしれないが同じになっている。
バレーボールの試合は,流れがあっちに行ったり,
こっちに来たり,途中の得点はそんなに大きく変わらない。
では,どこで違ってくるかと言うと,
結局「スタートの10点まで」と「20ー20」以降だということだ。
「20ー20」の練習はだいぶやったが,
相手と最初にぶつかる「ファーストコンタクト」も,
試合のカギとなる大切なところだ。
これからは「スタートダッシュ」も意識して頑張ろう。
いつまでも「スロースターター」などと言われていてはいけない。

木下兄コーチにはこれまで何回も書いたが,
生徒たちへの熱い指導に感謝しております。
それゆえ,新人戦・県大会で1つでも多く勝って,
「お礼」の代わりにと思いましたが,それが果たせず残念です。

また,保護者の方々にも多数の車出しと応援,
本当にありがとうございます。
残念な結果に終わってしまいましたが,
これを糧に捲土重来(けんどちょうらい),
次の大会に向けで頑張っていきたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。

PS (部活内でメール配信済みのことと思いますが)

本日の練習は,朝練・午後練ともに「なし」。
今までテスト勉強が遅れていた分を取り返そう!

イカサマ

昨日,「3丁目の夕日」で県大会の「反省会」をしていて,
知り合いの方が釣ってきたアオリイカを美味しくいただいた。

そうすると,別の知り合いの方が,
イカ墨からイカサマという言葉ができたという説があると教えてくれた。

帰宅して,ウィキペディアで検索したら,イカ(笑)のように出ていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

イカサマの語源には、諸説がある。

「如何様」であって、いかようにも見えるの意であるとする説
イカ(烏賊)は餌がいらず色々な方法で釣ることができるといわれたことに由来するとの説
「イカスミ」から転じたものであり、イカ墨で書かれた証文が時間とともに消えてしまうことに由来するとの説

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その方が教えてくれたのは,3番目のものだった。
今度書初めを書くとき,墨汁の代わりにイカ墨で書いてみようかな。
また,もし借金証文を墨で書く人がいたら,
一応イカ墨(イカサマ)ではないかと疑ってみて下さい。( ^ω^ )

2014年11月 9日 (日)

昨日の部活動 11/8

昨日は,午前8時半~12時半のコマだった。
木下兄コーチにお世話になった。

県大会前日だったので,最終調整を行った。
夏休みからの練習試合も先日104セットとなり,
「県大会までに100セット」の目標を達成した。
あとは本日自信を持って「全員バレー」を展開するだけだ。

正門のところに,「祝 県大会出場」の看板を作っていただいた。
ありがたいことだ。ぜひ期待に応えたい。

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古代史セミナー 2014(1日目)

昨日は,今年度の古代史セミナーの1日目だった。
今年で最終回とのウワサもあって,120名が参加したとか。
(これで八王子の大学セミナーハウスに9回足を運んだ)

私は部活動を終えると,自転車を飛ばして自宅に戻り,
電車を乗り継いで八王子に向かった。
さらにバスで野猿峠へ。
到着は2時半で,ちょうど休憩中。

【古田講演1】 午後1時20分~2時半

宮崎さんに聞いたところでは・・・

・親鸞の研究方法で古代史も取り組んだ。
・東大の「史学雑誌」に「邪馬壹国」を書いた。
・三角縁神獣鏡は中国産の鏡ではない。
・トマス・ペインの「コモンセンス」は活かされていたか等。
初めて参加した方も多かったので,配慮したのかもしれない。

いつもお世話になっている古賀さんにご挨拶。

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【古田講演2】 午後3時~4時15分

・銅鐸文化の遺跡の上に,三種の神器の文化の人々は古墳を作ったはずである。
(田畑の上に作れば,その分食料生産の面積が減るわけだから)
・天皇陵の発掘,再葬,周りの堀もきれいにすべき。
・神籠石遺跡は,太宰府を取り巻いている。
(すなわち,そこが守るべきところ=都だったということ)
・トロヤ神話をアテネ神話に作り替える。
(同様に,九州王朝の神話を大和政権の神話に作り替える。

・古今和歌集「877」と「878」の歌。
・隋書タイ国伝の「無故火起」。
・宗教と国家は,表裏一体のもの。

【休憩・集合写真の撮影】

120人を1枚の写真に入れるのは大変である。

【質問と回答など】 午後4時25分~5時半

・八面大王の住みかは「神籠石の岩屋」と呼ばれている。
・長野県の安曇野は九州王朝との関係あり。

・愛媛県西条市の字「紫宸殿」「天皇」。
九州王朝の後継者が住んでいたことがあるか。
・高良大社の系図の分析をしてみたい。
・正倉院文書の中に九州王朝系の資料があるかもしれない。
・倭の五王の比定はどうするか。
・「トマス福音書」で発見があった。いずれ発表する。
・「後漢書倭国伝」に・・・
・前期難波京ー古代官道,関係ありそう。
・多利思北孤ー崇道天皇,関係アリかも。
・秦王国と信濃国,同じかも。 
・信濃遷都は大和だとあまり離れているメリットはないが。
(太平洋からも日本海からも距離があるので,攻められにくい)    
・神籠石山城の建造開始はいつか。VS高句麗,VS唐。
・九州王朝の記憶はどのくらいまで残ったのか。
・NHKや国立博物館では,いまだに「漢の委の奴の国王」を使用。
・「あとに続く私たちへの言葉」は?
「真実の時代がなかなか来ないのは,我々がおとなしすぎるからである」

・資料パンフに他のグループを支持するものが・・・。
・高校生の多くが「現世利益的」になっている。
・『親鸞』をプレゼントしても,感想が期待できない。
・古田先生の緻密な学問の方法に戻れ!
・国会(衆議院)で「皇紀何年」と言っている者がいた。
・NHKの時代考証をしている人が,「古田排除」の発言。
(このあと,何人か政治的なものが続き,
初参加の人に誤解を生じなければいいなと思った)

この夢ブログにも登場された上城さんにご挨拶。
食事ができるまでお話しする。

【夕食】 午後6時~7時

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写真を見ていただけるとわかる通り,
美味しい食事をいただきました。
(これも,この古代史セミナーの楽しみの1つ)

【懇親会,質問と回答など】 午後7時~8時半

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・古田先生が登場する前に,
「肥さんのHP&夢ブログ」の宣伝活動。私も度胸がついてきた!? 
(ツラの皮が厚くなってきただけかも) 
残念ながら,『阿毎・多利思北孤』の宣伝用パンフと色がカブってました。
・前田さんが資料。世の中へのアピール活動すごい。

・八面大王の話の続き。古今集の「あしひきの山」&「更級」。
・遷都の土地として,信州を候補地にあげていた。
・古代の刺青の例。
・梅原猛氏が古田先生の親鸞の資料を高く評価したとのこと。
ただし,古代史については沈黙。

・秋田孝季の思想。「のちの世の人が真実を明らかにする」
・現在が文書を保管する絶好のチャンス
(故安倍晋太郎氏と奥様&息子の晋三氏)。
・宗教と国家の死滅。秋田孝季の「始まりがあれば終わりもある」。
ある段階で宗教や国家が誕生したのであるから,
当然この2つにも終わりの時が来る。
原水爆や原発もまた同様である。
・人間がこれらを作った。それらに支配されてはならない。

・中村さん,『奴国がわかれば「邪馬台国」が見える』の宣伝。
・大下さん,『阿毎・多利思北孤』の宣伝。
・安東昌益と秋田家文書との関係はどうか。
・愛媛県西条市の字「紫宸殿」「天皇」。
その隣りの地に住む方がこの会に参加されており,
ご挨拶いただいた。「毎日の散歩コース」とのこと。
(中村さんは若い頃から,古田先生の著作を読んでおられた)
・中田さん,C14の年代測定についての新事実は?
博多湾岸に続いて稲作が古いのが,足摺岬周辺。

古田先生は,かなりお疲れの様子で,気になった。
ぜひ無理をされないでほしいものだ。
それと,例年になく政治的な話題が参加者から出された。
歴史と政治は切り離せないものとはいえ,
初めての方にとっては少々刺激の強すぎるものだったと思う。
やはりこの古代史セミナーは,古田先生の方法の確かさを確認し,
研究意欲をもりあげるような会であって欲しいからだ。

食事の席でも,帰りのバスの中でも,
私はそのことが気になって,初参加の人だとわかると,
「いつもとちょっと様子が違う」と言葉を付け加えていた。

帰宅は,午後10時20分。
この分なら今夜中に,夢ブログに参加報告を載せられるかな?
なお,この報告の文責は,私にあります。
これをご覧になって,古田先生にご意見なさいませんように
お願いいたします。

なお,「新古代学の扉」サイトに,
素晴らしい古賀さんのまとめが載っています。
ぜひご覧下さい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
古賀達也の洛中洛外日記
第818話 2014/11/08
初参加、八王子セミナー(実況同時記録)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2014年11月 8日 (土)

「浅草めぐり」の取り組み始まる


合唱コンクールの興奮がまださめていないが,
総合の次の取り組みとして,修学旅行を意識した
上記の校外活動(遠足)が始まった。

勤務校では,1年で地域をまわる「山口めぐり」,
2年で都内をまわる「浅草めぐり」,
3年で京都・奈良をまわる「修学旅行」を行う。

学年主任のH先生が,2枚の資料をもとに,
その意義と内容を話された。
その次の時間には,先日NHKテレビで放送された
「カラーで観る東京の歴史」みたいな番組を視聴した。
戦争を含む暗い時代ではあったが,
関東大震災からの復興,敗戦からの復興と,
たくましく立ち上がってきた民衆の姿を
美しい色彩で見ることができた。

これから総合の時間を使って,班内分担などをしていく。
「浅草めぐり」実施は,2月半ばである。

昨日の部活動 11/7

昨日は,午後4時15分~5時半のコマだった。
短時間だったが,キャプテンを中心に練習できた。

職員室前のホワイトボードには,
「風邪・ケガは「禁止」!」と書いた。
別に「禁止」しても,するときはするのだが,
今の顧問の「気持ち」を伝えたくてそうした。

いよいよ明日は,県大会である。
集合は午前6時半,出発は6時45分。
めざすは,久喜総合体育館。
天気予報は「下り坂」だが,
ベストを尽くして,まずは初戦突破だ!

房yaの「あらの刺身」

房yaのメニューで,私がよく食べるのは,
新鮮な魚のカルパッチョと手作り豆腐,
そして先日その美味しさに開眼してしまった
アクアパッツァ(魚の水煮),
さらに「最後の炭水化物」マルゲリータのピザだが,
昨日はメニューに「あら」と出ていて,
「あらっ!」と驚いた。(笑)

うわさに聞いていた「あら(地方によっては「くえ」とも)」が,
カルパッチョか刺身で食べられるというのだ。
これはツイテイル!県大会の前祝い!!
と早速刺身で注文してみた。

白身の魚と言ってよいが,弾力性もあり,
噛めば噛むほどに上品な味が口の中に広がる。
本当に美味しい刺身だった。(o^-^o)

ちなみに私が「あら」を知ったのは,古代史関係だ。
イザナギ・イザナミという2神は,
外洋の「いさな(鯨)」の神格化ということだが,
それ以前の段階の内海の魚の王者が「あら」で,
荒神がその神格化だったようである。
大型の魚で,なかなか釣るのが難しいらしい。

房yaで元気をもらい,
県大会も初戦突破と行きたい!

昨日は週末の「花金」とあって,客が大勢来ていた。
マスターもYさんも大忙しだった。

2014年11月 7日 (金)

社会科チャレンジ問題(3)の答

埼玉県の○○の正解は・・・

(1)鳥・・・シラコバト(「コバトン」はそのキャラクター)
(2)花・・・サクラソウ
(3)魚・・・ムサシトミヨ
(4)木・・・ケヤキ
(5)蝶・・・ミドリシジミ

でした。

一時,埼玉県の魚を「ミヤコタナゴ」と勘違いして
混乱させてしまいました。ごめんなさい。m●m
だって,川清掃のボランティアに行くと,
その話題ばかり出るものですから・・・。
(天然記念物のミヤコタナゴが激減し,
所沢市で保護に力をいれている。
今は3000匹に増えているという)

お詫びに「都道府県のシンボルの一覧」という
B4判の資料を作りました。
北海道から沖縄県までの○○が網羅されていて,
ちょっとうれしい資料です。
「都道府県のシンボルの一覧」で検索すると,
すぐ行けると思います。

『生きる知恵が身に付く・道徳プラン集』

『たのしい授業』誌(仮説社)の
2014年11月臨時増刊号(NO.428) として,
上記の号が出た。
遅ればせながら,昨日注文した。

288ページもあって,1512円とは安~い!
しかも,中さんや峯岸さんをはじめ,
仮説実験授業の研究仲間の実践のオンパレード。
これは絶対「買い」です。(o^-^o)

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道徳からのたのしい授業入門

●道徳の授業って,どんなことを学ぶの?
峯岸昌弘

中学1年生に聞いた「道徳の印象」と,ボクの道徳ガイダンス
根本 巌

「植物でさえ言葉の力はすごい」という話
板倉聖宣

素敵な道徳の授業?
野島浩司

ものの見方を変えてみる

〈おねしょ〉
●悩まなくても大丈夫!
峯岸昌弘・四ヶ浦友季

〈長所・短所〉
●自分の良さを伸ばす発想法
中 一夫・山路敏英

やってみました! 短所を長所に変えたいやき
高岡健太郎

短所を長所に変えたいやき はおすすめです
難波二郎・荒居浩明

〈卵は立つか?〉
●道徳読み物授業プラン
中 一夫

卵なんて立つわけない!?
宮平信治

いじめの見方・考え方

〈いじめ〉の授業の考え方
●信頼を一つ一つ積み重ねて
中 一夫

〈いじめが教えてくれたこと〉
●ちいさな一言のおおきな力
坪郷正徳・峯岸昌弘

〈いじめ〉について考える
●教師のための〈いじめ〉の基礎学
中 一夫

他の人と気持良くすごすための知恵

〈ともだち〉
●信頼できるともだちって,どんな人?
峯岸昌弘・山路敏英

〈部屋決め〉
●考え方の幅を広げてみたら
四ヶ浦友季

〈あいさつ〉って,なぜするの?
●知らないと損をする〈あいさつ〉の意味
中 一夫

〈ゆりなちゃん〉
●障害のある子どもたちが教えてくれること
四ヶ浦友季

社会のルールの身に付け方

道徳バナナ論
萠出 浩

道端の草は誰のもの?
平林 浩

〈カスタネット〉
●他人の物を盗ってしまったら
中 一夫・四ヶ浦友季

いくつになったら,何ができる?
●中 一夫さんの道徳授業プランによる授業記録
山田岳史

いのちの見つめ方

〈神様,私は生きていてもいいですか?〉
●アトピっ子と〈いじめ〉
四ヶ浦友季

〈恩讐の彼方〉
●日本とオーストラリアをつなげたある指揮者の話
中 一夫・岩城宏之

★★ 詳 細 ★★

ページ数:288ぺ
サイズ:128×185
2014年11月臨時増刊号(NO.428)

昨日の部活動 11/6

昨日は,午後4時15分~5時半のコマだった。
木下兄コーチにお世話になった。
全体として,アタックの技術が向上してきていると思った。
県大会ではレシーブも大切だが,
得点を取るためには攻撃しなければしょうがない。
2年生のアタックの刺激を受けてだろうが,
1年生のアタックが面白くなってきた。
(県大会効果で,1年生大会も楽しみだ)

県大会まで,あと3日となった。
当日の試合をイメージしながら,
時間を過ごしていこう。

2014年11月 6日 (木)

第3回定期試験の取り組み始まる

上記の取り組みが始まった。
テスト2週間前である。

すでに先週「学習計画表」が配られ,
取り組み始めている生徒もいるが,
部活も最短期間(4時半下校)となったので,
それを利用して早めのスタートを切って欲しい。

第3回定期試験の特徴は,
何と言っても「テスト範囲が長い」ということだ。
7月から始まって,9月,10月,11月と,
3ヶ月以上の期間にやった学習が対象となる。

社会科は「切りのいいところまで」ということで,
明治時代の文化までとした。
(「太字プリント」も本日までには配付)
カップスープのCMではないが,
じっくりことこと復習してほしい。

昨日の部活動 11/5

昨日は,午後4時15分~5時半のコマだった。

部活は今週から最短の期間に入って,
4時15分終了・4時半最終下校となった。
帰りの会が4時10分終了だから,
4時15分までの「5分間」が活動時間というわけだ。
(ありえない!)(。>0<。)

そんな中,県大会特例で,
午後5時半までやらせてもらえるのは
本当にありがたいことだ。

そして,5時半にボールを2ケース(12個)持って下校。
夜間山口公民館で自主練習ということになる。

木下兄コーチとともに,頑張れ男バレ。
県大会まで,あと4日!

「空き時間」にやる仕事

私は1週間の「空き時間」にやる仕事を,
大体以下のように決めている。

月曜日・・・社会科授業のプリントづくり(1)
火曜日・・・学年便り作成,社会科授業のプリントづくり(2)
水曜日・・・必要に応じて
木曜日・・・社会科授業のプリントづくり(3)
金曜日・・・必要に応じて

今年は「持ち時間」の関係から「空き時間」に恵まれているので,
(昨年23時間→今年18時間)
基本的に学校に勤務している間に
社会科授業のプリントづくりをしているが,
その分自習監督にも当たりやすく,
出張・年休の多い日には「引っ張りだこ」になるのが玉にキズである。

昨日は水曜日だったが,「学年便り21号」を作り,
そのあとで「第3回定期試験の太字プリント」を作った。
本日は木曜日だが「給食ローテーションの表」を作る予定である。
合唱コンクールなどの大きな行事が入ると,
その週の「空き時間」の使い方も影響を受ける。

社会科チャレンジ問題(3)

第3回定期試験の取り組みが始まったので,
廊下に掲示するチャレンジ問題も,
今回は少し軽くして出題した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Q5 埼玉の○○クイズです。
鳥・花・魚・木・蝶を答えなさい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

テスト勉強の合い間にでも,調べてみてほしい。
インターネット検索すると,すぐわかるかも。happy01

2014年11月 5日 (水)

合唱コンクール 2014

昨日は,市民文化センター・ミューズで,
今年度の合唱コンクールが行われた。

1年金賞・・・1ー1「ひろい世界へ」
1年銀賞・・・1ー3「新しい世界へ」

2年金賞・・・2ー1「明日の空をはばたけるつばさを」
2年銀賞・・・2ー5「自分らしく」

3年金賞・・・3ー4「そのひとがうたうとき」
3年銀賞・・・3ー3「春に」

好天に恵まれ,航空公園の空の下で,
「行く秋」を楽しんだ。

2年前,旧3ー2で「そのひとがうたうとき」で
3年金賞を取った時のことを思い出した。
親善音楽会でも上位と思える出来の曲の仕上がりだった。

諏訪の御射神社には「神無月」がない!?

弥生時代の前半の列島のリーダーは,出雲の大国主だったのだろう。
旧暦の10月を「神無月」というが,出雲では「神在(あり)月」。
各地の神々(リーダーたち)を集めるほどの力を持っていた。

その中でもナンバーワンだったのは,対馬のアマテルだ。
なにしろ「1番最後に会議に到着する特権を持っている」
(アマテル神社の伝承)というのだからすごい。

それが,弥生時代半ばの「国譲り」で逆転する。
それまで家来のナンバーワンだったアマテルが,
本当のナンバーワンであった大国主から主権を奪い取ったのだ。
大国主は出雲大社に「引退」。長男は,入水自殺=美保神社の神事。
二男か三男は信州・諏訪湖に逃げた)
そして,九州北部の支配が7世紀末まで続いたのが九州王朝である。

さて,話は諏訪の御射(みさ)神社。諏訪大社の末社というが,
もしかしたらその歴史は縄文時代に遡るのではないか。
というのも,その伝承に「ご神体は大蛇で,
出雲の大神のところへは「行かない」ことになっているのだそうだ。
(「頭」だけ行ったが,「尻尾」はまだ諏訪に残っていたとも)」
そもそも諏訪には,「神無月」がないというのだ。これはどうしたことか。
古田武彦氏の「多元」124号に載っている論文の後半に出ているが,
「旧暦より古い古暦法があったのではないか」というのだ。

縄文時代最も栄えたのは,列島のどこか。
少なくともその1つの候補は信州・諏訪であろう。
和田峠の黒曜石を巡って,多くの交易が行われたとしても,おかしくない。
縄文都市とも言うべき遺跡も見つかっているし,
先ほど書いた大国主の息子が,逃げた先も信州・諏訪だった。
そこに何も暦がなかったとしたら,その方が不思議だと思う。

縄文時代(の半ば?),信州・諏訪に政治の権力
弥生時代前半,出雲王朝
弥生時代後半~7世紀末,九州王朝。日本アルプスより先は東北王朝     
8世紀初頭~現在,701(大宝元)年より,大和政権

まったく多元史観は止まる所をしらない。
私も何とか食らいついていかなくては・・・。

古田武彦先生と行くギリシア

古代史の通信「多元」の124号に同封して,
旅行のパンフが送られてきた。
上記の旅行だ。
「古代遺産・古代遺跡の旅8日間」と
銘打たれている。

4月1日~8日という,学校関係者が絶対行けない
新学期のスタート時にこの旅行は行われる。
悔しいので,転載しておく。(。>0<。)

4月1日・・・成田空港(関西空港)を出発。airplane
2日・・・トルコ・イスタンブール到着。bus「テッサロニキ」
3日・・・「ベラ遺跡」「ヴェルギナ遺跡」「ディオン遺跡」オリンポス山を眺望
4日・・・「デルフイ遺跡」アテネへ。「アクロポリスの丘」
5日・・・「ミケーネ遺跡」「エビダウロス遺跡」
6日・・・オプショナルツアー(ミニクルーズ・市内買い物ツアーなど)ship
7日・・・国立考古博物館。トルコ・イスタンブールへ
8日・・・成田空港(関西空港)へ戻るairplane

30歳くらいの頃,板倉聖宣先生一行と,
「ヨーロッパ科学史の旅」に行った。
(イギリス・フランス・イタリア)
私にとって初めての海外旅行だった。
ああ,今回のギリシア旅行も,
ぜひ古田武彦先生一行と行きたかったなあ。
(年末ジャンボ宝くじとか,当たらんか・・・)

2014年11月 4日 (火)

富岡中との練習試合

昨日は,午前中富岡中にお邪魔して,練習試合をしてきた。
車出しをしていただいて,両校の間を往復した。
以下のような結果となった。

7ー1(18ー25,25ー14,25ー16,26ー24,
    25ー20,25ー18,25ー12,25ー16)

セット数的には7ー1という結果だったが,
いきなりの失セット,その後も20点以上取られたセットが2回と,
なかなか勝負をつけられない部分があった。
この反省を生かして,県大会では,
スタートから「自分たちの形」に持ち込み,
有利に試合を進めたいものだ。

なお,この日の4セット目が,
目標だった「県大会までに練習試合で100セット」の
ちょうど100セット目だった。

昨日も,木下兄コーチ夫妻にお世話になった。
また,車出し,応援とたくさんの保護者の方にお世話になった。
ありがとうございました。

県大会まで,あと5日。
健康に注意して頑張ろう。(風邪,ケガ等)

『横書き登場―日本語表記の近代』

屋名池誠著の上記の本をアマゾンで注文した。
(岩波新書 新赤版 (863)) 新書 2003/11/20

実は,たの社MLの根本さんが,戦前の地図を探していて,
日本語の横書き表示が「右→左」から「左→右」に変わったのはいつか
という疑問を持たれた。
そして,それを「宿題」にして出してくれた。
(実は戦後ではなく,文部省の諮問機関・国語審議会では,
すでに戦時中の1942年(昭和17年)7月に
「左横書きを本則とする旨」の答申を出している)

インターネットを使ってその「宿題」を解いていく中で,
上記の本が面白そうだとわかった。

屋名池誠さん(1957年生まれで私と1歳違い)の新書についての,
岩波書店の宣伝もあった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本を読む、新聞を読む、メモをとる、手紙を書く。ふだん何気なくしていることですが、
そのときどの方向に向かって文字を追っているか――これを「書字方向」といいます。
本書はその書字方向に注目して、いかにして日本語に横書きが登場し、使われる
ようになったかを精緻に検証していく、異色の近代日本語史です。

今、私たちは、右から左へと行が移っていく縦書きと、左から書く横書きとをあわせて
使っています。この使い方が定着したのはいつ頃からなのでしょうか。「日本古来の
横書きは右から書く」「左横書きは戦後、国の政策として行なわれた」等々の「常識」
が頭に浮かんできませんか? 実はこれらは「現代の伝説」に過ぎなかったのです。

それらを実証する、系統的な調査にもとづく資料は、浮世絵、蘭学書、明治にはいっ
ての新聞、雑誌から電車の切符、切手、教科書等々にまで至る膨大なもの。
事実によって「常識」がくつがえされ、新たに「横書き登場」のプロセスが浮かび上が
ってくるところは、まるで推理小説のようにスリリングです。

本書は2001年7月から翌年8月まで『図書』で連載され、大変好評だった「縦書き・
横書きの日本語史」の前半部分を全面的に書き改めたものです。改稿の過程で、
さらに多くの調査結果が加わり、過去・現在・将来の日本語表記のあり方を見通した
ものとなりました。

2014年11月 3日 (月)

五十歩百歩

『たの授』10月号で,編集委員34人中21人の支持を得たのは,
高橋善彦さんの「○○○で順位が変わっちゃった!?」
という裏表紙のグラフの文章だった。

今年(2014年)の「全国学力調査」の小6・「国語A」で,
高得点をあげた県はある会社以外の○○○を採用していた県だった。
つまり,日本の小学校の先生は「○○○で教えている」
というより「○○○を教えて」いるので,
15問という少ない問題数のうち2問出題された「故事成語」で
大きな差が出たというのだ。
(他社は本文で「故事成語」を扱っているのに対し,
ある教科書会社だけ「ふろく」扱いだったので,
その教科書を使っている県の先生方は
あまり時間をかけて教えなかったのかも?)

○○○に何が入るか,もうわかりましたか?
そう,教科書なのです。

高橋さんは,こんなふうに書かれています。
「今回のことで,日本中の先生は,「教科書をちゃんと教えている」し,
子ども達は「教えられたことはできるし,教えられていないことはできない」
ということが見事に証明されたと思うのです。
そして,点数の増減,順位の変動なんて,「先生のせい」でもなく,
「子ども達のせい」でもない原因で起きたりすることもあるんだから,
いちいち一喜一憂するのやめませんかって思います。
だって,こんなことで都道府県の順位や点数が変わるなんて,
それほど「はじめから差がない」ってことですから,
ある意味「日本の教育の均一性,統一性」を
これまた見事に証明してくれたようなものだとも思えるのですが,
どうでしょうか」

今回の件は,仮説を立てて検証してみると,
このようなこともわかるという好例であった。
その問題の故事成語がこれまた「五十歩百歩」だったというのが,
見事なオチだった。( ^ω^ )

何歳(いくつ)になっても

『たの授』10月号の感想が,11月号に掲載された。
やはり自分の名前が載っているのは,
何歳(いくつ)になってもうれしいものだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『たの授』10月号で特に良かったのは,次の3点です。

(1)自信のない自分 自信のある自分(伴野さん)

本当に子どもたちの未来のためになるのかわからないが,
教育界の常識をもとに指導しているが大半。
私もそんな時「自信のない自分」を意識します。
そんな中〈仮説実験授業〉という素晴らしい内容を
授業をしているのは「自信がある自分」です。
先生になって本当に良かったと思える瞬間がそこにあります。

(2)伝えたいことは1つだけ(小川さん)

長く続いている小川さんの連載ですが,
その背景には題名の思いがいつもあります。
「たのしい授業で行くしかない」私もそう思います。

(3)歌って描く略地図(根本さん)

私が埼玉県の教員採用試験を受けた30年ほど前,
何年かに1度出ていた問題が,
「世界地図を描きなさい」というものでした。
授業書ではないけれど,略地図は社会科の先生として
大変重宝してきました。それを少し練習しさえすれば
上手に描けるようになるというのは朗報です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

また,よく見たら,「はみだしたの」に私の投稿が載っていた。
それはプッチペット「鶴」に関するもので,
9ページにわたり学校で人気を博したことがつづられている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●「仮説社フェア」で入手したプッチぺット「鶴」が,勤務校で大反響です。
「今日暑くないですか?」と無造作にズボンのポケットからくしゃくしゃにした
プッチペットを取り出し,汗をふくマネをします。そのあとは,手のひらで
ポンポンポンと弾ませて,形が「鶴」になったところで,
「こんなのご存知でしたか?」と言うと,みんな(生徒も先生も)目を丸くして驚きます。
たまにプッチペットのことを知っている人はいますが,
目の前で「鶴」になっていく姿を見たことはないので,
自信をもって演じるといいようです。
1個1600円+税と安くはないですが,いろいろなところで披露できるので
割り算すれば安いといえるかも。
例えば5クラス200人に見せれば,1人あたり約8円です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なんだかお得な感じがする『たの授』11月号であった。happy01

昨日の部活動 11/2

昨日は,午前8時半~12時半のコマだった。
木下兄コーチ夫妻にお世話になった。
(女子は,弟コーチにお世話になった)

県大会まであと1週間ということで,
後半は「20ー20」からのミニゲームで,集中力を鍛えた。
県大会では,今までより強い相手と戦う。
当然20点以上の接戦も覚悟しなければならない。
そういった時,「しまった。負けるかも」と思うようでは勝負に勝てない。
「しめた。いつもやっている練習と同じだぜ」と思えれば,
勝利の女神も微笑むというものだ。

本日は,富岡中にお邪魔して練習試合を行う。
「やっぱり上中は強いなあ」と思わせるように頑張ろう。

2014年11月 2日 (日)

房yaの「アクアパッツァ」

「アクア」とは水のことだろうから,
きっと「アクアパッツァ(チョ)」※は水煮だろうと
当たりをつけて注文したら,
やはり正解だった。

2種類の魚(1匹はかさご)とムール貝の水煮は,
素材が生かされ,とても新鮮でスープも美味だった。
房yaのマスターは,本当に料理上手だ。
(「これで750円は安すぎる。ぜひ次の客から
1000円にすべきです」とマスターに提言しておいた)

帰りしなに,「Yさんはきっと○○にいますよ」
とマスターが予言するように言った。
マスターは料理だけでなく,予言も上手かった!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※ これに対して,カルパッチョとは、
生の牛肉や魚介類を薄切りにしたものに、
マヨネーズやマスタードを混ぜ合わせたソース、
オリーブオイル、レモン汁、パルメザンチーズ
などを振りかけたイタリア料理。

学校公開日 2014秋

昨日は,この秋の学校公開日だった。
また3校時には,合唱リハーサルもあった。
(体育館には,120名ほどが聴きに来た)

久しぶりに50分授業だったので,
「社会科ビンゴ(時代名)の巻」をやってみた。

「前人類」「旧石器」「縄文」「弥生」「古墳」
「飛鳥」「奈良」「平安」「鎌倉」「室町」
「安土桃山」「江戸」「明治」「大正」「昭和」
「未来」の16個の時代名を,4×4のマス目に記入し,
私が引いたカードで赤丸を付けていき,
「縦」「横」「斜め」で「ビンゴ!」というものだ。

3×3だとすぐ「ビンゴ!になってしまうし,
5×5だと記入に時間がかかるため,
最終的に4×4の16個の時代名に落ち着いた。

また,最初14個で数が半端だったので,
人類登場前の長い期間に敬意を表して「前人類時代」,
今後の人類の繁栄を願って「未来時代」ということで,
特別に2つを加えて,無理やり16個とした。

さらに,1行だけであがりとしてしまうと早すぎるようなので,
2行で最初のあがり。3行で本あがりとした。
今後も工夫を重ね,この分野での教材を増やしたい。

昨日の部活動 11/1

昨日は,午後3時半~5時半のコマだった。
「せんせー,大変です。ネットのワイヤーが裂けました!」w(゚o゚)w
なんて報告があったが,行ってみたら
ワイヤーが脱輪してすき間に挟まっていただけで,
工具をつかって脱輪しているワイヤーを外したら
それで事なきを得た。( ^ω^ )
そのあとは,順調に練習。

普通の部活だったら4時半終了,4時45分下校だから,
県大会出場で特例「5時半まで」というのは本当に助かる。

本日は,午前中体育館で練習。
明日は,午前中富岡中に行って練習試合の予定。
(天気は良さそうだが,生徒たちは車で移動の予定。
私は午後のことを考えて自転車移動かな)


2014年11月 1日 (土)

社会科チャレンジ問題(2)

廊下に問題を掲示して,回答者を募る上記の方法は,
たくさんの応募を得た。
「正解者の氏名掲示・33人枠」は,
あっという間に午前中で埋まってしまったのだ。
(もれた者が数人あった)

実は私の失敗で,正解付きの問題を
「夢ブログ」で掲載してしまい,
それを見て正解を知ってしまった者もいたようだ。
今後は気をつけたい。

気を良くして,第2弾として,
さっそく「Q3」「Q4」を掲示した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Q3 よく日本は「島国」であると言いますが,
いったいいくつぐらいの島があるのでしょうか。
たとえば海岸線が100m以上のものではいくつ?

ア.2000ぐらい イ.4000ぐらい
ウ.6000ぐらい エ.8000ぐらい

Q4 「大陸」と「島」はどう違うのか,
小学生にもわかるように説明して下さい。
(正解は,1つではありません)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

数学のI先生のやり方をマネさせていただいて,
社会科でもしばらく楽しめそうだ。

「はげ・わず」コンサート 2014

「チャゲ&飛鳥」をもじったグループ名である
我らが「はげ&わずか」略して「はげ・わず」のコンサートが,
(結成20年以上の老舗グループである)
今年も所沢の地区労会館で行われた。

主催は,所教祖の女性部。
集まったのは,女性が8割方を占める約80名。
時間は,午後6時半~8時半だった。

昨日のセット・リストは,
「はげ・わず」のオリジナル曲を中心に23曲で,
教育現場の諸問題を,あるいは風刺を効かせて,
あるいは哀愁を込めて歌い上げるものだった。

笑いあり,手拍子あり,合唱あり・・・。
本音で語り合えることは,
最終的に元気になれるモトだと実感する。

3年前に担任クラス(1年2組)に国語の教育実習に来た
O先生とコンサートの会場で再会した。
採用試験に合格したとのことだ。
いっぱい学んで,素敵な先生になって下さい。

昨日の部活動 10/31

昨日は,午後4時15~5時半のコマだった。
しかし,雨が近づく中,外での活動だったので,
インタロを走れるものは5周走って終了した。

本日は,朝練なし(学校公開日で弁当のため)。
午後練は,3時15分~5時半。

11/2(日)は,時間を変更し,午前8時半~12時半。

11/3(月)は,午前7時半集合で,雨の予想なので車をお願いし,
富岡中で,午前8時半~12時半,練習試合。弁当なし。

11/4(火)は,合唱コンクール。

11/5~7は,朝練&午後4時15分~5時半。

11/8(土)は,最終練習で,午前8時半~12時半。

11/9(日)は,県大会(第1日)。午前6時半に学校を出発。
車を出していただいて,乗り合わせて行きます。

11/11(火)は,県大会(第2日)。
マイクロバス(21人乗り)を,条件付きで予約してあります。
人数で割り算すると,保険付きで3000円ほど。

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