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2013年12月 3日 (火)

「クローズアップ現代」で船原古墳出土の金銅製の馬具の話題が!

野猿峠さんのコメントにもあった
NHKテレビ「クローズアップ現代」を,私も観ていた。
船原古墳出土の金銅製の馬具の話題が!
●テーマ:塗り替えられる古代の日韓「外交」史
●出演者:田中史生さん(関東学院大学教授)

4月20日にも1度書いたので,
「夢ブログ」の読者は驚かないと思うが,
九州から金銅製馬具が出土していた。

福岡県古賀市の船原古墳からの出土で,
「唯一無二、華麗な意匠」の形容の通り
とても素晴らしい出来の馬具である。

それなのに,九州王朝説のことが
ひと言も触れられていないのは,
よほど勉強が足りないか,意図的に触れないか,
本当に残念である。

しかし,これで九州王朝説についてまた語れ,
ブログという形でいち早く発信できることは,
私にとって無上の喜びである。

初めての方のために,念のために書いておくと,
九州王朝説とは,歴史研究者の古田武彦氏が唱えた説で,
7世紀末まで近畿の大和政権に先行して,中国などから,
わが国の代表として認識されていたとするものである。
太宰府に都城を築いたり,年号(九州年号)を定めたり,
律令も持っていたが,663年の白村江の戦いに敗れて滅んだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

唯一無二、華麗な意匠 福岡・船原古墳の金銅製馬具 [福岡県]

コンピューターを使い再現した金銅製歩揺付飾金具(九州国立博物館製作・提供)

004_4

(写真をクリックすると,拡大します)

福岡県古賀市教育委員会などは24日、
古墳時代後期(6世紀後半~7世紀初め)の
同市の船原(ふなばる)古墳遺物埋納坑で出土した馬具
「金銅製歩揺付飾金具(ほようつきかざりかなぐ)」が
国内に類例のない形状であることが分かったと発表した。
エックス線CTスキャナーなどを駆使した「復元」で明らかになった。
専門家は「構造が複雑で華麗な逸品。
同古墳埋納坑の出土品は、国宝が多数出土した奈良県の藤ノ木古墳級」と高く評価している。

金銅製歩揺付飾金具はくらの後ろ側に取り付けられ、
馬が歩くと、花びら形の飾り(歩揺)が光を反射しながら揺れる装飾品。
市教委によると、再現したのは六角形(対角間の長さ約11センチ)の金属板の中央と、
周囲6カ所に歩揺付飾金具を1セットで配置したデザイン。
中央は高さ約5センチで歩揺は8個、周囲は同約3センチで各4個の歩揺を計24個つり下げている。
出土した部品の多さから、複数が埋納されていたとみている。

歩揺付飾金具は、国内では沖ノ島(同県宗像市)や藤ノ木古墳などで単体は出土しているが、
複数の金具がセットになったものはなかった。
田中良之・九州大大学院教授(考古学)によると、
これと似た構造は朝鮮半島の新羅で見つかっており、
「船原古墳の埋葬者は新羅と独自のルートを持っていた豪族の可能性がある」と分析する。

今回は、九州歴史資料館(福岡県小郡市)がCTスキャナーで土の塊の中から歩揺付飾金具を発見し、
九州国立博物館(同県太宰府市)がその画像データを基にコンピューターグラフィックスで再現した。

=2013/11/25付 西日本新聞朝刊=

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

 この番組は、九州王朝説を意図的に排除していることは明白です。主なコメンテーターたちは、朝廷と言えばヤマトの天皇家だという通説を前提としているから、「当時対立していた新羅からの献納物と見られる黄金の馬具が北九州から出たことを、新羅が倭国との和平工作として、新羅と独自の交渉ルートを持っている北九州の豪族に馬具を送った」と解釈しているのですし、「この馬具が出土した古墳が、ヤマトの屯倉のそばにある」から、「この豪族はヤマト朝廷の屯倉を管理する豪族だと断定しているのです。対立する倭国との和平を画策するなら倭国中枢に献納物を送るのが常道。と考」えれば、黄金の馬具が副葬されていた人物とは倭国王朝の王であると考えるべき。この選択をしないことにも、番組がはっきりと九州う王朝説を無視していることは明らかです。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

やはり意図的に排除,無視をしているのでしょうね。
公共放送といいながら,通説の立場を代弁するだけの放送で,
九州王朝説の紹介さえしない。きっと自信がないのでしょう。

私もこの番組を見ていました。
どなたか教えていただきたいのですが、この番組で紹介された例の馬具、
「新羅から伝来した物」というのはちゃんと「論証」されているんでしょうか?
私は朝鮮の考古学には疎いのですが、(日本の考古学もあまり詳しくないけど)どうも
考古学=実証主義
文献学=論証主義
という固定観念がぬぐいきれず、この番組を見てても考古学についてはいまいち信用
が持てなかったのです。
たとえば『隋書』には

「新羅、百濟、皆以倭爲大國、多珍物、並敬仰之、恒通使往來」

と紹介されているわけですが、この船原古墳出土の金銅製の馬具は本当はれっきとした
九州王朝製で、朝鮮半島から出てくる馬具類などこそ、倭国からもたらされた「珍物」なん
じゃないか、とさえ思えてしまいます。
朝鮮半島の前方後円墳や三種の神器などは論証もされて倭国からの伝播物だと証明も
されていますが、馬具などは検証や論証などされているのですかね。

「装飾馬具が出てきたら朝鮮半島からの伝来物」=また出土して実証されましたよ皆さん。

というような過程を経ての定説でないことを祈りたいものです。

ツォータンさんへ
コメントありがとうございます。

流行語の「倍返し」ではないけれど,
こういう時こそ「九州王朝説」の宣伝の時と考えて,
ブログを書いていこうと思います。

以前「寛政原本の発見」のことを書いたら,
安本美典氏が私のサイトでそのことを知ったと
講演の際言っていたとのことです。
私は古代史の本を書くことはできませんが,
ブログでタイムリーな発言をすることはできるのですから。

「孤独な散歩者の妄想」というサイトでも
「TV番組「明らかになる古代の日韓外交史」の欺瞞・知らんぷりの現実。 」と,
この日のクローズアップ現代の内容を批判しておられました。

肥さん、時々、お読みい戴いているようで、ありがとうございます。
このTV番組は、李朝の「海東諸国紀」(岩波文庫版ですが)を読んでいた時なので興味深々だったのですが・・・
わたしのブログで、揶揄=通説に対する嫌味…的ですが・・・まぁ、自分なりに考察してみたいと、(妄)想ってて、ジタバタしているのですが。
・・・・・・・・・・
ブログにも書いたのですが、中世近世の極東世界での「海東諸国紀」「日本大文典」に古代年号を、彼らが「日本史の本文に記述記載した」事の意味は大きいと思っています。

たぶん、宣長らの天皇観が、中近世の合理思考・世界史観とは、ずれていて、偏狭の中での考察になっていったのではと、思います。
西国・九州(大内氏の山口県とか野口義廣の指摘)のように、「遠の朝廷」の伝承・記録の
存在や外邦人たちの交流などが、見聞や考察を豊かにしたのかも。
反面、鎖国や考察の偏狭が、
そのまま、近代・現代の世界的動静の中で、国家という枠が必要になった政治状況の中で、一神教的求心力が必要で利用した状況だったのでしょう。
爾来、
明治維新以来、おおよそ、150年の今、現代史の中の古代史解釈・論証するに、避けられない仮説として、古田武彦の提示した「日本古代史の仮説」が、顕在化する兆しではと、思ったりもしています。
通説派の頑迷な思考が(退場と継承で)、無垢な思考による考察にさらされる時が、来ているのでは・・・・・と。

出不精のわたしは、肥さんのブログで、古田武彦の健在を見ました。
わたしの情熱が、年明けの「難波」まで、続くように・・・・・
では、また。

C13シロウズさんへ
コメントありがとうございます。

時々貴ブログにお邪魔して,刺激をいただいています。
特にこの「クローズアップ現代」の内容は,
マイナスな意味での「じぇじぇじぇ」的なもので,
我が意を得たりと思いました。

さて,ロドリゲスの『日本大文典』。
江戸時代初期にこのような本が出版されていたことに大変驚きました。
そして,その最後に「九州年号」が,当たり前のように載せられていること。
本当に明治時代以前の認識について,
さらに深めていかねばならないことを再認識させられました。

これからも貴ブログを訪問させていただきますので,
よろしくお願いいたします。

「東海」は「海東」に訂正させていただきました。

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