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2013年11月27日 (水)

紀貫之の直感

紀貫之は「古今和歌集」の仮名序の中で,
「柿本人麻呂は,吉野についての歌で,
なぜ春は桜を秋は紅葉を歌わず,
雲などを選んで歌うのか」と述べているそうだ。

それは奈良県の吉野だったらその通りだったのだが,
それが佐賀県吉野だとしたら当たっていなかった。

しかし,紀貫之の直感は当たっていた。
やはり吉野は「奈良県吉野」ではなく,
「佐賀県吉野」だったのだ。
(「日本書紀」で持統天皇は
9年間に31回吉野を訪問している。
このことへの疑問が吉野問題を解明した)

「万葉集」は歌集ではあるが,
注意深く読めば歴史の史料となりうると指摘するのは,
古田武彦氏である。(『人麿の運命』)
私も彼の考えに従い,本当の歴史を明らかにしたい。

追伸 DVD「701~人麻呂の歌に隠された九州王朝」では,
古田氏の著作をもとに,映像を駆使し,
佐賀県吉野への訪問が太宰府からのものであり,
それが軍事的なこと(白村江の戦いの準備)だったと証明していく。
つまり,「日本書紀」は歴史を34年ずらして記述している
ということになるというわけだ。

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