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2013年11月28日 (木)

2つの「正倉院」の床面積の比較

奈良県の「正倉院」は教科書にも載っていて,
誰もが知っているという感じだ。
33m×9mというから,300平方メートル足らずの床面積。
(太宰府政庁の「蔵司」を移築したとも言われている)

一方,「久留米市誌」に登場する福岡県の「正倉院」らしき遺跡が,
近年発掘された高橋遺跡の高床倉庫群だ。
(170m×175mというすごい範囲)
7m×8m規模のものを中心に,12棟ほどあるという。
56×12=672平方メートルとなり,
床面積だけなら,奈良のものの2倍を上回ってしまう。

こういう単純計算(概算)も時には必要では?
これは数学が苦手な私のやっかみかもしれないが・・・。


PS 多分次のような反論が来そうな気がする。
「建物は床面積だけでなく,
高さも入れて容積で比べるべきだ」と。
それに対しては,こう答えようと思う。
「その通りかもしれません。
では,たとえば高さが2倍,奈良県の正倉院の方が高いとします。
すると,奈良県の正倉院と同じ規模の正倉院が,
九州王朝のもとにあったことになりますね」と。

また,その倉庫に収納されていたものの一部と思われるものを,
以下の史料に見ることができる。
天平10年(738)の正倉院文書『筑後国正税帳』に
筑後国より都あるいは律令制下の大宰府に献上された品目が記されている。
その中に他国の正税帳とは全く異なる品目が列挙されている。
たとえば、銅釜工、轆轤工3人、鷹養人30人、鷹狩り用と思われる犬15匹。
そして何よりも驚きなのが、白玉113枚、紺玉71枚、縹玉933枚、緑玉72枚、
赤勾玉7枚、丸玉4枚、竹玉2枚、勾縹玉1枚という大量の玉類。
(古田武彦氏の研究を,古賀達也氏が「洛中洛外日記」で伝えた)
本当の歴史を調べる気持ちさえあれば,
史料というものは輝きを見せてくれるものだと思った。

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