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2013年11月10日 (日)

古代史セミナー 2013(1日目) 

いよいよ古代史セミナーが始まった。
(会場は,八王子・大学セミナーハウス)
古田武彦氏を講師に据えた,1泊2日の研究会である。
(古田氏は,「九州王朝説」などで知られる歴史研究者)
どんな話題が飛び出すか,今年も楽しみだ。

昨日も書いたが,今年で10回目の会で,
私は第3回から8年連続の参加となる。
(名簿を見たら,98名に達していた!
これも「ミネルヴァ書房」効果だろうか)

なお,「夢ブログ」に掲載したセミナーの内容は,
「文責・肥さん」ですので気をつけて下さい。
もしかしたらとんでもない間違いをしているかもしれません。

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【受付】 11時半 懐かしい人たちとの再会 (o^-^o)

【昼食】 12時~1時

カレーライス・サラダ・フルーツ

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【開会】 1時15分

・荻上紘一さんの開会のあいさつ。
・あっと言う間の10年。今年は100名近くの参加者(初めての方も20名)。
・この間の古田先生の活躍を存分に聞く会にしましょう。
・10周年を記念したグラスをいただいた。

【講演と質疑応答(1)】 1時半~3時半

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・古田先生はこの間で私が接しているうちで,もっとも元気でパワフルだった。
これは私にとって大変うれしいことだった。
・「現代は疾風怒涛の時代の目の中にいる」というのがこの2日間のテーマ。
・「邪馬壹国」というテーマは確定した。卑弥呼が魏帝に上表文を送った。
その手紙に書いた国名・女王名が「邪馬壹国・イ卑弥呼」。
・邪馬壹国(魏志)と邪馬臺国(後漢書)は,東京都と宮城を混同しているようなもの。
・総里程は部分里程の合計でなくてはならない(対馬と壱岐の「半周読法」)。
・考古学的出土物~「絹と錦」問題。これらは博多湾岸にしか出土していない。
(特に錦は,須玖岡本遺跡のみ)
・「日出ずる処の天子」は聖徳太子か推古天皇かそれとも?(多利思北孤)
・論証と実証~村岡典嗣先生の言葉「実証より論証が重要」。
・古事記序文~稗田阿礼に30年後に書かせる!?
・継体天皇の後継に当たる元明・元正天皇~武烈天皇を「悪者」にしたかった。
(継体天皇の正当性を証明するため)
・文武天皇だと何年かとなる。
・「削偽定実」とは,ただの「校正作業」ではない。
南朝=偽,北朝=実という大義名分の問題
・定説の日本語孤立論~違う。おろち問題。八又のおろちとオロチ族。
海と山の神様の意味。日本列島と大陸側に同じ名前。
・ハンカ湖も古代日本語,千島は1000も島がない。太陽の神様の意味。
・南米の裸国・黒歯国。約3ヶ月で海流で行ける。あちらからも戻れる。
・北米の英語の中に混じっている先住民の言葉~ミシシッピなど。
南米のスペイン語やポルトガル語の地名にも先住民の言葉があった。
チチカカ湖。太陽の出る神聖な湖
・シベリアに日本語~チクシ問題。チクシが日本海の両岸にあった。
・サンスクリット語とギリシャ語・ラテン語が共通している。
・言素論~「死ぬ」への疑問から始まった。
中国語は周辺の言語を取り入れながら形成されたのではないか。
・河姆渡遺跡~現地では「かもと」と発音している。これは日本語ではないか。
・会ケイ~これも日本語で解ける。司馬遷以前からの日本語地名。
・日~ジツは中国語。ニチが日本語ではないか。
・土器だけ伝わるということはない,言語も伝わる。
・草野善彦さん~『「邪馬台国」は北九州と「日本書紀」にー
なのに,なぜ論争なのか』(話の泉社)ほか,
張さん,中村さんなど何人もの方が古田説支持。

・日本だけがおかしい認識なのか。外国も同様におかしい。
ゲルマン人の大移動→大侵略。
征服された側の言語の上に征服した側の合成言語。
・魔女裁判~キリスト教以前の巫女たちのリーダーを殺害した。
・私たちは,これまで大嘘の言語学を教えられてきた。
・バイブル~4つの福音書がイエスの処刑について,
みな同じようにローマの占領軍がしようとしたことを隠している。
(司祭がしたことになっているが)
・トマス福音書~高官だけギリシャ語で書いてあるのは,
ローマから来た「高官」ということを強調している。
・日本の歴史教科書がおかしいだけでなく,ヨーロッパのバイブルもおかしい。
(ローマ=現在の政権に有利なように作り変えられている)

・三角縁神獣鏡~文字の有無で国産・舶載を区別することはできない。
・中国では,鏡は家庭内で使用するものである。
・「縁」は,「額縁」の役割である。
・「三角縁」の特殊性は,西日本に圧倒的に多いこと。
・大和に鏡作神社がある。
・金工細工生産機構の継承について 銅鐸→三角縁神獣鏡

・陳寿「三国志」は間違っている~西晋の史家であることもあり,
呉史に関しては,呉と倭の交流史が書かれていない。
銅鐸や三角縁神獣鏡のこともまったくわからない。

【記念写真・コーヒーブレイク】 3時半~4時

以前のように庭に出て撮影することはできない人数で,
講義室の中で上から参加者全員を入れる形で撮影した。
私は古田先生の講演されていた辺りに陣取った。
写真では1番小さく写るでありましょう。

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【講演と質疑応答(2)】 4時~6時

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・津軽審偽史録(「市浦村史資料録」下巻 末尾)の紹介。
「流転の末代に聖者顕れ・・・」未来の読者へ向けて書いている。
・天地之創乃至命体之起源(「東日流「内・外」三郡誌」オン・ブック)
すべてのものは生まれ,やがて死ぬ。宇宙についても同じ。
このような思想の持ち主と偽作者は,まったく正反対の存在。
偽作ではない,何よりの証拠である。
・末吉→長作(その後は,元市→喜八郎と続く)の仕事のバトンタッチ。
完成後の長作の放浪(写本を隠す),そして亡くなられた謎。
元市さんは思想的に親のやっていることが許せなかった?

・村岡先生を慕って広島からやってきた古田だから,
あれほど喜八郎氏は東日流外三郡誌をコピーさせてくれたのではないか。
・2つの「写本」~1つは長作氏がどこかに隠したもの。
もう1つは喜八郎氏が発見したもの。
・石塔山付近を年数万円の費用で貸してくれた田沢さん。
そのあとを次いだのが安倍晋太郎氏。
文書の保存を約束してくれたが亡くなってしまう。
・孝季の公理~「すべてのものには,始まりと終わりがある」

・親鸞の主著「教行信証」の最後に書いてある言葉。「主上臣下・背法違義」
ほかのところは,かなり直しているが,この言葉はまったく訂正されていない。
・戦後,日本で行われたことも「背法違義」といえるのではないか。
論語読みの論語知らず,親鸞読みの親鸞知らず。

・ここから質疑応答
・バイブルでは「7日目に休養」ということだが,
7日目以降の方が子育てで大変なのではないか。
・出雲大社の60年に一度の建て替えについて・・・。
・「三大実録」に載っている奥羽地方の津波は,
今回の東日本大震災の時の津波とほぼ同じ。
「数十百里」は短里なのかどうか。
・三大実録の中にある里を全部抜き出して,
その中でどうであるかというのが古田の方法。
・「日本語は孤立」というが,兄弟関係ではないか。
・沖縄の基地の問題を解決するためには,どうしたらいいか。
・史料がないのに証明することはできない。
「わからない」というのが正しい態度である。
・秋田孝季を思想家としては尊敬しているが,
歴史家としては尊敬していない。(2人のナガスネヒコの件など)
・伊勢神宮の第1回遷宮が690年だと聞いたが,
20年が期間だとすると,建てられたのは670年と考えてよいか。
(私の質問です)
・真福寺本で「矛」「弟」の迷い字について。
・倭王・武が上表文に「にわかに父兄を失い・・・」とあるが,
その場所はどこか。日本内か朝鮮半島においてか。
・天皇を名乗る前,彼らはどのように呼ばれていたか。
・和田家書に出てくる「鮮卑書にいわく」とあるが・・・。
・岐阜県産の細石が公認?
・古田説を名乗ったまがいものが多いと考える。
→ 自分の方法とは相容れないものである。

【夕食】 6時15分~7時半

刺身・紅しゃけ焼き・うな丼・茶碗蒸し・ぬた・けんちん汁・おしんこ・くずもち

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【懇親会「古田武彦先生を囲んで」】 7時半~8時半

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・なぜアメリカは東京と京都に原爆を落とさなかったか?
それは戦後天皇を利用しようと考えていたからではないか。
・3ヶ月前に広島に原爆が投下されることを知っていた人もいた。
・アインシュタインの手紙「ドイツより早く作れば,抑止力になる」
・ドイツへの抑止力のはずが,日本への攻撃に変化
(科学者の思いと政治家の都合)
・10ヶ月前に日本に落とすことが決定

・午前中の校長の戦争の話と夜のこ使いさんの戦争の話の落差。
・ベトナム戦争に参加し,精神錯乱になった女性兵士の話。
・人間を大切にしない戦争をする国家は必ず滅びる。
・常任理事国と核兵器保持との関係。
・唯一の被爆国である日本の役割(核兵器廃絶を訴え続ける)。

・古田氏の夢~絶対に間違いのないことは,自分が死ぬということ。
もしできるなら,自殺した人のところへ行きたい。
その人の言い分をじっくり聴きたい。
・『イ卑弥呼』を書き,『真実に悔いなし』を書き,
まだ生きていることに「まだ何かできる」と・・・。

・津田左右吉が文化勲章をもらった。(昭和23年頃)
天皇家のファンだったから,造作説を唱えた。(武烈天皇の暴虐行為等)
・森嶋さん「みんな古田さんの本を読んでいますよ」
学問は「賛成なら賛成,反対なら反対と書くべき」もの。
・「若い人たちへの手紙(メッセージ)」を読む。
(「文語では「日出づる」と書きます」とありました)
・従来説・古田説を簡潔に書いた本を作りたい。
・太平洋戦争に負ける前に白村江の戦いで負けていた。
ぺリーが使った旗をわざわざミズーリ号でも使った。
これから日本の生きていく道は?
・教科書は国民をだます手段としても使われた。
(少なくとも戦前は。しかし,戦後も変わらないのではないか)
・孝季の系譜に疑問あり?
いろいろな文章を集めている和田家文書なので,
さらに勉強していかなければならない。

【宿泊】 9時

 松下館の7号室に泊まった。

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コメント

上田さんへ

古代史セミナーの1日目の夜に,
「若い人たちへの手紙(メッセージ)」という文章が出ました。
その中に「文語では「日出づる」と書きます」とありましたので,
古田先生は「日出ずる」と「日出づる」を
意識しておられることがわかりました。

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