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2013年11月19日 (火)

水城のC14年代測定

663年の白村江の戦い。
その開戦の前にいろいろな施設の建設や改築おこなわれたと思われる。
たとえば「「日本書紀」には665年に作ったとされる大野城は,
木柱のC14測定で650年という値を出しているし,
古代日本ハイウェーもその頃の建設と思われる(須恵器の年代測定)。
巨大な水城などはとても一挙に作ることはできないと思っていたら,
以下のサイト(サイト名がよくわからない)で,
思わぬ情報を得てうれしくなった。

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この「水城」は「堤」状の施設ですが、
その下方(底部)に「地盤固め用」に重ねられている木の枝(敷きソダ)について、
「C14年代測定」を実施したところ、「上層部」が「六六〇年」、
「中層部」が「四三〇年」、「下層部」では「二四〇年」という結果が出ています。
 「二四〇年」付近というと「卑弥呼」の時代に重なるものであり、
このことはこの「水城」というものが「卑弥呼」の頃より「営々」と造られ、
「修造」されてきていたものであることを示すものと考えられ、
「敷きソダ」の「へたり」等により沈降する分を
上から積み重ねて次々と補強している風情が読み取れます。
そして、その「最終的補強」が「六六〇年」頃であって、
「白村江の戦い」の「前」である可能性が高い・・・

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外敵の侵入を防ぐために,卑弥呼のころから営々と
水城を積み上げてきたとしたら,
その他の施設も「それまであったものを補強する」という例が
あったのではないかと思う。
その最後が650~660年であることは,
九州王朝説にとって大きなプラス材料になるのではないだろうか。

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