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2013年8月25日 (日)

京都で最古の銀貨「無紋銀銭」出土

アクセス解析の検索ワードとして
「無紋銀銭」が出ていたので,逆検索してみたら,
あるサイト(ショウチャンの歴史考察と自然観察)に
以下のような話題が出ていた。

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京都で最古の銀貨「無紋銀銭」出土

1月6日、京都新聞、市民版で「無紋銀銭」(写真)一枚が
左京区小倉町別当町遺跡発掘現場で発見されたとのニュースが出ていた。

この種のものは「富本銭」や「和銅開珎」よりも古い日本最古の貨幣と認められている。

一説には「日本書紀」天武天皇11年(683)の項に記されている銀銭が無紋銀銭と考えられ、
飛鳥時代には存在したと言われているらしい。

大津市の崇福寺跡から舎利容器とともに出土している例から
祭祀用に使われたとも言われていたこともあった。

今回出土した銀銭には「高志」及び「T] と読める記号が、
たがねで刻み込まれていて謎を呼んでいる。

この種のものは今まで、奈良県、滋賀県、大阪府、三重県で発見された例があるが、
京都府での発見はこれが最初とのこと。

この銀銭は直径3センチ、厚さ約2ミリ、中央に穴がある円形で、
重さは9.5グラム、銀の含有量95%とのこと。
(近畿圏で、これまでに約130枚出土)

グーグルのウイキペディアでは「無紋銀銭」を日本最古、
「私鋳銀銭」を地金価値取引用に使用されたのではとしている。

今までの例では今回の様に「高志」、「伴」、「大」の文字が
刻まれていることを認めている。

中には、表面に銀片を貼り付けた例があり、
これは重さを揃える目的でなされたと思われることから、
目的が「地金価値取引用」の可能性大だと思える。

日本書紀によると”今より以後、必ず銅銭を用いよ、銀銭を用いることなかれ”
と云うくだりがあるとのこと。
中央の穴は、そこに紐を通して持ち運んだものだろう?

「T」の印の意味は不明だが、恐らく、製作者のイニシャルではないだろうか?
兎に角、貴重な考古学的発見と評したい。

この「無紋銀銭」は1月12日まで、上京区の京都市考古資料館にて展示されている。

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私は古田武彦氏の「九州王朝説~大和勢力が8世紀に政権を握るまで,
九州王朝が日本を代表する政権だった」に学んでいるので,
この「無紋銀銭」は九州王朝のものではないかと思う。
それに関する古田氏の論文の一部を掲載しよう。

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二つの確証について

--九州王朝の貨幣と正倉院文書-- (1999年)

 本年一月に飛鳥池遺跡出土の「富本銭」が公開展示された。
鋳棹つきで報道写真とおりの展示であったが、
聞くと鋳棹と銭はバラバラに別々の場所から出土したものであるという。
寄せ集めの展示だった。誤解を招く、良くない。
しかし、この遺跡が生産現場であったことはハッキリした。
富本銭は江戸時代から知られていた。
好事家には知られ、絵銭とか厭勝銭(ようしょうせん)とか言われていた。
今回の発掘で新しくても八世紀のものであることが明かとなり、
厭勝銭説の奈文研の松村氏は、通貨であるとの説に変えられた。
しかしまだ厭勝銭説の人もある。
この銭が天武紀十二年に現われる銅錢にあたるという。
そうすると厭勝銭とは思えない。まじない銭に詔勅を出すだろうか?。
このときの詔勅では「今後、銅銭を使え、銀銭は使うな」とある。
銀銭には反感を持っていて、使用禁止。
『日本書紀』は信用できないか?。いや、この点は信用できる。
「法隆寺再建論争」で喜田貞吉は『書紀』の記述のみを根拠に再建説をとり、結局正しかった。
「焼けもせぬものを焼けたと書くか?」という論理しか根拠はなかった。
『書紀』が信用できない点は、年代や人物のあてはめなどイデオロギーに関するものであって、
事物や事件は基本的に「あった」のだ。
さきの詔勅の三日あとに「銀を用いること止めることなかれ」が出されている。
「銀は使え…(銀銭はデザインや文字は消して使え)」、私にはこうとしか読めない。
近江神宮近くの崇福寺に伝わる十一枚の銀銭…写真を保存している
…そこには読み取れる文字があった。「無紋銀銭」ということばは正しくない。
天武が反感をもち、否定しようとする銀銭は「九州王朝の銀銭」だったと考える。・・・

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