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2013年7月30日 (火)

八面大王の「信濃遷都」の仮説

「東京・古田会ニュース」の最新号(151号)が届き,
八面大王のことについて橘高修さんが書かれていた。

実は古田武彦氏も「古田会ニュース」の102~109号に
8回(隔月なので1年あまり)にわたって連載してきたものだ。
以下,古田氏による地誌「信府統記」の紹介。

(1) 昔,中房山に「魏石鬼」がいて,人々を苦しめていた。
(2) 「魏石鬼」は「義死鬼」とも言い,「八面大王」とも称した。
(3) 坂上田村麻呂がこれを征伐した。
(4) 田村利仁将軍が桓武天皇の頃,たびたび東夷を征伐したという。
 八面大王はこの中の1つだろう。
(5) しかし田村利仁将軍が信濃国で東夷を征伐したという記録はない。
(6) 松川組宮城という所に「魏石鬼の岩屋」と呼ばれる遺跡が
 今も存在している。

これを受けて,九州王朝説とのからみで,
3つの仮説が書かれていた。(紙面の都合上,略報)

(1) 八面大王は九州王朝の天子(九州に八女地方がある)のことである。
(2) 九州王朝の信濃遷都(白村江の戦いに際し,内陸に遷都した。
 まるで戦時中の「松方大本営」みたいな話だ)
(3) 九州王朝滅亡とともに「削偽定実」(続日本紀の「山沢亡命」記事)が行われた。

つまり先の八面大王の物語は,九州王朝が最終的に滅亡した時のことを
描いた説話ではないかというのである。

じゃあ,実際に現地を訪ね調べてみようじゃないか,というのが
東京・古田会の素晴らしい行動力で,
10/4~6に信州安曇野を訪問する計画が立てられている。

ちょうどこの日程は,部活動の新人戦ともろに重なり,
私は行けないことになるのだが,
大いにその成果を期待するものである。

以下,その旅行のパンフレット。

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