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2013年4月29日 (月)

「古代史いつ学ぶの?」「今でしょ!」

「古賀達也の洛中洛外日記」からの話題。
『日本書紀』天武11年九月条に,以下のような文が出てくるという。

「勅したまはく『今より以後、
跪(ひざまづく)礼・匍匐礼、並びに止(や)めよ。
更に難波朝廷の立礼を用いよ。』とのたまう。」

跪礼・匍匐礼は,平たく言うと「土下座」なのだろう。
それを止めて中国風の立礼を採用したということだ。

また,孝徳天皇の白雉元年の春正月の辛丑の朔の条には,
「賀正礼を観す」という文がある。
(賀正礼は,平たく言えば「正月の年始参り」みたいなもの)
孝徳は天皇だから臣下から「賀正礼を受ける」はずなのに,
それを「観す」ということは,
誰か他の人(たとえば九州王朝の天子)が
「賀正礼を受ける」のを「観て」いたということなのだ!
つまり彼はその時NO.1ではなかったということになる。

古代史の研究は,現在かなりスリリングである。
ぜひいっしょに研究しましょう。
「古代史いつ学ぶの?」「今でしょ!」
(東進ハイスクールの林修先生のマネ)

ウィキペディアには,「土下座」について,
以下のように出ていた。参考までに。

「『魏志倭人伝』には邪馬台国の風習として、
平民が貴人と道端で出会うと、「道端で平伏して拍手を打つ」との記載があり、
古くからの日本の習慣であったと思われる。
古墳時代の埴輪の中には平伏し、土下座をしているようなものも見受けられる。
また、近代まで庶民が貴人に面会するときも土下座をするのが通常であった。・・・」

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コメント

小野不由美の「十二国記」(のちNHKでもアニメ化)に、
即位した主人公が最初に出す勅令が「伏礼を廃す」というのがありましたね。

この記事がヒントなのかな?

あじすきさんへ
コメントありがとうございます。

もしかしたらそうかもしれませんね。
なお,この礼法の変更はなかなかうまくいかなかったようで,
その後何度も「禁止令」が出ているとのことです。

賀正礼がどういうものか。特に701以前に絞り資料提示されないと論証になりませんね。

上城さんへ
コメントありがとうございます。

私はいい視点だと思ったのですが,
論証するというのはなかなか難しいものなのですね。

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