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2013年3月31日 (日)

たのしい授業フェスティバル 2013 (1日目)

昨日江戸川区の船堀で行われた
上記の会に参加してきた。

(1) 小6ガイダンス(峯岸さん)・・・15名

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峯岸さんは授業,道徳,体育等たくさんのネタをお持ちの方なので,
90分ではもったいないと思える講座だった。
「〈邪馬台国〉はどこだ!」も紹介していただいた。

(2) 学級トラブル解決の考え方〈小原さん,佐竹さん〉・・・30名

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基本的には『よくある学級のトラブル解決法』〈仮説社〉にもとづき,
具体的な事例を解説していただいた。
〈佐竹さんの「生資料」も説得力があった!〉
2人のコンビネーションの素晴らしさが光り,
さすが人気の講座という気がした。

(3) 板倉聖宣さんの講演会・・・たんさんの方々

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特設会場に集まり,次期の科学史学会の会長となった経緯と,
これからどんな仕事をしていきたいかについて話された。
1つは日本語で一般の人にわかる内容を書いていく。
と合わせて,英語で他の国の人にわかる内容を書いていく。
〈ガリレオの手法と同じだという気がした〉
科学史学会の会長をすることで,さらに仮説実験授業についても
力を注いでいきたいというお話だった〈と思う〉。
(「1+1は2ではない!」等)

今年の桜 2013

今年はあまり桜を楽しめなかったが,
2枚だけ写真を撮った。

(1) 緑町の桜並木

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(2) 中学校の正門の桜

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楽天 今季初勝利 

楽天が今季初勝利をあげた。

楽天 0 0 1 2 0 0 0 0 0 計3
ソフト1 0 0 0 0 0 0 0 0 計 1

先発ダックワースが7回を1点に抑える好投。
西田のタイムリーで同点とし,
牧田の1号2ランで勝ち越した。
 

2013年3月30日 (土)

プロ野球開幕 2013

プロ野球が昨日開幕した。
楽天は負けてしまったが,
日ハムの大谷は2安打と
開幕から大活躍した。
九想さんがファンの阪神は,
開幕戦に大勝した。

【セ・リーグ】

広 3 ー巨 4  神 9 ーヤ 3  D 4 ー中 3

【パ・リーグ】

日 5ー 西 3  オ 2ー ロ 3  楽 1ー ソ 7


「引越」完了!

書類上の仕事はすべて完了したので,
残りの荷物を1階の空いている部屋へ「引越」した。
こんな早い時期の「引越」は初めてでうれしかったが,
本や賞状・写真のなくなった教室はただの「部屋」で,
本当にモノと思い出はつながっているのだな,と実感した。

4月2日には新しいクラスが決定する。
ここ2年,1年2組や3年2組と
中身の濃い日々を過ごすことができたが,
また新入生たちと新しい「歴史」を作る!

女優の坂口良子さんが亡くなる

女優の坂口良子さんが3/27に亡くなったという。
結腸がんから肺炎を併発してのことらしい。
まだ57歳で,亡くなるなんて信じられない年齢だ。
(私と3歳しか離れていない!)
しかもゴルファーの方と最近結婚したと聞いていた。
本人は発症を知っていての再婚だったのだろうか。
人の運命というのは,本当にわからないものだ。

昨日の部活動 3/29

昨日は12時半~午後5時のコマだった。
顧問のТ先生が日直のため,
午後1~3時は「代打日直」をした。

豊岡高校のK君がまた来てくれた。
来期も来てくれるとのこと。頼もしい。
私は用事のため,午後4時に学校を出た。

2013年3月29日 (金)

イタリアレストランで昼食会

昨日のお昼は,お別れ会も兼ねて,
イタリアレストランで昼食会を行った。

(1) フランスパン2切れ(オリーブ油&酢)
(2) サラダ(美味しいドレッシング)
(3) オードブル(生ハム,枝豆,チーズ&トマト,
    デミグラスソース煮の鶏肉等)
(4) ピザ2枚(7つに切るのは難しそう)
(5) スパゲティー2皿
(6) コーヒー

これで2000円ならお手ごろである。
できたら白ワインも追加したかったが,
やめておくことにした。
それでもおなかは大満足だった。

最後に,送る側からと送られる側からの
双方のプレゼントを手渡して会を終了した。
転出される先生方の健闘をお祈りしたい。

抄本送り

生徒たちが進学した高校に宛て,
昨日は抄本送りをした。

(1) 指導要録
(2) 健康診断&歯科検査

以上2つをまとめて封筒に入れ,
郵便局から送った。
高校でどのくらい利用してもらえるかはわからないが,
私たちの「最後の仕事」がこの作業であった。

頑張れ,生徒たち!
よろしくお願いします,高校の先生たち!

昨日の部活動 3/28

昨日は午前11~午後2時のコマだった。
学年の先生方との昼食会があったので,
前半だけしか参加できなかった。

豊岡高校に進学しているK君と
これから進学するS君の,
両キャプテンが手伝いに来てくれた。
2人で協力して,高校でも頑張ってほしい。

2013年3月28日 (木)

学級文庫の移動

教室に置いてある荷物の中で,
1番量の多いものは学級文庫である。
(大小取り混ぜて数百冊ある)

その移動はいつも4月に入ってから行ってきたが,
(クラスが決まらないと移動できないので)
今の社会科の3人の教員の配置からいって
私が4月から1年担当になるのは必至なので,
思い切って2階(3学年の階)から
1階(1学年の階)に降ろすことにした。

(1) 本箱に入っているものはそのまま本箱ごと移動
(2) バラのものもなるべく箱やケースに入れて

まとまった形で教材室に運び込んだ。
ここまでやっておけば,あとは配膳台に乗せての「平行移動」で済む。
4月1日から7日までは「部活漬け」の日々で,
これに学級文庫の移動が重なると私のダウンは必至だからだ。

新年度の持ち時間

1学年は5クラス(1クラスあたり38名ほど)となる予定である。
私の予想では,この5クラスと3年生を1クラス
(2年前に1年2組だけ担任&担当した)持つことになりそうだ。

(1) 社会科 15+4=19
(2) 道徳・学活 2
(3) 総合 2

合計23/29の持ち時間は
今年度の20/29と比べるとかなりきついが,
(実質は面談が1時間あったので,21/29だった)
社会科の3人の持ち時間の関係から,
今年度は仕方ないかなと思っている。

ちなみに,あと2人の先生の持ち時間は,

A先生・・・24時間(3年5クラスだけで20時間なので)
B先生・・・19時間(この他に学年主任の仕事もあるし,
さらに+4で23時間というわけにはいかないだろう。
その場合,私が逆に19時間ということになってしまう)

ということで,次年度は社会科の先生の増員を願います!

昨日の部活動 3/27

昨日は午前10時~午後2時のコマだった。
前任校の卒業生で県ベスト8になったチームの4人だった。
それぞれが大学に合格し「悠々自適」の生活のようだ。

最後の30分で試合をしたが,
レシーブからトス,スパイクへとスムーズにつなげる技を
彼らのプレーからぜひ学んで欲しい。

彼らの県大会ベスト4を阻(はば)んだものは,
それまでまったく対戦したことのなかったチーム
(似たタイプで言うと,富士見西のエースアタッカーの
バックアタックで攻撃してくるやつ)との対戦で,
守るので精一杯になってしまったためだ。
もし普通のチームとの対戦だったら勝てたと思う。

ここのところの大会で上位のいろいろなタイプのチーム対戦し,
経験では彼らより豊富なものを持っていると思う。
ぜひそれらを生かして戦っていこう。
合言葉は「攻撃は最大の防御なり」だ。

2013年3月27日 (水)

修了式 2013

「会うは別れの始め」というが,
卒業式に続き,昨日は修了式が行われた。

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卒業生だけでなく,在校生たちもまた
しばしの別れを経験する。
そして2週間後には,早くも
入学式,始業式が行われる。

それは教職員も同じこと。
転退職の方々がいれば,
逆にすぐその先には
新採用,転入の方々もいるわけだ。

誰がそうなのかはまだ言えないけれど,
年数や諸事情から今年度も多くの方々が入れ替わる。
今までいっしょに組んだ先生方の仕事に感謝し,
また新しい先生方を温く迎え入れよう。
そのようにして,私も何回かの転入と転出を
繰り返してきたのだから・・・。

昨日は「大納会」という学期末の会だったが,
その席を決めるために「四字熟語」が使われた。
(さすが幹事が,国語のO先生だけのことはある)
私が引いたのは「平穏」で,
席には「無事」が置かれているという仕組みだ。
願わくば,新年度も
「平穏無事」な年でありますように・・・。

肥さん年図 2012(平成24)年度

仮説実験授業研究会では,年図というものを作って,
いろいろな理解に役立てている。
今年度も生徒たちのお陰で,
かなり充実した1年間を過ごせた。

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【2012(平24)年・上山口中2年目・3年2組・54歳】

④3年2組(37名)の担任となる
④協会長杯で地区大会を通過。県大会へ
⑤社会科サークルで「オリンピックと平和」の報告
⑤修学旅行で京都・奈良へ(映画村やレクでの楽しい時間等)
⑥学総体で市内3位(4校中)
⑦仮説実験授業の夏の大会で宮城県松島へ
(被災地の東松島市・東名を訪問。以降3月まで計7回にわたり,
野蒜,石巻,女川,南三陸町,気仙沼,陸前高田,釜石等を訪問)
⑧埼玉の会で「道徳授業プラン・オンパレード」「世界の国旗」の講師
⑨社会科サークルで,被災地の写真を紹介
⑨体育祭で1点差の2位。すぐさま合唱コンの練習へ
⑩所沢の教研集会で「楽しく団結力のあるクラスづくり」を報告
⑩新人戦で県大会に出場するも,翌月に初戦で敗退
⑪合唱コンクールで金賞をいただき,2回目の親善音楽会へ
⑪第8回古代史セミナーに参加(日本古代ハイウェイについて発表)
⑪社会科サークルで「被災地を訪問して考えたこと」を報告
⑪市民バレー大会で優勝。狭山経済杯で3位に
⑫市教研の道徳の研究授業で「風に立つライオン」
⑫大井高校杯で2位に
①箱根駅伝で母校の法政大学が久しぶりに快走(9位で来年の出場権)
②高崎たのしい授業入門サークルの第1回例会に参加
②モルテン杯で予選リーグ1位通過も,決勝トーナメントで初戦負け
③6年ぶりの卒業式。学年旅行で箱根・西伊豆の戸田(へだ)へ
「男子バレー部副顧問」「合唱曲・「そのひとがうたうとき」順位・金賞」

2013年3月26日 (火)

「ハモネプ★スターリーグ3」が4月2日に放送!

いつかいつかと首を長くして待っていた
「ハモネプ★スターリーグ3」が,
4月2日(火)に放送されることがわかった。
なんと,3時間スペシャルだという。
楽しみだなあ。

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カスペ!『芸能人アカペラ選手権 ハモネプ★スターリーグ3』
4月2日(火)18時55分~21時54分 3時間スペシャル!

芸能人が己の意地をかけて戦う『ハモネプ★スターリーグ』の第3弾!
実力派歌手!俳優!人気芸人!今回も芸能各界から名乗りを上げた
個性豊かな12チームが参加!
果たして頂点に立つのは、どのチームなのか!?

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12チームの編成など,もっと詳しく知りたい方は,
以下のサイトを訪問してみてほしい。

フジテレビのハモネプサイト
http://www.fujitv.co.jp/nepleague/hamonep/index.html

ついに出た「無効」判決

今まで「違憲」だとか「違憲状態」だとか,
いろいろ言われながらも行われてきた国政選挙。
ついに「無効」の判決が出た。

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昨年衆院選は「無効」 初のやり直し命令
 「1票の格差」2・43倍 広島高裁判決

最大2・43倍の「1票の格差」が是正されずに実施された
昨年12月の衆院選をめぐる全国訴訟の判決で、
広島高裁(筏津順子裁判長)は25日、小選挙区の区割りを「違憲」と判断し、
広島1、2区の選挙を無効とした。
無効の効果は「今年11月26日の経過後に発生する」とした。

同種訴訟の無効判決は初。直ちに無効とはならないが、
格差の抜本的な是正に乗り出さなかった国会に、
司法が選挙のやり直しを命じる異例の事態となった。

一連の訴訟で小選挙区についての判決は8件目で、違憲判断は6件目。

これまで東京高裁、札幌高裁、仙台高裁、名古屋高裁金沢支部、高松高裁が「違憲」、
名古屋高裁、福岡高裁が「違憲状態」と判断。いずれも無効請求は棄却していた。

(「産経ニュース」より)

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おそらく最高裁でも争われることになると思うが,
「1票の格差」とは「個人の平等」のことでもあるわけで,
大変画期的な(ある意味当然の)判決が出たと言えるだろう。
「違憲だけれど,選挙は有効」というのは,やはり無理があるのだ。

昨日の部活動 3/25

昨日4日ぶりに部活に出たが,
女子の協会長杯の結果は,
「決勝トーナメントには出たものの,
その1回戦で富岡中に敗れてしまった」のだそうだ。

女子の分も男バレは頑張ろう!
とりあえず高校3校との合同練習で力をつけ,
いい状態で県大会に臨みたい。

2013年3月25日 (月)

被災地への訪問 第Ⅱ期 第1回 (3日目)

昨日は最初の計画通り,
吹奏楽部のスプリングコンサートに参加するために,
皆さんと別行動で,新幹線で埼玉に戻ることになった。

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S兄さんよりいただいた気仙沼カレンダーを
必要な分を抜いて,残りの18部を幸ママに預け,
午前7時過ぎに朝食に行った。(バイキング方式)
7時40分頃ホテルをチェックアウト。

そして,私の被災地訪問の「原点」でもある松島海岸駅へ。
昨年7月31日に,ここから東名にバスで向かったのが,
第1回の訪問だった。(すべてはここから始まった!)

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午前7時58分,松島海岸駅を出発。
9時46分・・・新幹線で仙台駅出発。
10時半頃・・・大宮駅到着。
12時ちょうど・・・自宅到着。

今回の被災地訪問に際しては,
同行の5人の方々(Sさん,幸ママ,Aさん,Nさん夫妻),
現地のNPOのSさんとТさん,
気仙沼・大島の方々に大変お世話になりました。
心より御礼申し上げます。

ぜひまた,行きましょう。
お会いしましょう。(o^-^o)

スプリングコンサート 2013

松島から早く戻ったのには理由があった。
吹奏楽部のスプリングコンサートに参加するためである。
今年担任した3年2組には5名の部員がいた。
最後のコンサートにはぜひ出てあげたかったのだ。

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コンサートは,三部構成だった。

第1部 エンターテイメント・マーチ
     吹奏楽のための第1組曲
     セントアンソニー・ヴェリエーションズ

第2部 アンサンブル編
     4本のフルートのための「夏山の1日」(フルート四重奏)
     「魔女の宅急便」より「元気になりそう」(トロンボーン六む重奏)
     梨の形をした三つの小品より Ⅱ (木管八重奏)

第3部 ディープパープルメドレー        
     私のお気に入り 
     美女と野獣
     (アンコール曲)

演奏を終えた生徒たちは,昨年の卒業生から花束を受け取り,
スプリングコンサートをやりきった満足感と感動で
いつも以上に輝いていた。 

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オープン戦の成績 2013

昨日オープン戦の最終試合が行われ,
今季の最終成績が出た。(巨人が優勝,楽天は4位)
各チームの成績を転載しておこう。


     試合 勝数 敗数 引分 勝率  差 打率 本塁打 得点 失点 防御率
1 巨人  17  10   4   3   .714  - .241   12   56  44   2.25
2 広島  17  10   6   1   .625  1.0 .241   6    52  59   3.20
3 ソフト  20  11   7   2   .611  1.0  .255  16    86  74   2.99
4 楽天  17  10 7  0  .588  1.5  .252   6  66  40  2.17
5 阪神  18   9   8   1   .529  2.5  .294   8    91  77   3.97
6 ヤク  19   8   8   3   .500  3.0  .270   8    69  71   3.67
6 DN  19   9   9   1   .500  3.0  .253   18    81  88   4.18
6 西武  18   9   9   0   .500  3.0  .295   1   77   57   2.53
6 日ハム16   6   6   4   .500  3.0  .262   14   60   56  3.40
10 ロッテ19   7  10   2   .412  4.5  .261   8   73   85    4.28
11 オリ  18   6  11   1  .353   5.5  .219   3   55   71   3.96
12 中日 20   4  14   2   .222  8.0  .236   8   55   99   4.67

データ提供 共同通信社

2013年3月24日 (日)

被災地への訪問 第Ⅱ期 第1回 (2日目)

昨日は気仙沼・大島のS妹さんとだんなさんの船で,
わかめのしゃぶしゃぶをしたり,
島を周回して気仙沼港に戻るなど
刺激的なスタートをした。

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おおしま丸で気仙沼港まで送っていただき,
再び車に乗って旅が続いた。

まずは,鹿折にある第18共徳丸へ。
この船は800メートルも内陸に運ばれたが,
どうも震災のモニュメントとして保存される方向のようだ。

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続いて,震災の被害が最も激しかった陸前高田市へ。
これまで早朝の通過だけだったが,
今回は撮影可能な時間帯に行くことができた。
中学校,奇跡の一本松,5階建てのアパート。
これらも保存される方向とのこと。
また,「鉄道の跡」も教えていただいた。

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さらに,戻るようにして,南三陸町の防災庁舎へ。
途中に,三島神社,流出した道路の橋げたの所も通った。
何人かの方が津波の水位のところまで神社の階段を登られた。

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そして午後5時頃,昨日の宿である
松島のセンチュリーホテルに到着した。
このホテルには,これまでも2回お世話になっているので,
今回で3回目の宿泊となる。

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また,午後6時半から夕食会が開かれた。
まずNPOのSさんとТさんからプレゼンがあった。
その後,美味しいものを堪能しながら,
時には和やかに,時には激しく議論しつつ,夜は更けていった。
(「復旧と復興の違い」や「ボランティアとは何か?」等)
最後に,私がこれまで撮影してきた写真を見ていただいた。
これらに今回の写真がまた加わることとなる。

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これからもご愛読を!

数年前のこの「夢ブログ」の
「1年生大会と深谷遠征」という記事について,
ここ10ヶ月ほど中学校の生徒さんたちや先生方と
たのしい交流をさせていただいてきました。

ところが,昨日そのきっかけを作って下さった生徒さんから,
削除の要請があり,事情は詳しくは分かりませんが,
とりあえず「非公開」にさせていただきました。

インターネットについては,様々なな議論があり,
私もそれに耐えられるようなサイトを作りたいと
微力ながら努めてきたつもりではありますが,
まだまだ力不足なのでしょう。

せっかく交流していただいた皆さんに
ご迷惑がかかってはいけないと考え,
上記のようにさせていただきましたので,
よろしくお願いいたします。

これからは今までのような交流はできないと思いますが,
記事を読んでいただく分には差し支えないと思いますので,
引き続きご愛読いただければと思います。
とりあえず,これまでのお礼も兼ねて・・・。

2013年3月23日 (土)

被災地への訪問 第Ⅱ期 第1回 (1日目)

昨日は知り合いのSさん,幸ママさん,
Aさん,Nさん夫妻とともに,
東日本大震災の被災地の訪問をした。

まず2台の車に分乗して,
東北自動車道を北上した。

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Sさんの綿密な計画でこまめに休憩を取りつつ,
まずは岩手県の中尊寺へ。
これはNさん夫妻のご要望である。
私は以前「奥の細道の旅(第1回)」で訪問したことがあり,
この「夢ブログ」でも紹介した。

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そのあと,一の関から気仙沼へ向かい,
まず現場の作業や復興屋台村の様子を見学した。

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その後,フェリーに乗って気仙沼・大島へと渡った。
約25分で大島へ到着した。

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昨日の宿泊は,「休暇村」の宿。
浜辺に面した風光明媚な環境だが,
それはこの2年間のガレキ処理の努力が
あってこそのことらしい。

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ここで待ち受けていたのは,NPOのSさんとТさん。
このSさんは私の知り合いの方のSさんと
かつて同じ仕事をなさっていた方で,
今は拠点を一の関において活動なさっている。

彼らの知り合いでこの気仙沼・大島にお住まいの
これまたS兄さん,S弟さん,S妹さんの三兄弟(妹)と
その旦那さんで船長の方と知り合うことが出来た。

夕食兼懇親会には地元の牡蠣や鮪の刺身も登場し,
話も大いに弾んだ。

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まず最初に,NPOのSさんが現地の方たちの紹介をし,
続いて私の知り合いのSさんがこちら側の紹介をした。
私の隣はS弟さんで「持病のある人も,
薬を2~3週間分手元に備蓄しておくことが
災害時に役立つ」と話されていた。
(話はくわしく聞けなかったが,S兄さんは震災当時
2人の方の命を救ったのこと)

NPOのSさんはさすがに百戦錬磨の方で,
Тさんとともに,地元の人のことをよく考えた,
実のある支援をされていた。
「むやみに人に頼らない,持続的な支援」とでも言おうか。

今までの私の被災地訪問は,現地の方との交流を
することはなかったので,今回の形の「シメタ」を
早くも見つけることができたように思う。

ところで,気仙沼・大島の「休暇村」はインターネットの「圏外」で,
アップが遅くなってしまったことをお詫びいたします。
(午後6時半,松島のセンチュリーホテルにて,
昨日の分をようゆくアップできた)
本日の大島めぐり船の旅,陸前高田,南三陸町訪問は,
明日報告の予定です。
松島は「圏内」なので,朝にはアップできると思います。

4月の楽しみ

4月の楽しみ

「4月の楽しみ」は何だろう?
またニンジンをぶら下げてみよう。

4月8日(月)・・・新しいクラスのスタート

13日(土)・・・サークル

17日(水)・・・社会科サークル
 私の「たのしい授業びらき」の報告
 今年は原則として水曜日となる

20日(土)・・・被災地の支援コンサート

27日(土)・・・『たの授』公開編集会議

2013年3月22日 (金)

楽天が勝つ&大谷が投げて打って守る

昨日は午前中に指導要録がはかどったので,
ごほうびというわけでもないが
東京ドームに出かけることにした。

何と楽天VS日本ハムの試合に,
大谷選手が投げるというのだ!
(以下の写真をクリックすると拡大します)

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早めに東京ドームに着いたので,
内野自由席の当日券を買った。
代金3000円,これは高いのか安いのか?

楽  天000004100計5
日ハム000002011計4

(1) まず,楽天が勝ったこと・・・1000円分
(2) 大谷が投げた(MAX157キロ!)・・・1000円分
(3) 大谷が打った(ヒットにはならなかったが)・・・1000円分
(4) 大谷がライトを守った(守備機会はゼロ)・・・1000円分

ということで,元は取れたと言えるかな?

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NHKテレビ「AKB48ドキュメント3.11」

昨日NHKテレビでやっていた上記の番組を観た。
(午後10時55分~11時25分)

「東北10カ所・同時被災地訪問の記録」と
番組の紹介が書いてあった。
これまでにも22回訪問しているらしい。

2つの意味でよかったんじゃないかと思う。
1つは,被災地の人たち(特に若者)に
元気をあげられたこと。
もう1つは,AKB48のメンバーたちが,
被災地に立つことができたことだ。

秋元康プロデューサーは,「偽善と言われようと
やらないよりやった方がいい」と言ったらしいが,
今やAKB48は若者たちに大きな影響力を
持っているのは間違いないので,
彼らが被災地に関心を持つきっかけを作れば,
若者たちにもそのよい影響が出るだろう。

本日から7回目の被災地訪問に出かける。
今回初めて他の人たちとご一緒の訪問である。
複数で訪問することのシメタを見つけてきたい。

2013年3月21日 (木)

『仮説実験授業のある人生 16』

しばらく前に届いていたのだが,
ここでは紹介しないでいた。
西尾たのしい授業の会発行の
上記のガリ本である。

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このガリ本のシリーズは,
私が勤務校に赴任してから発行され,
この2年間にたくさんの元気をもらった。
(この間,1年2組と3年2組を担任して,
充実した2年間を過ごすことができた)
本当に感謝の気持ちでいっぱいである。

16号にも,ベテランの林さんや井上さん,
若手の手嶋さんや岡田兄弟らの文章が,
所狭しと並んでいる。
今日からの読書が楽しみだ。

様々な個性を持つ先生方をつないでいるのが,
仮説実験授業の素晴らしいところで,
実践するしないにかかわらず,
1963年板倉聖宣氏によって提唱され,
教師と児童・生徒・学生たちに支持されてきたこと。
そして,50年後の今になっても色あせず,
脈々と実践され続けてきていることを
記憶していただけたら幸いである。

ところでこの4月か5月に,
これまで氏が書かれた文章が,
「板倉聖宣選集」として4~5冊にまとめられ,
仮説社から刊行が始まる予定である。
(第1巻は,中一夫さんの編集)
こちらも楽しみだ。

脳卒中リスクの予測

脳卒中リスクを自分で予測できるサイトを,
読者のすーさん(「ひまわり」というブログを開設)が教えてくれた。
年齢・性別・肥満・血圧等を足して,
今後10年間の発症確率を判定してくれる。(血管年齢も)
「年齢や性別は仕方ないが、
肥満と血圧は生活改善で下げることは可能かな」
とコメントされていた。

私もやってみたら,2~3パーセントで,
すーさんと同じ範囲だった。
お互い健康に気をつけて,ブログを書き続けたい。

健康が気になるあなた。
普段まったく気をつけていないあなた。
ぜひやってみては・・・。

脳卒中リスク
http://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/3284.html

残された仕事

卒業式が終ってホッとしているのは事実だが,
その後も学年旅行が続いたので,
なかなか仕事ははかどらない。

そんな中でも「教室整備」と「出席簿」は,
なんとか終えることができた。

もっとも「教室整備」の方は,
次のクラスが決定してからの引越作業を待って,
後半をやらなければならない。

今できることは,指導要録の記入である。
今日はその仕事に専念していきたい。
(すぐできるところから始めて,
時間のかかるところは来週以降やる予定)

明日から2泊3日は,東北の被災地訪問で,
気仙沼,陸前高田,南三陸町,松島に行く。
他の方々といっしょに周ることになるので気を使うが,
車で周っていただけるということで,
その成果を期待したい。

もちろんパソコン,デジカメを持っていくので,
読者のみなさんには即日報告したい。

昨日の部活動 3/20

昨日は,午前8時~12時半のコマだった。
特に助っ人の方はなく,
いつも通りの練習が行われた。

最後に顧問のТ先生から,
「フェイントは,慣れれば相手にとっては
チャンスボールである。
練習からもっと攻撃せよ」
とアドバイスがあった。

インターネットで検索して,
協会長杯の日程を調べてみたら,
以下のように載っていた。

4 月 28 日 ( 日 ) 女子 ・・・1~3回戦
4 月 29 日 ( 月 ) 男子    同上
5月 6日 (月 ) 男女・・・・準々決勝,準決勝,決勝

場所は,久喜の総合体育館である。
遠いので,車出しをお願いしなければならない。

また,この日程だと,新潟キャンプは,
初日を勝ち抜いたら行けないということになる。
何も連休をまたいでやらなくてもいいのにと思ってしまう。

2013年3月20日 (水)

駅鈴のレプリカ

山川出版社が駅鈴のレプリカを販売していることは,
インターネットで調べていた。
ちょっと値段が高い(1万2000円)ので迷ったが,
これも研究のためと,思い切って購入することにした。

それが昨日届いたので,
読者のみなさんにも紹介しよう。

Photo_2

江戸時代に隠岐で発見された
現存の2つの駅鈴のレプリカで,
サイズも原材料もだいたい同じにしてあると思う。

手にもってみるとやはり重く,
中に舌(ぜつ)が入れられていて,
揺らすときれいな音を出す。

これから「金属器セット」の仲間に入れて,
社会科の時間に役立てることにしよう。
吉野ヶ里銅剣,銅鏡,銅鐸,志賀島金印に次ぎ,
5つ目のコレクションとなる。
「〈邪馬台国〉はどこだ!」の授業とは別のプランを
作るきっかけとなったらいいな!
〈たとえば,授業プラン「駅鈴の謎」など〉

お気に入り生ラーメン

ちょっと最近気に入っているのが,
以下に紹介する生ラーメンである。

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細めの麺も透き通ったスープも,
私好みで美味しい。
逆に,私はこういうのが好きだったのか!
と思わせてくれるようなラーメンだ。

ほかの人が何と言おうと,
私が美味しいのだからそれでよい。
2食入りで二百数十円と値段も手ごろ。
西友などのスーパーで扱っている。

健康について~歯の治療やドナー登録のこと

先月歯の2ヶ所の詰め物が取れてしまい,
数年ぶりに歯医者通いしている。
昨日で2回目で,もう1,2回で終ると思うが,
8020運動(80歳で20本自分の歯を残す)に
参加するためにも,こまめなケアを心がけていきたい。

なお,先日知り合いの先生がドナー登録していて,
もう1ヶ月ほどで骨髄液を提供するという話を聞いた。
私も10年前登録の直前までいって断念した経緯があり,
その先生のあとに続くべく決意をあらたにしたところだ。
(ドナーによる提供で,知り合いが助けてもらった経験もあるので)

2013年3月19日 (火)

学年旅行 2013 (2日目)

西伊豆への学年旅行の2日目を報告しよう。

昨日は疲れが出て,夜遅くまで語り合う
ということは出来ないままに寝てしまった。
しかし,その分睡眠が取れて元気回復した。
したがって朝食も美味しくいただけた。

(1) 「いちご大福」の人気店に立ち寄る

現地で人気の「いちご大福」の店に立ち寄った。
食べてみると,いちごと白あんがマッチしていて,
なかなかの美味であった。
多くの先生がお土産に購入した。
1個250円(大粒のものは1個300円)×個数だから,
それだけで大きな出費となった。
お土産というのはなかなかビミョウなもので,
何も買って帰らないと「なんで買ってこないの?」
という顔をされるし,あまりに買いすぎると,
「こんなにたくさんお金があるのなら・・・」と責められる。
なかなか厄介なしろものではあるのだった。

(2) いちご狩りに挑戦する

いちご大福の人気店を出発した私たちは,
さらに車を走らせ,いちご農園へと向かった。
いちご狩りをするためである。(私はたぶん初めて?)
1600円の料金を払い,コンデンスミルクが
少量だけ入ったプレートを手に持ち,
ビニールハウスでのいちご狩りは始まった。
30分間のいちご狩りで学んだことは,
最初はコンデンスミルクは付けないで素のまま味わい,
飽きてきたらコンデンスミルクを付け,
それでも飽きてきたらあきらめるということだ。
(決して「元を取ろう」などと考えてはならぬ)
私は普段あまりいちごは食べない方なので,
今回のいちご狩りで「約1年分」食べた気がした。
なお,ビニールハウスのいちご狩りは,
12月~5月まで約半年間できるとのこと。
機会があればやってみるといい。

(3) 韮山の反射炉を見学する

よく教科書や資料集に出てくる反射炉という
金属の鋳造施設を見学することができた。
大砲とかを作る国産の工場である。
今では巨大な設備のもと大々的に行われているが,
江戸時代末期にそれをするのは大変なことだった。
先駆者の苦労が偲ばれた。
観光地の1つに「江川邸」というのがあったが,
反射炉づくりを志した江川太郎左衛門の屋敷のようだ。

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(4) 沼津の魚市場で海鮮風の昼食

沼津といえば,静岡県にある大漁港である。
そこで我々は,魚市場で昼食をとることにした。
私は学年主任のH先生と同じ海鮮定食を注文し,
海の幸を堪能した。(ご飯のおかわりもした)
そのあと,おみやげタイムとなったが,
場内のお店で揚げているエビが食べたくなり,
コップ一杯のもの(Mサイズ)を食べたので大満足。
それを目ざとく見つけたH先生,
「あれ,さっきご飯のおかわりを
してませんでしたっけ?」(笑)

(5) 「びゅうお」を見学する

そのあと巨大な「びゅうお」という建物を見学した。
これは高潮や津波を防ぐ堰(せき)のようなもので,
その屋上階(エレベーターには「2階」と表示)にのぼり,
太平洋を遠望した。
白波がたくさん見え,海が荒れているのがよく分かった。

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(6) 「富士山を世界遺産に」Тシャツを購入

実は,往きの谷中SAで
「富士山を世界遺産に」Тシャツを売っていた。
またいつか買おうとその時には買わなかった。
帰りも谷中SAに寄ったので,
思い切って購入することにした。
夏になったら,きっとこのТシャツを着ている
私に会えると思いますよ。

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(7) 午後5時学校到着

いろいろな思い出が作れた学年旅行も,
ついに終わりの時を迎えることになった。
午後5時過ぎ,学校到着。
「みなさん,お疲れ様でした~!」

「偶然の出会い」を「必然の出会い」に(教員編)

「3年2組」論の際,上記の話から始まった。
「偶然の出会い」を「必然の出会い」に
変えることができたことを祝したのである。
しかし,それは教員の場合も同じだ。

最終的に校長先生によって決定された
学年配当の「予想」を,いかに工夫して
(何しろ生徒たちと違って7名しかいない),
あるいは「隠れていた才能」を発揮して
やっていかなくてはならない,
「運命共同体」ともいうべき存在だった。

お互いに自分の個性を出し合い,
足りないところは補い合って,
1年間が過ぎていった。
今思う。このメンバーでやってこられて
幸せだったと・・・。

異動される先生方もおられるし,
もう2度とこの学年団は組めない。
西伊豆への学年旅行は,
最後の私たちの思い出づくりとなった。

2013年3月18日 (月)

学年旅行 2013 (1日目)

昨日から学年旅行で,
西伊豆の戸田(へだ)温泉に来ている。
私にとっては6年ぶりの「卒業旅行」だ。
昨日1日行ったところを報告しておく。

(1) 近づいてくる日本一の富士山

所沢からも富士山は見えるが,
その富士山に近づくような移動の仕方をしたため,
どんどん富士山が大きくなって見えた。
写真でこんなに大きく見えるということは,
実際にはとてつもなく大きく見えるのです。

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(2) 箱根駅伝のゴールを見学

毎年1月2~3日に行われる全国大学箱根駅伝の
ゴールの地に立った。
思ったよりこじんまりしていて,
テレビの印象とだいぶ違う。
ちょうどバイク集団(ナンバープレートを折り曲げている)と
鉢合わせになってしまい,ちょっと興ざめ。

(3) 箱根ホテルでランチ・ブッフェ

お昼は芦ノ湖の箱根ホテルでとった。
ちょうど2980円でランチ・ブッフェをやっていて,
それに便乗した。(ダイエットを忘れて堪能した)
料理もデザートも美味で一同満足げ。
膨れたおなかを気にしつつ,車を進める。

(4) パノラマ・パークから遠望する富士山

時間に余裕があったので,
伊豆の国市(伊豆長岡町,大仁町,韮山町が,
2005年合併して誕生した)の
パノラマ・パークに登ってみることにした。
急勾配の山をケーブルカーで10分ほど登り,
山頂からの絶景を期待した。
ところが,これから行く沼津・戸田(へだ)方面は
何とか見えるものの,期待の富士山が見えない。
1300円もケーブル代を払ったのに残念!
と思っていたら,誰かが叫んだ。
「あの雲の上に見えているの,富士山じゃない?」
そうなのだ,あの日本一の富士山は,
私たちの予想するのより遥か上の3776mから,
私たちを見下ろしていたのであった。

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(5) 河津桜(かわづざくら)

時期は過ぎたが,河津桜が見られるところもあった。

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(6) 修善寺でH先生と合流

私たち6人は所沢を午前8時半に出発したが,
柔道部のH先生は残念ながら大会。
それを終えて途中から旅行に加わった。
こちらへ向かう際,開通したばかりの横浜方面行きの
電車に乗ってきて時間が短縮できたようだ。
修善寺駅(こちらの電車は西武の作ったものが走っている)で
無事合流して,7人全員の旅行となった。

(7) 今回の宿・つわぶき亭に到着

午後6時ごろ,今回の宿・つわぶき亭に到着した。
海に面した景色のいいところだ。
遠く沼津の市街地が眺められる。
戸田自身も沼津市の一部ではあるが・・・。

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(8) 温泉に入った後,夕食を堪能する

まずは温泉に向かい,ひと風呂浴びる。
海を見ながら湯につかり,1年間を振り返った。
その後午後7時から夕食で,
別室の宴会室で海の幸を堪能した。
刺身の舟盛り,高足ガニとずわいガニ,甘エビの焼き物,
メバルの焼き物,赤魚の揚げ物,いさきの押し寿司,
などの食べ物に加え,
乾杯用の梅酒,渇きを癒す生ビール,
心地よいいいちこの水割りと,
楽しい夜は更けていった。

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オープン戦の成績(3/17現在)

今季の楽天にはAクラスを期待しているが,
オープン戦の成績はどうだろう?
ちょっと調べてみた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

      試合 勝 負 引

1位 巨人  12  8  2  2
2位 ソフト  14  9  4  1
3位 日ハム 11  6  3  2
4位 阪神  12  7  4  1
5位 楽天  12  7  5  0
5位 広島  12  7  5  0
7位 DeNA 13  7  6  0
7位 西武  13  7  6  0
9位 ヤク   14  5  8  1
10位 ロッテ 13  4  8  1
11位 中日  15  3  11  1
12位 オリ  13  2  10  1

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

防御率は1点台でまずまずだ。
打率は2割4分台。
ということは,打線が頑張って2点以上取れれば,
かなり勝率は上がるということ。
ぜひ今季の躍進を期待したい。

今WBCで抜けている田中投手も,
もうじき戻ってくる。
西武ドームでの対戦は,4月末のようだ。
新学期のクラスのいいスタートを切って,
さらに球場で盛り上がって,
いい1年にしていきたい。

2013年3月17日 (日)

昭島サークル 2013年3月

昨日は上記のサークルに出席した。
(正式名は,たのしい教師入門サークル)

場所は,昭島公民館。
参加者は,約20名。資料は,15点だった。

(1) 給食指導どうしてますか?(木下さん)
(2) 《ものとその重さ》の授業記録(伴野さん)
(3) 「たのしい授業」のつくり方~理科教育法講義ノート(山路さん・小原さん)
(4) たのしい授業&たのしい時間をふり返る(私)
(5) 肥さんのホームページ&肥さんの夢ブログの宣伝(私)

(6) 仮説実験授業に出会ったみなさんへ(小原さん)
(7) 『正義と理想と民主主義~明るい未来を築くために』のまえがき(中さん)
(8) 進路だより&学年だより(中さん)
(9) 小川さんの資料に寄せて(中さん)
(10) たのしい授業フェスティバルのパンフレット

(11) たのしい新学期へのスタート研究会(田辺さん)
(12) 好きになるって最高!~ボクが出会った子どもたち(小川さん) 
(13) カズキ君~ボクが出会った子どもたち(小川さん)
(14) 仮説をする先生と一緒に過ごして・・・
    ~新規採用教員はどこに何を感じたか(佐竹さん)
(15) 私の憧れ 小川先生Ⅱ(伴野さん)

例会は午後2~5時までで,
その後引き続き小川さんの
退職記念講演会が行われた。

最初に小川さんご本人が(12)と(13)の資料を使って講演され,
その後佐竹さんが(14)の,伴野さんが(15)の資料を使って
お祝いのメッセージを贈られた。

仮説実験授業という具体的な授業方法を通して,
私たちは様々なつながり方ができている。
年齢も個性も性格もまったく違う私たちなのに,
まるでいっしょに仕事や研究をするために集った
特別な絆を持つ仲間たちのように・・・。

たくさんの花やプレゼントが渡されたが,
小川さんからも素晴らしい「ハローソング」の教材セット一式が,
「引き出物」として全員に配られた。
これは「教材主義」を標榜する小川さんならではの
メッセージだと私は思った。

みんなで美味しい釜飯をいっしょに食べ,たのしく語り,
終ったのはなんと午後8時半だった。
春とはいえ夜風はまだ寒かったが,
心の中はぽかぽかで温かく帰途についた。

心のあたたかさは伝わるか

だいぶ前に仮説実験授業研究会の西川浩二さんが,
「心をモノで表す」という言葉を使っていて
「なるほど」と思ったことがあった。

また,宮澤章二さんの「行為の意味」という詩で,
見えないように感じる心や思いも
「心づかい」や「思いやり」という形で見えるのだと説き,
これも「なるほど」と。

昨日の昭島サークルの時,
小原茂巳さんが板倉聖宣さんの文章を紹介してくれて,
これと同じ趣旨のことを言っておられると知った。

『仮説実験授業の教育原理』(つばさ書房)の中の,
「あたたかさは言葉や行為から伝わる」という一節である。

{「あの人はとてもあたたかい。人間らしい感情の持ち主だ」というのは,
感情というものが伝わってくるんじゃないんですよ。
その人が言った言葉から伝わってくるんです。
あの人が「あたたかい」と多くの人に思われるような言葉を
5回言った。差別的な発言は1回もしていない。
こちらの人は,差別的な発言を1回した。
あたたかいは発言を3回した。この人は差別者。
あの人はあたたかい人と思うでしょう。
決して,あたたかいという感情が伝わってくるんじゃない。
3つとか5つとかの言葉や行動があって,
それが束になって伝わってくるんでしょ。
だから,逆に言えば,その人の世界観とか生き方といものは,
具体的にはその5つの表現をどうするかですよ。
その5つの表現がいつもあたたかい側に人々が
受け取れるような発言をしている人は「あたたかい人」と思われる。
そうすると,今度は悪循環ではなく良循環が起こる。
「あなたはあたたかい人ね」という反応が返ってくる。
「いい人ね。好きよ」と。そしたら,ますます差別的発言や
押しつけ的な行為はできなくなる}

最後に,昨日の小川さんの退職講演の中で,
「教師の目標とは」という話題が出てきた。
私たちのめざすべきは何なのかと。

それは「子どもたちに好かれること」だという。
また,「目の前にいる子どもたちに好かれる」ために
努力することが大切だという結論だった。
そうすると,仮説実験授業を実施することは,
相当な「近道」ということになる。

昨日の部活動 3/16

昨日は午前11時~午後2時のコマだった。
練習はいつものもので,だいぶ暖かくなってきて,
軍手をする必要はなくなった。

女子は3月23日(土)に協会長杯の市予選がある。
県大会に出られるように頑張ってほしい。
男子は新人戦で県大会に出場したので,
5月の県大会からだと思う。

2013年3月16日 (土)

緊急告知!仮説社がテレビに登場します!!

約2時間後の午前9時半から放送される
日本テレビ「ぶらり途中下車の旅」に
仮説社が登場するそうです。

このニュースを昨日載せておくべきでしたが,
卒業式のドタバタで失念してしまいました。

ゲストは,太川陽介とのこと。
お楽しみに!

PS 私はビデオで録画する予定です。

卒業式 2013

昨日今年度の卒業式が行われ,
様々な思い出を残した1年間が終った。

今年度3年担任になることは,
勤務校に異動した時からの暗黙の約束で
私も納得してのものだったが,
良くも悪くも予想外のことがたくさんあり,
これまでの経験の総動員の日々ではあった。

まず,3年2組の担任をさせてもらい,
収穫の多い1年だったことだ。
この「夢ブログ」でもかなりの回数紹介したが,
私の教員生活の中で最も充実した年の1つとして
これからもイメージされるであろう。
3年2組の生徒たち,どうもありがとう!

また,部活や校務分掌(人権教育,道徳教育等)で
これまで以上に動くことになったこと。
これもあげておいていいと思う。

さらに,被災地訪問(来週7回目の訪問を行う予定)や
古代史研究についても展開があり,
「新境地開拓」の感がある。

一方,心配な面もいくつか。
体力的に少々きつく感じることが多くなったこと。
授業のあり方について改善の必要を感じたこと。
親の健康についてそろそろ本腰を入れて考えるべきこと。
等々があげられると思う。
これは加齢とともに誰しも生じて来ることとはいえ,
ないがしろにできないことである。
来年度の課題として考えていきたい。

そういう課題は少なからずあるけれど,
とりあえず「1年間終ったどー」と叫びたい,
そんな1日だった。

卒業式 2013・補遺

卒業式をめぐる話題をいくつか,
思いつくままに書いてみた。
ご笑覧下さい。

(1) 卒業式ダイエット

最近「成長期」で順調に体重が増えていた。
卒業式で礼服が着られなくてはまずいので,
こんにゃくを煮ておいて,朝食代わりに食べる作戦にした。
10日で-2キロはまずまずの成果かな。
試しに2リットルのペットボトルを手に持っていただくと,
その効果の程がよくわかると思う。

(2) 試験関係が「出停欄」とは?

出席簿の出停欄に試験の日を記入したので,
通知表にも同じように出停欄に記入した。
これは何とも座りの悪い場所だ。
ぜひ今後は止めるか,試験のための欄を設けてほしい。
普通インフルエンザとかが出停なので・・・。

(3) 担任の「無料貸し出し」!

卒業式には,カメラやビデオがつきものだが,
クラス写真を「1分限定」で撮り放題にし,
学活後の撮影タイムには,
担任の「無料貸し出し」を行った。
これは保護者の主婦の方々にはウケた。

(4) 「卒」「業」「お」「め」「で」「と」「う」

朝教室に行ったところ,上記の文字が
前面黒板に貼られていた。
いや,正確にいうと7つのうち4つだけ貼られていた。
というのは,裏に付けた磁石の力が弱く,
何と3文字が床に落ちていたのだ。
これではせっかくの旅立ちの日にはまずいので,
セロテープで補強して落ちないようにした。
他の教室も見たが,どこも1~2枚落ちていた。

(5) 机の上に文集を載せておく

卒業式前日の午後6時に出来上がった文集を,
生徒の机の上に置き,登校したらすぐ見られるようにした。
これにはうれしいサプライズ効果があり,
もう卒業していくんだな(今日が最後の日)という
雰囲気を作るのに一役買った。

(6) 卒業式と涙

校長先生も生徒会長も保護者代表(お父さん)も
話の途中で絶句する感動的な場面があり,
期せずして一同の涙を誘った。
私も用意していたハンカチを使うことができた。
悲しいから泣くのか,泣くから悲しいのかはよくわからないが,
やっぱり卒業式と涙はよく似合うね。

(7) 予行と本番の落差

よく野球の投球術として,緩急を使えというのがある。
速球のあとに緩いスライダーを投げるとか,
緩い変化球のあとにズバっと直球で胸元をえぐるとか・・・。
予行の出来があまり良くなくて(3年としては精一杯なのだが),
他学年の先生たちを心配させたが,
卒業式当日はさすがにビシっと決めて見せた。
「当日に強い」のか,「当日だけに強い」のか,
よく分からないけど,この緩急の変化にはやられたかも。

(8) 無料の「お持ち帰り袋」

終業式でも卒業式でもそうだが,たくさんの荷物を持ち帰る。
そんな時教室に用意しておくと便利なグッズがある。
100円ショップなどで買える透明な袋(手で持つところ付き)だ。
ころあいを見計らって,「今日は上履きも持ち帰るのですよ。
さあお持ち帰り袋は要りませんか?先着15名に差し上げます!」
またたく間に袋は生徒たちにもらわれて行き,
同時に教室の荷物や下駄箱の上履きがなくなっていくという寸法。

(9) 唯一雨を降らせた雨乞い師

その地方に雨が降らない日が続いていた。
何人もの雨乞い師が雨が降るように祈っても効果はなかった。
ところがある雨乞い師がとうとう雨を降らすことに成功した。
いったい彼はどのような方法を使ったのだろうか?
何か特別な祈りをしたのだろうか?
いや,彼はほかの雨乞い師と同じように祈っただけだった。
ただし,ほかの雨乞い師が祈るのをやめても,
彼だけは決して止めなかった。そして,ついに雨は降ってきた。
努力をあきらめない者に成功がもたらされるという寓話だが,
これを教えてくれたのは,生徒会長であった我がクラスのS君だ。
この話はわかりやすく,とてもいい話だと思う。

(10) 異動の季節

一昨日校長室に全員の先生が呼ばれ,
来年度の異動の件の話があった。
私は2年目なのでもちろん残留組だが,
先生によっては3月末で異動の方もいる。
卒業生と共に卒業していく,
3月は「異動の季節」でもあるのだ。

黒板へのメッセージ

黒板にたくさん生徒たちのメッセージが書かれた。
写真に撮っておいたので紹介しよう。
「卒」「業」「お」「め」「で」「と」「う」という掲示物と,
周りのお花紙がはずされてすき間だらけに見えるが,
それがあった時にはそれこそ「すき間なし」に書かれていた。
(写真をクリックすると拡大します。
集合写真もたくさん撮ったが,
アップできないのが残念!)

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多くの生徒が3年2組の一員であったことを誇りに思い,
新たな旅立ちをしてくれることは,
担任にとっても大きな喜びである。

「担任のことは嫌いになってもかまいません。
でも,中3の1年を共に過ごした3年2組のことは
嫌いにならないで下さい!」
(AKB48の前田敦子のセリフを,
キンタローが真似してヒットした年でもありました)

見送りのあと食べた弁当が,
すごくきれいで美味しかったので,
写真に収めておいた。
映像だけ「おすそ分け」しよう。

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これで800円位らしい。
お値打ち価格だね。

肥さんの授業は続きます

ある女子生徒が渡してくれた
メッセージを紹介しよう。
この「夢ブログ」のことが出てくる。

「Dear 肥沼先生
肥さんの授業が大好きです。
まじめな話だけじゃなくて,
肥さんの行った所の話とか面白くて,
肥さんとは話が合いそうだったから,
もっと話したかったけど,
もう卒業ですね。

なのでこれからは,肥さんのブログを
見させてもらいます!!
そして,コメントもしたいと思います。

私は海外に行くのが大好きなので,
その国の歴史などを勝手に伝えていきます(笑)
だから,肥さんも教えて下さい。

中学は終っても,肥さんの授業は続きます。

Thank you
                   from ~」

~さん,私信を公開してすいません。
でも,今後も「夢ブログ」の読者に加わって,
しかもコメントもしてくれるというあなたの気持ちを,
みなさんに知ってもらいたくて載せてしまいました。
ごめんなさい。許してね。
また素敵なハンドルネームで登場してくれることを
期待しています。

PS ちなみにこの話題は,
「夢ブログ」の5555話目です。
先ほど気がつきました。

2013年3月15日 (金)

最後の学年集会

3学年の最後の学年集会が,
昨日の2校時に行われた。

場所は体育館。
席は最前列の「卒業生」のところだった。

先生方からということで,
ギターや歌,「悲しいとき」,講話,
と様々だった。

私は3組のT先生と3日前から
「CO2」というグループを結成し,
「H2O」の「想い出がいっぱい」を歌った。
ぜひ高校に入ったら,
新しいチャレンジをしてほしい
という願いを込めて・・・。

そのサビの部分はこういう歌詞だ。
「大人の階段のぼる 君はまだシンデレラさ
幸せは誰かがきっと 運んでくれると信じてるね
少女だったといつの日か 想う時が来るのさ♪」

最後に学年主任のH先生がまとめの話をし,
おまけの話として,「実は昨日,家にネズミが出ました。
そのネズミの大きさについて奥さんとけんかになりました。
「すごく大きいわ」「いや,小さいよ」・・・
そこでネズミ本人に聞いてみることにしました。
お前は大きいのか,小さいのか答えろと。
ネズミはいったい何と答えたと思いますか?
その答えは・・・「チュー(中)」でした。(笑)
おあとがよろしいようで・・・。

卒業文集 2013

3年2組卒業文集「one for all, all for one!!」が,
昨日の午後6時に完成した。

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生徒たちが書いた「プロフィール」を中心に,
「1年間のあしあと(誕生日付き)」や「ランキング」,
行事の写真なども入った内容で,
38ページの豪華版だ。

表紙と裏表紙はIさんが担当し,
編集はY君が中心になって行った。
(最終日にも,Y君,S君,Kさん,Hさんの
4人体制で印刷,紙とりをしてくれた)

このところ「受験疲れ」か,我が2組でも
落ち着かないところが見られたが,
さすが,決めるところは決める2組だ。
今日の卒業式もぜひそうあってほしい。

2013年3月14日 (木)

卒業式予行 2013

昨日は卒業式の予行が行われた。

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1校時の式練習と2校時の歌練習を経て,
一昨日よりはだいぶ改善されたが,
先生方の評価には温度差があった。

ただ,「雨の日も風の日も正門に立って,
朝のあいさつを続けられた校長先生」(教頭先生談)に
喜んでいただけるような卒業式にはしたいと思う。

また,私は1年こっきりの飛び入り学年担当だが,
入学式から3年間ずっと面倒を見られてきた
学年の先生方が浮かばれるような卒業式。
これを最後の目標にして尽力したい。
これが「あと1日」の時点での所感だ。

文科省通知~体罰と懲戒

昨日文科省から「体罰と懲戒」についての通知が出たと
ニュースで観たので,インターネット検索してみた。
関心のある方はお読み下さい。

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問題行動を起こす児童生徒に対する指導について(通知)18文科初第1019号
平成19年2月5日

各都道府県教育委員会教育長
各指定都市教育委員会教育長
各都道府県知事
附属学校を置く各国立大学法人学長 殿

文部科学省初等中等教育局長
銭谷 眞美

 いじめ、校内暴力をはじめとした児童生徒の問題行動は、依然として極めて深刻な状況にあります。
 いじめにより児童生徒が自らの命を絶つという痛ましい事件が相次いでおり、児童生徒の安心・安全について国民間に不安が広がっています。また、学校での懸命な種々の取組にもかかわらず、対教師あるいは生徒間の暴力行為や施設・設備の毀損・破壊行為等は依然として多数にのぼり、一部の児童生徒による授業妨害等も見られます。
 問題行動への対応については、まず第一に未然防止と早期発見・早期対応の取組が重要です。学校は問題を隠すことなく、教職員一体となって対応し、教育委員会は学校が適切に対応できるようサポートする体制を整備することが重要です。また、家庭、特に保護者、地域社会や地方自治体・議会を始め、その他関係機関の理解と協力を得て、地域ぐるみで取り組めるような体制を進めていくことが必要です。
 昨年成立した改正教育基本法では、教育の目標の一つとして「生命を尊ぶ」こと、教育の目標を達成するため、学校においては「教育を受ける者が学校生活を営む上で必要な規律を重んずる」ことが明記されました。
 いじめの問題への対応では、いじめられる子どもを最後まで守り通すことは、児童生徒の生命・身体の安全を預かる学校としては当然の責務です。同時に、いじめる子どもに対しては、毅然とした対応と粘り強い指導により、いじめは絶対に許されない行為であること、卑怯で恥ずべき行為であることを認識させる必要があります。
 さらに、学校の秩序を破壊し、他の児童生徒の学習を妨げる暴力行為に対しては、児童生徒が安心して学べる環境を確保するため、適切な措置を講じることが必要です。
 このため、教育委員会及び学校は、問題行動が実際に起こったときには、十分な教育的配慮のもと、現行法制度下において採り得る措置である出席停止や懲戒等の措置も含め、毅然とした対応をとり、教育現場を安心できるものとしていただきたいと考えます。
 この目的を達成するため、各教育委員会及び学校は、下記事項に留意の上、問題行動を起こす児童生徒に対し、毅然とした指導を行うようお願いします。
 なお、都道府県・指定都市教育委員会にあっては所管の学校及び域内の市区町村教育委員会等に対して、都道府県知事にあっては所轄の私立学校に対して、この趣旨について周知を図るとともに、適切な対応がなされるよう御指導願います。

1  生徒指導の充実について
(1)  学校においては、日常的な指導の中で、児童生徒一人一人を把握し、性向等についての理解を深め、教師と児童生徒との信頼関係を築き、すべての教育活動を通じてきめ細かな指導を行う。また、全教職員が一体となって、児童生徒の様々な悩みを受け止め、積極的に教育相談やカウンセリングを行う。


(2)  児童生徒の規範意識の醸成のため、各学校は、いじめや暴力行為等に関するきまりや対応の基準を明確化したものを保護者や地域住民等に公表し、理解と協力を得るよう努め、全教職員がこれに基づき一致協力し、一貫した指導を粘り強く行う。


(3)  問題行動の中でも、特に校内での傷害事件をはじめ、犯罪行為の可能性がある場合には、学校だけで抱え込むことなく、直ちに警察に通報し、その協力を得て対応する。


2  出席停止制度の活用について
(1)  出席停止は、懲戒行為ではなく、学校の秩序を維持し、他の児童生徒の教育を受ける権利を保障するために採られる措置であり、各市町村教育委員会及び学校は、このような制度の趣旨を十分理解し、日頃から規範意識を育む指導やきめ細かな教育相談等を粘り強く行う。


(2)  学校がこのような指導を継続してもなお改善が見られず、いじめや暴力行為など問題行動を繰り返す児童生徒に対し、正常な教育環境を回復するため必要と認める場合には、市町村教育委員会は、出席停止制度の措置を採ることをためらわずに検討する。


(3)  この制度の運用に当たっては、教師や学校が孤立することがないように、校長をはじめ教職員、教育委員会や地域のサポートにより必要な支援がなされるよう十分配慮する。
 学校は、当該児童生徒が学校へ円滑に復帰できるよう学習を補完したり、学級担任等が計画的かつ臨機に家庭への訪問を行い、読書等の課題をさせる。
 市町村教育委員会は、当該児童生徒に対し出席停止期間中必要な支援がなされるように個別の指導計画を策定するなど、必要な教育的措置を講じる。
 都道府県教育委員会は、状況に応じ、指導主事やスクールカウンセラーの派遣、教職員の追加的措置、当該児童生徒を受け入れる機関との連携の促進など、市町村教育委員会や学校をバックアップする。
 地域では、警察、児童相談所、保護司、民生・児童委員等の関係機関の協力を得たサポートチームを組織することも有効である。


(4)  その他出席停止制度の運用等については、「出席停止制度の運用の在り方について」(平成13年11月6日付け文部科学省初等中等教育局長通知)による。


3  懲戒・体罰について
(1)  校長及び教員(以下「教員等」という。)は、教育上必要があると認めるときは、児童生徒に懲戒を加えることができ、懲戒を通じて児童生徒の自己教育力や規範意識の育成を期待することができる。しかし、一時の感情に支配されて、安易な判断のもとで懲戒が行われることがないように留意し、家庭との十分な連携を通じて、日頃から教員等、児童生徒、保護者間での信頼関係を築いておくことが大切である。


(2)  体罰がどのような行為なのか、児童生徒への懲戒がどの程度まで認められるかについては、機械的に判定することが困難である。また、このことが、ややもすると教員等が自らの指導に自信を持てない状況を生み、実際の指導において過度の萎縮を招いているとの指摘もなされている。ただし、教員等は、児童生徒への指導に当たり、いかなる場合においても、身体に対する侵害(殴る、蹴る等)、肉体的苦痛を与える懲戒(正座・直立等特定の姿勢を長時間保持させる等)である体罰を行ってはならない。体罰による指導により正常な倫理観を養うことはできず、むしろ児童生徒に力による解決への志向を助長させ、いじめや暴力行為などの土壌を生む恐れがあるからである。


(3)  懲戒権の限界及び体罰の禁止については、これまで「児童懲戒権の限界について」(昭和23年12月22日付け法務庁法務調査意見長官回答)等が過去に示されており、教育委員会や学校でも、これらを参考として指導を行ってきた。しかし、児童生徒の問題行動は学校のみならず社会問題となっており、学校がこうした問題行動に適切に対応し、生徒指導の一層の充実を図ることができるよう、文部科学省としては、懲戒及び体罰に関する裁判例の動向等も踏まえ、今般、「学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰に関する考え方」(別紙)を取りまとめた。懲戒・体罰に関する解釈・運用については、今後、この「考え方」によることとする。


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別紙

学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰に関する考え方
1  体罰について
(1)  児童生徒への指導に当たり、学校教育法第11条ただし書にいう体罰は、いかなる場合においても行ってはならない。教員等が児童生徒に対して行った懲戒の行為が体罰に当たるかどうかは、当該児童生徒の年齢、健康、心身の発達状況、当該行為が行われた場所的及び時間的環境、懲戒の態様等の諸条件を総合的に考え、個々の事案ごとに判断する必要がある。


(2)  (1)により、その懲戒の内容が身体的性質のもの、すなわち、身体に対する侵害を内容とする懲戒(殴る、蹴る等)、被罰者に肉体的苦痛を与えるような懲戒(正座・直立等特定の姿勢を長時間にわたって保持させる等)に当たると判断された場合は、体罰に該当する。


(3)  個々の懲戒が体罰に当たるか否かは、単に、懲戒を受けた児童生徒や保護者の主観的な言動により判断されるのではなく、上記(1)の諸条件を客観的に考慮して判断されるべきであり、特に児童生徒一人一人の状況に配慮を尽くした行為であったかどうか等の観点が重要である。


(4)  児童生徒に対する有形力(目に見える物理的な力)の行使により行われた懲戒は、その一切が体罰として許されないというものではなく、裁判例においても、「いやしくも有形力の行使と見られる外形をもった行為は学校教育法上の懲戒行為としては一切許容されないとすることは、本来学校教育法の予想するところではない」としたもの(昭和56年4月1日東京高裁判決)、「生徒の心身の発達に応じて慎重な教育上の配慮のもとに行うべきであり、このような配慮のもとに行われる限りにおいては、状況に応じ一定の限度内で懲戒のための有形力の行使が許容される」としたもの(昭和60年2月22日浦和地裁判決)などがある。


(5)  有形力の行使以外の方法により行われた懲戒については、例えば、以下のような行為は、児童生徒に肉体的苦痛を与えるものでない限り、通常体罰には当たらない。
○  放課後等に教室に残留させる(用便のためにも室外に出ることを許さない、又は食事時間を過ぎても長く留め置く等肉体的苦痛を与えるものは体罰に当たる)。
○  授業中、教室内に起立させる。
○  学習課題や清掃活動を課す。
○  学校当番を多く割り当てる。
○  立ち歩きの多い児童生徒を叱って席につかせる。


(6)  なお、児童生徒から教員等に対する暴力行為に対して、教員等が防衛のためにやむを得ずした有形力の行使は、もとより教育上の措置たる懲戒行為として行われたものではなく、これにより身体への侵害又は肉体的苦痛を与えた場合は体罰には該当しない。また、他の児童生徒に被害を及ぼすような暴力行為に対して、これを制止したり、目前の危険を回避するためにやむを得ずした有形力の行使についても、同様に体罰に当たらない。これらの行為については、正当防衛、正当行為等として刑事上又は民事上の責めを免れうる。


2  児童生徒を教室外に退去させる等の措置について
(1)  単に授業に遅刻したこと、授業中学習を怠けたこと等を理由として、児童生徒を教室に入れず又は教室から退去させ、指導を行わないままに放置することは、義務教育における懲戒の手段としては許されない。


(2)  他方、授業中、児童生徒を教室内に入れず又は教室から退去させる場合であっても、当該授業の間、その児童生徒のために当該授業に代わる指導が別途行われるのであれば、懲戒の手段としてこれを行うことは差し支えない。


(3)  また、児童生徒が学習を怠り、喧騒その他の行為により他の児童生徒の学習を妨げるような場合には、他の児童生徒の学習上の妨害を排除し教室内の秩序を維持するため、必要な間、やむを得ず教室外に退去させることは懲戒に当たらず、教育上必要な措置として差し支えない。


(4)  さらに、近年児童生徒の間に急速に普及している携帯電話を児童生徒が学校に持ち込み、授業中にメール等を行い、学校の教育活動全体に悪影響を及ぼすような場合、保護者等と連携を図り、一時的にこれを預かり置くことは、教育上必要な措置として差し支えない。

平安時代の「駅鈴」奉納

寛仁元(1017)年、後一条天皇即位の際
諸国の大社四十八社に奉献された駅鈴は,
2個ずつだとすると合計96個にもなる。
(2個というのは,馬の両側に付けるものだったから?)

しかし,古代から取っておいたものを
わざわざこの時奉納するというのは考えにくいのではないか。
これは史料で調べてみなければならないが,
新たに鋳造したものを奉納する方が想像しやすい。
もらう方だって新品の方がうれしいのではないか。

しかし,駅鈴の形は「それらしい形」をしているので,
そのモデルになるような絵や図が
その頃もあったということにはなるだろう。
また,駅鈴がどういうものであるのかということも
認識された上で鋳造されたのではないか。

もしそうなら,隠岐の2個の駅鈴とは
やはり別物という気がする。

隠岐・・・九州王朝の駅鈴が,壷の中で奇跡的に保存されたもの
96個の駅鈴・・・平安時代の新たな鋳造

これが私の現在の考えだ。

【参考】

「ウィキペディア」の後一条天皇の項には・・・

「一条天皇の第二皇子。母は藤原道長女中宮彰子。
その誕生の様子は「紫式部日記」に詳しく、
道長にとって待望久しい外孫皇子出生はその後の一族の栄華の初花となる。

長和5年2月7日(1016年3月24日)、8歳で即位したため、
道長が摂政となり権勢を振るった。
道長の娘で叔母にあたる威子を中宮とし、
この時代には珍しく他の妃を持たなかったが、
皇子女は内親王二人のみで世継ぎの皇子にはついに恵まれぬまま、
29歳の若さで崩御した。
『栄花物語』によると飲水と痩身の症状の記載があり、
糖尿病によるものと考えられている。
遺詔により、喪を秘して敦良親王への譲位の儀を行ったとされている」

仲麻呂の乱と「駅鈴」

「OKWave」というサイトのQ&Aに,
以下のような駅鈴に関する記事が出ていた。
参考として転載しておく。

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Q 奈良朝における、駅鈴の保管と運用方法を教えてください。

A 駅鈴は中務省が管轄、保管していますね。主鈴が責任者です。
駅鈴が省に保管されることについては、運用上理解できます。
いろんな国に伝達するためにも、駅鈴はひとつやふたつではないでしょう。

ところが、駅鈴は、内廷、天皇の手元にもある。
平安期でも、温明殿に、節刀などとともに保管されています。
仲麻呂の乱の発端、孝謙上皇は、淳仁天皇から玉璽と駅鈴を奪います。
仲麻呂の息子がそれを奪い返そうとして、箱を抱えたところを射殺されている。
抱えるくらいの大きさですから、たくさんの駅鈴が入っていたとは思えないのです。

中務省にある駅鈴と、内廷にある駅鈴、この関係が、さっぱりわかりません。
天皇の手元にあるのは、実際に運用する駅鈴とは違う、
中務省へ駅鈴使用を命令するといった、特別の駅鈴だったのでしょうか。

社会体育のスタート

昨日バレーボール部で社会体育が導入された際の
いきさつについて話を聞いた。
現在月曜日と水曜日に行われている社会体育も,
当初は冬場の練習量確保のためにスタートしたようだ。
(午後6時まで,コーチに指導してもらうという形)

現在は週2日,午後7時過ぎまで行われていて,
(私はとても体力が持たないので1日のみ)
ほとんどの生徒が参加している。

来年度どうなるかはまだわからないが,
もし私に任されたとしたら現在の体制は
ちょっと支えきれないと思っている。

しかし,何事も歴史的経緯がわかるのは良いことだ。
原点に立ち戻って今必要なことができるからだ。
またその節は「夢ブログ」で報告したい。

2013年3月13日 (水)

社会科サークル 2013年3月

昨日は上記のサークルに参加した。

メインレポーターは,若いW先生で,
テーマは「所沢の野菜づくり」だった。
参加者は,彼を含めて8名。
(ほかに,佐藤さん,大石さん,篠原さん,
山田さん,宮崎さん,森田さん,私)

報告は,学習指導要領からすタートするもので,
社会科サークルとしては異例のものだった。
また内容も,子どもの活動や協力者の方の仕事から
学び足りないうらみを持つものではあった。
(実際の実践とは違う2枚の写真を比較するところには,
やはり少々無理があった)
しかし,W先生の言われる「良い授業とは?」を追求していくと,
未来に希望が感じられるようにも思った。

彼の現在考えている「良い授業のイメージ」が
さらに「更新」されていくものだとすると,
どのクラスにも通用するような授業書づくりの発想にも
通ずるものがあるような気がするからだ。

さっそく小学校で使えそうな授業プランなどを
差し上げようと思う。
若い先生には何より具体的なプランが説得力を持つ。
もともと理科に関心があるようなので,
仮説実験授業のプランも受け入れやすいかもしれない。

W先生は,道徳の研究授業にも
「少女とイヌワシ」を取り入れていたと
佐藤さんは言っておられた。
いいセンスの持ち主であることは間違いない。

W先生,これに懲りずまたサークルに来て下さいネ。
私も24歳の時この社会科サークルに初参加しました。

美濃国一の宮・南宮神社の駅鈴

「駅鈴」で検索していたら,
南宮神社のことに至った。
本物なのか?
諸国の大社四十八社にに2個ずつ奉献したとすると,
それだけで100個近くになってしまうし・・・。
隠岐の駅鈴との関係は?
謎は深まるばかりだ。

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駅鈴

大化改新の時代の律々制で駅伝の制が定められた。
唐の制度にならったもので、官吏の旅行を容易にするため、
主要道路に二十キロ前後の間隔で駅をつくり、馬や宿泊所を置いた。
ここで公儀の旅行者の証として使用したものが駅鈴と呼ばれる鈴。
駅鈴は特権の象徴で、官吏は、これを鳴らしながら往来した。

南宮大社には、二つの駅鈴が保存されている。
この駅鈴は、寛仁元(1017)年、後一条天皇即位の際、
諸国の大社四十八社に奉献されたものの一つとされている。

駅鈴には刻み目があり、その数によって調達できる馬の数が決められていた。
南宮大社の駅鈴には刻み目はないが、
底に付いている出っ張りの数に意味があったと伝えられている

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美濃国一の宮・南宮神社

文字の大きさ~拡大と縮小

「夢ブログ」の文字の大きさについて,
読者の方から質問があった。
それにお答えしよう。

文字を拡大する方法・・・「コントロールキー」と「+」を同時に押す
文字を拡大する方法・・・「コントロールキー」と「-」を同時に押す

原稿を書くときも,これを使っています。
ぜひこれを試してみて下さい。

2013年3月12日 (火)

東日本大震災から2年

2011年3月11日に東日本大震災が起きてから,
昨日で2年を経過した。

発生直後は私もかなり混乱状態で,
「夢ブログ」でも1週間ほど「連載」を続けた。

その後「何かをしたいけれど,私1人が被災地に行っても
やれることはほとんどない」という気持ちで,
ほとんど動けないでいる状態が続いた。

半年ほど前,宮城県松島で仮説実験授業の
夏の大会が開かれた際被災地を訪問し,
「私にできること」を見つけ,
以降6回にわたって仙台から釜石までの
太平洋岸の被災地を訪問する旅をし,
この「夢ブログ」に報告を掲載したり,
そこで撮影した写真を生徒や先生,
市民の方々に見ていただいた。

今後の予定としては,3月22~24日に市民の方々と,
7度目の被災地訪問を行う予定である。

また,4月10日には小手指公民館分館にて,
三ヶ島中時代にお嬢さんを担任した村山さん主催の
コンサートにミニ出演して何かやってこようと思っている。

「何かをやりたいけれど,何をやったらいいかわからない」
という方は少なくないと思う。
そんなに肩に力を入れずに,自分のできることから
始めていったらいいと思う。
まずは,私たちは被災地の人のことを忘れていません
というメッセージを具体的な形で表すこと。
一緒に行動していきましょう。

県立発表 2013

昨日県立入試の合否の発表が,
午前9時から各校で行われた。
中学校では3段階で生徒たちに対応した。

(1) 私立決定組は朝の会のみで下校
(2) 午前11時までをメドに合格組が登校
(3) 午前11時以降をメドに残念組が登校

だいたい100人あまりが合格し,
10人ほどが不合格だった。

合格者には「おめでとう!」で済むが,
不合格者にはそうはいかない。
その生徒のこれまでの取り組みを頭に入れて,
次につながるようなアドバイスを
適宜することとなる。

残る4日間は卒業式に向けての取り組みだ。
いよいよ本当のゴールが見えてきた。

昨日の部活動 3/11

昨日は社会体育の日だった。
顧問のТ先生が3人シートを9組連続でこなした。
ひと組5分×9組なので,
45分連続で生徒たちとのやりとりが続いた。
驚愕のパワーである。

あちこちボールが放たれるので
生徒たちも大変だが,
それを相手にする方ももちろん大変。

だいたいボールは「大きな穴」が
できてしまっている場所に放たれるのだが,
なかなかそれが生徒たちには理解できないらしく,
「3人でコートを守る」という意味がわからない。
つまりほかの選手がボールを取りに行っている時,
自分も位置を変えて次に備えなくてはいけないのだが,
その場所に突っ立って休んでいるような場合が多いわけで,
それが顧問の問題にしているところなんだけどね・・・。

過所

「律令」には,旅行者は「過所を携えて・・・」という件がある。
過所とはいったい何だろうか。
とりあえず「ウィキペディア」の助けを借りる。

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過所

過所(かしょ)とは、中国の漢代より唐代の頃に用いられた通行許可証。
律令制の日本でも同様のものが用いられた。

漢代には、過所を「傅」や「棨」(啓)、「繻」とも称した。
漢代や晋代の過所は、中央アジアや敦煌で発見された木簡中に見つかっている。

唐代では、唐令が完全には伝わらないため、その遺文は伝存していないが、
日本の令の中に規定されているので、それによって、唐令も類推される。
但し、滋賀県大津市の園城寺(三井寺)には、
入唐僧である智証大師円仁が使用した過所が2通伝来しており、
国宝に指定されているので、唐の過所の実例を見ることが出来る。
それは、大中9年(857年)に尚書省と越州都督府とが交付したものであることが判る。
また、その形式と内容は、日本令(公式令)に規定されるものと酷似している。すなわち、

交付元の官庁名が記される。1通は尚書省司、1通は越州都督府。
旅行者・従者の身分、姓名、年齢、携行品。
行き先。
旅行目的。
交付申請。
申請に対する審査。
交付年月日。
交付官司の官職名、氏名。
これらが、過所に記載される内容となる。

越州都督府の交付した過所には、「円仁は、越州の開元寺を出発し、
洛陽・長安・五台山を巡礼し、再び開元寺に帰還する予定である。
その往還の州県にある関津などで、官司に咎められないよう、
交付申請を行なう」と認められており、
越州都督府は、その内容を審査した上で、発給を認可した旨が記されている。
また、末尾には、円仁が潼関を通行した際に、
確認した関吏の官職・氏名・年月日が記されており、
そこには、官吏のサインである自署(花押)が記される。
実際に、今日のパスポートと同様の役割で使用されたことを示す資料である。

その他、『入唐求法巡礼行記』には、円仁が受給した過所・公験が写しとられている。
また、1965年になって、敦煌莫高窟中の第122窟の前で、過所の写しが発見された。
それは、僅か7行の断片ではあるが、天宝7年(748年)の紀年が見られる。
さらに、1973年には、トルファンのアスターナ石窟中の509号墓から、
開元20年(732年)の、ソグド商人の石染典ら一行が使用した過所の現物が発見された。

また、唐代には、過所に類した公文書として「公験」があり、
宋代の後半には「公憑」や「引拠」と呼ばれた。
清朝では、「路引」(旗人)や「口票」(庶民)と呼ばれる旅券が用いられた。

日本でも公式令・関市令などに規定が存在し、
官民が関所を通過する際には所属する官司・本貫地のある
国司・郡司に対して過所の請求を行い、
往復する場合には途中の国司に往路の過所(来文)を示して請求した。
関の役人(関司)は通行者から過所を呈示を受けて、その内容を記録(録白案記)した。

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円仁は平安時代の僧だが,中学の歴史教科書には出てこない。
『入唐求法巡礼行記』も手に入れたいし,
滋賀県大津市の園城寺(三井寺)にも行ってみたい。
国宝にもなっている「過所」の実物を見てみたい。

58万アクセス達成

昨日58万アクセスを達成した。
一応100万アクセスを目標にしているので,
まだまだ道は遠いが,
なんとか「定年までに達成」は実現できそうだ。

ひと月に約1万アクセスで,
1年に約12万アクセス。
それが5年だと60万アクセスなので,
計算では「定年までに100万アクセス」は
十分可能という皮算用である。

ただし,それは私自身が意欲を失わず
毎日のように更新して,
読者の皆さんが毎日のように訪問していただける
という条件が必要である。
引き続きご愛読ヨロシクお願いいたします。m●m

2013年3月11日 (月)

街が「煙霧」に包まれた

ニュースを観ていたら,
昨日黄砂と思っていたものは,
「煙霧」というものであると言っていた。
低気圧が畑の土を舞い上げたらしい。

このところ中国からの黄砂や「PM2.5」の話題が
よくニュースで取り上げられるので.
てっきりそれかと思っていた。

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午前中に都内での用事を済ませ,
午後は自宅で震災の番組を観ていた。

『イ卑弥呼(ひみか)の真実』含む3冊を入手

『イ卑弥呼(ひみか)の真実』含む3冊を入手した。
最初の本は古田武彦氏の最新刊だが,
あとの2冊は,古賀さんが学ぶべき本とした
市大樹氏のの『飛鳥の木簡』と『すべての道は平城京へ』。
前者は「多元的木簡研究」の関連,
後者は「古代道と駅鈴」の関連で買うことにした。

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続刊として,『史料批判のまなざし』(2013年3月)と
『現代を読み解く歴史観』(2013年4月)が予定されている。

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駅制と伝馬制

古代には,駅制と伝馬制の2本立てでやっていたとされるが,
その2つの制度の間には大きな違いがある。
「戦時」と「平時」といってもいい程だ。

そこで,九州王朝が白村江の戦いの前に建設したものを駅制,
白村江の戦いの後大和政権がそれを縮小して利用したものを伝馬制と仮説を立て,
ウィキペディアの中から気になる言葉を太字にして,今後の研究の役に立てたい。

私のアイデアでは,駅鈴は戦時の九州王朝の時代の道具であり,
平時の大和では伝符を使用したので駅鈴は使用していない。
なので,壱岐で壷の中に隠されていた2個の駅鈴は
九州王朝の物証ということになる!?
興味のある皆さんといっしょに研究できたらうれしいです。

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駅制 [編集]

駅制(駅路)は中央と地方との間相互の緊急情報伝達を主眼としたシステムであり、
そのため中央から地方へのびる幹線道路たる駅路と駅路沿いの駅家が整備され、
情報伝達者は駅鈴を携帯し、
駅家に各5 - 20匹置かれた駅馬を利用して駅路上を通行していた。
木簡などの通行手形から官道自体も固定的なものでなく、
便宜に応じて、駅家の再配置も行われ、時代によりコースを変えていった可能性が高い。

目的地に最短距離で到達するように直線的路線をとって計画的に敷設され、幅10メートル前後の大道であった。
七道のそれぞれに駅路が引かれ、30里(約16キロ)を基準に 駅家(うまや・やくか)を配置し、
定められた駅馬(えきば・はゆま)を置き、駅使の休憩・宿泊に備えた。
駅家は既存集落とは無関係に計画的に配置された。
駅路はその重要度から、大路・中路・小路に区分されたが、
中央と大宰府を結ぶ山陽道と西海道の一部は、外国の使節が通行し宿泊する事が想定されたため、
七道の中で唯一の大路に格付けされ最重視された。

また中央と東国を結ぶ東山道・東海道が中路、それ以外が小路とされていた。

伝馬制 [編集]

伝馬制(伝路)は駅制と異なり、使者を中央から地方へ送迎することを主目的として、
特命任務を帯びた使者を中央から地方へ派遣するための制度として想定されていた。
中央から地方へ派遣される使者は、伝符を携行し、
郡家ごとに5匹ずつ置かれた伝馬を乗り継ぎ目的地へ到達した。
使者の位階に対応して使用可能な馬の数が決められていた。
伝符に使者の位階を示す刻みがつけられ
それにより判別可能であった。使者の宿泊や食糧などは、郡家が負担することとなっていた。

日本ではもともと国造などの地方豪族が分担した交通制度があり、
これをもとに主に国府と郡衙・郡家を連絡する路線として整備した。
駅制は令に詳細な規定があるが、伝制は令にほとんど記載がないため
従来その実態の解明が遅れていた。

伝制に基づく伝馬は郡家に置かれ、伝使(公用旅行者)の宿泊と食料の供給を行った。
伝馬は郡家間を繋ぐ道路を通ったと思われるので、これが伝路と呼ばれている。
郡家は旧来の地方中心地に置かれることが多く、これを結ぶ道路は古くから存在していたが、
これを改良して幅6メートル前後の直線道路にすることが多かった。
「事急ならば駅馬に乗り、事緩ならば伝馬に乗る」(『公式令集解』)と、
緩急二本建ての構想であったようである。

伝馬は、郡家ごとに官馬(かんま、軍団の馬)から一律に五匹ずつ充てられた。

実際例としては、覓珠玉使、中宮職促稲使、検舶使、流人、流人部領使などがある。
しかし、律令制初期から、新任国司の赴任交通手段として伝馬を利用する事例が見られ始めると、
平安時代初期までに、伝馬制は新任国司赴任のための専用制度になった。
10世紀初めに編纂された『延喜式』に伝馬を置く郡が列挙されているが、
新任国司の通過路線に限定して伝馬が設置されるようになったことがわかる。

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【まとめ】

駅制・・・戦時用の軍用道路。必ず通行に「駅鈴」が必要。
  (壬申の乱の際にも.それが効果的に登場しますね)

伝馬制・・・唐と新羅の進駐軍に対する「武装解除」もあって.
   かつての軍用道路の幅を削って利用し.行政道路とする。
   平時なので「駅鈴」は必要でなく.「伝符」でよい。
   (白村江の敗戦以降は「平時」となったので.
   「駅鈴」は必要なくなった,あるいは唐と新羅の手前
   「戦時」用の「駅鈴」は使用できなくなったのではないか)

2013年3月10日 (日)

「3年2組」論

今年度3年2組を担任してとても楽しかったし,
いろいろ考えることができたので,
最後に「3年2組」論というメモを書いておこうと思う。

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(1) 「偶然の出会い」を「必然の出会い」に

4つのクラスを解体してまた4つに再集合させるわけだから,
もとのクラスの人といっしょになる確率は4分の1である。
ということは,スタートの4月現在での37人のメンバー構成は,
ほとんど「偶然の出会い」といってもいいだろう。
そして,ゴールの時点で「必然の出会い」だったと思えるかどうかが,
そのクラスの1年間の取り組みといっていい。
この点,3年2組はかなり実現できたといってもいいと思う。
それは最初にみんなに感謝しておきたいことだ。

(2) 楽しいことに貪欲(どんよく)なクラス

私も楽しいことが大好きだが,3年2組もそうだった。
これはとてもうれしいことだった。人生楽しくなくちゃあね。
学校行事以外にも,クラスレクやお楽しみ会が企画された。
また,校外でも自主的に,カラオケや勉強会が持たれた(らしい)。

(3) チリも積れば山となる

しかし,楽しいことだけやっていたわけじゃなかった。
家庭学習ノートにもけっこう取り組んでくれた。(特に1学期)
最後は女子2人になってしまったが,毎日提出する「常連さん」もいる。
2人は現在でも「160回」「150回」のレベルで提出を続けている。
(おかげさまで,第4回定期試験の合計点トップは,3年2組だった)

(4) どの子もみんな個性的

私は「個性を殺さないこと」にかけては定評?があるが,
よくもこんなに個性的な生徒たちが集まったと思う。
君たちが作り出すムードが温かいのが私にはうれしい。
時に授業でミニ討論で盛り上がることもあって,楽しかった。
(仮説実験授業関係では,「オリンピックと平和」や「日本国憲法と
その構成」「裁判所へ行こう」などを実施した)

(5) 担任も自由にやらせてもらった1年間

学校以外の話題も学級通信に登場させた。
みんなに楽しい中学校生活を送ってほしいと願う私が,
先頭を切って毎日を楽しんでいなければウソだからね。
特筆すべきは,この半年で6回被災地を訪問したことだ。
それを「夢ブログ」に書き,かわら版に転載したが,
今までにない出来事だった。

(6) 「2組かわら版」をたくさん発行できた

たぶん今年度の「2組かわら版」最終号は160号になると思う。
今まで160号台は何回かあるけれど,3年生では初めてかな。
それは,1年を通してみんながいいことで活躍してくれたお陰である。
(1年間の授業日数は約200日なので,約8割の日に発行の計算)

(7) 道徳,どう説く?

今年度もいろいろな道徳をやってみた。覚えているかな?
「5万回斬られた男」「風に立つライオン」等。
何人もの先生に見に来てくれたね。
ビデオもたくさん観た。「手足のないチアガール」「決意」(男女のいじめ)
「接遇」「九死に一生」「天国からのビデオレター」等。
合唱コンに向け,「ハモネプ」では審査員になって楽しんだ。

(8) 行事に燃えるクラス

4月の時点でクラスのメンバー構成を見て,「体育祭は厳しいが,
合唱コンはいけそう!」と思った。それが終ってみたら両方とも賞状。
しかも体育祭では1点差の準優勝だった上に,
合唱コンでは金賞+親善音楽会だ(ここでも高い評価を得た)。
すごいとしか言いようがない。おまけに最後の球技大会でも,
女子はしぶとく第1位をゲットしてしまうのだから・・・。

(9) 本好きの私。同じく本好きのみんな

教室内の学級文庫には本が数百冊並んでいるのだが,
私は大の本好きである。それにも負けず2組のみんなも
本好きの生徒が多かったと思う。これはとてもうれしいことだった。
それに乗せられて,今年度もだいぶ新刊を追加した。

(10) いつかクラス会をしたい

先ほど生徒たちがみんな個性的だと書いたけれど,
勉強のできるできないにかかわらず,面白い生徒が多かった。
3年のクラスは将来おそらく「クラス会」をすると思うので,
現在どんな仕事をやっているか報告し合うものを開けたら,
担任としてはとてもうれしい。文集の中に「25歳で最初の
クラス会を開く予定」とあった。10年後だと私は○○歳。
長生きしなくちゃね。(笑)

飯能・日高サークル 2013年3月

昨日は,午後2~4時,上記のサークルに参加した。

ダブル佐藤さんの退職記念のために,
河口湖方面へ小旅行へ行くそうだ。
そのため例会にはいつも以上にたくさん参加していた。
丸屋さん,佐藤俊さん,佐藤裕さん,明石さん,
紺野さん,上澤さん,関口夫妻,坂上さん,森下さん,
奥村さん,青木さん,私。

前半,佐藤裕さんの「量子力学入門」の講座。
(アインシュタインの位置づけが少し分かった)

後半,佐藤俊さんの退職記念ミニ講演会。
(4月からは,週3日,10時間程度の授業とのこと)

Photo

資料は,ガリ本,8月の埼玉の会の案,
佐藤俊夫さん年図,たのしい授業とたのしい時間をふり返る等。

例会後多くの方が小旅行に旅立たれた。
私は上澤さんと古代史の話をしながら帰途についた。

昨日の部活動 3/9

昨日は午前8~12時半のコマだった。
木下兄さんにお世話になった。
午後は川口市まで
自分のチームの練習に行くという。
バレーボールが本当に好きなんだなあと思った。

女子は所沢中が練習試合に来た。
スコアをメモしておいたので書いておこう。
相手のエースが第1セットでケガをしたのと,
チーム自体がベストメンバーでないらしいので,
点数は割り引いてみていただきたい。

6ー2(26ー24.25ー13,24ー26.22ー25,
25ー13,25ー20,25ー12,25ー16)

女子は協会長杯の予選が近いので頑張ってほしい。
(男子は新人戦で県大会出場だったので,
予選免除だと思うので,5月の連休明けに県大会)

2013年3月 9日 (土)

卒業を祝う会 2013

昨日2~4校時を使って,
今年度卒業を祝う会が行われた。
写真で何枚か紹介しよう。
(部活動もいいものがたくさんあったが,
撮影しなかったので悪しからず・・・)

飛び出す招待状

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3年入場時

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1年「手紙」「たいせつなもの」

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2年「名づけられた葉」「I believe」

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1,2年合同「COSMOS」

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3年「道」

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くす球割り

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(写真を90度回転させる方法が初めてわかった!)

メッセージ・カードの手紙書き

昨日はメッセージ・カードの手紙書きをした。
おおむねよく書けていたが,
(内容の具体的なものを5例示した)
いくつか「短すぎるもの」と
「内容にそぐわないもの」があったので,
来週書き直してもらうつもりだ。

卒業を目の前にパワーダウンしている生徒が多い。
月曜日の県立発表でカツが入るか?

2013年3月 8日 (金)

メッセージ・カード作り

昨日の学活の時間を使って,
メッセージ・カード作りをした。

美しい千代紙を表紙にした
親への「感謝の手紙」用のものだ。

来週の学活でその手紙を書く予定だが,
その表紙の部分だけ完成した。

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県立入試の際にやられた先生もいたが,
やはり全員でやると能率もよく,
誰でも「自分のものはキレイに作ろう」
という心理が働くわけで,
実際よくできていた。

埼玉の先生が始めたものらしいが,
私としては初めての経験だった。

思い出のスライド上映

体育科のS先生が編集して下さった
思い出のスライドの上映が,
昨日視聴覚室で行われた。

これは入学以来3年間に先生たちが撮ってきた
膨大なデジタル写真を400枚ほどに編集したもので,
なかなかの大作でだった。

普通このような企画は三送会の終盤に行われるのだが,
勤務校ではその前日に行うことになっているようだ。
(授業時間確保の一環?)

今では生意気なことを言っている彼らも,
入学したての頃は幼く自信無げな表情で
かわいく写っていた。

私は2年生から彼らの授業に出て,
3年生の時だけ彼らの担任をしたので
3年間担当した先生たちは
さぞかし感慨深いものがあるだろうと思った。
本日は三送会(卒業を祝う会という)で,
それ以外の各部の発表等を行う予定だ。

天皇屋敷

「奈良の名所・古跡」というサイトに,
気になる記事を見つけた。

「崇峻天皇陵」という項目のところに,
「第32代崇峻天皇の倉梯岡上陵に治定される約15mの小円墳です。
崇峻天皇の位牌を祀っていた柴山山「金福寺」の地を倉梯柴垣宮跡とし
小字名が「天皇屋敷」だったことから、安政2年(1855)に、祟峻陵に比定
文久2年(1862)に修陵
明治22年(1889)に宮内省が陵地に比定しました」 とありました。
※奈良県桜井市大字倉橋

どこが重要かというと,
小字名が「天皇屋敷」
というところだ。

何でそれが問題となるかというと,
古賀達也さんの「古代九州王朝の真実」(2001年)という論文の中に,
「また、三瀦の大善寺には「天皇屋敷」という屋敷があったことが
『太宰管内志』に紹介されているし、
九州王朝の末裔とされる稲員家系図(高良玉垂命の子孫)には、
「○○天皇」「○○天子」といった名称が見える。
さらに、久留米市山川町には高良玉垂命の九人の子供が
「九躰皇子」という尊称で祀られている。
これらは、九州王朝筑後遷宮説の傍証ともいえる史料である。
万葉集にも次の歌が見え、三瀦に都が置かれたことを示しているようである。
「おおきみは 神にしませば 水鳥のすだく水沼を皇都となしつ」
『万葉集』巻十九 四二六一 作者不明」
と書かれていたからだ。

九州王朝の天子の「皇居」を天皇屋敷と呼んだとすると,
崇峻天皇は九州王朝の天子だった可能性がある!?
なお,崇峻天皇は推古天皇の前代の天皇
という形で「日本書紀」に登場するが,
蘇我馬子によって592年に暗殺されたとされる。

「遺跡ウォーカーβ」というサイトの中には,
「天皇屋敷古墳
福岡県久留米市大善寺町宮本村西
古墳(円墳)」とあった。

インターネット検索は,本当に役に立つ。

『たの授』3月号の感想

『たの授』3月号で特によかったのは,次の3点です。

(1)小さなおばさん(佐竹さん)

佐竹さんは本当に国語の授業プランの方面で,
いろいろご存知のようですね。
今回のものは山本正次さんのもののようですが,
具体的で子どもたちに喜ばれる授業プランは,
実際に授業する機会のない私にも楽しいものです。
ぜひ佐竹さんの本の出版を
前向きに考えていただければと思います。

(2)自動車生産国の変遷(横山さん)

片対数グラフを活用した「未来の見えるグラフ」で,
とてもうれしかったです。
自分もまたグラフを描いてみたいと思わせてくれました。

(3)「授業書通り」と教師の常識(板倉さん/犬塚さん・小原さん)

板倉さんの話は,昔の話でも
「ハッとさせられるもの」が多いです。
また,犬塚さんと小原さんの「現場」の話も
いろいろ感心させられものがあります。

2013年3月 7日 (木)

私の学級経営のスタイル

来年度もしも中1を担当したら,
こんなことをやってみたい。

【仮説実験授業】

・世界の国ぐに(第1部)
・世界の国旗
・日本歴史入門

【道徳・学活】

・命の授業
・星野富弘さんについて
・指揮者のミス

【ビデオ】

・ぼくの自転車ひとり旅
・猿岩石の世界旅行
・ハモネプ9(「姉と僕」が優勝した大会)

【社会科かるた】

・世界の国々
・都道府県かるた
・歴史人物かるた(1)・・・小学校の復習編

書いていて思うのだが,
これまで31年間やってきて
生徒たちと楽しんできたことが,
「財産」となっているという感じだ。

これらの「財産」に支えられ,
また年間100号以上発行する「学級通信」や
教室に備えた「学級文庫」を活用して行うのが,
私の学級経営のスタイルといえば
いえるなのかな?

最後の球技大会 2013

昨日は最後の球技大会が行われた。
移動のロスをなくすため,
男女とも校庭で実施した。
気温が上がり汗ばむ程だった。

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【男子・・・サッカー】

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対1組 0ー8 ●
対4組 2ー3 ●
対3組 0ー5 ●

サッカー部が多いクラスに大量点を取られた。
失点16はある意味忘れられない思い出となった。
お疲れ様!

【女子・・・ドッヂボール】

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対1組 8ー7 ○
対4組 10ー5 ○
対3組 6ー11 ●

2勝1敗が2チームあったが,
勝ち点方式で相手を上回ったため,
第1位となることができた。
おめでとう!

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【思い出コーナー】

教室の後ろの黒板のところに,
写真や賞状で「思い出コーナー」を作った。
昨日はそこに球技大会の1枚がつけ加わった。

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昨日の部活動 3/6

昨日も社会体育の日だったが,
私は参加できなかった。
しかし,帰りしなに木下夫妻が
体育館に向かう姿を確認したので,
お手伝いしていただいたのだと思う。
いつもありがとうございます。

金曜日の卒業を祝う会では,
バレー部は「大きなかぶ」を演じる。
朝練の時その練習をした。

2013年3月 6日 (水)

EXILEの「道」

私は知らなかったのだが,
このEXILEの「道」という曲は
「卒業ソング」として大変人気があるのだそうだ。
それを卒業生たちが「祝う会」の返礼として歌う。

昨日聴いた限りではまだまだだが,
明後日にはきっと頑張ってくれることだろう。
個人的には「動くな時間」という歌詞
辺りのところがヤバイ(グッとくる感じ)ですね。

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作詞  Shogo Kashida
作曲  miwa furuse

「思い出が 時間を止めた」
今日の日を忘れるなと
見慣れた景色 二度と並べない
思い出の道

この道で 君と出会い
春が僕らを包んでた
愛と優しさ 教えてくれたね
泣かないで歩こう

空、今日も青空です
泣き笑いしたあの時
あたりまえが未来に変わる
「希望」「夢」「愛」話したい
動くな時間
空に叫ぶ
キミを忘れない

優しさに出会えたことで
僕は独りじゃなかった
誰も消せない 心のアルバム
笑えるかもね

「動き出した 最後の時間」
君に伝えたい言葉
涙 邪魔して 空を見上げたら
春の音 聞こえた

※道、君と歩いた今日まで
かすかに 動くくちびる
特別な時間をありがとう
「心」「勇気」「友」「笑顔」
嬉しすぎて
溢れ出した
涙が とまらない※

ゆっくりと歩き出そう
この道 未来へ続く
さよなら 泣かないで
忘れないよ
離れても 愛しています

(※くり返し)

1日入学 2013

昨日は県立入試の2日目だった。

歌練習と「自楽」で留守番組をの相手をしたあと,
まず懸案の成績の入力を果たした。
昨日は大失敗して2時間を無駄にしてしまったが,
人生何事も「すべてが無駄」ということはない。
昨日の経験が生きて能率よく入力できたのだから。
(コピー&貼り付けを駆使した)

午後2時半からは,新1年生の1日入学。
私たちは6年生の担任の先生たちと
約1時間の情報交換をさせていただいた。
もう入学式まで1ヶ月。
どんな生徒が入って来るのか,
イメージしながら話をうかがった。

会議後,部活動見学が行われた。
男バレにもたくさん入部してくれるといいのだが・・・。

本日は,球技大会が行われる予定。

『俾弥呼(ひみか)の真実』

「新古代学の扉」サイトの「洛中洛外日記」を読んでいたら,
ビッグニュースが飛び込んできた!

古田武彦著,ミネルヴァ書房刊,3000円+税の
上記の本が出版されたという。

本書は,「古田武彦と古代史を研究する会(東京古田会)」の
機関紙である「東京古田会NEWS」に連載された古田氏の文章を,
分野別に編集したものである。

第一篇 俾弥呼のふるさと
第二篇 俾弥呼の時代
第三篇 真実を語る遺物・出土物
第四篇 抹消された史実
第五篇 もう一つの消された日本の歴史 -- 和田家文書

喉から手が出るほど読んでみたい内容が載せられているようだ。
ぜひ入手して読んでみたいし,宣伝したいと思うが,
とりあえず「夢ブログ」で第一報を・・・。

ほかにも2つの本が出るらしい。
機関紙の連載というのは,「本の卵」なんだね。

2013年3月 5日 (火)

消えた「2時間」

もう3年生の成績を出さなくてはならないのだが,
家に持ち帰ってまでしたくないし,
学校ではいろいろ他の仕事もあるしで
のぴのびになっていた。

しかし,私も職業人。
仕事はきちっとこなしたい。
(えっへん!)

ということで,パソコンに向かうこと2時間。
3年生の2学期と学年の成績を
見事に?出すことができた。

ところが今の学校用のパソコンは,
それをUSBにコピーできないような仕掛けになっている。
(時々USBをなくす先生がいたりして・・・)

その大事なことを忘れていた私は,
あれこれやっているうちに,
押してしまったのが「消してOK」のボタン(だったらしい)。
今までまったく言うことを聞いてくれなかったパソコンが,
その時だけはまことに素直に私の命令を聞いてくれ,
私の2時間の努力の結晶は
あっという間に消去されてしまったのでありました。
(せめて印刷しておけばよかったと,あとから思った)

資料名を書きかえるとかすればよかったらしいが,
それは後の祭り。
また本日,1からやり直しだ。

塾の先生に「まる」で再会

以前「まる」でお会いした塾の先生に
「定休」の月曜日ということで再会できた。

「ホームページとブログ」
「古田武彦氏を中心とした九州王朝説」
「仮説実験授業」
「『最後の授業』と『ことばと国家』」
「映画「津波のあとの時間割」」等,
専門が社会科だけに興味が近いのか,
話がとても通じやすくていい。
ぜひまた「まる」でお会いしたい。

途中で元肉屋のWさんが登場。
手羽の「骨抜き」作業を披露してくれた。
どんな分野にもその道のプロの技があり,
それがその商売を支えているものだと思った。
私にとって「プロの技」とは?

昨日の部活動 3/4

昨日は社会体育の日だった。
前任校の男バレの黄金期を支えた
M君と所沢北高バレー部員の方たちが,
練習を応援しにき来てくれた。(総勢4名)
M君は顧問のТ先生が見出し育てた名セッターで,
高校進学後も所沢北高でキャプテンとして活躍したのだった。

まずは,サーブレシーブの珠出し。
そのあと,スリーメン。
最後は,練習試合で相手をしてくれた。

ブロックのタイミングをはずし,
守備の穴を突く絶妙なクイックに,
生徒たちは大いに翻弄されていた。
それを徹底してやってくれて,どうもありがとう!
きっと頭だけでなく,体で覚えられたと思う。

M君はこの春M大学に進学が決まったそうだ。
また機会をみて来てくれるとのこと。
来年度以降の楽しみがまた増えた。

2013年3月 4日 (月)

アザレア杯 2013

昨日はアザレア杯ということで,
(アザレアというのは,この季節に咲く
つつじの花のことらしい)
男バレの大会に参加してきた。
生徒たちは保護者の方々の車に分乗し,
私は電車に乗って東武東上線・川角駅から歩きで,
午前8時に現地集合した。

【予選リーグ】・・・旧毛呂山高校

対富士見台中 25ー14 ○
対群馬・吉岡中 16ー25 ●
対上尾中 17ー25 ●

時間短縮のため,午前中は1セットずつの勝負。
その結果,Bブロック3位ということで,
車4台で旧北坂戸中へ移動した。
ここで昼食をとった。

【3・4位トーナメント】・・・旧北坂戸中

対大井中 2ー0(25ー12,25ー10) ○
対富士見台中 2ー0(25ー15,25ー10) ○
対山梨・敷島中 2ー0(25ー21,25ー22) ○

ということで,3・4位リーグでは「優勝」だった。
山梨・敷島中は背の高さはないが,
粘りのあるいいチームだった。
あの「粘り」から学びたいものだ。

今回の大会はテスト後2日で行われるという
確かに悪条件のものではあった。
もっと準備して臨めれば,
午前中にもう1つ勝てたかもしれない。

しかし大切なのは,「いつでも万全の状態で
試合ができるわけではない」ということだ。
(他校もそれは同じこと)
だから,テスト後で体が動かなければ,
声を出すなり,知恵を働かすなりして,
それをカバーする努力をしなければならない。

特に「声」は重要な力となる。
チーム内の結束を固めるためにも,
相手チームにプレッシャーをかけるためにも,
「声」を掛け合うことが最大の力となることを
スポーツをやる者として忘れてはならないだろう。
(だいたい言葉をしゃべれるのは人類だけだ)

また今回も保護者の皆さんと木下夫妻に,
丸1日お世話になった。
心よりお礼を申し上げます。

次の大会は,おそらく4.5月協会長杯。
そして,最後は6月の学総体だ。
県大会&関東大会をめざし
努力する日々も,残りあと半年となった。

古代日本ハイウェーの廃棄と耕地面積の増大

古代日本ハイウェーは6300キロにわたって
建設されたという。
そして,最近発掘される前は
ほぼ農地に転用されていたとすると,
その面積はどれくらいになるだろうか。

古代日本ハイウェーの道幅は,
広いものもあるし狭いものもあるので,
たとえば10mということで計算してみよう。

10m×6300km=63平方km=63000000平方m
当時の農民の数=600万人(多く見積もっても)
63000000平方m÷600万人≒10平方m
当時の農民が班田収受法で与えられた田の面積=
2反(約1000平方m)

ということは,平均1%耕地が増える計算になる。
(条里制の場合なら,「余剰帯」部分は約13%増となる)
これは農民にとってはもちろん,
そこから税収をあげられる大和政権にとって
けっこううれしい話ではないだろうか。

古代に行われた723年の三世一身法や
743年の墾田永年私財法は,
これらの「開墾」とまったく関係がないのだろうか?
私にはそうは思えない。

8世紀初頭に九州王朝から政権を譲り受けた大和政権は,
このような形で唐に対して「武装解除」しつつ,
同時に自らの口分田(収穫した稲の3%が税)を
増やそうとしたのではないか。
そんな仮説が私の中でわき起こってくるのである。

最近の読書

この1ヶ月は,以下のような本を読みました。
大変な日々でしたが,読書の楽しみがあったので
なんとか切り抜けることができました。
感謝の気持ちを込めて,それらの本たちを紹介します。

『身の上話』

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『面白南極料理人』

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『ビブリア古書堂の事件手帖』

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2013年3月 3日 (日)

ひな飾り 2013

K先生が職員玄関に飾ってくれている季節の飾りは,
現在ひな飾りである。

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四季のある国に住む楽しさが,
こういった形であらわれる。

高崎たのしい授業入門サークル 2013年3月

昨日は上記の会に参加した。
午後2時からの「沖縄」体験講座の前に,
今回は2つの古墳を見学することができた。
この地域の2代にわたる有力者の墓だろう。
軍配山古墳からは銅鏡2面等も出土している。

【梨の木山古墳】 5世紀半ばの前方後円墳

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【軍配山古墳】 4世紀末の円墳

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2つの古墳を見学したあと,
歩きで玉村町文化センターに入った。

参加者は,12人。
(堀江さん,峯岸さん,品川さん,小林さん,都丸さん,栗原さん,
本間さん,山田さん,川島さん,新井さん,宮川さん,私)
資料数は,18本だった。

(1) 「沖縄ルネ・バージョン」(堀江さん)
(2) 「沖縄」の感想(堀江さん)
(3) 「B円」と沖縄の切手のコピー(堀江さん)
(4) 新任研だより(栗原さん)
(5) 話す人になろう(栗原さん)

(6) 教育実践の伝統は(栗原さん)
(7) 特別支援学校だより(川島さん) 
(8) 4年2組28人に聞きました 〈家族との暮らし〉(新井さん)
(9) 「真夜中のいたずら」授業記録編(山田さん)
(10) 「真夜中のいたずら」の感想(市原さん)

(11) 楽しいサークル運営について考える(品川さん)
(12) 子どもたちが熱狂する峯岸さんの道徳プラン(品川さん)
(13) サークルを始めるにあたって(峯岸さん)
(14) 「高崎たのしい授業入門サークルニュース」2月号(峯岸さん)
 ※ これがすごかった。大変な取材力です!
(15) 五味太郎の『ヒト 二 ツイテ』の授業プランの感想(峯岸さん)

(16) 高崎たのしい授業入門サークル例会報告(2月)(私)
(17) 肥さんのホームページ&夢ブログの案内(私)
(18) 玉村町歴史資料館パンフレット

今回は堀江さんによる「沖縄ルネ・バージョン」の
体験講座がメインだった。
多くの見やすく分かりやすい掲示物を使い,
「こういう風に沖縄について学ぶのもいいな」
という感想を持った。
落合バージョンが「学術的研究的」としたら,
堀江ルネ・バージョンは,「庶民的ビジュアル的」
とでも言ったらいいだろうか。

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会の終了後8名が高崎に移動し,
「一鮮(いっせん)」という居酒屋で交流会を行った。
堀江さんからいろいろなお話をうかがった。

次回は,4月6日(土)。新学期のスタートだ。
久しぶりに群馬県立歴史博物館にも寄ってみたい。

2013年3月 2日 (土)

「最後の授業」の日に

昨日は「最後の授業」の日だった。
しかし,県立対策&私立ボケ対策のため,
プリントをやっただけで終ってしまった。
これはしかたがないこととはいえ,
もったいない話ではある。
本当は私は以下のような授業ができる
最高のチャンスと考えているからだ。
(なので,歴史の時間にやっている)

それは,今は教科書に載らなくなった感動教材『最後の授業』と
言語の多元性を教えてくれた『ことばと国家』の
2つの本を紹介する試みである。
(副題は,「感動教材」(教育)の素晴らしさと恐ろしさ?)

とはいえ,『最後の授業』の内容を知らないと
話がわからないと思うので,
ウィキペディアの助けを借りて「あらすじ」を紹介しよう。

「アルザス地方に住む少年、フランツは、学校に遅刻してしまい、
アメル先生の鞭打ち罰を受けるのでは、と心配したが、
先生は何時になく優しく着席を促した。
今日は教室に元村長をはじめ多くの大人たちが集まっている。
アメル先生は生徒と教室に集まった大人たちに向かって、
自分が授業をするのはこれが最後だと言う。
普仏戦争でフランスが負けたため、
アルザスはプロイセン王国(ドイツ帝国)領エルザスになって、
ドイツ語しか教えてはいけないことになり、
アメル先生もこの学校を辞めなければならない
(国語教師としての在職は許されない)。
これがフランス語の最後の授業だと語り、
生徒も大人も授業に熱心に耳を傾ける。
アメル先生は「ある民族が奴隸となっても、
その母語を保っている限りはその牢獄の鍵を握っているようなもの」と
フランス語の優秀さを生徒に語る。やがて終業の時が来て、
プロイセン兵の鳴らすラッパの音を聞いた先生は顔面蒼白。
挨拶をしようにも言葉が出ず、黒板に
「Vive la France!(ヴィーヴ・ラ・フランス!=フランス万歳!)」と書いて
「終了。みんな帰ってよろしい」と手で合図し、「最後の授業」を終える。」

このような話を単純に聞けば,
普通「明日からドイツ軍がやってきてこの地域を侵略する。
なんてフランス人たちは可哀想なんだ」という
勧善懲悪的な感想を持つと思う。「感動教材」の怖いところだ。
(それが,著者ドーデの狙いだったかもしれないが)

この教材は1985年までずっと長く小学校中学年の教科書に載り,
多くの先生がその40倍の児童に教えた(はずだ)。
私も読書指導で学生の頃,おはなしクラブの子どもたちに
小学校の先生と同じように教えた(と思う)。

時は流れ,私は『ことばと国家』という本に接することになった。
その中には驚愕すべき事実が書かれていた。
実はこの物語の舞台となった地域はフランスとドイツの国境地帯で,
フランスというよりむしろドイツ系の人たちが多く住む地域だというのだ。

すると,事態はまったく正反対のことになる。
今までフランスによって侵略されていたこの地域が,
「長く暗い植民地時代を終え,明日からドイツ軍によって解放される
祝うべき日の前日である」という新しい解釈である。

そういえば,小学校の教室なのに元村長をはじめ
多くの大人たちが集まっている」という不自然な状況が
書いてあるのを読み飛ばしてしまっていたのであった。
また,アメル先生のあわてぶりも尋常ではないことに気づく。
このようなことが起きること事態が戦争の不幸なところであるが,
それを印象づける「教材」として『最後の授業』を考えたい。

『最後の授業』は『ことばと国家』と併用することによって,
「感動教材」から「教訓教育」へと「再利用」できるのではないかと思う。
(著者のドーデの望むと望まないとにかかわらず・・・)

「文集」みたいなものは四部構成?

今「文集」みたいなものを作っているが,
どうやら四部構成になりそうだ。

(1) アンケートを元にしたランキング・・・4ペ
(2) その人の印象アンケート・・・8ペ
(3) 本人によるB6判のプロフィールなど・・・20ペ
(4) 資料編(写真や賞状など)・・・8ペ

現在のところページ数は流動的だが,
これはけっこうな量になりそうだ。
場合によっては両面刷りの方がいいだろう。
表紙には私の「色上質特厚」を提供して,
ビシッとかっこいい冊子に仕上げたい。

春一番 2013

念のため「ウィキペディア」で調べてみたら,
昨日の突風は,やはり「春一番」だったようだ。

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春一番(はるいちばん)は、
例年2月から3月の半ば、
立春から春分の間に、その年に初めて吹く
南寄り(東南東から西南西)の強い風。
主に太平洋側で観測される。
春一番が吹いた日は気温が上昇し、
翌日は西高東低の冬型の気圧配置となり、
寒さが戻ることが多い。

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これによると,明日は寒さが戻るらしい。
こちらの情報は信じたくない!(。>0<。)

『太宰管内志』届く!

アマゾンに注文していた上記の本(2冊)が,
昨日我が家に届いた。

江戸時代,伊藤常足という人によって集められた
九州全域の地誌だ。
まずはそのボリュームをお知らせしたい。

Photo_2

ここからどんな「お宝」が引き出せるかは,
今後の私の勉強次第だ。
乞うご期待!

2013年3月 1日 (金)

楽しいアンケート作業

「文集」のようなものを作ることになり,
私立高校ですでに進路が決定している者たちが
中心となってアンケートをとり始めている。

(1) ランキング・・・○○な人は誰か?
(2) 個人の印象・・・自分はその人をどう感じていたか?

以上2つをわら半紙3枚に印刷して,
昨日の総合の時間の前半を使ってやろうとしたら,
なかなかこれが楽しい作業となり,
1時間かけていた人も少なくなかった。

しばらく受験勉強で気を張り詰めていたので,
それをやわらげる効果もあったのか,
生徒たちの表情にも明るさが戻ってきた。
「文集」のいいネタになることを期待している。

私は資料編の方で協力しようと思っている。
かわら版(現在150号を突破)に載せてきた記事は,
「文集」のための資料として便利だろうから。

伊藤常足と『太宰管内志』

古田武彦氏とそれを囲む市民研究者たちが
古代史研究に活用している本の1つに,
『太宰管内志』(だざいかんないし)というものがある。

一般にはあまり知られていないが,
江戸時代に編集された本で,
それまでに伝えられた九州全域の地誌が載せられている。
天皇中心の明治以降のものではないこと=
つまりその影響を受ける以前の内容だ
というところに強みがある。

昨日アマゾンで注文したので,近日中に届くと思う。
1969年版だと値段が高いので,
10年後の復刻版の方にすることにした。
それでも8000円もするので安いとはいえないが,
2,3回居酒屋で呑むのを我慢すればいい?

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』には,
次のように書かれていた。

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伊藤 常足(いとう つねたり、
安永3年(1774年) - 安政5年(1858年))は、
江戸時代の国学者、歌人、教育者。筑前国鞍手の人。号は槙家など。

経歴

古物神社に奉仕する神職の家に生まれる。
亀井南冥に儒学を、青柳種信(本居宣長の高弟)に国学を学び、
35歳を過ぎて京周辺に遊学、伊勢参宮を果たす。
松阪を訪れて本居大平の門人となり、伴信友や足代弘訓と共に学び、
香川景樹ら当時一流の文人と交際した。
自宅に私塾を開き、国学・和歌を教え、桜井文庫の創設に関与した。
天保12年(1841年)、68歳の時に『太宰管内志』全82巻を完成し、
福岡藩主・黒田長溥に献上する。
なお、長男の南華は画家として、次女のゆみは文学者として、
孫の直江は国学者としてそれぞれ活躍した。

著作

『太宰管内志』 - 九州全域の詳細な地誌。
『槙家集』 - 家集。
『百社起源』
『古寺徴』

旧宅

天明6年(1786年)に現在の鞍手町大字古門に建てられた旧宅が
復元され保存されている。福岡県指定史跡。

三寒四温

昨日の朝天気予報で
「本日は3月下旬の暖かさです」
と言っていたが,
本当に昨日は暖かかった。

ジャンパーを着て歩いていると
汗ばんでくるくらいの気温で,
「春はもう近い」と思った。

しかし,この暖かさは今日までで,
明日からまた寒さが戻ってくるらしい。

「三寒四温」という言葉があるが,
そのようにして徐々に季節が変わるのだろう。
あらためてうまい表現だと思った。

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