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2013年2月 4日 (月)

佐賀関は九州王朝が設けた役所か?

佐賀関(さがのせき)が何県にあるかご存知だろうか。
佐賀関だから佐賀県?
ブーッ!実は,大分県にある。
愛媛県の佐田岬とわずか30キロほどを,
フェリーで70分ほどの距離にある。
(「関さば・関あじ」は豊予海峡で獲れた美味しいブランド魚だが,
それは佐賀関の「関」だったのだ!)

なんで私が佐賀関の場所を大分県と知っていたかというと,
実は亡父が若い頃日本鉱業に勤めていて,
その工場が佐賀関にあったので,
会話の中で聞き知っていたからだ。

その佐賀関が,古賀達也さんの「洛中洛外日記」の
最新520話の中に出てきた。
「九州王朝側の役所名」ではないかというのである。
なるほど,そういえばそうだ。
九州と四国はこんな近距離の場所にあるのだから,
そこに見張りをする役所があっても何の不思議もない。
そして,その情報と「続日本紀」の716年5月16日の記事が,
一致するのにそう時間はかからなかった。
忘れないうちに書いておこう。

その記事とは,「これまで豊後(今の大分県)と
伊予(今の愛媛県)の間は兵士を置いて見張らせ,
自由に行き来することが出来なかったが,
これからは往来できるようにすべきだ」という内容である。
つまり,それまでは境界があった=別の国だったことがわかる。
これは九州王朝説の傍証としてかなり有力ではないかと思う。
(この「続日本紀」の記事の存在は,
「多元」の過去の号でどなたかが扱っていたと思う。
これはいいアイデアだと思って「続日本紀」にメモしておいたが,
古賀さんの指摘で佐賀関と「続日本紀」の記事がぴったりと一致した)

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

先ほど調べたら,中村幸雄さんが
「九州王朝の滅亡と『日本書紀』の成立」という論文で
「続日本紀」の豊予海峡の「航行禁止」記事を指摘していました。

また,「多元」と思っていた記事は,
「市民の古代」だったようです。

2008年に「続日本紀」について連載した時に,
そのことを触れていました。
個人名はわかりませんでした。
すみません。

・・・「私は「市民の古代ニュース」の
1991(平成3)年1月号の記事を見て,
これを知ることができたのだが,
この記事から,九州と四国の間に
国境とも呼ぶべき境界が存在したことが
確かにわかるのである。・・・」

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