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2013年2月18日 (月)

古代道と駅鈴

「日本古代ハイウェイ」が九州王朝の命令で
白村江の戦いの前に建設されたとすると,
その道具としての駅鈴も九州王朝によって
作られたのではないかという次の問いが出てくる。

実は古代の駅鈴が島根県の隠岐に2つだけ保存されている。
古代から壷の中に入れられて厳重に隠されていたという。
「先祖代々億岐家では,この壷は先祖が預かった物だから
絶対に開けてはいけない」という言い伝えは,
「異なる王朝製作のもので,現王朝(大和政権)のものではないから・・・」
という理由が隠されているように思う。

もし現王朝の駅鈴なら「公鈴隠匿」という犯罪に
なってしまうのではないだろうか。
ほかの国の駅鈴が出土してしないところを見ると,
どうも現勢力によって旧王朝の駅鈴は回収され,
現勢力は駅鈴を使用しなかったのではないか。

駅鈴といえば,壬申の乱で重要な役割をしているが,
あれは「日本書紀」の言うところの近畿周辺ではなく,
今井俊圀さんの研究によると太宰府を中心とした地域らしいので,
(古田史学会報93号「壬申の乱の謎」)
ますます駅鈴が九州王朝製作のものであるという考えが
浮上してくるのである。

【参考サイト】

ウィキペディア「駅鈴」

ワンダフルRUNDO隠岐「億岐家と駅鈴」

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

京都の古賀達也さんにお伝えしたところ,
「古代官道と駅鈴の視点は面白いですね。
律令などにどのように記されているのか
興味があります」
とのお返事をいただきました。
ありがとうございます。
「律令」を調べてみます。

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