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2012年8月 1日 (水)

大長=九州年号をさがせ!

古賀達也さんの「洛中洛外日記」の最新号(448話)に
木簡データベースについての話が出ていたので,
長文ですが転載させていただきます。

ブログで自分の考えを発表し,
刺激を与え続けて下さる古賀さんに
感謝です!

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松山市出土「大長」木簡

芦屋市出土の「元壬子年」木簡が
九州年号の白雉「元壬子年」(652年)木簡であることは、
これまでも報告してきたところですが、
当初、この木簡は「三壬子年」と判読され、
『日本書紀』の「白雉三年」のことと『木簡研究』などで報告されており、
九州年号群史料として有力史料と判断していた『二中歴』とは異なっていました。

わたしは奈良文化財研究所HPの木簡データベースでこの木簡の存在を知ったとき、
この「白雉三年」との説明に驚きました。
『二中歴』を最も有力な九州年号史料としていた自説と異なっていたからです。
そこで、わたしはこの木簡を徹底的に調査実見し、
その「三壬子年」と判読されてきたことが誤りであり、
「元壬子年」と書かれていたことを発見したのでした。

このとき、わたしは自説に不利な史料から逃げずに、
徹底的に立ち向かって良かったと思いました。
このときの体験は、わたしの歴史研究生活にとって、大きな財産となりました。

それ以後も九州年号木簡を探索してきましたが、
奈良文化財研究所の木簡データベースを閲覧していて、
もしかすると九州年号木簡かもしれない木簡を見いだしましたので、ご紹介します。

それは愛媛県松山市の久米窪田II遺跡から出土した木簡で、
「大長」という文字が書かれているようなのです
(前後の文字は判読不明。「長」の字も推定のようです)。
最後の九州年号「大長」(704~712年)の可能性もありそうですが、
断定は禁物です。
人名の「大長」かもしれませんし、法華経など仏教経典の一部、
たとえば「大長者」の「大長」という可能性も小さくないからです。

『木簡研究』第2号によれば、「大長」木簡は1977年に出土しており、
その出土層は八世紀初期を前後するものとされており、
まさに九州年号の大長年間(704~712年)にぴったりなのです。

こうなると、実物を見る必要がありますので、
松山市の合田洋一さん(古田史学の会・全国世話人)に連絡し、
愛媛県埋蔵文化財センターに問い合わせていただいたところ、
同木簡は「発掘へんろ」巡回展に出されており、
現在は高知県で展示されていることがわかりました。
そのため、同木簡が愛媛県に戻るのは来年三月とのこと。

残念ながら、それまでは本格的な調査はできませんが、
九月には香川県で展示されるようですので、
せめてガラス越しにでも見に行こうと思っています。


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