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2012年5月 5日 (土)

岩手県震災ボランティア 2012春

神戸の田辺正則さん(学習塾の先生)から,
上記のボランティア報告が届いた。
ぜひ読んでいただけたらと思う。
(容量の都合で,写真は載せられませんでした)
田辺さん,貴重な記録をありがとうございました!

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岩手県震災ボランティア 2012春

3月28日から3泊4日で、岩手に震災ボランティアに出かけてきた。
今回も遠野市にある遠野まごころネットで個人ボランティア登録し、活動する。

28日の全体ミーティングで、ボランティアの減少ということもあり、まごころネットの各メンバーから震災の風化が強く語られる。また、Mさんは支援格差について話される。大きな仮設にはたくさんの支援が入っているが、小さな仮設には入っていない。さらに、見なし仮設(仮設不足から公営住宅や賃貸住宅に入った方)や在宅の方への支援が全くないということを話される。まごころネットでは、見なし仮設、在宅、小仮設への支援の手を広げていきたいとのことだった。また、Uさんからはボランティア活動もガレキの撤去から、わかめ・ホタテなどの地域産業のお手伝い、仮設などでのお茶っこ隊、足湯隊などに移ってきているという話がある。ただ、いまだにほとんどのボランティアがする活動はガレキの撤去など、身体を使った活動が中心で、仮設訪問やお茶会の活動などを期待していた私にとっては少し残念。何より、被災された方々のことが気がかりだった私は少しでも、そういう活動に関われればと思っていたので、少し戸惑いを覚える。

さて、29日朝、150名ほどのボランティアが集まり、行き先の振り分けが行われる。私は釜石市の箱崎半島のガレキ撤去のボランティアに参加することになる。途中、釜石市街地を通る。市街地は更地になったところ、新しくお店が建てられたところもあるが、解体中の建物やいまだ解体されずに残っている建物も多い。市街地を抜け、北に向かい両石地区へ。ここは家がほとんど解体されて、更地になっている。箱崎半島方面へ右折して、鵜住居地区に。鵜住居小学校の近くには、たくさんのガレキが山積みにされたままで、小学校の3階には乗用車がめり込んだまま残っている。小学校を抜けて、根浜海岸へ。ここは以前は白砂の美しい海岸で、夏には海水浴場としてにぎわったそうだが、地盤が下がり、砂浜は海中に没している。今日は海が穏やかで美しい。津波がなければ、本当に美しい海岸線が続いていたのだろうと想像できる。

トンネルを抜けて、箱崎地区へ。ここは震災の直後に集団の窃盗団の被害に遭い、しばらくの間、集落が外から入ってくる者を拒絶していたという。まごころネットの地道なアプローチと活動で心を開いてもらったということのようだ。ここも大津波の被害に遭い、集落は山の手に残っているだけ。被災した小学校を拠点にガレキの除去にかかる。ガレキといっても、もう大きなガレキは全くなく、礎石の周りに残ったブロック、瓦、コンクリート、ガラス、瀬戸物を拾い集める。重機ではできない文字通りの手作業だ。70名ほどが6つのグループに分かれ、手分けして作業が行われる。この場所は最終的には、礎石も取り除かれて全くの更地になるそうだが、それまで荒れた我が家を見るのが、忍びないということで礎石以外のものをきれいに取り除こうという活動である。午前中2時間の作業で1区画はきれいに片付く。昼食時には、箱崎地区の世話役のKさん夫妻が温かいみそ汁を作って運んでくださる。うれしい。地元でとれたわかめ、醤油をかけただけだが、シャキシャキしてとてもおいしい。Kさん夫妻の笑顔にこちらもうれしくなってくる。午後も福岡からひとり車でやって来たHさんや京都のTさんなどを中心にチームワーク良く、作業がはかどり、午前・午後を合わせて、3区画がきれいになる。全国から届いた種の中から紅花の種を皆で手分けして、植える。帰りは釜石市内の造船所のある地域、海岸地域をバスでまわる。私たちの目で津波の被害を見てもらい、見たことを地元に帰って伝え、震災が風化しないようにというまごころネットの配慮である。

30日は大槌町赤浜地区へ。NHKの「ひょっこりひょうたん島」のモデルになった蓬莱島が沖に浮かんでいる。活動拠点は大型船が乗り上げていた白い建物。映像や写真ではよく見たが、今は船も撤去されて、残っていない。今日も家屋周辺の小さなガレキの除去。赤浜地区の皆さんが通る道路周辺の家屋をさらにきれいにしようという活動。今日も人の手でなければできない作業。50名ほどが5つのグループに分かれて活動する。今日は特別暖かく30分ほどで汗がふき出す。1区画ずつ、細かいガレキを取り除いていくが、たくさんの人の力は大きい。
 
   ひょっこりひょうたん島(蓬莱島)       中央の白い建物の上に大型船が乗り上げていた

1・2時間で3区画ほどが礎石を残してきれいになっていく。「ひょっこりひょうたん島」のテーマ音楽が赤浜地区に流れ、これが正午を知らせる合図。1時間の昼休憩。それぞれ思い思いの場所で昼食をとる。東京から来られた中年の女性2人が海岸近くで昼食をとられていると地元の50~60代の漁師さんが話しかけられてきたという。昨年3月11日の地震の直後、彼は自分の小舟に乗り込んで、海に出たという。漁師は地震のあとの津波から自分の船を守るために沖へ向かうという。彼は小舟から大船に乗り移って、沖に向かったという。津波はそんなに大きいと感じなかったそうだ。しかし、津波が引いて浜に帰ってみると自宅も仕事場も経営していたアパートも全部、津波に流されてしまったという。私はその場にいなかったが、「全部、なくなった」というその男性の声が聞こえてくるようだった。前日の箱崎地区では、Kさん夫妻にしか会わなかったが、ここ赤浜では、数人の住民の方とあいさつを交わした。それだけでも、なぜかホッとする気分になる。大阪から4泊5日のボランティアバスツアーでやって来た女子高校生たちのグループ20名ほどがいたことも書き留めておこう。

帰りは大槌町福幸きらり商店街へ。まごころネットが作ったコミュニティースペース「きらり駅」という無料の休憩所で温かいコーヒーをいただく。1日の疲れが吹き飛ぶ。表のベンチで若いボランティアと地元の60代の男性が話をしている。私も隣に座って、話を聞く。その60代の男性、地震が来たときは逃げようとはしなかった。息子さんが「逃げろ!逃げろ!」と何度も言ったので、山の手に向かった。山の手に上がった人はそんなにたくさんいなかった。彼は大槌町の3割の人は亡くなると直感したという。実際には、約15000人の人口で死者・行方不明者合わせて約1300名。彼は町に14.5mの堤防ができるという案があるが、自分は反対だと言った。高い堤防があっても、乗り越えてくる津波がある。「逃げるしかないんだよ」と男性は力を込めて話した。

最終日は2日間のボランティアを終えて、大槌町大槌・沢山地区に出かける。遠野からJRで釜石へ。釜石駅からバスで大槌町へ向かう。大槌町の市街地は建物の解体が進んで、大きな建物以外は一面の更地になっている。旧大槌町立病院前でバスを下車。すぐ向かいの山のところにむき出しになって墓石が並んでいて、痛々しい。大槌北小学校の北側から沢山地区に入り、去年の5月に泥出しのボランティアをしたAさん宅をめざす。大槌北小学校の裏手を過ぎると、沢山地区も津波が入ってきた家屋はほとんどが解体されている。Aさん宅も8月に見たまま。作業小屋が建っているだけで、本宅は礎石だけになっている。隣の幼稚園はまだ取り壊さずにそのままの状態である。地区を回っていると「沢山避難所→200m」という看板が目に入る。昨日の男性の「逃げるしかない」という言葉が改めてよみがえってくる。

大槌北小学校のグラウンドには、大槌北小福幸きらり商店街が建っている。仮設店舗で30軒ぐらい。昨年12月17日に開いたかなり規模の大きい仮設商店街になっている。ゆっくり歩いて回る。まだ朝の10時なので、開いていない店もあるが、お好み焼き・たこ焼き・回転焼きなどを売っている店に入って、抹茶アイスを食す。美味。この店は70歳ぐらいのご夫妻と娘さんがやっておられるようだ。ご主人と話をする。お店は元は大槌町の中心街にあり、津波で店も家も流されたと話される。「街が元に戻るまでに30年、いや50年かもしれないな」とぽつぽつと話される。現在は200戸ほどが集まる大槌町の仮設住宅で暮らしておられるという。「お元気で」と言葉を交わして、おいとまする。

昨日も来た無料休憩所「きらり駅」のそばに来ると楽器のセッティングが行われている。「Jazz For Tohoku」のライブが行われるという。声をかけられて、イスに腰をおろす。アルトサックスの山田穣、コントラバスの高瀬裕、ドラムスの広瀬潤次のジャズトリオ。ドラマーの広瀬さんが1曲ずつ、丁寧に作曲者と曲名を紹介していく。デーブ・ブルーベック、サド・ジョーンズ。チャーリー・パーカーのラテンリズムの曲では、地元のおばさんたちが踊ったり、男の子が楽しそうにリズムをとり、皆で手拍子。演奏前から急に寒くなってきて、おばあちゃんたちは毛布にくるまって、演奏を聴いている。そのあと、「オーバー・ザ・レインボー」、最後はセロニアス・モンクの「リズミング」ではげしく終演。終わると同時に雨。広瀬さんたちは大槌町は今日が4回目で、昨日から3日間東北を回っているという。きらり駅で熱いコーヒーをいただき、身体を温める。雨が本降りになる。福幸きらり商店街を出るところで、まごころネットのMさんに声をかけられ、釜石駅まで車に同乗する。感謝。釜石駅からJR・バス・飛行機を乗り継いで、帰路に着く。

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