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2012年5月15日 (火)

銘酒「オールド・パー」と二倍年暦

スコッチウイスキーの銘柄で,「オールド・パー」というのをご存知だろうか?
私は知っていたが,残念ながら古代史(二倍年暦)とは関係づけていなかった。
実はこのウイスキーの名称は,Ⅰ5~16世紀にわたって生きた
「長寿」のイギリス人にあやかって付けられたものなのだそうだ。
「トーマスパー 152歳」で検索したところ,
以下のような年譜が出てきた。

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Thomas Parr 年譜

1483.2 トーマス・パーは、サロップ地方、シュロップシャー州の
シュルスベリーから10マイル程離れた、
アルバーバリー地区の小さな村ウイニングトンで、
ジョン・バーの息子として生まれる。

1500 17歳 ロートン城の近くへ奉公に出る。

1518 35歳 父親の他界に際し小作農地を相続。

1543 80歳 ジョン・テーラー(Jhon Taylor)の娘、ジェーン・テーラー(Jane Taylor)とはじめての結婚。
この結婚生活は32年間続く。

1588 105歳 キャサリン・ミルトン(Katharine Milton)という女性との間に不義の子をもうけたとの理由で
アルバーバリー教会の会衆の面前で白衣をまとい、ざんげをさせられる。

1595 112歳 妻、ジェーン死去

1605 122歳 ジョン・ロイド(John Lloyd)の娘でアンソニー・アダ(Anthony adda)の未亡人、
ジェーン(Jane)と再婚。

1613 130歳 130歳で農作業をしていると、トーマス・パーの壮健ぶりが、
うわさがうわさを呼び、その地方では有名であった。

1635 152歳 伯爵式部官トーマス・ハワード(Thomas Howard)は、
驚くべき長寿のトーマス・パーの噂を聞き、
彼をロンドンに連れて行き国王に見せようと思い
自分の保護下に置きました。
この年、馬2頭と寝台車をトーマス・パーのために用意し
ロンドンに向けて出発しました。
一行は、ロンドンまで150マイルを2~3週間をかけて旅をしました。
ケリー氏は行く先々で次第に増える見物人を整理するのに忙しかった。
152歳のトーマス・パーを一目見ようと無秩序に群集が詰め掛け
ほうほうのていで一行は、ロンドンに到着した。
1635.9 国王、チャールズ一世(Charea 1)に拝謁する。
宮殿を下がってからも、ロンドン滞在中は、
152歳の彼の長寿にあやかろうとする人々に囲まれ、
あたかも見世物のようであったという。

1635.11.14 アンデルセン伯の館で死去。
死因は暴飲暴食の挙げ句の食べ過ぎであった。
彼はウェストミンスター寺院の有名な詩人シェークスピアの眠る(Poet Corner)の一隅に埋葬された。

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年齢を半分にすると,
40歳で初めて結婚し,52歳で子を作り,65歳で農作業をして驚かれ,
76歳で国王と謁見したということになる。
これなら「納得できる年齢」である。

イギリスで住民登録(戸籍?)が始まったのは1540年のことらしく,
それより早く生まれた彼は「それ以前」の誕生ということになる。
イギリスでも地方によっては「二倍年暦」が使われていたのだろうか。

しかし,別のサイトによると,土地契約(21年ごと)という証拠があるので,
彼の年齢は「正確」なものであるという説もあるそうだ。

ということで,半信半疑だが,一応私の「二倍年暦」ファイルに
登録しておくことにしたい。

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