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2012年3月11日 (日)

飯能・日高サークル2012年3月例会

昨日は午前中に成績処理の仕事を片付け,
午後は「サークルのはしご」になった。
昭島サークルの開催日が第2土に移ってきたためである。

まず私は,午後2時から4時まで,
飯能・日高サークルに参加することにした。
(参加者は,丸屋さん,青木さん,佐藤裕さん,名雪さん,
森下さん,坂上さん,上澤さん,そして私の8名だった)

そこで,かねてよりの依頼で
「「聖徳太子」はいなかった」という話をした。
資料としては,同名のまとめと
「九州年号と大和年号の対照表」を用意した。
黒板にも両年号を中央に書き,他の関連事項を
NHK・BSの番組を見ながら書き加えていった。

017_2

私としては,以前より少しは説明が上達したかと思ったが,
この聖徳太子問題は,「教科書による刷り込み」が
特に激しい事例なので,どこまで理解していただいたか,
ちょっと自信がない終わり方になってしまった。
感想を書いてもらえばよかったと反省している。
(その点,佐藤裕さんにはいろいろ質問していただき,
大変ありがたかった)

要は,九州王朝の歴史を抹殺した時点で,
その文化を体現する多利思北孤(倭国王の名前。
矛が満ち足りてるの意)の代役のヒーローとして,
厩戸皇子を「聖徳太子」として仕立て上げたということだ。
「それがかなり成功してしまった」というのが
その後の歴史の姿なのだ。

しかし,真実はやがて明らかにされるわけで,
今では「「聖徳太子」はいなかった」ということが
話題として上るところまでアプローチは進んでいる。

だがしかし,真の歴史理解のためには,
九州王朝説(大和一元説ではなく)を採用する必要が
あるということが,今回の件でも明らかなのである。

飯能・日高サークルのみなさんには,
長時間のご静聴と「早退」すみませんでした。
あのあと,昭島サークルで行われる
木下富美子さんの退職記念講演会に
行かせていただきました。

PS 昭島公民館への移動に,1時間半かかりました。
別の記事で報告いたします。

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