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2012年3月27日 (火)

「二点透視図法」のYouTube

遠近法の一種に「二点透視図法」というのがあるそうだ。
昨日勤務校の美術のM先生が
それについてのYouTubeを作られていると教えていただき,
さっそく訪問してみた。
(「二点透視図法」で検索するとすぐ行けました)

なるほど,ここで紹介しているやり方を取り入れれば,
格段にステキな絵が描けそうな気がする。
そしてそれは,歴史的に芸術家たちが取り入れてきた方法だという。

芸術というと個人的なセンスや才能の問題と考えがちだが,
技術や技能の部分も忘れてはならないと思った。
そして,そこに「美術が苦手な子」を救うカギがあると思う。

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「文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

肥さんへ

「技術や技能の部分も」その通りですね。美術が苦手だった私は肥さんに教われば良かった(手遅れ)!
それと芸術にも理論が必要ということも加えてください。プリンセスプリンセスの「Diamonds」という曲の歌詞について考察した自分のブログ用に書いたものです(発表はしていない)。
少しブログのコメントとしては長いですが、お許しを。理論的に解釈しないと間違うという考察です。

プリンセス・プリンセスの「Diamonds」考

プリンセス・プリンセスの代表的ヒット曲に「Diamonds」がある。
作詞:中山加奈子、作曲:奥居香。
メンバー:奥居香(ギター)、今野登茂子(キーボード)、富田京子(ドラム)、中山加奈子(ボーカル)、渡辺敦子(ベースギター)。
奥居香さんの曲もとても良いのですが、それ以上に気に入っているのが中山加奈子さんの歌詞です。

芸術だって正しく理解するには論理的でなければならないこと、
そして、論理的に解釈すると通俗な理解とは別に解釈できることを示すため、そしてなによりも、中山加奈子さんの歌詞がすばらしいものであることを証明するために歌詞の全文を引用します。。

冷たい泉に 素足をひたして 見上げるスカイスクレイパー〔skycraper:摩天楼、超高層建物を言います〕
好きな服を着ているだけ 悪いことしてないよ
金のハンドルで街を飛び回れ 楽しむことにくぎづけ
ブラウン管じゃわからない景色が見たい
針がおりる瞬間の 胸の鼓動焼き付けろ
それは素敵なコレクション もっともっと並べたい
眠たくても 嫌われても 年をとっても やめられない

ダイアモンドだね AH AH いくつかの場面
AH AH うまくいえないけれど 宝物だよ
あの時感じた AH AH 予感は本物
AH 今 私を動かしてる そんな気持ち
<♪(間奏)>
いくつも恋して順序も覚えて KISSも上手くなったけど
初めて電話するときには いつも震える
プレゼントの山 埋もれもがいても まだ死ぬわけに行かない
欲張りなのは生まれつき パーティはこれから
耳で溶けて流れ込む 媚薬たちを閉じこめろ
コインなんかじゃ売れない 愛をくれてもあげない
ベルトをしめて プロペラまわし 大地を蹴って とびあがるぞ

ダイアモンドだね AH AH いくつかの場面
AH AH うまくいえないけれど 宝物だよ
あの時感じた AH AH 予感は本物
AH 今 私を動かしてる そんな気持ち

何も知らない AH AH 子供に戻って〔「何も」と書いてありますが「なんにも」と歌っています〕
AH AH やり直したい夜も たまにあるけど
あの時感じた AH AH 気持ちは本物
AH 今私を動かすのは ダイアモンド
<♪>

いくつかの直観的で素朴な解釈を紹介しよう。
(Aさん)
楽しくてキラキラする時間とか、恋した時のドキドキする想いとか、そんないくつかの場面のことを「宝物だよ」と言っています。
その時に感じた気持ちは、本物のダイヤモンドに匹敵するよねという意味だと思いますよ。

(Bさん)
簡単に言うと、恋する気持ちや場面場面が最高級の宝石のダイヤモンドに匹敵する価値があるっていうことですね。
青春=ダイヤモンドなのでは?

AさんやBさんのように感じることを無下に否定するわけではないが、私にはそう考えられない。
幾つがの疑問を提示して、分析するとそれがどう考えられるかを示そう。
(1)曲名ともなっている「ダイアモンド」とは「場面」なのだろうか?
そんなはずはない。
「AH 今 私を動かしてる そんな気持ち」を3回繰り返した最後の一句が「AH 今私を動かすのは ダイアモンド」である。
つまり「ダイアモンド」とは「そんな気持ち」のたとえであり、つまり「場面ではない」。
(2)「ダイアモンド」に例えられた「そんな気持ち」とは「恋した時のドキドキする想い」なのだろうか?
この解釈を覆すには、少し長い論証がいる。
①「欲張りなのは生まれつき」とあるがどこに彼女が「欲張りな」だとあるか?
「それは素敵なコレクション もっともっと並べたい」ここに彼女が「欲張りな」と形容できることがある。
②「もっともっと並べたい」と言っている「素敵なコレクション」とは何か?
直前にある「(レコードに)針がおりる瞬間の 胸の鼓動」これである。
作詞者中山加奈子は音楽家である。レコードをいっぱい集めたいのか、違うだろう。これは「たとえ」である。
③「初めて電話するときには いつも震える」とあるのは、彼女が色情狂で次から次へと新しい恋をしてこれを体験したいのだろうか?
こう考えるのは馬鹿げている。これも「たとえ」なのである。

Aさんの「恋した時のドキドキする想いとか、そんないくつかの場面」やBさんの「恋する気持ちや場面場面」は、「ダイアモンド」ではなく「たとえ」に過ぎなかった。

(3)「針がおりる瞬間の 胸の鼓動」や「初めて電話するときには いつも震える」で例えられたのは何か?
次ように「たとえ」られているのが何であるかを答えればよい。
「ベルトをしめて プロペラまわし 大地を蹴って とびあがるぞ」これである。
これこそが彼女が「そんな気持ち」と言ったもので、これが「ダイアモンド(至高の宝石)」に例えられたものなのだ。

私の分析に基づいた解釈を言おう。「そんな気持ち」、「ダイアモンド」と言っているのは、
「(何事かに)初めて挑戦しようと決断する瞬間の気持ち」なのだ(短く言えば「決意」かな)。こう理解すると結句「今私を動かすのは ダイアモンド」という言葉が理解できるものになる。

その解釈が正しいかどうか、彼女が音楽をやろうとする場面として適用してみよう。

冷たい泉に 素足をひたして 見上げるスカイスクレイパー
好きな服を着ているだけ 悪いことしてないよ
<私は音楽をやりたいだけ、悪いことをしようとしているわけじゃないよ>
金のハンドルで街を飛び回れ 楽しむことにくぎづけ
<音楽をやるのはとっても楽しいから>
ブラウン管じゃわからない景色が見たい
<他人がやってるのをみるだけじゃなく、私がやってみたいの>
針がおりる瞬間の 胸の鼓動焼き付けろ
<最初に音楽をやろうと決断したときはどきどきしたけど>
それは素敵なコレクション もっともっと並べたい
<でもそんな気持ちはとても大切なもの。もっともっと体験したい。>
眠たくても 嫌われても 年をとっても やめられない
<(音楽活動は)睡眠不足になったり、そんなものはやめろと言われたり、歳をとったりしても きっとやめられない>

ダイアモンドだね AH AH いくつかの場面
AH AH うまくいえないけれど 宝物だよ
あの時感じた AH AH 予感は本物
AH 今 私を動かしてる そんな気持ち

いくつも恋して順序も覚えて KISSも上手くなったけど
初めて電話するときには いつも震える
<(この部分はたとえであり、すでに説明済み)>
プレゼントの山 埋もれもがいても まだ死ぬわけに行かない
<(音楽活動をやめれば)あれもしてあげようこれもしてあげようと言って来るけど>
欲張りなのは生まれつき パーティはこれから
<初めて挑戦しようと決断する瞬間の気持ちはこれからもっと味わいたい。本格的活動はこれからなの>
耳で溶けて流れ込む 媚薬たちを閉じこめろ
<やめれば苦労しなくいいよ、幸せな家庭を早くつくったら、などの誘惑は封印しろ>
コインなんかじゃ売れない 愛をくれてもあげない
<お金をくれたってやめるものか、たのむからやめてくれと恋人が頼んだってやめないよ>
ベルトをしめて プロペラまわし 大地を蹴って とびあがるぞ
<(説明のいらないですね。決意を表しています。)>

ダイアモンドだね AH AH いくつかの場面
AH AH うまくいえないけれど 宝物だよ
あの時感じた AH AH 予感は本物
AH 今 私を動かしてる そんな気持ち

何も知らない AH AH 子供に戻って
AH AH やり直したい夜も たまにあるけど
<(音楽活動を)始める前に戻ってやり直したいと思うような夜もたまにはあるけど>
あの時感じた AH AH 気持ちは本物
AH 今私を動かすのは ダイアモンド
<(音楽活動をしようと決断したときの気持ちに嘘はないから、今、私を動かしているのはそのときの決意。>


どうでしょうか?芸術は感性だから理論はいらないというのは俗説です。芸術だって理論は必要なのです。
理論的に解釈しないとAさんやBさんのような感覚的直観的素朴な解釈をしてしまいます。
解釈は人それぞれで良いという意見もあるでしょうが、私が素晴らしいなと思った「Diamonds」の歌詞はこのように解釈したものです。

若い女性がこの歌詞をつくったということに驚くとともに、奥居香さんの曲のすばらしさ、
とりわけ渡辺敦子さんの絶妙なベースギターに何度聴いても感動します。

追伸。「楽しむことにくぎづけ」、このくぎは「和釘」です、きっと。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

和釘の話から始まって,ついにプリンセス・プリンセスの「Diamonds」考まで!
山田さんの勢い,とどまるところを知らずという感じですね。
私も「ダイヤモンド」には何かあると思っていましたが,
「なんか,いさぎよい,さわやかな歌だなあ」という印象だけで,
山田さんのようには深く考えることはできませんでした。

PS 5年前に書いた「夢ブログ」の文章にコメントいただいて,
「あれ,そんなことを書いていたんだっけ」と思い出したところです。

肥さんへ

5年前の記事にコメントを入れてすみません。
肥さんの「夢ブログ」は< 多元的「国分寺」研究サークル >以降に知ったものなので、
過去の記事も追って読んでいます。肥さんの記事は5年や10年の時間ぐらいゆうにもつ耐久性があるものですから、つい読んだ後にコメントしたくなってしまいます。人気ブログの秘密を知ったわけです。
秘密を知ったところでまねできないのが「ノウハウ」なのですから、ご安心を(心配してないって!)。
「Diamonds」考もかなり前に書いたものですから「相打ち」ですね(意味不明!)。
好きな曲なので歌詞を読んでいるうちに、これってなんか決意表明みたいだなって感じがしたことから分析を始めたんです。終わると「やっぱりそうだった!」と思うと同時に歌詞のもつ重大さに気が付きました。初志を貫徹しようという意志の強さとそれを大事にしようとする「そんな気持ち」が私にも「ダイアモンド」に思えたからです。そう思った瞬間にAさんやBさんのように解釈するのは失礼だという気持ちが抑えきれずに「Diamonds」考を書き、いつかブログに載せようと温めていたものです。肥さんのふんどしで相撲をとってしましましたが、枯れ木も山の賑わい程度にお許し願います。

肥さんへ

やっぱり何年か前のものは未熟でした。いま、再検討してみたら不十分でした。
それは、「あの時感じた AH AH 予感は本物」の「予感」に言及していませんでした。
「決意」だけでは採点は50点です(及第点にはならない)。新しく何かを始めるとき感じるもの。
「どきどき」だけではありません。期待感「わくわく」もあるのです。
どうなるかわからない「どきどき」とともに「わくわく」する期待感もあるのです。
「ダイアモンド」はこの二つを合わせないと決断した瞬間の気持ちになりませんね。
「どきどき・わくわくする気持ち」これをいっぱい体験したい、そういう歌とするのが正しかった。
(誤)「決意」→(正)「決意と期待」です。謹んで訂正いたします。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

自分の中では,当たり前のことながら,
「肥さんの夢ブログ」 → 「多元的「国分寺」研究サークル」と
思考がつながっているので,「5年前」がずいぶん前のような感じでした。
確かにあの時そう感じて私は書きました。(笑)

山田さんは,ご自身で考え,またその考えにも「本当にこれでいいのか」とその後も考え続け,
思考が練り上げられていく感じがします。(私のあまり得意としないところですが。(^-^;)

〉 「どきどき」だけではありません。期待感「わくわく」もあるのです。
〉 どうなるかわからない「どきどき」とともに「わくわく」する期待感もあるのです。
〉 「ダイアモンド」はこの二つを合わせないと決断した瞬間の気持ちになりませんね。
〉 「どきどき・わくわくする気持ち」これをいっぱい体験したい、そういう歌とするのが正しかった。
〉 (誤)「決意」→(正)「決意と期待」です。謹んで訂正いたします。

今度から「ダイアモンド」を聴く時,山田さんのお考えを思い出しながら,
聴いてみることにしたいと思います。ありがとうございました。

山田さん 肥沼さんへ
 山田さんの歌詞の解釈。楽しく感心しながら読ませて頂きました。
 私も昔、無免許なのに国語教師をやらされた二年間。文章や詩をどう論理的に読み解くのかを、生徒たちにしつこく問い続けました。これはあまり正規の国語教師はやりませんが。
 なぜならば言葉はとても論理的なものだからです。
 詩でも、言葉の論理性を意識して読まないと、作者が本当はこの詩に何を込めているのかを読み取ることはできません。場合によっては、作者のプロフィールや、この詩を作った時の状況なども調べないと読み取れないこともあるくらいです。またこうした詳しい情報がなくても、荒いプロフィールから作者の状況を推理して、その言葉に込められた思いを推察し考えることも大事です。
 このため私の国語の授業は延々と討論の連続。果てはテスト問題の正解を巡って生徒と議論になり、生徒の解釈の方がより深かったので、この解釈も正解としたこともありましたね。
 芸術も理論は大事。その通りです。
 詩ならば言葉についての理論。音楽ならば音楽の理論。理論を知っていて芸術に接すると、そこから得られる感動は、ずっと深いものなのです。
 ついでに付記すれば、その芸術に関する歴史の智識があると、もっと感動は深くなります。僕も美術史や音楽史、そして文学史も。折に触れて勉強しています。
 山田さん。興味深いものを読ませていただきました。ありがとうございます。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 ついでに付記すれば、その芸術に関する歴史の智識があると、もっと感動は深くなります。

私もそう思います。歴史の智識は人間をより深く理解することにつながると思いますから。
山田さんと川瀬さんのおかげで,また少し視野が広くなれた気がします。
今後ともよろしくお願いいたします。

川瀬さんへ

川瀬さんに感心していただける程のものとは思いませんが、
そのお言葉はうれしく思います。ありがとうございます。

芸術に理論は大事だが歴史を知ることも大事。
ご教示ありがとうございます。

芸術の理論や歴史も学んでいきたいと思います。

肥さんへ

引きずってすみません。
「Diamonds」の歌詞にはメッセージが含まれています。
そのメッセージを「Diamonds」の副題としてつけてみたいと思います。
当時は、女子がロックバンドなんてと思った親御さんが多かったでしょうからね。

「Diamonds - Girls be ambitious! ー」

山田さんへ
コメントありがとうございます。

今では女子バンドも珍しくありませんが,
確かに彼女たちはそのハシリでしたね。
しかも素晴らしく実力がありました。
「座布団10枚!」

肥さんへ

「Diamonds」考 【第二版】をリリースしました。
長くなると申し訳ないのでアドレスを記載しておきます。原稿はあるものの作成が中断している状態なので、公開するようなブログではありません。この論考だけのためにアドレスを載せました。
http://sanmao.cocolog-nifty.com/reki/2017/02/diamonds-9d45.html

(山田さんのサイトにコメントした内容です)

お邪魔しま~す。肥さんです。
実はこのサイトは,「多元的「国分寺」研究」で検索したら
キーワードでヒットしてしまって,少し前から存じ上げていたのですが,
ご紹介のない中突然お邪魔するのもいかがかと思っていたところ,
「ダイアモンド」考がきっかけとなってお邪魔することができて幸せです。
(ご当人からすると,突然「家庭訪問」された気分かもしれませんが・・・)
とにかくプリンセス・プリンセスの「ダイアモンド」の歌詞の謎解きが,
古代史の謎解きと同様魅力的だったということだったと思います。

前に『なかった』誌だったか,夏目漱石の作品(『明暗』?)の分析だったかで,
「文学作品もこうやって分析することがあるのか」と思ったことがありましたが,
今回はさらに音楽でもその手法がありうることを指摘していただいて,
同じ多元的「国分寺」研究サークルでお付き合いさせていただいてる者として,
大いに刺激をいただきました。

実は,私も「ダイアモンド」のCDを持っていたような気がして探したところ,
昔々の小さなCDがありました!発売年が,1989年と印刷されていました。
私が31歳の頃です。あの頃は,B面の「M」に方に惹かれていたのかも・・・。

肥沼さん・山田さんへ

 肥沼さんに続いて私も山田さんのブログにお邪魔しました。歌詞の謎解きも面白いですが、倭国がいつ天文観測を始めたのかなど、なかなか興味深い内容があって楽しめました。
 肥沼さん。文学作品も分析することはよくあることです。
 たとえば私自身も、平家物語については分析したことがあります。その一端を同人誌「ペガーダ」に、「私と音楽ーなぜ今平家琵琶なのか?」と題した一文に披露したことがあります。この場合は、この作品の性格と、作られた目的、そして作った人々を明らかにするための分析です。結論は、この物語や政治文書であって、天皇家と武家とは一体不可分であることを説いたもの、作られた時期は、おそらく構想は承久の乱の前で、物語として完成したのは乱のあと。作った目的は、そもそもは上皇に幕府との戦いを辞めさせるため。しかしこの目的が乱の勃発で吹っ飛び、今度は歴史の戒めとして、天皇や公家、そして武家にも、天皇と武家とは一体であることを、物語を通じて意識に刷り込もうとした。作品全体の調子は、反戦の物語であり、戦での死者の鎮魂の物語です。作らせたのは徒然草で吉田兼好が語ったように、天台座主慈円。筆者は信濃前司行長ら。
 また、以前興味深かったので購入した本に、夏目漱石の初恋を分析したものがありました。漱石の作品は題材を自分自身の体験や身近な人々に置くことが多いので、作品の分析を通じて、彼自身の人生や折々の心の動きを分析することが可能です。
 本の題名を度忘れしましたが。結論は漱石の初恋の人は、当時外務省の局長で、すぐ後で駐米公使となった陸奥宗光の娘・清子(さやこ)。漱石が通った第一高等学校の隣にあった東京女子高等師範の英語教師だったアメリカ人姉妹の家に彼女が同居して、一緒に毎日学校に通っていたのを漱石が見初めたという話。しかし彼女が渡米して疎遠になり、しばらくたってから近所の眼科医のところで彼女とばったり会って恋が再燃。しかし彼女は病気で早世した。
 漱石の文学作品の分析を基礎に、「眼科医の少女」という漱石の作品にしばしば現れる表現を手掛かりに、作品の中での彼女の家族の描かれ方から、父は外交官で母は元芸者であることを確認。ここから候補者を絞り、さらに眼科医のカルテを探したり、漱石と彼女の接点を詳しく追ったりして明らかにした作品。
 文学作品の分析も面白いですよ。
 歴史研究の題材・史料としても文学作品は大事な分野ですので。
 そうそう、まだ本にはしてありませんが(ウェッブ上にはある)、江戸時代の国学者・本居宣長が、人生のいつの時点から尊王主義者になったのかを、彼の2000首におよぶ和歌の分析から明らかにした論考を書いたことがありますよ。

訂正
 本居宣長の歌は1万首を超えていました。
 宣長の歌を元に彼の尊王思想・神国思想の紀元を論じた論考は、新しい歴史教科書を批判考察したところの、

 http://www4.plala.or.jp/kawa-k/kyoukasyo/3-36.htm

にあります。
 漱石の初恋を探求した本は二冊あります。
1:「〈漱石の初恋〉を探して 「井上眼科の少女」とは誰か」未知谷刊 2000円。
荻原雄一 著 2016年1月。
2:「改訂 漱石の初恋」 未知谷刊 2500円
荻原雄一 著 2015年1月

 1は探求の旅をエッセイ風に書いたもの。2が探求の本編・論証編。
 どちらも良質の推理小説を読んでいるような、わくわくとした気持ちにさせてくれるものです。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 肥沼さんに続いて私も山田さんのブログにお邪魔しました。
〉 歌詞の謎解きも面白いですが、倭国がいつ天文観測を始めたのかなど、
〉 なかなか興味深い内容があって楽しめました。

いよいよ川瀬さんも登場することになり,
「新時代」が始まる感じがしてきました。

〉 肥沼さん。文学作品も分析することはよくあることです。
〉 歴史研究の題材・史料としても文学作品は大事な分野ですので。

そうなんですか。気が付きませんでした。
これから文学をしみが増えそうですめ。む

〉 本居宣長の歌は1万首を超えていました。

ひえー,そんなにたくさん歌を詠んだのですか!
でも,逆にたくさんあると統計的手法が使えるかもしれませんね。

〉 漱石の初恋を探求した本は二冊あります。

うわー,そんなものもあるのですか!

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