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2012年2月29日 (水)

君が代起立斉唱条例

これまでにも君が代をめぐっていろいろな問題が起きてきたが,
ついに来るところまで来てしまった感ある。

大阪市長の橋下氏の提案で上記の条例が制定された。
(知事時代の大阪府でも同様の条例が制定されているそうだ)

かつて板倉聖宣さんが「最後の奴隷主義としての多数決原理」という
「民主主義」を多数決原理にすり替えた暴挙というべきだと思う。

心の中まで統制しようとする条例に対して,
過激に反応する人が出てこないか心配である。

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時事通信 2月29日(水)1時9分配信

市立学校の教職員に入学式や卒業式といった学校行事で君が代を起立して斉唱することや、
市の施設での日の丸掲揚を義務付ける大阪市の条例が、
28日夜の市議会本会議で一部修正の上、地域政党「大阪維新の会」(代表・橋下徹大阪市長)と
自民、公明両党の賛成多数で可決、成立した。近く施行される。
同様の条例は橋下市長が知事時代の大阪府でも、維新の会の提案に基づき昨年6月に制定されている。

成立を受け、橋下市長は29日未明、市役所内で記者団に
「大阪市のルールになったのだから、しっかりやっていきたい」と述べた。

今回の条例は橋下市長が提案。
ただ維新の会と自公両党による修正で、目的の一つに掲げられていた
「市立学校における服務規律の厳格化」が削除された一方、
適切な実施に向けた市長と教育委員会の責務が明記された。 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120229-00000008-jij-pol

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一方,古田武彦著『君が代は九州王朝の讃歌』(新泉社)
という本があるのをご存知だろうか。
君が代を九州王朝説の立場から研究し,
ついにその起源を発見したの本なのだ。
福岡県の志賀島の志賀海神社では,
毎年の祭礼でこの君が代の歌詞が語られる(歌われるのではなく)。
7日7夜の祭礼の最終日に
ついに千代(博多湾の奥)から天子がやってくる。
そのクライマックスで語られるのが君が代なのだ。

それがその後「よみ人知らず」で「古今和歌集」に採録され,
明治時代に曲をつけられ今の君が代になった。

君が代は,この九州王朝の天子と治世を讃える歌であり,
北部九州の地名・神名(千代,細石神社,
石原,コケムスメの神)が読み込まれ,
鍾乳石が時とともに成長していくように
わが天子の治世も発展してほしいと願っている。

今回(および前回)の条例の制定は,
民主主義の問題としても由々しく,
歴史研究の視点でもとんでもないものなのだ。

産業の米と「~のダイヤ」

九想さんはかつて半導体の会社に勤めていたことがあったそうだ。
その話題が今日の九想話に出ていた。
今「産業の米」は半導体のあだ名らしい。
そこで,ちょっと検索してみた。

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 産業の米(さんぎょうのこめ)は、戦後の日本における経済用語で、
 「日本の産業の中枢 を担う物」を指す語。
 冷戦時代には、日本の高度経済成長を支えた鉄鋼を指していた。
 冷戦終結後には、半導体を指して使われる。

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なるほど,鉄鋼から半導体へ
産業の主役が変わったわけね。
そういえば,最近大きな会社が倒産して,
ニュースで報道していたな。
次代の産業の米は何にしたらいいのかな?

ところで「授業の米」は何だろう・・・。
これも「教科書」から将来「授業書」に変わるのかな?
少しずつ「美味しい主食」を増やしていきたいものだ。

そういえば「○○のダイヤ」という言い方があったなと思って,
これも検索してみた。ご存知でしたか?

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 黒いダイヤ~石炭のこと
 黄色いダイヤ~数の子のこと
 赤いダイヤ~小豆のこと
 白いダイヤ~トラフグの白子,シラスウナギ(ウナギの子ども)
 最近はシラスウナギが激減して,「密漁」が横行しているらしい。

テストの矛盾論?

今は2学期制で年4回になったが,
かつては年5回作っていたテスト。
これに私の30年の教員生活をかけると,
これまで百数十回はテストを作ってきたことになる。

しかし,今までまったく1つとして同じものはなく,
(もちろん「類似品」はたくさんある)
百回作問に苦しみ,百回出来上がった爽快感を
味わってきた計算になる。

昨日は帰りしなに魚屋路(ととやみち)へ寄って,
ちょっと高い回転寿司を食べてきた。
テスト作りという区切りがついたお祝いだ。

だがしかし,本当のお祝いは生徒たちがよく復習をし,
良い点を取ってくれるということだ。
本当は解くのが難しいテストを作りたいのだが,
なかなかそうもいかない現実がある。
それが「テストの矛盾論」というところかなあ。

「GIVE ME FIVE!」の意味は?

AKB48の新曲は,
ご存知「GIVE ME FIVE!」という曲だ。
AKBの桜ソング(卒業期の曲)は珍しくないが,
バンド演奏というのが新しい。
あんなにスケジュールが忙しい中,
どこで練習していたのだろう?
それはともかくとして,曲名が不可解だ。
そこで検索してみることにした。

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AKB48がGive Me Fiveというシングルをリリースするそうです。
このGive Me FiveのFiveは手を表していて(手は5本指なので)、
直訳すると「私に手をちょうだい」という感じですが、
give me fiveは日本語で言う「ハイタッチ」に近い意味があり、
物事を上手にこなした後に手と手でタッチする時に、
「手を出して」って感じでGive me five!と使います。
ちなみに「ハイタッチ」は厳密に言うとgive me high fiveというように使います。

Superflyの曲にもHi-Fiveという歌があります。
これは「ハイタッチ」という意味で使われていると思いますが、
ハイタッチはHigh Fiveが正しいので、
HighをHiにしたのは、洒落みたいなものでしょう。

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意味がわかったところで,
秋元康・作詞の
「GIVE ME FIVE!」をじっくり味わってみよう。
なかなか前向きでいい歌のような気がするではないか。

しかし,この「GIVE ME FIVE!」という言葉,
生徒たちがテストのあと
「せんせー,通信簿で社会科は5をちょうだい!」
と言っているように聞こえるのは私だけだろうか?

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GIVE ME FIVE!
            作詞︰秋元康

桜の歌が街に流れ
あっと言う間だった別れの日
校舎の壁のその片隅
みんなでこっそり寄せ書きした

制服は もう脱ぐんだ
春の風に吹かれながら
どんな花もやがては散って
新しい夢を見る

友よ 思い出より
輝いてる 明日を信じよう
そう 卒業とは
出口じゃなく 入り口だろう
友よ それぞれの道
進むだけだ サヨナラを言うな
また すぐに会える
だから今は ハイタッチしよう

何枚写真を撮ってみても
大事だったものは残せない
ケンカして口きいてなかった
あいつとなぜか肩を組んでた

まだ誰も 帰らなくて
教室が狭く見えるよ
名残惜しい時間の先に
僕らの未来がある

涙 堪えるより
生まれてから 一番泣いてみよう
そう つらいことは
まだまだある 慣れておこうぜ
涙 ぐしゃぐしゃの顔
見せ合ったら 何でも話せるね
一生の 親友だ
忘れるなよ ハイタッチしよう

友よ 思い出より
輝いてる 明日を信じよう
そう 卒業とは
出口じゃなく 入り口だろう
友よ 巡り逢えて
最高だった 青春の日々に
まだ 言えなかった
ありがとうを ハイタッチで…

2012年2月28日 (火)

ココ調「花粉症」

フジテレビの「ココ調」を観ていたら,
先程「花粉症」についてのミニ特集をやっていた。
ちなみに花粉症の発症%は,以下の通りだ。
(都内の花粉症は,1960年代半ばからあるみたい)

10~20代・・・45%
30~40代・・・40%
50~60代・・・35%
70代・・・・・・・10%

花粉症はアレルギー反応が
鼻水やくしゃみとして症状化するものなので,
若い世代ほど免疫性が強く,
このようなことになるらしい。

私は50代だが,幸いまだ発症しないでいる。
実は30代で三ヶ島中に赴任する際,
危ない状態を感じたことはある。
その時から違和感を感じると,
目・のど・鼻をお湯でよく洗うようにしている。
鼻というのは,外側ではなく内側である。
これは慣れないと大変なのだが,
花粉症のつらさを目の当たりにすると,
「これくらいの試練は仕方ない」と思い,
頑張っている。

期末テストづくり

昨日は夕方に用事が入っていたので,
テスト用に関係資料をコピーしただけで
あまり遅くまで残らず帰った。

本当はじっくり時間をかけて取りかかり,
テスト問題も吟味して・・・と思うのだが,
いつもバタバタとこんな感じになってしまう。

しかし,テストの構成自体は
頭のコンピューターの中にインプットしてあるので,
あとはそれを今日の放課後アウトプットしていくだけだ。
そう思って,本日の下校指導ははずしてもらうことにした。

テストを作り終えて,気分をスッキリさせて,
今夜は乾杯と安眠をしたい。
(私は所属している1年生ではなく,
授業を4クラス持っている2年生の地理の問題を作る)

『ルフィーの仲間力』への反響

昨日朝読書の時間に教室に
『ルフィーの仲間力』を持っていったところ,
さっそくめざとくK君がそれを見つけ,
「それどうしたんですか?
学級文庫に入れるんですか?
いつ入れるんですか?」と
機関銃のように矢継ぎ早に質問してきた。

「まだ半分ぐらいまでだから,
テストが終るぐらいかな?」と答えたが,
「そんなに読みたい人がいるなら」と
昨日の放課後読み終わって
学級文庫に入れた。

さすが「ONE PIECE」。
熱烈なファンが多いんだなあ。

同時に『マイナス50℃の世界』も
学級文庫に入れた。

2012年2月27日 (月)

板倉式発想法講座 2012年2月

久しぶりに上記の講座に参加してきた。
場所は,高田馬場の早稲田速記。
時間は,午前10時半~午後3時半であった。

演題は「仮説実験授業の大躍進」で,
再来年提唱50年となる仮説実験授業で
さらに活動を活発にしていく機会を探るものだった。

具体的には,中国の歴史・地理を中心とした授業書や
言葉についての授業書づくりの年にしていくということ。
さっそく4月29日の「漢字の日」(板倉さん提唱)に
言葉についての研究会を持つことになった。

また,10月に4泊5日で中国へ行くという企画も浮上している。
これは,普通なら私と無縁の企画なのだが,
来年度私はリフレッシュ休暇を取れる年なので
意外に実現してしまうかもしれないのだ。
(土日が入れば,3日間休みを利用すればいい)

そのほか,ノートに書いたメモから
昨日の話題を20ほど紹介したい。

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○くすりの副作用は悪いことばかりか
○退屈と勤勉~成功体験なくして勤勉なし
○数学が好きというより,構造で考えることが好き
○「仮説実験授業の成功体験」+「社会の科学の成功体験」
○《日本歴史入門》を最初に授業したのは小原茂巳さん

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○関西に行く新幹線の中で《生類憐れみの令》はできた
○関連する論文がない→シメタ!自分の出番である!
○やり始めれば短時間で成果があがるが,
 成功体験のない人は「やり始める」ということができない。
○仮説実験授業関係は成功体験の最たるもの
○既製服(レディーメイド)の弁証法

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○学部で4年,大学院で5年,プラス数ヶ月の
 合計10年間先輩がいなかったことが幸いした
○『科学的とはどういうことか』は売れる条件が揃っていた
○「教育は悪いことである」と考えると
 かえって見えてくるものがある
○感動的に知るということが大事である
○学ぶに値することで智恵を出し合いたい

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○中国の人口はいつごろ1億人を越えたか
○客家(はっか)は中国国内のユダヤ人的存在
○研究は問題意識でほぼ決まってしまう
○問題意識+成功体験による自信→たいていのことはうまくいく
○いかに腕力を使わず賢くなるかが仮説実験的な認識論である

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この日の板倉さんは,これまでにも増して元気で,
明るい展望を語ってくれた。
イベントも多くなりそうなので,
私も積極的に参加していきたい。

4/29 言葉の研究会
5月 研究会(宮城県の松島)
8月 夏の大会(宮城県の松島)
10月 中国旅行
1月 冬の大会(京都市) 

『ルフィーの仲間力』

安田雪著,アスコム刊,1200円+税の
上記の本を入手した。

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『ONE PIECE(ワンピース)』といえば,
1997年から『少年ジャンプ』(集英社)に
連載が始まった人気マンガで,
単行本も現在63巻まで出ているお化け作品だ。
最新巻の初版は390万部の発行で,
これは日本の書籍の初版部数のトップ。
累計発行部数は2億4000万部!

この本は,全部で5つの章から構成されている。

(1) 仲間関係に欠かせないもの~麦わらの一味は何と闘っているのか?
(2) 仲間を集める力~別々の夢を持ち人たちが「1つ」になれる理由
(3) 仲間と助け合う力~ワンピース流「フラットな関係」とは?
(4) 仲間を信頼する力~闘いのあとの「宴」が意味するもの
(5) 仲間と成長する力~成長の先に待っている「真のつながり」とは

著者は関西大学の社会学部の先生。
帯には「モンキー・D・ルフィーに学ぶ
味方づくりの教科書」とある。

「仲間がほしい」と願っているだけでは,
仲間はできない。
それはあなたの持っている夢に
「仲間たち」が共感してくれるかどうかに
かかっているのかもしれないよ。
そうこの本は言っているような気がする。

2012年2月26日 (日)

『マイナス50℃の世界』

読者のすーさんに教えていただいて,
米原万里著,清流出版,1500円+税の
上記の本を入手した。

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江戸時代の大黒屋光太夫の10年の行路を,
ТBSが1984~5年にかけて取材旅行した記録だ。

このブログに時々掲載されている
「千恵さんのカナダ報告」もかなり寒い国のものだが,
さらに寒いロシアの最極寒の地の生活の様子を伝える。

冬の太陽は午前11時になってようやく昇り,
午後3時には早々と沈んでしまうとのこと。

最低気温の記録はマイナス71℃。
マイナス21℃(冷凍庫の中の温度)の日は
暖かいというからまったく驚きだ。

しかし,ここにも人間の営みはあり,
20万人のロシア人が
ヤクーツクという都市に住んでいる。

学級文庫に置いて,
生徒たちに見てもらいたいと思っている。

ふぐ料理

学年旅行はちょっと無理だということで,
今年は学年の食事会ということになったので,
ちょっとリッチに「ふぐ料理」だ。

以下,写真とともに解説していく。

(1) 小手指駅徒歩5分の「なぐも」というお店へ

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(2) 日本酒が飲みたくなる前菜

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(3) なんてったって「ふぐ刺し」

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(4) ふぐの「から揚げ」

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(5) 鍋から雑炊へ

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私は『たの授』公開編集会議があるので,
ひと足先に帰らせていただいた。
今度ふぐ料理を食べるのは,何年先かな?                                          

2012年2月25日 (土)

小さな写真展

校内の写真をいくつか載せよう。
デジカメの容量を大きくするためにもいいしね。

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2年生のあるクラスの背面黒板。
私がイケメンでないことは間違いないので,
これは生徒のリップサービスですね。
撮影後「夢ブログ」で全世界に流すから,
ということで消してもらいました。

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10月の教育実習生が残した言葉と
その頃書かれた「1の2」。
「1」の中に男子の名前が,
「の」の中に肥さんが,
「2」の中に女子の名前が,
それぞれ入っています。
もう3ヶ月経つのにまだ残っています。
ちなみに教科連絡は,これと同じものが
すぐ左にもあって,それを使っています。

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1月のはじめにやった
「漢字一字で今年の決意を表そう!」の掲示物。
クラスの廊下の掲示はほぼ全員書いているのですが,
こちらは半分ぐらいかな?

デジカメって便利です。
いいな!と思った瞬間にシャッターを押せます。
そして,すぐ見られる。
昔は写真が出来上がってくるまでに
何日も待ったものなのに・・・。

テスト勉強デー

昨日は金曜日でクラスは6時間授業だったが,
体育を除くほとんどの時間がテスト勉強だったようで,
「何も準備をせずにテストを受ける」という
最悪の事態は免れたようだ。

社会科では地理のワーク(15点分出題)に力を入れさせ,
それが終ったら他の勉強に時間を充てて良いということにした。

さすがにどのクラスも今回のテストに期するところが多く,
集中してテスト勉強をやっている生徒が多かった。

私は今週末出かけることが多いので,
今日はまず午前中に実家に行ってしまおうと思っている。

テスト作りは月曜日の放課後に下書きをし,
火曜日の放課後に清書・印刷。
水曜日にテスト本番という段取りでいきたい。
頑張れ,肥さん!

ビデオ収録

卒業式の1週間ほど前に
卒業を祝う会というのがあるが,
昨日は前任校の「三送会」のビデオ収録に行ってきた。

普通だと勤務校に収録に来てくれるのだが,
まあ学区内なので自ら行ってきた。
(5人全員前任校での収録だった模様。
担当の先生方,ちゃっかりしてるね)

私は1年前からイメージしていたので,
だいたい以下のように行おうと思っていたが,
それがそのまま実現した。

(1) 最初のあいさつ
(2) 近況
(3) 卒業生へのメッセージ
(4) ギターを弾いて歌う

詳しい内容は「企業秘密」だが,
こんな感じで2分ほどの収録を終えた。
小道具(サングラス,フラッシュカード,ギターなど)が
用意してあったので本番1回録りでいけた。
超本番に強い,「テイクワン」収録であった。

かつて同じ学年を組んだ数学のO先生と
英語のS先生が撮影してくれた。
ついでに「夢ブログ」の宣伝もしておいた。

2012年2月24日 (金)

ガリ本『のほセン日記』

ガリ本『夢は今も』のあと,
続いて仮説実験授業関係のガリ本を読んでいる。
上記の本だ。

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著者は山路敏英さんで,
最近金まで東京都の中学理科の先生だった方だ。
その2008~9年の2年間の実践が合本になっている。

2008年・・・定年直前の担任(中2)という実験
2009年・・・定年直後の担任(中3)という実験

この2年間を担任としてどのように山路さんが過ごしたか,
その貴重な経験が綴(つづ)られているのだ。

山路さんの文章(実践)には哲学がある。
「原理原則に照らしてどうか」という考察があって,
とても納得がいくのだ。
それに比べてわれわれ一般の教員は,
目の前の生徒たちの動きに
翻弄(ほんろう)され過ぎていると思う。

ただし,山路さんは仮説実験授業の実践者で,
生徒たちとたのしい時間を持とうと努力してきたことが肝要な点だ。

かつて「中年教師の生き方」として
『たの授』に書いてくれたものは,
その後『これがフツーの授業かな』(仮説社)にまとめられたが,
これはその続編という感じで楽しめる。
これも定年を身近に感じてきた私に役に立ちそうだ。

今は明星大学の講師として,
小原茂巳さんに学びながら仮説実験授業の魅力を
先生のタマゴたちに伝えている山路さん。
これからもたのしい実践をされることだろう。

PS 先日の昭島サークルの際,
小澤俊一さんがこのガリ本の推薦文を提出してくれた。
だから,少し読む時期が早まったのは小澤さんのお陰である。

「聖徳太子」はいなかった

聖徳太子といえば,
「推古天皇の摂政をした」とか,
「10人の話をいっぺんに理解した」とか,
「法隆寺を建てた」とか,
「遣隋使を送った」とか,
「冠位十二階を定めた」とか,
「十七条憲法を作った」とかいうことで
古代史のスーパースタートして,
かつて歴史教科書に華々しく書かれていたものだ。

ところが今ではその実在さえ疑われ,
「聖徳太子はいなかった」という題名の本さえ
書かれるまでになっている。
「聖徳太子」は実在したのか,しなかったのか,
その問題について簡単に書いておきたい。

(0) まずはじめに,その名前である。
「聖徳」・・・素晴らしい
「太子」・・・男の人,皇太子
とても固有名詞とは言いがたい。
そのことにまず気が付いてもらいたい。

(1) 聖徳太子が遣隋使を送ったとされるが,
その史料的根拠は「隋書イ妥国伝」の中の
「日出づる処の天子,日没する処の天子に致す。
恙(つつが)無きや」という有名な部分である。
天子の名前もわかっていて,阿毎・多利思北孤。
阿蘇山を近くにいだく九州の支配者だ。

「サブの聖徳太子とトップの推古天皇を間違えたのだ」
という説もあるが,
隋の使いはこの天子に会っていると書かれ,
性別も地位も違う2人を間違えるなんて
それこそありえない話である。

(2) 冠位十二階について,
それと似たものが隋書イ妥国伝に入っている。
日本書紀はそれを改変したものにすぎない。

(3) 十七条憲法については,
いろいろな内容が入っているが,
基本は「主従関係を求めるもの」で,
サブの聖徳太子が定められるものではない。

(4) 遣隋使も九州の勢力が送った使いで,
大和は代理役としての役割を果たしていたに過ぎない。

(5) 法隆寺は謎の多い寺で,
「一屋残す処なく焼失した」のに「本尊の釈迦三尊像」が
残っているなど,疑問点をあげればキリがない。
なのに日本書紀に再び登場し,
再建・非再建論争が戦わされたほどだ。
本尊の光背には法興という九州年号や
大和の人間関係とは違う人間関係が書かれている。
(ということは,九州王朝の人間関係のものだということ)

総じていうと,法隆寺は九州から移築されてきた
阿毎・多利思北孤関連の寺で,
五重塔の心柱の年輪年代法による分析から,
白村江の戦いで倭国(九州王朝)が大敗し滅亡したあと,
大和に解体・移築されたものと思われる。
(法隆寺の近くに「留置」という興味深い地名があると,
『法隆寺は移築された』という本で知った)
また,その他の寺も同様に解体・移築されたであろう。

結論的にいうと,白村江の戦いに斉明天皇の喪に服す
という理由をつけて参戦しなかった大和が,
倭国滅亡後作った日本書紀の中で,
(日本書紀は「日本は昔から大和が中心であった」
とする歴史思想書である)
阿毎・多利思北孤と厩戸皇子をダブらせる形で
聖徳太子として描き,それが大和中心のシンボルとして
人々の心に強く焼きついたのだということだ。

しかし,歴史の真実でないものはやがては白日の下にさらされ,
今や「聖徳太子はいなかった」という段階まできている。
だがしかし,大切なのはその先で,
なんで実在しなかったものを
実在したとしてスーパースターにしたかということだ。
その疑問にしっかり答えているのは,
古田武彦氏の唱えている九州王朝説しかないと思う。
(7世紀末まで九州王朝が日本を代表し,
8世紀初頭から大和政権がそれに替わった)

ちなみに大化というのは九州年号で,
695~703年まで続いた。
日本書紀はそれを50年遡らせて歴史を改竄(かいざん)したのだ。
大和政権が初めて年号を定めたのは,
大宝元(701)年であると,自ら「続日本紀」で記している。
(最近『「九州年号」の研究』が出版された)

3月10日に飯能・日高サークルで
聖徳太子について話をするということで,
その予習として書いてみた。

2012年2月23日 (木)

肥さんの「点数アップ」プリント

このプリントをやれば点数がアップする!
そんな夢のようなプリントがあったら
私がほしいくらいだが,
テスト勉強のやる気を引き出す意味で
少しは役立つと思うので作っている。
(「やる気」はやり始めた人にしかおこらないように
脳の仕組みはできているらしい)

(1) テスト範囲の太字の語句をすべて書き出そう。(50個)
(2) かるたの人物をすべて書き出そう。(40人)
(3) ワークから出題が○○点分あります。必ずやりましょう。

要するに,一通りのテスト勉強をしてから
テストを受けてもらうための方便で,
作らなくても別に文句を言われる筋合いではないが,
テストを通して生徒も私もいやな気持ちにならないための工夫
みたいなものと自分では思っている。

小学生の時はテスト勉強をしないでテストを受け,
それなりの成績を取れたという記憶のもと,
準備なしにテストを受ける生徒が中1には少なくないから。
なんで良い点を取れたかというと,
習ってまだ記憶がよく残っている時期に
担任の先生がテストをしてくれたからに過ぎないと思う。

仮説実験授業と民主的な集団づくり

仮説実験授業やたのしい授業と民主的な集団づくりは,
根っこのところでつながっているのだと思う。

仮説のベテランである西川浩二さんは,
担任クラスは1年半後にいい雰囲気になるという。
つまり担任2年目の後半になると
仮説実験授業を続けてきた成果が出て,
自然と民主的に運営されるようになってくるのだ。

科学自体が多数決と違い,
実験で決めていくという潔い方法を取るので,
これは当然といえば当然のことだが,
やはりそうだったかと思う。

多数決の素晴らしさとその限界を,
仮説実験授業は毎日の営みの中で
はっきりと,しかも楽しさを伴って見せてくれる。
だから,私は仮説を知って30年にもなるが,
いまだに新鮮に学び続けることができるし,
生徒たちにその魅力を伝えることに
喜びを持てるのだと思う。

これからの教員生活は決して長いものではないが,
そういう視点からも仮説の魅力を伝えていきたい。

「文献主義」について

たの社MLでのやり取りの中で,
文献主義という言葉が批判的な意味で使われた。
私は従来の歴史学の方が文献主義に陥っていて,
古田史学(九州王朝説など)を取り入れることができないでいる
と思っているので,これは意外な指摘であった。

文献からいうと,古代日本ハイウェーについての初出記事(続日本紀)は
8世紀後半(771年)である。
7世紀半ばに東山道武蔵路は作られたことが発掘でわかっているから,
100年以上も離れているのである。

従来説・・・誰が何のために作ったのか不明だが,
 8世紀後半にルートの変更の記事だけが出ている。
 しかし,このような事業ができたのは大和政権の天皇(天智か天武)しか考えられない
私の説・・・九州王朝が7世紀半ばに白村江の戦いを前に軍用道路として作ったが,
 白村江の戦いの敗北後政権を握った大和政権が,戦勝国・唐の手前もあって廃棄した

どちらが文献主義に陥っていると,あなたは思うだろうか。

思うに,文献主義は歴史学が発展していく過程で
途中に出てくる段階と思われる。

(1) 自分の想像で歴史を語る
(2) 文献に基づいて語っていく
(3) 文献に残らないもの,あるいは文献の性質からして残りにくいものを,
 想像力をもとに仮説を立て,文献以外のものの力も借りて証明していく

検索で柳田國男の「文献中心主義批判」がヒットしたので,
参考までに載せてみる。

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文献中心主義批判

國男は『郷土生活の研究法』(1935年)のなかで
「在来の史学の方針に則り、今ある文書の限りによって郷土の過去を知ろうとすれば、
最も平和幸福の保持のために努力した町村のみは無歴史となり、
我邦の農民史は一揆と災害との連鎖であった如き、
印象を与へずんば止まぬこととなるであろう」と述べている。

ここでは、文献史学においては典拠とする史料そのものに偏りが生まれるのは避けられないとしており、
それゆえ公文書などに示された一揆や災害とかかわる民衆の姿をそこで確認できたとしても、
その生活文化総体は決して見えてこないという認識が示されている。
「常民」の生活文化史の解明を目的とする民俗学にとっては
文献資料にのみ依拠することには限界と危険が伴うのであり、
それゆえフィールドワークによる民俗資料の収集が重要だと論じている。

2012年2月22日 (水)

ガリ本『夢は今も』

西尾仮説サークルの40周年を記念して作られたのが,
上記のガリ本である。

冬の大会で入手したのだが,
それを昨日読み終わった。

004_2

西尾仮説サークルは,
1971年に作られた仮説実験授業のサークルで,
犬塚清和さんや松崎重弘さんら個性的な人物を
排出してやまない魅力的なサークルである。
私と同世代では高校社会の牛山尚也さんがいる。

(1) 仮説サークルの草分け的存在
(2) ガリ本文化を普及させた
(3) やりたい人がやる事務局を今も続けている

などなど,仮説実験授業に関わる人たちにとって,
原点とも憧れともいうべき存在なのであった。

その40周年記念誌には,
板倉さんの講演が2本収められていて,
それも大きな魅力になっている。

(1) 仮説実験授業の教育原理・・・子どもたちがたのしいように授業書は作る
(2) 仮説実験授業の組織論・・・意見が違うことの素晴らしさ

後半は今も西尾仮説サークルに参加している人たちの寄稿で,
過去を振り返るだけではなく,
今もたのしい人生を送っていることを伝える文章がステキだ。

なお,このガリ本,ボケていて2冊買ってしまった。
読んでみたい方には無料で差し上げるので,
連絡して下さい。

情報リテラシーの出張

情報リテラシー(じょうほう - 、information literacy)とは,
情報 (information)と識字 ( literacy) を合わせた言葉で,
情報を自己の目的に適合するように使用できる能力のことである。
「情報活用能力」や「情報活用力」,「情報を使いこなす力」とも表現する。
その出張が昨日あり,5校時の最後に抜けて行ってきた。

講師は藤川大祐さん(千葉大学教育学部教授)で,
場所は所沢市教育センターであった。

藤川さんはお母さんの出身が所沢で,
時々寄られるそうである。
私も母が所沢出身なのでそこがまず第1の共通点。

また,今から20年ほど前に,
教育技術の法則化運動が盛んな頃,
郵送資料のまとめ役をしていただいた記憶がある。

若い頃からマメな方であったが,
講座の内容もパワーポイントにまとめ,
話もわかりやすかった。

今若い人たちを取り巻く環境は,
玉石混交のサイトや高度に発達したケータイのために
大きく変わってきている。
その中で真に主体性をもって
これらを活用していけるかどうかに,
情報リテラシーの存在価値があると思った。

少なくともそれに照らして
恥ずかしくないサイトとして評価されるよう,
この「夢ブログ」も精進していきたい。

なぜ日本語にはいろいろな読みがあるのか~呉音と漢音の話

古代史を研究する上でも,
生徒たちに歴史の面白さを伝える上でも
頭に入れておきたいのは,
「呉音と漢音」の問題がある。

私たちは漢字という文字を「輸入」し,
そこから「カタカナ」や「ひらがな」も発明し,
(時には「峠」のように「漢字」も発明し)
便利に使っているわけだけれど,
その読み方にはあまり分析的に
付き合っているとはいえない。

ぜひ1時間あてて授業してみたいところだが,
その資料として検索で見つかったものを
ストックしておくことにする。

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呉音と漢音とはどう見分けるか?
(「日本語と隣の国から世界を見る」サイトより)

 日本の漢字音には呉音と漢音がある。
「正」という字を「ショウ」と読むと呉音となり、「セイ」と読むと漢音になる。
ここでは両者の見分け方について考えてみたい。

 呉音は一言で言って「抹香くさい」。
つまり、仏教語という感じがするものが多い。
「経文」「成就」「殺生」「勤行」などがその例である。
しかし、仏教が日本語に与えた影響は深い。
たとえば「人間」という言葉は仏教語である。
仏教的な考えではあらゆる生き物(衆生)は
死ぬと業に応じて6つのステージ(六道)に生まれ変わるが、
そのうちの一つが「人間道」であり、
他に「天上道」「修羅道」「畜生道」「餓鬼道」「地獄道」がある。
「チクショー、このガキ!」と罵倒するときには、
知らず知らずのうちに二つも仏教語を用いていることになる。
常に殺し合いをしていなければならない「修羅道」からは
「修羅場」という言葉も生まれた。
「人間いたるところ青山あり」という句はよく、
「人間悪いことばかりじゃない。いつかはいいこと、
楽しいこともある」という意味に誤用されるが、
漢詩に由来するこの句の「人間」は「じんかん」と読み、
人間世界のことである。
「青山」とは、「墓」のことであり、
全体の意味は「世の中にはどこにでも骨をうずめられる所がある。
だから一つの所に執着するな」という意味である。
このように、漢籍(漢文、漢詩など)に由来する語は漢音読みをする。

 今日では漢音が呉音より優勢であるが、
それは漢籍を通して入った漢音が庶民の間に急速に広まった明治以降のことである。
明治に西洋語の翻訳のために作られた新語もほとんどが漢音読みであった。
しかし、江戸時代以前の庶民の間では、
漢音読みの漢語はほとんど普及していなかった。
庶民が知っていた漢語は、
より古く入った呉音読みの漢語にほぼ限られていたといってもよい。
数を数えるときの「二、六、万」は呉音で「に、ろく、まん」と読み、
漢音で「じ、りく、ばん」と読むことはない。
助数詞の「人、枚、丁」も「にん、まい、ちょう」と読み、
「じん、ばい、てい」とは読まない。
「人」などは、「遊び人」のように和語ともすんなり結合している。
「幕」「情」などの一字漢語も「まく」「じょう」と呉音読みして、
「ばく」「せい」と漢音読みはしない。
しかし、江戸時代以前から、漢音がしだいに呉音を駆逐する傾向はあった。
お寺の「境内」などは「きょうない」と呉音読みしそうなものだが、
漢音で「けいだい」と読んでいる。
このように、呉音の本丸ともいうべき仏教語にまで
漢音が入り込んでいる例も少数ながらある。

 以上、呉音と漢音の分布の概要について述べてきたが、
これ以後は、音の面から、両者を体系的に比較してみたい。

 まず清濁が対立するときは、濁っているのが呉音、
濁っていないのが漢音である。
ただし、日本語には複合語をつくるとき、
あとの言葉が「ふるだぬき」のように濁る「連濁」という現象があるので、
言葉の頭で比較していただきたい。
「大地」「土星」「上陸」は呉音、「大会」「土地」「上人」は漢音である。
「上人」は仏教用語が漢音で読まれる数少ない例の一つである。

 「神奈川大学(私立)」「神戸大学(国立)」はいずれも「神大」と略されるが、
前者は「じんだい」と呉音で、後者は「しんだい」と漢音で読まれる。
現在の中国語には音韻としての濁音がないが、呉音にはあったのであり、
それがなくなる傾向がすでに漢音の段階で始まっていた。

 つぎにm、nといった鼻音と非鼻音が対立する場合は、
鼻音が呉音、非鼻音が漢音である。
「末尾」「武者」「美男」「憤怒」は呉音、「末子」「武士」「男性」「激怒」は漢音である。
「怒」の場合は母音も異なっているが、これについては後述する。
「イ」「エ」や拗音の前では呉音のnが漢音では「ジ・ゼ」のようになる。
「縁日」「天然」「柔和」と「休日」「自然」「柔道」とを比べられたい。
鼻音が非鼻音化する現象は世界中の言語で見られる。
「三郎」を「さぶろう」と読むのも、
本来「サム」だった「三」が非鼻音化して「サブ」となったからである。

 呉音と漢音の違いは、母音の部分においてより顕著である。
中国語の母音は日本語の「アイウエオ」では分類しきれず、
それをどれにあてはめるかの解釈の違いもあるが、
呉音と漢音のそれぞれのもとになった音が
すでに違っていたのが主要な理由である。
さきに、「怒」という字が呉音で「ヌ」、漢音で「ド」となる例をあげたが、
これは「図」の字が呉音で「ズ」漢音で「ト」となるのと同じである。
もとの音はそれぞれ"du","to"であった。
「ズ」が昔は「ヅ」と書かれていたのもこのためである。
以下、由来はさまざまだが、説明を簡潔にするために一括して言えば、
「ウ」音と他の音とが対立するときは、
「ウ」音が呉音、それ以外が漢音と考えてよい。
「口調」「有無」「留守」「大工」「功徳」などは呉音、
「人口」「有名」「留年」「工場」「功績」などは漢音である。

 呉音と漢音の対立で目立つのは「ヨウ」と「エイ」の対立である。
「明星」を「ミョウジョウ」と読めば呉音で、
「メイセイ」と読めば漢音でそろえたことになる。
「京」の字は「東京」では「キョウ」と呉音読みされるが、
「京浜」となると「ケイ」と漢音読みになる。
明治初期の東京には「トウケイ」と呼ばれていた時期がある。
「正月」と「正義」、「人形」と「形式」、「落丁」と「装丁」、
「平等」と「平気」、「怨霊」と「幽霊」など、
この例はあげれば切りがない。
なお、「ヨウ」はもともと「ヤウ」であった。
だから、「ヨウ」と「エイ」の対立は、「ヤク」と「エキ」の対立と同じことである。
「ヤク」と「エキ」の例としては、「配役」と「使役」、「磁石」と「宝石」、
「(比叡山)延暦寺」と「還暦」などが挙げられる。

 「兄弟」と「師弟」、「体育」と「体裁」、「新米」と「渡米」などの場合は、
「アイ」が呉音、「エイ」が漢音である。
関西の私学として有名な関西大学は「かんさい」、
関西学院大学は「かんせい」(さらに正式には「くゎんせい」)である。
これはミッション・スクールである関学が
仏教臭の強い呉音読みを嫌ったためだという。

 「エ」が呉音、「ア」「アイ」が漢音という例としては、
「下界」と「下流」、「人間」と「時間」、「解熱」と「解釈」、
「外科」と「外国」、「象牙」と「毒牙」などが挙げられる。
「外」「牙」の場合、ともに濁音となっており、
漢音では清音というさきほど述べた原則に反するように思われようが、
これは、子音がngという鼻音であるため、
gとkの対立とは異なるからである。
「オ」が呉音、「エ」が漢音という例としては、
「建立」と「建築」、「荘厳」と「威厳」、「祇園」と「公園」などがある。
「オ」が呉音、「イ」が漢音という例としては、
「黄金」と「砂金」、「騒音」と「母音」、「近藤」と「近代」
、「六法全書」と「六朝(りくちょう)時代」などがある。
「エ」が呉音、「イ」が漢音という例には、
「作務衣」と「着衣」、「戯作」と「遊戯」、「毒気」と「空気」などがある。

 熟語をつくるとき、呉音同士、漢音同士で読むのが普通であり、
組み合わされる字の読み方によって呉音か漢音かが分かる例が多いのだが、
もっぱら、あるいはたいてい呉音読みする字やたいてい漢音読みする字の場合、
組み合わされる字の如何を問わずその読み方を守るため、
呉漢がまざりあった読み方になるときがある。
「音声」を「オンセイ」と読むと、「オン」は呉音(漢音は「イン」)、
「セイ」は漢音となるのがその例である。
呉音でそろえるのなら、「大音声(だいおんじょう)」のようになるはずである。
「美男」も呉音でそろえるなら「みなん」、
漢音でそろえるなら「びだん」となるはずである。

2012年2月21日 (火)

木下富美子さんの略年譜

お世話になっている木下富美子さんがこの3月で退職され,
3月10日(土)にたのしい教師入門サークルで記念講演会が行われる。
その時の資料として「木下富美子さんの略年譜」を考えている。

この36年間で木下さんの作られた資料は膨大なものなので,
(実践は国語を中心に学級経営など多岐にわたり,全国にそのファンも多い)
『たのしい授業』誌に掲載されたもののみ「国」「社」「理」「本」「もの」などと示した。
(1ページ以上の記事を掲載。それ未満は「」のみ。「あのな検索」のお世話になった)

木下さんには退職前の忙しい中,2回も朱を入れていただいた。
ありがとうございました!
まだ「完全版」とはいえないが,少しは木下さん理解の助けになるかと思い,
感謝の気持ちを込めて作らせていただいた。

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木下富美子さんの略年譜

1952(昭和27)年 [0歳] 1月31日,新潟県柏崎市で富美子さんが生まれる(辰年,水瓶座)
                 (「里帰り出産」で,すぐ東京へ。板橋区志村坂下。高校卒業まで)
1953(昭和28)年 [1歳]

1954(昭和29)年 [2歳]

1955(昭和30)年 [3歳]

1956(昭和31)年 [4歳] 板橋区立わかたけ幼稚園に入園

1957(昭和32)年 [5歳] 

1958(昭和33)年 [6歳] 板橋区立志村坂下小学校に入学

1959(昭和34)年 [7歳]

1960(昭和35)年 [8歳]

1961(昭和36)年 [9歳]

1962(昭和37)年 [10歳]

1963(昭和38)年 [11歳]

1964(昭和39)年 [12歳] 板橋区立第三中学校に入学

1965(昭和40)年 [13歳]

1966(昭和41)年 [14歳]

1967(昭和42)年 [15歳] 東京都立豊島高校に入学

1968(昭和43)年 [16歳] 

1969(昭和44)年 [17歳]

1970(昭和45)年 [18歳] 都立商科短大に入学。渋谷区笹塚に転居 

1971(昭和46)年 [19歳] 

1972(昭和47)年 [20歳] 日中学院に入学し,亜紀書房(神保町)でアルバイトをする ※

1973(昭和48)年 [21歳] 学生訪中団として,3週間旅行をする       ●第1次オイルショック

1974(昭和49)年 [22歳] 埼玉大学教育学部3年に編入学 

1975(昭和50)年 [23歳] 

1976(昭和51)年 [24歳] 渋谷区立西原小④年,就職と同時に結婚(4月17日)

1977(昭和52)年 [25歳]   ↓        ⑤年

1978(昭和53)年 [26歳]   ↓        ⑥年

1979(昭和54)年 [27歳]   ↓        ①年  長男の誕生

1980(昭和55)年 [28歳]   ↓        ②年 

1981(昭和56)年 [29歳]   ↓        ②年  次男の誕生
                                
1982(昭和57)年 [30歳]   ↓        ③年 『絵の描けない子は私の教師』を読み,著者に手紙を書く。
                                 キミ子さんから板倉講演に誘ってもらう。         
1983(昭和58)年 [31歳]   ↓        ④年  ● 『たのしい授業』誌(仮説社)の創刊
                                 『未来の科学教育』を見ながら,《ものとその重さ》を行う。
1984(昭和59)年 [32歳] 練馬区立谷原小①年  「他」(№17びゅんびゅんごま大会)

1985(昭和60)年 [33歳]   ↓        ②年  《電池と回路》の授業記録をとる。「本」(№28)
 
1986(昭和61)年 [34歳]   ↓        ④年  埼玉県所沢市に転居。  『科学入門教育』№11に
                                 「今,仮説実験授業の入り口に立って」★が掲載される。
1987(昭和62)年 [35歳] 東村山市立秋津東小①年 「国」(№48やっとわかった,月の満ち欠け) 
                                   「理」(№51討論と感想文《電池と回路》★
                                   「国」(№54わたしのコジツケ読書指導)
                                    「もの」(№58山からひょっこり)
1988(昭和63)年 [36歳]   ↓        ②年   「国」(№60サソリの標本で作文)
                                   「他」(№61入門講座の参加を充実したものにするために)
1989(平成元)年 [37歳]    ↓        ④年   「国」(№73「月と雲」の授業をきっかけに)

1990(平成2)年 [38歳]    ↓        ⑤年   「社」(№94地図を見ながら空想旅行)★

1991(平成3)年 [39歳]    ↓        ⑥年  たの教で講演 → のちに『チョークとエプロン』に収録
                                           (「先生なんて嫌いだ!」と言われたら)
                                  「他」(№101雨で遠足に行けないとき楽しく過ごすには?)
                                    この頃,日高きく代さんと出会う。 
                                  「国」(№102言葉あそびで自己紹介)
                                  「本」(№106『じょうぶな頭とかしこい体になるために』)
1992(平成4)年 [40歳]    ↓        ③年   「他」(№122もらってうれしい通信簿)★

1993(平成5)年 [41歳]    ↓        ④年                                                        

1994(平成6)年 [42歳]    ↓        ⑤年  「国」(№145一服の清涼剤として気楽に短い詩を)
   
1995(平成7)年 [43歳]    ↓        ⑥年  「もの」(№157線香花火)「国」「本」(№157『あいうえおちあいくん』)
                                   「理」 「国」(№160習字の時間にお品書き)
1996(平成8)年 [44歳]    ↓        ③年  「体」(№167たのしい授業の財産リスト)
                                   「他」(№167教室掲示とおもちゃ)「道」「
1997(平成9)年 [45歳]  練馬区立大泉学園緑小⑤年  「国」
                                    「他」(№180最初からたのしさ優先で)★

1998(平成10)年 [46歳]   ↓        ⑥年   「他」「他」(№195笑いのおこる先生の自己紹介)

1999(平成11)年 [47歳]   ↓        ⑤年  「国」「国」「他」「もの」「他」「他」
                                (№211個人面談には友達からの一言紹介)★
2000(平成12)年 [48歳]   ↓        ⑥年   「もの」「国」「本」「他」「他」
                                                
2001(平成13)年 [49歳]   ↓        ③年  
                                                      
2002(平成14)年 [50歳] 東村山市立南台小④年  英会話のGEOSに通う。ニューヨークへ3週間  
                                    「本」(№257 『ラビーニアとおかしな魔法のお話』 )
2003(平成15)年 [51歳]   ↓        ①年   「国」(№263目玉焼きの作り方作文)
                                    「他」(№265たかが手品されど手品)        
2004(平成16)年 [52歳]   ↓        ③年   「他」(№278今度担任になったら)「国」(№285接続詞作文)
                                        
2005(平成17)年 [53歳]   ↓        ④年    「他」(№293たのしい教室 いろいろ)
                                    「国」(№303コボちゃん作文)
2006(平成18)年 [54歳] 東村山市立久米川東小③年  「他」                                        

2007(平成19)年 [55歳]   ↓        ①年  

2008(平成20)年 [56歳] 東村山市立野火止小①年  「本」(№337 1冊の絵本でいろいろ楽しみました)

2009(平成21)年 [57歳]   ↓        ④年     

2010(平成22)年 [58歳]   ↓        ⑤年   「本」

2011(平成23)年 [59歳]   ↓        ⑥年   「国」(№377〈名前の漢字〉から世界が広がる)

2012(平成24)年 [60歳] 3月10日(土),たのしい教師入門サークルで退職記念講演会を行う。 


※ 亜紀書房は,宇井純さんの『公害原論』などを出している出版社です。
※※ 高学年12年,中学年14年,低学年10年の合計36年間の教員生活でした。
 どの学年もバランスよくやられたようです。 
※※※ ★は木下さんの「お気に入り」です。初めての方は,そこをきっかけにして・・・。

PS 竹田かずきさんの〈日本国憲法とその構成〉に私がグラフを提供した時,
木下さんは「いい仕事をしたね」と言ってくれました。
今回の略年譜が「第2のいい仕事」と思っていただけたら,
私としてはとてもうれしいです。

「メロンパン」と「めぐみ」

「メロンパン」というのは,
最近作られた人権教育のDVDで,
児童虐待についてのものである。

また,「めぐみ」も最近作られたDVDで,
拉致問題についてのものである。

両者は分野は違うDVDであるが,
2つを見比べて観ると,
両方とも人間としての生きる権利(人権)が
侵害されていることを学ぶものである。

私は当初両方のDVDをいろいろな意味で
なかなか見せる気持ちにならなかったのだが,
担任クラスで両者を見比べるという形で行い,
そういう形で教材の作り方もあると
学ぶことができた。

今思い出したのだが,道徳の副読本でも
私は同じような提示の仕方をしたことがあった。
すなわち,「2つ(あるいは3つ)の話を読んで
自分がいいと思う方の感想を書きなさい」
というものだ。
今回のは,その「映像版」ともいうべきものだった。

昨日の部活動 2/20

昨日は,テスト前最後の部活動であり,
社会体育の日でもあった。

学年会が長引き,体育館に向かったのは
午後6時頃になってしまった。

女子はそのままバレーボールの練習を続け,
男子はそれまでやっていたスポーツ(バレーボールではない)から
「掃除」に変更となって,1時間ほど過ごした。

せっかく高校生のS君が来てくれたのに,
男子はその指導も受けることができなかった。
とても残念な社会体育だった。

2012年2月20日 (月)

「古田史学会報」108号の紹介

「新古代学の扉」のサイトの「古賀達也の洛中洛外日記」
(第384話 2012/02/17)に,
「古田史学会報」108号の紹介が出ていました。
もちろん私の名前も!さっそく転載しますね。

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「古田史学会報」108号の紹介

第379話で紹介した期待の新人、札幌市の阿部周一さんの論稿が
「古田史学会報」108号の第一面に掲載されました。
新人の会報デビューで一面を飾るのは大変珍しいことなのですが、
西村さんと相談の上、決定しました。

阿部稿は評制以前の行政単位とされている「国県制」が
七世紀初頭の九州王朝にて施行されたとするもので、
「常陸国風土記」などを史料根拠とされ、論証を試みておられます。
従来説もよく勉強されており、なかなか優れた研究者とお見受けしました。
おそらく、北海道の地で古田史学・多元史観を一人で勉強されているのでしょう。
これからのご活躍が期待されます。
阿部さんは既に論文を三つほど投稿されているのですが、
今回のものが最も優れていましたので、一面掲載を決断しました。

「北の大地に学人あり、また同志ならずや」の心境です。
共に古田史学・多元史観の一翼を担っていただけるものと期待しています。

もうお一人、所沢市の肥沼さんも期待の研究者で、
今回久しぶりにご寄稿いただけました。
古代ハイウェイ(官道か)を九州王朝が造ったものとする新説で、
これからの研究の深化が楽しみです。

「古田史学会報」108号の内容

○「国県制」と「六十六国分国」(上)
  -「常陸風土記」に現れた「行政制度」の変遷との関連において- 札幌市 阿部周一
○前期難波宮の考古学(3)
 -ここに九州王朝の副都ありき- 京都市 古賀達也
○古代日本のハイウェーは九州王朝が建設した軍用道路か? 所沢市 肥沼孝治
○筑紫なる「伊勢」と「山邊乃五十乃原」 川西市 正木 裕
○百済人祢軍墓誌の考察 京都市 古賀達也
○2011,6,16号の新潮
 「卑弥呼の鏡の新証拠」に付いて 山東省曲阜市 青木秀利
○新年のご挨拶 代表 水野孝夫
○「古田史学の会・関西」遺跡めぐりハイキング
○「古田史学の会」関西例会のご案内
○「古田史学会報」原稿募集
○編集後記

「女バレ」のち「男バレ」

昨日は午前中に女バレの練習試合を応援に行き,
午後には男バレの1年西部選抜の練習会を見学に行った。

【所沢中にて】

女バレが3チームと練習試合をした。
私は1時間ほどしか見られなかったが,
黒須中と所沢中には失セットし,
向原中には得セットした。
3セット目でようやく本来の動きを取り戻したので,
午後はさらに得セットが増えたのではないかな?

【花の木中にて】

K君がケガのため欠席したが,
アタッカーのN君とY君が出席した。
体をほぐしたあと,得点をつけないで2セット,
得点をつけて4セット行った。
2人はレギュラーチームのバックセンターとライトで,
頑張ってプレーしていた。
4セットともレギュラーが勝ったが,
昨日選抜メンバーと練習した刺激を活かして,
上山口中男バレも大いに盛り上げてほしい。

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K君のケガが早く治りますように!

平年より3℃も低いらしい

暑いのもきついけど,
やはり寒いのは体にこたえる。

今年は立春(2月初旬)を抜けてもなかなか暖かくならず,
まるで立春でストップしたままの印象。

先ほどテレビで天気予報を観ていたら,
「平年より3℃低い」と言っていた。
3℃ってかなりの差だよね!

平年とは,1981~2010年の30年間の平均をいうらしいが,
これは私の教員生活とほぼ重なる時期の中で
もっとも寒いのではないかと思う。

♪春よ来い,早く来い・・・

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昨年の4月の小手指中の桜。
約1ヶ月後にこれが見られるのだろうか?

2012年2月19日 (日)

ナイカ鉱山の番組

昨日午後7時からNHK教育(Eテレ)で,
巨大結晶で有名なナイカ鉱山(メキシコ)の番組が放送された。

新聞のテレビ欄には,
「地球ドラマチック「神秘の結晶洞窟~
ナイカ鉱山新たなミッション~
未踏の奥深くへ」広がる輝きの世界」と紹介されていた。

ミクロの決死隊という映画があったが,
本当にそんな世界があったのだ。
地下数百メートルの空洞に巨大な結晶の柱が乱立する。
しかも,高温多湿(45℃で蒸し風呂のよう)で
5分ぐらいしか入っていることができないという。
そんな中,科学者や探検家たちは
いろいろな分野から未知の世界へと挑戦していく。

なお,今はここの鉱山会社が水を抜いているために
このような探検が可能なのだという。
もしそれをやめればこの洞窟は再び水に満たされ,
また水中でこれらの結晶は成長を続けるという。
何とも地球規模的な話だ。

この番組は録画することができたので,
これからいろいろ活用できるだろう。

昭島サークル2012年2月例会

上記のサークル(正式名は,たのしい教師入門サークル)に参加してきた。
会場は,昭島公民館。参加者は,20名ほど。資料は,24点だった。
資料一覧を書いておく。

(1) 『ずかん プランクトン』(技術評論社)の紹介(奥さん)
(2) 教える立場・学ぶ立場~立場が変わると主張も変わる(山路さん)
(3) 「どうして?」と聞かれたらどうする(山路さん)
(4) 「実験が失敗」したらどうする?(山路さん)
(5) 見えないものが見えたとき~《もしも原子が見えたなら》の授業で(市原さん)

(6) 僕の得意技 3つ(佐竹さん)
(7) たのしい授業通信 4月号~3月号(佐竹さん)
(8) 早く帰りたい!!(佐竹さん)
(9) 木下富美子さん 私の「たのしい授業宝箱」講演会と囲む会(田辺さん)
(10) 木下先生に教えてもらったこと(日高さん)

(11) たのしい授業体験講座2012in松島(小原さん)
(12) カルメ焼き・成功の秘訣は「最後のかきまぜ方」だった(小川さん,紹介・伴野さん)
(13) 授業書《宇宙への道》の魅力とは(伴野さん)
(14) 僕の〈ものづくり〉としての授業通信(内山さん,紹介・小原さん)
(15) 1年生とのはじめての《もしも原子が見えたなら》(森田さん)

(16) おすすめ 山路敏英著「のほせん日記Ⅰ・Ⅱ」担任ヤマジさんの神髄がわかります!(小沢さん)
(17) 絶対的自己賞賛(板倉さん)と「他人の笑顔」が快感のもと(小原さん)
(18) 大学生の俳句(山路さん)
(19) 「オバラシゲミの理科教育」とは?(俳句)(小原さん)
(20) 「中野クン」ほか(中野さん)

(21) 肥さんのホームページ&肥さんの夢ブログ(私)
(22) 1番おとなしいクラスの授業の最後の授業(山路さん)
(23) 通信教育テキスト『未来の先生たちへ』(仮説社)の感想(小原さん)
(24) 簡単きな粉作り(日高さん)

奥さんが持参された『ずかん プランクトン』(技術評論社)を入手した。
さっそく学級文庫に入れて反応をみてみたい。
今回は参加者のうち大学生が少なかったが,
どうしたのだろうと思った。
小原さんがいつも以上に一人一人の資料に質問して,
話題を膨らませたり,さらに改良しようと努力されていた。
大学での仮説実験授業の導入という仕事を
さらに先へと進めようとする小原さんの迫力を感じた。

2012年2月18日 (土)

第4回定期試験(今年度最終回)

2学期制では年に4回テストがあるが,
今回はその最終回(第4回定期試験)というわけで
生徒たちも期するところがあるようだ。

家庭学習ノート(取り組み表を含む)の提出が
早くも2桁にのぼり,これまでより「やる気」が感じられる。
また,紛失したプリントやかるたをほしいという
リクエストも時々あるようになった。

勤務校の生徒たちは基本的にはまじめな者が多く,
やはり最終的にはそれなりの準備をしてテストを受ける。

昨日は期末テスト11日前だった。
月曜日の「家庭学習ノートの山」が楽しみである。
(家庭学習ノートにはシールと日付印と提出回数を記し,
取り組み表には印鑑を押している)

女子2人が・・・理科室で・・・ガラスを割った

昨日の4校時(時間割が変更になっていて,
午後の最初のコマ)終了後,職員室に戻ったところ,
上記の情報が私にもたらされた。

情報はただそれだけで,
どんな状況でそうなったのか,
ケガなどしなかったのか,
弁償はどうするのか(2人の折半?)等,
生徒たちや理科の先生の報告もないので,
詳しいことはまったくわからない。
(便りのないのは,無事の証拠?)

たまたま昨日は午後が3時間連続の授業だったので,
理科の先生に聞きに行くこともできず
(理科室は北校舎の3階で遠い),
時間だけが空しく過ぎていった。

ようやく6時間目が終わり,
生徒に直接聞けるタイミングが訪れた。
その結果分かったことは,以下の通り。

理科の時間に女子2人が
試験管とガラス棒を持って作業していたら,
下に落としてしまい,試験管が割れてしまった。
幸いケガはなかった。

もう1件,男子がガラス板を割ったが,
それは急にガラス板を冷却したため
ガラスが割れたというもの。
こちらもケガはなし。

最初の情報からいろいろ心配したが,
大事に至らなくて良かった。

放課後理科の先生に
「ご迷惑をおかけしました」とお詫びしたら,
「試験管とガラス板は消耗品だから心配無用」とのことだった。
理科の先生は学年の6クラスを全部受け持っているので,
実験の時にはなかなか職員室には戻れないようだ。

古代史研究のための「全文検索」情報

古代史を研究する際,
その用語がどれくらいどのように使われているか,
全用例がわかると便利である。

これは従来何千円もする分厚い本を買う必要があったが,
今はインターネットの時代。
手軽にパソコンで検索できるようになった。

「餅は餅屋」こういうことは,
たくさん記憶するのが得意なコンピューターに
任せておけばいいのである。
そして,人間は仮説(九州王朝説など)に従って
論理を追求していけばいい。
これはコンピューターにはできないことだ。
人間がやるべきことなのである。

とりあえず2つ。
古事記と日本書紀を載せる。
これを「お気に入り」に入れ,
古代史研究の「武器」にされたし!
(続日本紀のものもあります)

古事記 全文検索

日本書紀 全文検索

2012年2月17日 (金)

昨日の「総合」 2/16

昨日の「総合」は卒業を祝う会の準備が大分進んだ。

5校時・・・招待状作り・くす玉作り(クラスから3人)
6校時・・・歌の練習「大切なもの」「COSMOS」

こういう形で「総合」に転用することは
当初文科省は嫌がっていたが,
さすがに現場の声は無視できず,
行事に役立てるための時間としても使えるようになった。

勉強だけなら塾でもやるが,
こういう行事をみんなで作っていくことが
集団の力を向上させていく地味な努力なのだ。
これは偏差値のような数値には表れないので,
なかなか理解されないところではあるが・・・。

歌もだんだん良くなってきた。
2年生との合同練習が楽しみだ。

師匠は「両利き」のガンマン

読者へのサービスもあって,
サイトのリンクを時々ブログに入れる。
そこをクリックすると,
今話題にしているサイトに「ひとっ跳び」で行けるやつである。

実はあの作業,舞台裏を明かすと,
長いURLを手書きで写し,ローマ字入力で正確に入力するという
地道な作業工程が隠されていたのだった。

「コピーすればいい」と私も思ったのだが,
そうしようとしてもなぜかできない。
「空振り」という感じで弾かれてしまうのだ。

そこで,パソコンの師匠・九想さんオフ会の際聞いたところ,
「それは右クリックを利用します」
とあっさり教えてくれた。

私は右利きなのだが,パソコンは左クリックしか使っていない。
これからは右クリックも活用して,さらに進化していきたいと思う。

今度はトマト

トマトがダイエットに効果があるという話題で,
トマトやトマトジュースが品薄となっているという。
私は一過性のものと思っているが,
これも1つの「歴史」と思い,記事を転載しておくことにする。

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トマトジュース、脂肪燃焼効果の論文で品薄状態

トマトの成分に脂肪燃焼効果があるとの論文が今月10日に発表・報道された後、
各地のスーパーでトマトジュースが爆発的に売れ、品薄状態に陥っている。

消費者がダイエットや健康に良いとされる食品に殺到する「フードファディズム」と呼ばれる現象だ。
今回はテレビ番組が発端だった過去の多くのケースと様相が異なるが、
スーパーやメーカーの担当者からは「またも繰り返されたか」との声が上がっている。

14日、大阪市中心部のスーパー。「トマトジュースありますか」と口々に尋ねる客に、
店員が何度も頭を下げていた。「一気に売り切れ、入荷もまだで……」

同店では、以前は1日に数本程度だった900グラム入りジュースが
先週末から3倍のペースで売れ、たちまち品切れに。
まとめ買いをする中年男性が目立つという。
来店した会社員(43)は「メタボ対策になると聞いたので、これだ、と。
ほかの店を探します」と残念そうに話し、
店員は「売れるのはありがたいけど、ブームに振り回されている気分」と苦笑いを浮かべた。

発端は、トマトに含まれる物質が血中の中性脂肪の値を下げることが
マウスの実験で確認されたとする、京都大や食品メーカーなどの共同研究論文。
研究チームは「ダイエット効果を確認するには、さらなる実験が必要」としたが、
「人間に置き換えればジュース200ミリ・リットルを1日3回飲むのに相当する」とも説明、
手軽さも合わさって消費者の期待感をくすぐったらしい。
(読売新聞)

京都大の河田照雄教授は「有効成分は確認されたが、
これだけをサプリのように取るのではなく、
トマトなど新鮮な野菜をたくさん食べることが大切」と話している。

また、効果を得るには毎食時200ミリ・リットルのトマトジュースを飲む必要があるとのこと。
河田教授は「ダイエット効果を確認するには、さらに実験を重ねる必要がある」と話しています。

2012年2月16日 (木)

保護者会(2学期編)

昨日は,保護者会だった。

午後2時~3時,体育館にて全体会。
教頭先生の話,学年主任の話,
学習担当・生活担当・会計担当の話。

午後3時~4時,教室にて懇親会。
担任の話。保護者の話。
(技術科のK先生飛び入り参加!)
手品。
(ワープポール,ギロチン,タバコ,成長するサイコロ)

あと1ヶ月ほどだが,
残された日々を大切に過ごしたい。

3月の楽しみ

2月も半ばを過ぎた。
3月を展望してみよう。
「3月の楽しみ」だ。

3月5日(土)・・・ニコたのサークル(久しぶり)

8日(水)・・・卒業を祝う会(勤務校初)

12日(土)・・・飯能・日高サークル

15日(水)・・・卒業式(勤務校初)

19日(土)・・・昭島サークル

23日(金)・・・お別れ会(どんな会にするか?)
24日(土)・・・『たの授』公開編集会議

26日(月)・・・修了式

2012年2月15日 (水)

社会科サークル2012年2月例会

昨日は,上記の会に参加した。

参加者は,7名。
大石さん,森田さん,宮崎さん,荻原さん,山田さん,
武智さん,そして私。

メイン報告は,荻原さんの
「小5の実践 食料問題から世界の飢餓を考える
~ハンガーマップを使って」だった。

【おみやげ】

・「斎藤和義の「ずっとウソだった」」のDVDと歌詞(宮崎さん)
・原発関連の東京新聞と讀賣新聞の記事(宮崎さん)
・「『たのしい授業カレンダー』に「分野別たのしい社会科プラン」掲載予定」(私)
・「古田史学会報」108号より「古代日本ハイウェーは・・・」抜き刷り(私)
・ミネルヴァ書房の本の紹介(『「「九州年号」の研究』など)(私)

【メイン報告】

荻原さんの報告は,小5社会科の食料問題や飢餓問題を
ハンガーマップを使ってやったもので,
この社会科サークルでは旧知の教材である。
若い荻原さんの実践はその追試的な意味を持ち,
私たち「昔若かった」者にとっても大歓迎の報告だった。

(1) 10数年の「金八先生」でハンガーマップが登場(私が授業に利用)
(2) 5年ほど前宮崎さんが社会科授業でハンガーマップを利用
(3) 今年度宮崎さんと同じ小学校の荻原さんがハンガーマップを利用

というような流れで伝わっていった教材であり,
部分的には森田さんも利用していただいたり,
山田裕さんや大石さんにも私が購入したものをお分けしていた。

よく仮説実験授業では同じ授業書で授業した者同士は,
初対面でも共通の話題があるので旧知の仲のように打ち解けるが,
今回の「金八先生」と「ハンガーマップ」も同様のことが言えるだろうか。
今後もこのような教材の開発に力を入れていきたい。

荻原さんはDVDを流しつつ授業の様子を遠慮勝ちに話してくれた。
しかし,子どもたちの感想は中1でやった私のクラスのものと比べても
素晴らしいものが多く,このあともさらに生きた教材を重ねていくことで
さらに伸びていくのではないかと思った。
(ぜひ「仮説」もやってほしいなあ)

例会後,場所を魚民に移しての懇親会。
残念ながら荻原さんはお残りになれなかったが,
代わりに?武智さん(新座の小学校の先生)が参加し,
(ほかに宮崎さん,森田さん,私)
武智さんもハンガーマップを利用されていたので
こちらも「旧知の仲」のように語り合った。

荻原さんといい武智さんといい,
若手の教員が参加されることは,
社会科サークルの活性化にもつながるし,
彼らの成長にも貢献できると思うので,
忙しい毎日だがぜひ毎月1日だけ火曜日は早めに学校を出て,
社会科サークルに参加していただければ幸いである。

次回は,3月6日(第1火)午後6時~。
新所沢公民館にて行います。
宮崎さんがご夫婦で取材旅行した,
「12月の飯館・気仙沼」のDVDを観る予定です。
奮ってご参加を!

「古田史学会報」108号が届く

本当に首を長~くして待っていた「古田史学会報」が,
昨日やっと届いた。

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さすがに「1面トップ」というわけには行かず,
7~9ページに遠慮がちに掲載されていたが,
やはり活字というのはうれしいものだ。

さっそく掲載部分を切り貼りして
社会科サークルに持っていった。
読んでみたい方は連絡下さい。

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PS 「北海道のAさん」というのが
札幌市の阿部周一さんだということも分かった。
阿部さんが「1面トップ」だった。
しかも1~6ページに渡っている。
(16ページの中の6ページである!
ついでに言わせていただくと,
私と合わせると16ページの中の8ページを占める)
じっくり読ませていただきたい。

グリーンジャンボ宝くじ

昨日はグリーンジャンボ宝くじの発売開始でした。
しかも「大安」だったので,買った人も多いかも。
そんなに人にぜひ読んでほしい情報です。
いや,まだ買っていない人に読んでほしい情報かな?
(たの授MLの野村さんからネタをいただきました)

今あなたは東京ドームにいるとします。
グラウンドに1000万個のピンポン玉を敷き詰めることにします。
ちょうどグラウンドに敷き詰められる数が1000万個なのだそうです。
(「126メートル四方の体育館」というのを「東京ドーム」と変えました)
その中に赤いピンポン玉を1つだけ混ぜます。
さあ,どこにそれがあるか,目を皿のようにして見つけて下さい。

何のことかというと,つまりこの赤いピンポン玉が
1等のクジだということです。
1等が当たる確率は1000万分の1なのを
東京ドームに敷き詰めたピンポン玉になぞらえました。
その中の1つの赤いピンポン玉が見つかれば,
あなたは3億円をゲットできるというわけです。

「買わなきゃ当たらない」とはいえ,
なかなか「買っても当たらない」というのも事実のようです。
私は「バラで10枚」という買い方をするのですが,
今度から3000円あったら宝クジ売り場を素通りして
赤ちょうちんの居酒屋に行くことにしました。
だってそれだけあれば,良い気持ちになる確率は
2分の1以上だと思えてきたので・・・。

もちろん,どちらを選ぶかはその人の自由です。
抽選日までの間,2人で夢を語り合うのもいいでしょう。
しかし,1等が当たる確率は「東京ドームに敷き詰めた
1000万個のピンポン玉の中のたった1個の赤い玉」です。
あなたの幸運を祈ります!

2012年2月14日 (火)

バレンタインデー前日

バレンタインデー前日の昨日は,
朝の会と帰りの会で
「チョコレートは学校では不要物であること」
の注意をするのが恒例である。
私もそれはするが,その際歴史の話に結びつける。

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昔ローマ帝国では若者は兵士として戦場に向かった。
だから彼らは結婚を許されなかった。
好きな人がいると戦争に行きたくなくなってしまうから・・・。
ところがその禁令を破って愛する2人を結婚させたのが
何を隠そうバレンタイン神父さん。
それが罪に問われて処刑されたので,
バレンタイン神父の命日ということで,
2月14日をバレンタインデーというのです。
本当は悲しい日なんですよ。
チョコレートが関係してくるのは近代になって,
モロゾフというお菓子の会社が考えた宣伝らしいです。
その宣伝にうまく乗ってしまっているというわけです。
(だいたいこんな感じで)

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それでも彼らはめげずに「チョコレート祭」を楽しむ。
テレビもそれをあおるしね。
ある生徒の日記(家庭学習ノート)に,
「週末にバレンタインデー用のチョコを作りました。
先生はもうもらいましたか?」と書いてあった。
そこで,すかさず「今,それをしまう倉庫を建設中!」
と返事を書いておいた。

今年は「友チョコ」が流行のようだ。
もらえない人は「友」じゃない?
ある意味,危険な要素あり。

PS チョコレート会社の立場から考えると,
愛する人に贈ろうが友達に贈ろうが
チョコの売り上げとしては同じであって,
それなら友チョコの方が薄利多売を狙える
と考えたと私はにらんでいる。

昨日の部活動 2/13

昨日は,社会体育の日とあって,
午後7時過ぎまで練習があった。

男子はモルテン杯が終ってしまったので,
ちょっと気の抜けた雰囲気があった。

顧問の先生も次の目標である
女子の協会長杯(3月)を意識して動き出した。

女子は山口中が圧倒的に強く,
なかなか県大会に進むのが難しいが,
ぜひがんばってほしい。

2012年2月13日 (月)

モルテン杯2012

昨日は上記の大会で,富士見台中へ行ってきた。

結局午前中の予選リーグで勝ち抜けず,
午後の決勝トーナメントには進めなかった。

その代わりに午後は「1年生大会」を行い,
そちらは圧勝して帰ってきた。
午後の勢いで午前中もやれたならなあ。
そんな悔しい今年度のモルテン杯の報告である。

【午前中・・・予選リーグ】

対富岡中 0対2(16ー25,15ー25)

前の試合の勢いよろしく,富岡中の元気のみ目についた。
こちらは常に劣勢で,元気を取り戻した頃には相手が20点台に。
これじゃあ試合にならない。
やはり,しっかりレシーブし,確実にトスを上げ,思い切りスパイクしないと
バレーボールを戦うことにはならないのだ。
これで対富岡中4連敗(新人戦,市民バレー,クリスマスカップ,モルテン杯)。
ぜひ次回は雪辱したい。

対霞ヶ関中(1年) 2対0(25ー18,25ー9)

修学旅行で2年生がいない1年生だけのチームを相手に,
この日の初勝利をあげた。
しかし,第1セットの最初10点は3ー7の劣勢で,
あいかわらずのスロースターターぶりだった。
さすがに第2セットは攻撃の精度も上がりひと桁に抑えたが,
最初の富岡中戦で決勝トーナメントへの進出を断たれていたので,
「初勝利」も喜びは今ひとつだった。

【午後・・・練習試合】

対富士見台中(1年生) 25ー16

このチームは,1年生だけで17名いるそうだ。

対霞ヶ関中(1年生) 25ー6

午前中同じチームに18点も献上したことを思い出そう。

ここまで見て,私は「早退」させてもらった。
飯能・日高サークルに出て,「心理学入門」のプリントをもらうためだ。
東武とJRを使って東飯能に向かったら,
接続がうまくいかず大幅に時間がかかってしまった。
(小川町と高麗川で30分ずつ。『鏡王女物語』の読書は進んだが・・・)

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サークルで配られたガリ本には,
私の「井上円了について」と「私と生徒と仮説実験授業
~実践30年のあゆみ」を掲載してもらっていた。

なお,今年の「埼玉の会」(埼玉会館)は,
8月18日(土)~19日(日)とのこと。
カレンダーに記入しておいて下さいね。

無事「心理学入門」も入手し,
ただし昨日は日曜日だったので懇親会は遠慮して,
東村山の実家経由でおとなしく帰宅した。

『たのしい授業カレンダー』

上記の企画が,
『たの授』4月号の臨時増刊号として
進んでいるようだ。
仮説社から「分野別社会科授業プラン」を掲載したい旨,
昨日連絡があった。

もちろん掲載に異論はないが,
だいぶ前の原稿なので,
2ヶ所付け加えていただくことにした。

(1) 「日本国憲法とその構成」(2004年)があること
(2) 「はじめての世界史」(2011年)があること

かつてはやる授業書がなくて困ったが,
今はどれをやっていいか困るほど(というのはオーバーだが)
社会の科学の授業書も揃ってきた。
あとは,教科書その他の教材とどうつなげていくかだ。
そういう観点で1年間の教材を考えたい。

2012年2月12日 (日)

「アンジェラのソングブック」

最近はNHK教育テレビのことを「Eテレ」というのだそうだ。
(教育の「エデュケーション」の頭文字からだろう)
その毎週土曜の午後11時からの番組(2/4の再放送)が
上記のものだった。

昨日は「We're All Alone」という歌にどういう歌詞を充てるか
という興味深い試みを放送していた。

参加者に作詞してもらい,アンジェラが補作詞して歌う。
その際の参加者のとのやりとりやアンジェラの歌の説得力が
画面を通してよく伝わってきた。

私はアンジェラ・アキの歌はもともと好きな方だが,
ますます彼女の歌が好きになれそうな
そんな気がする番組だった。

アンジェラのソングブック」(番組のサイト)


PS1 瀬戸内寂聴が「人間はもともと1人で生まれ,1人で死ぬ。
それは皆同じ。だから,その孤独に早く慣れないと」と言っていたという。
これは,「アンジェラ情報」だ。(私も寂聴さんの話はよく聞く)

PS2 『SONGBOOK』(ソングブック)は2012年1月11日に発売された
アンジェラ・アキによる初の洋楽カバーベストアルバムの題名だそうだ。

昨日の部活動 2/11

昨日は,午前10時~午後2時の練習だった。
モルテン杯前日ということもあって,
大学生1名,高校生4名の大量参加があった。

私は前半だけ出て,「早退」させてもらった。
午後から浦和仮説サークルに行こうと思っていたのだった。

ところが,昼食を食べてひと休みしていたら
1週間の疲れがドッと出て,
気がついたら夕方近くになってしまった。
しかたがないので,モルテン杯に備えて
日頃たまっている家事をすることにした。

予選リーグの行われる富士見台中は午前8時集合。
勝ち抜ければ午後の決勝トーナメントは
富士見東中が会場である。

2012年2月11日 (土)

いくつかの指標

パソコンというのは便利なもので,
開設者がやらなくても自動的に
さまざまなデータを記録してくれている。
(「アクセス解析」で見られる)
そのうち,私が参考にしているものを
いくつかあげてみたい。

(1) アクセスカウンター

「肥さんの夢ブログ」に付いているアクセスカウンターは,
現在45万をこえて伸びているが,
細かい作業の際もカウントしてしまうタイプなので,
実質のアクセスはそこまでいっていないと考えている。
だが,外への「窓口」はそこしかないので,
みなさんに参考にしていただいている。
だいたい検索ヒットも含め,
現在1日200~300くらいである。

(2) 訪問者数

これはアクセス数の中で
実際「夢ブログ」を読んでくれている人の数。
1日100~200くらい(平均140)。
そのうち「常連さん」が約半分。

(3) 訪問周期(何日に1回訪問してくれているか)

毎日・・・24人
2日に1回・・・31人
3日に1回・・・27人
4日に1回・・・29人
5日に1回・・・15人
6日に1回・・・28人
7日に1回・・・19人

ぜひ毎日訪問して下さるとありがたい。

(4) 検索ワード

以下の3つは,毎日のようにある。

「行為の意味」・・・宮澤章二さんの詩で,東日本大震災の時
 テレビで毎日のように放送されたことから,全文を知りたいため。
 かつて最高1800アクセスの日もあった。今でも数アクセスはある。
「知命」・・・もともとは「論語」の言葉で,茨木のり子さんが同題で
 詩を書いた作品。金八先生で紹介された時かなり知られた。
「肥さん」・・・私が宣伝用に「とりあえずこれで検索してみて」と
 いっている言葉。今後はぜひ「お気に入り」に入れてほしい。

検索をきっかけに読者になって下さる方もいるので,
検索ワードはとても大切である。

(5) リピート数(再訪問者の割合)

毎日更新していると,リピート率が上がってくる。
それが開設者の楽しみの1つである。
現在8%くらい。
かつては4%台だったから,ずいぶんアップしたものだ。
継続は力なり!

これだけ指標と呼べるものはあるのですが,
ほとんどの人はハンドルネームでのコメントなので,
本当は誰が見に来てくれているのかなかなかわかりません。
(それだけ読者の個人情報は守られているということです)
たまにはオフ会を開いて深く語り合いたいと思っています。
そうでないと,ちょっとバランスがとれません。
読者の皆さんも1年に1度は「誕生日コメント」を
していただければありがたいです。

しっかり自習ができました

担任をしていてつらいことは,
担任のクラスが自習がしっかりできない時だ。
自分が監督に行けない,したがって他の先生に行ってもらい
しかもマイナス評価の時には,本当に情けない気持ちになる。

ところが,昨日の2コマ(実質は1コマ半)の自習は違っていた。
「しっかり自習していましたよ。すばらしい!」
とプラスの評価をいただけたのだ。
これは担任としては大変うれしいことで,
さっそく帰りの会でも紹介した。

1年生のクラス編成作業は,小学校の先生の情報を頼りに行う。
もちろん成績もその他の条件も,
1つのクラスがあまり突出しないようにして編成する。
それは「やってみなけりゃわからない」という部分をかなり含む
一種の「仮説」みたいなものだが,
こうしてあと1ヶ月というところで振り返ってみると,
私たちの「仮説」はこうも違っていたかと感じ,
不思議な気持ちになるものである。

昨日の学級通信で「修了式まであと30日!」と宣言した。
これは,わがクラスの「卒業まであと30日」ということと同じである。
残された日々を楽しく充実したものにしたいと思う。
(「お別れ会」も企画してみたい)

電気毛布

実家の母が,最近導入した電気毛布を絶賛している。
「昨日も,温かくて10時間も寝てました」などと
留守電に入っていた。

私は人工的な暖房,冷房は最小限にするタイプだが,
77歳の母にとって電気毛布は格別の温かさなのだろうと思う。
そして,少しは親孝行ができたと思うと私の心も軽くなる。

2012年2月10日 (金)

体育館での卒業を祝う会の学年練習

昨日の午後,体育館を使って卒業を祝う会の学年練習が行われた。

5校時・・・隊形の練習(2つのパターン)
6校時・・・歌の練習(「大切なもの」と「COSMOS」)

パート別の練習の時には狭い部屋で,
しかも他のパートの存在をあまり意識しないでやれたが,
さすがに体育館で他のパートいっしょなだけに
緊張感が出てきた。

「COSMOS」を2年生といっしょにやる時は,
さらに頑張ってほしい。
女子がしっかりハモれているし,男子が頑張り出したので
きっといい合唱になると思う。

学年主任のK先生が指導講評なかで,
口を大きく開けて歌っていた生徒の名前をあげてほめていた。
パート別の評価もうれしいだろうが,
個人的にほめられるのはそれに勝るうれしさがあるだろう。
私なら「今度は自分が呼ばれたい」と頑張るところだ。

この間は「COSMOS」の歌詞を載せたので,
今回は「大切なもの」を載せてみよう。

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大切なもの

          作詞・作曲 山崎朋子

空にひかる星を 君とかぞえた夜
あの日も 今日のような風が吹いていた
あれから いくつもの季節こえて 時を過ごし
それでも あの想いを ずっと忘れることはない
大切なものに 気づかないぼくがいた
今 胸の中にある あたたかい この気持ち

くじけそうな時は 涙をこらえて
あの日 歌っていた歌を思い出す
がんばれ 負けないで そんな声が聞こえてくる
ほんとに 強い気持ち やさしさを教えてくれた
いつか会えたなら ありがとうって言いたい
遠く離れてる君に がんばる ぼくがいると

大切なものに 気づかないぼくがいた
ひとりきりじゃないことを 君が教えてくれた
大切なものを

ミニガリ本「古代史研究の試み」

新しいミニガリ本の構想が浮かんだ。
「古田史学会報」に例の「古代日本ハイウェー」が掲載されたら,
それを機にこれまでの古代史研究に関係するものをまとめてみたい。

(1) 古代日本ハイウェーは九州王朝が建設した軍用道路か?
 (地図や写真を補い,充実させる)

(2) かつて「多元」や「古田史学会報」に掲載された原稿数編

(3) 古代史について書きかけの原稿
(「続日本紀」の中の九州王朝・10の傍証,九州年号,神話の真実性ほか)

(4) 授業プラン「「邪馬台国」はどこだ!」と授業評価

(5) 古代史に関するいくつかの授業
(歴史のものさし,土器の判定,中国の一文字国名の覚え方ほか)

これらを入れると,30ページ以上になるだろう。
なんだか楽しみになってきた。

2012年2月 9日 (木)

「孫の手」の由来

読者の九想さんのサイト「九想庵」で,
最近孫の手が話題になっている。
昨日は,その続きだった。
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(前略)孫の手をネットで検索してみた。
中国の西晋時代の書『神仙伝』に登場する
仙女・麻姑(まこ)の名前が語源のようです。
麻姑は爪が長く、その爪で痒いところを掻いてもらったら気持ちよさそう。
「麻姑の手」が訛ったようです。
物事がうまくいくことを「麻姑掻痒(まこそうよう)」といい、
その反対が隔靴掻痒というのを知り感心しました。

孫の手、なんて正直バカにしてました。
だからこれまで所有したことがなかった。
しかし、この孫の手に深い歴史がある。
私は、モノに対して軽く考えてはいけないなと思った。
そのモノの歴史や成り立ちのことを考える必要がある。
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私は孫の手をそのままの意味にとって,
その命名の素晴らしさをコメントしていたが,
いやしくも歴史研究を志す者としては,
「語源」や「由来」についてもう少し深く調べたらよかったと
九想さんの話を読んで思った。

「トイレの神様」のビデオ

ここ数週間インフルエンザが猛威をふるっていたこともあり,
「トイレの神様」のビデオを調整に使っている。

数人が休みなら授業を進めてしまうところだが,
「7,8人欠席」ということになると,先に進めるのはかなり迷う。
(もちろん年間のカリキュラムから言えば,
何人休もうが進めろということになるが・・・)

「トイレの神様」という話は大ヒットした歌と同じストーリーだが,
芦田愛菜や北乃きいという人気女優が「植村花菜」役を演じていて,
生徒たちには感情移入しやすく感動を呼ぶ。

同様のものに「僕の自転車ひとり旅」(小5の男の子の自転車旅行)がある。
こちらもいままで何10クラスの生徒の心をつかんだ名作である。
(「猿岩石の旅」や「ハモネプ」,「九死に一生」もなかなか良い)
こういった素晴らしい作品にいくつも出会えたことは,
私の教員生活にとって大変幸せなことであった。

昨日の部活動 2/8

昨日は社会体育の日で,午後7時過ぎまで行われた。
といっても大会が近い男子のみで,
女子は体調がよくない生徒が多かったこともあって
練習がなしになった。(2年生はやりたかったようだが)

大学生のK君と高校生のS君がお手伝いに来てくれた。
2人には「ツーメン(10分)」「打ち込み」に付き合ってもらった。
先輩たちの動作やアドバイスからいっぱい学んで,
成長していってほしいと思う。

本来水曜日は社会体育に出ないと決めていた日だが,
(週に2日は私の体力ではきついので)
ことの流れからそうなってしまった。
モルテン杯が終ったらまた元に戻す予定。

2012年2月 8日 (水)

プロフェッショナル「言葉の力SP」

月曜日の「プロフェッショナル」を録画しておいたのを
先ほど視聴した。「言葉の力SP」だ。
久しぶりに「夢ブログ」におこして,おすそ分けしたい。

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星野佳路(星野リゾート経営)

「おまえが考える七割で良しとして,ほめてやれ」
(学生時代にアイスホッケー部の監督から言われた言葉。
リーダーの心構えを教えてもらった)

山口千尋(靴職人)

「得るは,捨つるにあり」
(留学を際して思い出した言葉。
覚悟を決めさせてくれた)

鈴木敏夫(プロデューサー)

「どうにかなることは,どうにかなる。
どうにもならんことは,どうにもならん」
(寺に貼ってあった言葉)

塚本こなみ(樹木医)

「人生は一本の線ではない。
一日という点が連続して,一本の線になる」
(今日一日できることを考えて木に向かう)

坂東玉三郎(歌舞伎役者)

「型破りな演技は,型を知らずにはできない。
型を知らずにやるのは,型なしというのだ」
(師匠からのアドバイス)

岩井希久子(絵画修復家)

「人は変えられないが,自分は変われる」
(受け止め方を変えれば,事態はがらっと変わるかもしれない)

秋山正子(訪問看護士)

「まだ山は降りていない,登っている」
(末期がんの患者が死の8日前に言った言葉
新しい世界を見せてもらった)

齊藤慶輔(獣医師)

「決まった路はない。ただ行き先があるのみだ」
(悩んでいる時にロシア人の運転手から言われた言葉。
自分を見失わずに努力していけば,目標に行き着く)

隈研吾(建築家)

「自分の場所に誇りを持つ人間が好きだ」
(学生時代に教授から教えられたリンカーンの言葉。
結局建築というのは人間が作っているものなのだ)

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今日もいい言葉にたくさん出会うことができた。
人間はやはり言葉とともに生きていく動物なのだなあ。
元気が出てきた。

『たの授』2月号の感想

仮説社御中

『たの授』2月号の感想です。

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『たの授』2月号で特に良かったのは,次の3点です。

(1)座談会・ひいきと平等(中さん編)

久しぶりの座談会で,しかも気になる内容のものなので
期待して読みました。それに違わず楽しくためになる情報を
たくさんいただくことができました。時々は座談会を!

(2)個人崇拝と実践検証論の闘い(板倉さん)

かつて大変もてはやされた人民公社政策。
それが今は社会科の教科書に出ていない。
政治という世界の難しさを感じました。
私の生まれた50年ほど前の話だけど,
驚くことが少なからずありました。

(3)僕の進路(中野さん)

サークルでも時々話す中野さんですが,過去にこのような
経験があるとは知りませんでした。私は即教員だったので,
生徒たちにこのような話はできませんが,知り合いの先生の
話として使わせていただきたいです。

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『たの授』編集委員の義務は,毎号の内容について
コメントを送ることです。
このほか,数編の「はみだしたの」投稿と公開編集委員会への出席を
私は毎月のノルマとしてやっています。
「はみだしたの」(ミニ情報)が採用されると,
さらにもう1冊『たの授』をもらうことができます。

「九州」という名の由来は?

「九州」という名の由来ということで,
たの社MLにこんな返事を書きました。
これで大丈夫かな?

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井藤 伸比古さんへ みなさんへ

埼玉の肥沼です。
ご質問ありがとうございます。

(1)太古から中国では皇帝の支配地を「九州」と呼んでいた。
(2)九州王朝の天子もそれを真似ようとして「九州」と名づけた。
(3)大和政権も「九州」という名称を踏襲した。

今(2)の段階の歴史が隠され,(3)しかわからなくされているので,
大和政権が整備したように思われているのですが,もともと九州島には

1.筑紫 → のちに筑前と筑後に分割
2.肥 → のちに肥前と肥後
3.豊 → のちに豊前と豊後
4.日向
5.大隈
6.薩摩

という6つの国しかなかったと考えられるわけです。
それを分国したのが九州王朝なのか大和政権なのかわかる
直接的な史料は残っていないわけですが,
「九州」という中国伝来の政治用語の意味からすると,
太宰府(北部九州)にいた天子が自らの中心領域を
2つずつに分国して9つにした「痕跡」があるように思われます。
ちなみに日本書紀によると磐井の支配地は,
「火(肥)・豊」という表現で出てくるので,
6世紀前半にはまだ9つに分国されてはいなかったようです。
隋に対等外交を迫った多利思北孤(7世紀)あたりが臭いと
私はにらんでいますが,何しろ史料が残されていないので
それ以上先に進めません。

ちなみに,大和政権の支配領域は「五畿七道」と言われます。
五畿とは「五畿内」の略で,山城国,摂津国,河内国,
和泉国,大和国をまとめたものです。
五畿のあと七道と続くので日本全国を支配していたように思ってしまいますが,
中心領域は今の近畿地方より狭いのです。

腹「十二分」目

腹八分目という言い方がある。
程よい具合を表す言葉である。

今の私は,腹「十二分」目である。
体重計恐怖症にもかかりつつある。

立春も過ぎたので,
そろそろ動き出さねば・・・。 


PS 本日「肥さんの夢ブログ」45万アクセス,
「肥さんのホームページ」6万5000アクセス。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   

2012年2月 7日 (火)

校長面接

勤務校の校長先生・教頭先生の話はここでもよく出すが,
とても生徒や教職員の気持ちをわかって下さる方々で,
私としても4月から大変仕事をしやすい環境だ。

もちろん仕事であるから忙しい時もあるが,
メリハリが付けやすく無駄な時間をあまりとられない感じなのだ。
これは管理職の先生方のお陰によるところが大きいと
私は思っている。

教職員は誰でも自分の持っている力を発揮したいし,
できたら管理職の先生ともうまくやっていきたいと思っている。
その意を汲んでいただける今年度は,
私にとってやりがいを感じる1年間だった。

さて,自己評価シートをもとにした校長面接だが,
例年よりはるかに楽しい時間となった。
自分の実践を理解し応援していただけることが,
いい循環をしているためだと思う。

(1) 授業や学力保障・・・仮説実験授業や家庭学習ノート
(2) 学級経営や保護者との連携・・・学級通信130号あまりの発行
(3) 学校の仕事・・・人権教育の主任と夏季研修会

その校長先生とは来年度もたぶんご一緒できると思う。
授業や学級経営はもちろん,他の学校の仕事についても
私の持っている力を発揮し,また新たな成長をしていきたい。
(教頭先生は出張で昨日はお話できなかったが,
4月1日に最初に歓迎してくれたのは
何を隠そう教頭先生だった)

昨日の部活動 2/6

昨日は,社会体育がある日だったので,
午後7時過ぎまで練習が行われた。

少し体にバレーボールが戻ってきて,
時折いい動きが見られるようになった。

練習には「ツーメン」が取り入れられ,
顧問の繰り出すボールを2人で守らなくてはならない生徒たちは,
けっこうきつい運動になったようだ。

ところで1年生のあるクラスでインフルエンザが
遅ればせながらの大流行。
その影響が今週末のモルテン杯に出ないか心配である。

雨に変わる天気予報だったが,
社会体育を終えた頃はやんでいたので,
時間短縮のため自転車で帰ってきた。

2012年2月 6日 (月)

千恵さんの「カナダ報告」 2年目(5)

またまた千恵さんから「カナダ報告」が届きました。
今回は,りんごについての楽しい試みの話です。
かつては「冬の果物」だったりんごも,
今では保管技術の進歩でほぼ年間楽しめるようになりましたね。
もちろん私もりんごは大好きです。

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肥沼先生

早速報告を掲載していただいてありがとうございます。
また一つ報告させていただきたい小ネタができたので、ご連絡させていただきます。

実は、私りんごが大好きなのですが、こちらに来て、とても驚いたことがあります。
スーパーに行くと、何種類もりんごが売られているのです。
日本のりんご、とくに旬のりんごは蜜が入っていて、
大玉で香りが良くて、本当においしいですね。
こちらのりんごも美味しいですが、なかなか日本のりんごのように
蜜がぎっしり詰まったりんごは売っていません。
そして割と小ぶりなりんごが多いです。

さて、その何種類もあるりんごですが、私はよく違いが判らず、
なるべく大玉のりんごを買うようにしていました。
小さいりんごよりも大きなりんごのほうが味が濃くておいしい気がしてそうしていました。
ある日の仕事帰り、早く仕事が終わったので、スーパーで買い物をして帰ることにしました。
そして、ちょっと考えを思いつきました。
りんごを全種類買ってテイスティングをしてみようと思ったのです。

赤いリンゴ、青いリンゴ、それぞれ何種類も売っているのですが、
今回はとりあえず赤いりんごだけにしました。
それでも何と9種類も売っているのです。
帰って早速一切れずつ切って、味見をしてみました。

ちなみにほとんどのりんごは隣のブリティシュコロンビア州で栽培されたものです。
びっくりしたことに、リンゴによって全く味が違いました。
こちらで、一番一般的な「レッド・デリシャス」という品種は、
値段も手ごろで、絵本に出てきそうなワインレッドの下に細長いりんごなのですが、
比較的味が薄く、酸味が少なく、柔らかく、甘みの強いりんごでした。

それから、日本原産の「ふじりんご」も売っています。 
値段も高く、比較的大玉なのが特徴ですが、
さすがに、バランスがとれたとてもおいしいりんごだなと思いました。

「ピンクレディー」という品種もあります。
私が試した中では1番値段が高いりんごでした。
びっくりするほど酸味が強く、本当にほんのり皮の部分がピンク色です。

私が一番気に入ったのは、「ハニークリスプ」というりんごです。
名前のごとく、試したりんごの中で一番歯ごたえが良く、
芯の部分に蜜の味が強いりんごです。

次回は青りんごを試してみようと思っています。
スーパーのことで、また改めてご報告を送りたいことがあるので、後日ご連絡させてください。
今回はほぼ、私の趣味の報告になってしまいましたね。

近藤千恵

昨日の部活動 2/5

昨日は,午前8~12時半のコマだった。
いつも通りの練習メニューだったが,
この2週間インフルエンザの流行で練習ができなかったので,
体がバレーボールを忘れてしまっている感じがした。

一昨日のふじみ友好杯も同様で,
まったく振るわなかったとのこと。
「5人連続でサーブが入らなかった」とか,
「6セットやって取れたのは1セットだけだった」とか,
さびしい状態だったらしい。

今週末にはモルテン杯がある。
月・水と社会体育も2回あるので,
体制を整えていいところを見せたい。
2月12日(日),午前中は富士見台中で予選リーグ,
勝ち上がれれば午後は富士見東中で決勝トーナメントだ。

2012年2月 5日 (日)

新所沢たの授サークル2012年2月例会

昨日は,上記のサークルに参加してきた。
参加者は3名(小泉さん・山田さん・私)と多くはなかったが,
充実した話し合いができ大変有意義な時間を過ごせた。

「家庭の日」の作文の表彰式とかで,
新所沢公民館はたくさんの人が詰め掛けていた。
また隣の部屋では「議員に話を聞く」という催しが開かれ,
それなりにこちらも盛況だった。
しかし,3人ではあるが「たのしさ」という点では
私たちも負けてはいなかった。

(1) 古代日本ハイウェーの話

7世紀後半から8世紀前半にかけて,日本は大規模な政権交代があった。
倭国(九州王朝)から日本国(大和政権)に国の代表が変わったのだ。
古代日本ハイウェーはまさにその時代に建設が始まり,廃棄された。
この話の時はまだ私と小泉さんの2人だったので,
マンツーマンで古田史学の解説をさせていただいた。

(2) 小泉さんによる「朝の会の話」

小泉さんが持参した資料は,朝の会で生徒たちに話している内容だった。
哲学的なもの,言語的なもの,雑学的なものといろいろだったが,
小泉さんがもっているネタは,知的に生徒たちと関わろうとする意欲に満ちていた。
ぜひガリ本にしてみんなの共有財産にしたいと思った。
(小泉さん自身もCDに焼き増しすることを考えているようだ)
なお,この時私がしゃべった「コーヒーの中身当て」の話を最後につけておいたので,
参考にしていただけれは幸いである。(5年ほど前に書いた「情報がない,という情報」だ)

(3) 山田さんと小泉さんの雑学収集法

1時間あまり小泉さんと話した頃,山田さんが登場した。
聞くところによると,山田さんは12月例会にもきてくれたらしい。
ところが12月例会は場所が違うところ(新所沢コミセン)で,
申し訳ないことをしてしまったようだ。どうもすみません。m●m
で,少し古代史の話をしたあと,再び雑学に戻って,
小泉さんの出題するクイズに2人で回答した。
なんと!山田さんはすごい正解率で答えを出した。
その謎は,子どもの頃からそのテの本を読み,
ものごとの裏側とか心理学的なことに興味を持っていたとのことだった。
(例えば,こんなの分かりますか?
大工Aさんの弟はBさんである。
Bさんのお兄さんはパン屋さんである。
これはどういうことだろうか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
実は大工Aさんは女性なのである。
「大工は男に決まっている」という固定観念があると解けない。
Bさんは大工の姉とパン屋の兄を持っているのだった。等)
そんな2人は相通ずるところがあるのだが,
資料の集め方については,かなり違う面を持っていた。

山田さん・・・とにかくいいと思ったものは即採集する。分類しない
小泉さん・・・再活用に備えていくつもの分野に分けて分類する

私は2人の間ぐらいだが,同じ雑学好きの3人でも,
違うところは違うものだと思った。

ところで提案なのだが,サークル1周年記念行事として,
「ガリ本」を作りたいと思う。
題名(仮題)は『たのしい雑学』(新所沢たの授サークル編)
形式は,こんな感じでどうだろう。

(1) 題名を書く。(「母子の関係について」)
(2) 出典を書く。(鷲田清一著『じぶん・この不思議な存在』講談社現代新書 )
(3) 使い方を書く。(「4つの選択肢から自分の考えに挙手をさせ,その後教師が解説する」等)
(4) 生徒たちの反応や感想。(厳密な5段階でなくてもいい)
(5) 資料(そのまま印刷にかけられるようにする。雑学ですので,題材は自由に考えて,
   クイズ,パズル,楽しい話,笑える話,ためになる話,だじゃれやジョーク,手品,
   アイデア,生活の知恵,などなど小中学生が喜びそうなものだったら何でもOK)

こういうことでB5判の原稿を募集します。
締め切りは,4月例会(4月7日)。
50部を両面印刷してきて下さい。
私は100ページにチャレンジするつもりです。
例会で「紙とり」をして,製本屋に出します。
表紙と前書きは私が考えます。
自分の資料の目次をお願いします。
なんか形になるものを残すと思うとワクワクしてきますね!

例会後,小泉さんと「魚民」,「春川」(チュンチョン。韓国料理)をハシゴして,さらに楽しんだ。
昨日はYさんも店に出ており,元気に働いていた。

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2006年9月 5日 (火)の「夢ブログ」より

情報がない,という情報

佐藤雅彦『プチ哲学』という本に,
「中身当てクイズ」という文章がある。
(『伝え合う言葉・中学国語3』(教育出版)に掲載)

「3つのカップにコーヒーかミルクが入っているが,
3つとも自分自身に何が入っているかは知らない。
しかし,自分のカップに何が入っているか
会話の中でわかったものがあった。
それはA,B,Cのうちどれか?」
というような問題である。

A,B,Cのカップは階段上にあり,
1番上のカップは下の2つの中身を,
中段のカップは下のカップの中身を見ることができる。
しかし,1番条件がいいはずの上のカップも答えられない。

すると,あるカップが「あっ,わかった!」
と静かに手をあげた。
さて,どのカップがわかったのか?
みなさん,もう答えがわかりましたか?

私がこれを初めて聞いたのは
浦和仮説サークルの時でした。
「久しぶりに顔を出した」という高校理科の先生が,
「こんな問題を学活で出しました」と言って
教えてくれたのです。

答えは中段のカップ。
問題をよく読むと,条件がいいはずの上段のカップは
下の2つのカップを見ても答えられていない。
下の2つのカップは中身が違っていたのだが,
それだけでは決め手にならないのである。

ところが,その「上段のカップが答えられない」ということが,
中段のカップには決定的な情報源になった。
つまり・・・

(1)1番下のカップの中身は見える(コーヒーかミルクか)
(2)自分と下のカップは中身が違う
(3)したがって,自分には○○が入っている
という訳である。

「便りのないのはいい便り」などと,私たちは話す。
これも「特に悪い情報はないから元気でいるだろう」
と「情報がない,という情報」を活用している訳だ。
(本当は連絡をとれないほど苦しい状況かも
しれないのだけれど・・・)

私たちは今情報のあふれている社会に住んでいる。
いくらでも情報が手に入る(ように思う)。
しかし,本当のこと(真実)を知りたいと思ったら,
時には「情報がない,という情報」にも
耳を傾ける必要があるのではないだろうか。
(9/5)

聖徳太子の番組

聖徳太子をめぐる番組(NHKのBS放送)について,
「新古代学の扉」の「古賀達也の洛中洛外日記」
(第380話 2012/02/02)で書かれているので,
転載させていただきますね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

聖徳太子と九州年号

 先日、NHKのBS放送で聖徳太子の特別番組が放送されたそうです。
事前に何人かの会員の方からその番組のことをお知らせいただいたのですが、
あいにく我が家のテレビではBS放送は映らず、同番組を見ることができませんでした。
放送を見た人のお話では、
あいかわらず近畿天皇家一元史観による「陳腐」な内容だったようです。

 ちょうど良い機会ですので、聖徳太子と九州年号が意外と関係が深い
というテーマについてご紹介したいと思います。

 たとえば後代に編纂された『聖徳太子伝』などの聖徳太子の伝記類には、
九州年号の「金光」「勝照」「端政」などが散見されます。
おそらく、九州王朝の天子・多利思北弧やその太子、
利歌彌多弗利の九州年号付きで記された年代記を盗用する際、
九州年号がそのまま残されたものと推察しています。

 さらに、法隆寺にも九州年号が記された文書が存在しているようなのです。
それは「聖徳太子の御文箱」と呼ばれているもので、
X写真によれば、その箱の中に3枚の文書が入っており、
それらは聖徳太子と善光寺如来との間で交わされた書簡とされています。
その内、1通は国立東京博物館に明治時代の写しが現存しています。
他の2通の内容は不明です。

 法隆寺側は「御文箱」を永久に封印する方針とのことなので、
その聖徳太子の書簡を見ることはできないのですが、
残りの2通に九州年号が記されている可能性が濃厚なのです。
そこで、何とかその往復書簡の内容を調べたいと思い、
わたしは善光寺側の史料を調査したのですが、
なんと善光寺側はそれら書簡を公開していたのでした。

 詳しくは拙論「九州王朝仏教史の研究」(『「九州年号」の研究』に収録)を
読んでいただきたいのですが、
聖徳太子からの手紙に「命長七年」という九州年号が記されていたのです。
すなわち、聖徳太子と善光寺如来の往復書簡とは
九州王朝の天子と善光寺との書簡だったのです。
おそらく、それら書簡が法隆寺移築時か後に法隆寺にもたらされ、
聖徳太子の書簡として伝来されたようです。

 このように聖徳太子と九州年号は結構関係が深いのですが、
こうした史料状況は聖徳太子伝説の多くが九州王朝の伝承だった
可能性を強く感じさせるのです。

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以上のように「聖徳太子はしていた,いない」のレベルではなく,
「九州王朝説」を土台に歴史の真実に迫ることを
本当の意味での研究というのだと思います。
「日本書紀」(歴史の教科書のお手本。「昔から大和が日本の中心」説)の主張を
いつまでも鵜呑みにしていては,謎は謎のままなのです。
ぜひ本当の歴史を知りたい方はいっしょに研究しましょう。

「新古代学の扉」

2012年2月 4日 (土)

本日,新所沢たの授サークルの例会です!

いよいよ本日は,新所沢たの授サークルの例会です。
『たの授』1月号と2月号に広告を出しましたが,
「夢ブログ」にも載せておきたいと思います。
奮ってご参加下さい。

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新所沢たの授サークル 2012年2月例会

日時・・・2月4日(土) 午後1~5時
場所・・・新所沢公民館第6会議室(社会科サークルと合同です)

内容・・・「心理学入門」などの仮説実験授業関係の報告
     「漢字一字で今年の決意を表そう!」の学年での取り組み
     楽しい手品の紹介
     この間の「古代日本ハイウェー」の研究の話や
     「続日本紀」における「九州王朝」10の傍証 
     DVD「古代日本ハイウェー~1300年前の“列島改造”」視聴
     悩み相談

PS 昨日,あるクラスの生徒が,「トイレの神様」のおばあちゃんのセリフに
感動したと自己評価表に書いてくれた。いい作品というのは,
見せるだけで感動をさそうものなのだとあらためて思った。

「インフル」が町にやってきた!(10)

昨日も一昨日と変わらない数の欠席だった。
(インフルエンザ2人,風邪欠1人)
これは週末の金曜日だったので大事を取って,
もう1日休んだと理解する。
月曜には全員に近いメンバー構成になるだろう。
それを期待する。
この2週間の欠席者グラフは,以下のようになった。

月●
火●●
水●●●
木●●●●●
金●●●●●●


月●●●●●●●
火●●●●●
水●●●●
木●●●
金●●●

今年の楽天の見所

2月1日からプロ野球の春季キャンプが始まった。
今年の楽天の話題はどうだろうか。

(1) 星野監督2年目の采配

昨年は最終的に5位に甘んじてしまった。
今年はぜひクライマックスシリーズにコマを進めたい。

(2) 田中の2年連続の沢村賞なるか

公私ともに充実したエース田中が昨年以上に動けるかで,
すべてが変わってくる。20勝して2年連続の沢村賞を取ろう。

(3) 岩隈の抜けた投手陣で若手の台頭なるか

なにしろ先発投手のコマが必要だ。
ポスト岩隈をどうするか。若手投手の台頭が求められる。

(4) 打線のつながりと長距離打者の育成

投手はそこそこ抑えても貧打で落とした試合は少なくない。
またヒットの数は同じでも長打力に欠けていた。
そこらへんを補強か育成することが課題だ。

(5) クライマックスシリーズへの出場を最低の目標に

いい試合をしているのはわかっている。
しかし,結果(勝利)を求められるのがプロの世界。
ぜひクライマックス出場を最低の目標にがんばってほしい。
私も勤務校から自転車で10分の西武ドームでの応援を,
年間10試合(アウェー戦のほとんど)を目標としたい。

2012年2月 3日 (金)

「COSMOS」の練習

昨日の総合は,卒業を祝う会の歌練習だった。

私は男子パートの担当で,
この2時間の目標は,
「大切なもの」で声出しをして,
「COSMOS」を覚えるというものだった。

声だしのはずの「大切なもの」でまずつまずいた。
昼休みから遅れてくるクラスがあり,待ちくたびれた上,
さらにノリが悪くておこられてしまったのだ。
その後,前半3クラスと後半3クラスを競争で盛り上げようとしても
なかなかその効果は表れず,また怒られる。
「歌わされる歌」はやはり面白くならない。

ところが,ダメもとで始めた「COSMOS」が
意外な効果を生み出した。
後で知ったところによると,
どうも小学校でやっていたらしいが,
男子の声がまだボーイソプラノに対応できていて
なかなかいい歌になってきたのだった。
やればできるじゃないか!

その後女子パートも入ったテープにチャレンジする。
さすがにツラれそうになる部分もあったが
それもいい感じところまでいって,
この日の練習を終えることができた。

男子がノッて,女子が堅実にやる時は,
わがクラスの場合でもそうだが,
この学年が最大の力を発揮する時である。
今年の「COSMOS」,
卒業生の心に届くいい歌になりそうだ。

私も病み上がりで発声が危ぶまれたが,
がんばって声を張り上げ応援した。
これで,風邪よ,さようならだ!
今まで覚えたいと思っていたこの曲を,
私もとうとうモノにできる年が来た気がする。

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COSMOS
        
      作詞・作曲 ミマス

夏の草原に 銀河は高く歌う
胸に手をあてて 風を感じる
君の温もりは 宇宙が燃えていた
遠い時代のなごり 君は宇宙

百億年の歴史が
今も身体に流れている

光の声が天(そら)高く聞こえる
君も星だよ みんなみんな
光の声が天高く聞こえる
君も星だよ みんなみんな

時の流れに 生まれたものなら
ひとり残らず 幸せになれるはず

みんな生命を燃やすんだ
星のように 蛍のように

光の声が天高く聞こえる
僕らはひとつ みんなみんな
光の声が天高く聞こえる
君も星だよ みんなみんな
光の声が天高く聞こえる
君も星だよ みんなみんな

いよいよ明日は,新所沢たの授サークル

いよいよ明日は,新所沢たの授サークルの例会です。
『たの授』1月号と2月号に広告を出しましたが,
「夢ブログ」にも出しておきたいと思います。

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新所沢たの授サークル 2012年2月例会

日時・・・2月4日(土) 午後1~5時
場所・・・新所沢公民館第6会議室(社会科サークルと合同です)

内容・・・「心理学入門」などの仮説実験授業関係の報告
     「漢字一字で今年の決意を表そう!」の学年での取り組み
     楽しい手品の紹介
     この間の「古代日本ハイウェー」の研究の話や
     「続日本紀」における「九州王朝」10の傍証 
     DVD「古代日本ハイウェー~1300年前の“列島改造”」視聴
     悩み相談

PS 昨日『たの授』2月号が届き,「はみだしたの」が採用になった。
中学生の「バレンタインデー」の新手の作戦という話題である。

「インフル」が町にやってきた!(9)

昨日は,インフル2人,風邪欠1人だった。

先週からの9授業日の欠席者の変化をグラフに表すと, 
次のような具合になる。

月●
火●●
水●●●
木●●●●●
金●●●●●●


月●●●●●●●
火●●●●●
水●●●●
木●●●
金?

土日をはさんでまるで「正規分布曲線」のように変化している。
今日2人以下なら,来週には収束宣言がだ出せるだろう。

2012年2月 2日 (木)

肥さん選の「洛中洛外日記」冊子

「新古代学の扉」の中にある「古賀達也の洛中洛外日記」は
2005年に始まり,最近の「第379話「新たな論客の出現」 2012/01/25」まで
実に長きにわたって続けられている。(7年目。平均6日で1話)

「新古代学の扉」

厳密性の要求される論文よりは堅苦しくなく,
しかし古代史研究のヒントや示唆に富むもので,
私のような古代史ファンには魅力たっぷりのシリーズである。
そこで,この「夢ブログ」でも時々紹介することがあるのだが,
その価値は計り知れないものがある。

いずれは出版物になると思うのだが,
それを待っていてはいつになるか分からないので,
私の「お気に入り集」みたいのができないかな?と思っている。

全部で379話のうち,私好みの50~100話を選んでコピーし,
日常的に持ち歩ければ,私のノーミソを刺激する冊子に!
そんなことを今考えている。

明後日は,新所沢たの授サークル

いよいよ明後日は,新所沢たの授サークルの例会です。
『たの授』1月号と2月号に広告を出しましたが,
「夢ブログ」にも出しておきたいと思います。

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新所沢たの授サークル 2012年2月例会

日時・・・2月4日(土) 午後1~5時
場所・・・新所沢公民館第6会議室(社会科サークルと合同です)

内容・・・「心理学入門」などの仮説実験授業関係の報告
     「漢字一字で今年の決意を表そう!」の学年での取り組み
     楽しい手品の紹介
     この間の「古代日本ハイウェー」の研究の話や
     「続日本紀」における「九州王朝」10の傍証 
     DVD「古代日本ハイウェー~1300年前の“列島改造”」視聴
     悩み相談

「インフル」が町にやってきた!(8)

昨日は,インフル3人,風邪欠1人だった。
わがクラスのピークは過ぎたと見える。
週末でほぼ終るように思える。

ただ,昨日も1年生2クラスが給食後放課で,
まだクラスによっては強い勢力を保っている。

私個人でいうと,昨日は午後5時まで
フルで勤務できたので,
本日は朝からスカッと仕事ができそうだ。
どうもご心配かけました。

2012年2月 1日 (水)

千恵さんのカナダ報告 2年目(4)

極寒のカナダから元気なお便りが届きました。
千恵さん,ロッキーマウンテンにスキーに行ってきたようですよ。
さてさて,その報告を読んでみましょう。

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肥沼先生。 インフルエンザがだいぶ蔓延しているようですね。
私は、確か人生で1度だけインフルエンザにかかったと思うのですが、
大学時代、朝のコンビニでのアルバイトを終えて、
友人たちとスノーボード旅行へ行こうとしていたまさにその日。
バイト中体がだるく、家に帰ったら39度の熱が出ていて結局旅行には行けませんでした。

さて、先日ロッキーマウンテンにスキー目的で行ってきたので、その報告をさせてください。
カナダのアルバータで有名なロッキーマウンテンの観光どころというとバンフとジャスパーですが、
私が住んでいるエドモントンはジャスパーの玄関口と言ったようなところです。 
今回はジャスパーに行ってきました。 

1月はロッキーマウンテンも観光シーズンのオフ期になるのですが、
スキー場にとってはとても雪質が良く観光客を呼び込みたいとのことで、
1月の半ばから末にかけて、宿泊施設が割引キャンペーンを行います。
その安い時期を狙って休みを取りました。
私は1年回のうちに3連休を4回しか取れないので、
だいぶ前から休みの希望を出しておかなければなりませんでした。
 
いよいよ出発が近くなってきたという時に限って、天気予報で寒波の予報がでました。 
ただ休みを取ってしまったので、寒くても行くことにしました。

さて、実際にジャスパーに行ってみると、実際の気温がマイナス39度で、
風を併せた体感気温がマイナス49度でした。もうマイナス50度と言っても過言ではないでしょう。
3日間、ずっと寒かったです。
そしてせっかく行ったものの、スキー場はあまりの寒さに閉鎖になってしまって、
スキーができませんでした。
まさか、寒くてスキー場が開かないことがあるなんて想像していませんでしたが、
確かに、びっくりするほど寒かったです。

宿泊先の部屋からロビーまでは外を50メートル位歩かなければならなかったのですが、
ロビーでコップに水を入れて、部屋に戻るまでには、表面に氷がはるほどの寒さでした。
ずっとホテルに居てもということで、昼間、町を散策しに歩いて出かけたのですが、
顔面マスクをかぶっても、頬が凍って痛いほど寒く、少し歩いただけて、ものすごい疲れました。
道路の表面は冷気なのか何なのか、常に冷凍庫の扉を開けた時のような白い空気が漂い続けていました。
ただ、これだけ寒くても、空は青々として、太陽が出ているあたり、さすがアルバータ州だなと思いました。

それから車ですが、あまりの寒さにエンジンオイルが凍ることがあるそうで、
車に乗っていないときは常にスターターと呼ばれるコードをつないで、
電気を流して凍結防止を心掛けなければならず、
エンジンも20分近くあっためてからでなければ発進しない方がいいといったような極寒の状況でした。

スキーはできなかったものの、私は仕事で疲れていて、とってもいい休息になりました。
山の力というか自然の力というか特有の癒しパワーがあるようですね。

今度実際にスキーができたという報告ができたらいいのですが。

それではまた。

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せっかくスキーに行ったのに「寒過ぎてできない」なんて,
さすがカナダですね。
それも-39℃なんて「サンキュー」どころか「ノーサンキュー」ですよ。
それでも「休息」にはなったようで,行った甲斐はありましたね。
きっと「今後の語り草」にもなったことでしょう。
楽しい?報告をありがとうございました。

PS 日本でも今日当たり寒波が来ると天気予報で言っていました。
この千恵さんのカナダの話を参考にしたいと思います。

「インフル」が町にやってきた!(7)

昨日は,担任クラスで,インフル4人,風邪欠1人だった。
人数から見ると「ヤマ」を越えた感じはする。

しかし,2年生のあるクラスは1校時後下校(2日間の学級閉鎖)。
1年生の2クラスが給食後下校とまだまだ勢力は衰えていない。

私も3時間年休使って大事をとった。
湯たんぽパワーではやく回復したい。
とにかくよく寝られる。

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