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2012年1月19日 (木)

本日,「ブラタモリ」で「古代日本ハイウェー」を紹介!

しつこいようですが,本日の「ブラタモリ」は
普段にも増して必見です!

以下,番組のサイトから転載します。
ぜひ録画しつつご覧下さい。

「第10回 国分寺 遺跡編
"東京の中心!" 国分寺ミステリー!?

国分寺市は東京都心の西部に広がる緑豊かな郊外。

実はここが、1300年前には関東の中心だったことをご存知でしょうか?

地名の由来となった「武蔵国分寺」がこの地に出来たのは奈良時代。
聖武天皇の命で全国に多くの国分寺を建立する国家プロジェクトの一環でした。
当時は大地震や飢饉が発生し疫病が流行り、その混乱を鎮める為に、
奈良の東大寺をはじめとする「国分寺」と呼ばれるお寺が日本各地に建立されたのです。

今回は、武蔵の国の「都庁」とも言える「国府」が置かれていたこの地域に
国分寺が建てられた秘密を探って、大胆なブラ歩き展開します。

遺跡跡はいま、広大な原っぱが広がる子ども達の遊び場。
その何気ない原っぱをブラブラ歩くだけで、
1000年もの歴史を物語るミステリーが続々とあらわれます!

発掘中の現場にも特別に潜入。そこで出土したお宝とは!?

番組では、国分寺市が東京の中心であるナゾを地形的・科学的にも徹底解明!

国分寺を通り30キロも続く崖線(がいせん)と呼ばれるガケ。
そのガケを作ったのは多摩川。その支流・野川の源流を求めて
深い森の中へと迷い込んだタモリさんが出会った驚きの動物とは!?

さらに、(財)日本数学検定協会の全面協力で、
国分寺市が東京の中心であることが公開実験からも科学的にもハッキリと証明されることに・・・?

奈良から続く幻の古代道・東山道の痕跡をたどったり、
普段は非公開の日立製作所中央研究所の中に残る広大な武蔵野の森も大公開。

「中心の街」国分寺の、知られざる秘密や不思議をたっぷりとお伝えします。」

昨年,私はこの「古代日本ハイウェー」について,
「九州王朝が建設した軍用道路ではないか」との仮説を立てました。
建設の始まった「7世紀半ば」は白村江の戦いの直前であり,
また,「100年ほどで廃棄された」というのが,
7世紀末・8世紀初頭で政権変動のあったわが国の状況とぴったりくるからです。

その内容は近々発行される「古田史学会報」に掲載される予定ですが,
古田史学の会編『九州年号の研究』(ミネルヴァ書房)も1月に出た2012年は,
九州王朝説を世に再び知らしめる大きなチャンスと見ます。
(『失われた九州王朝』の出版は,1973年のこと)
その一翼をほんの少しでも私が担えれば,
20年あまりお世話になった古田武彦氏に「恩返し」ができると思う。

003_2

東の上遺跡の東山道・武蔵路(20年ほど前に所沢市立南陵中で出土した)

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西国分寺駅・徒歩5分のカラーアスファルトによる古代道の再現
(道の部分が赤色,側溝の部分が黄色)

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コメント

肥さんのために作ったような番組ですね。楽しみです。
忘れずに見たいと思います。
前回紹介した、古代ハイウェイの番組も
しばらく前に見たことがあるような気がしました。

翔空さんへ
コメントありがとうございます。

ミネルヴァ書房から再販されている古田武彦氏の古代史コレクションも好評ですし,
先日の「古代日本ハイウェー」も2年前の番組がリクエストされました。
「ブラタモリ」はファンが多い番組ですし,チャンスだと思います。

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