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2011年12月 3日 (土)

「古代日本のハイウェー建設と廃棄」の仮説

BSアーカイブス「古代日本のハイウェー
~1300年前の列島改造」という番組を見た。
(2年前にNHKのBS2で放送された)

その内容が,通説では説明困難だが,
九州王朝説なら説明可能だというものだと思ったので,
お知らせしたいと思う。

まず番組の宣伝から。

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古代日本のハイウエー~1300年前の“列島改造”~
  チャンネル:NHK BS2
  放送日:平成21年10月12日(月)
  放送時間:午後9:00~午後10:30(90分)
  ジャンル:ドキュメンタリー/教養>歴史・紀行

NHK等の番組予告の内容では、
  今から千数百年前、総延長6300kmにも及ぶ4車線相当(幅12m程)の
  巨大道路ネットワークが敷かれていた!
  今、日本全国で、広くて真っ直ぐな古代の道が次々と発掘されている。
  建設され使われたのは、飛鳥時代から奈良時代にかけてと考えられる
  古代の道、なぜ、こんな広い道が必要だったのか?
  どうやって作ったのか?古代の道の謎に挑むのは、日本考古学協会の
  会員でもある俳優の苅谷俊介さん。
  日本中に張り巡らされていたと考えられる古代の道。
  それは、1300年前の巨大な公共事業だった。
  いったい、どれだけの人が動員されたのか?
  “古代日本のハイウエー”の謎と、その背後の歴史とは。
  知られざる古代日本の姿に迫ります。

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飛鳥時代から奈良時代にかけての100年ほどの間,
高度な技術を駆使して作られた古代道が,
「その後なぜか廃棄された」というところに
かえってピンと来た。

私の仮説~

(1)これらの古代道(官道)の建設を命じた主体は,
九州王朝(当時は首都・太宰府から「疎開」した副都・前期難波宮)の天子。
目的は,唐・新羅の連合軍との戦いにそなえての防衛政策(武装)

(2)白村江の戦いによる大敗北。九州王朝の滅亡

(3)古代道(官道)の廃棄を命じた主体は,
唐の占領軍とそれと結んだ大和政権の天皇(天武?)
目的は,唐に忠誠を示すための「武装解除」。
神籠石の「武装解除」も同じように行われたと考えます。

かつて弥生時代には,吉野ヶ里遺跡でも同様のことがあった。
三国時代に呉からの防衛のため作られ,
呉の滅亡とともに廃棄されたのだ。

考古学というのは「実験」みたいなところがあります。
100年の間確かに古代道が存在した事実は,
たとえそれらが地中に隠されようとも
歴史の真実を明らかにする証拠となるのではないでしょうか。

PS 古田史学の会の古賀達也さんにも
以上の内容をお送りしたところ,
「古代のハイウェイの情報、ありがとうございます。
大変、興味深い内容です」とご返事いただきました。
心強いです。

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