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2011年12月24日 (土)

「世界を変えた男~スティーブ・ジョブズ」

先日亡くなったスティーブ・ジョブズ氏についての番組が,
昨日「NHKスペシャル」で放送された。
(NHKテレビ,午後10時~)

同時代に生き,世界を暴力によってではなく,
コンピューターという発明品によって大きく変えた人物。
それがスティーブ・ジョブズ氏だ。

昔「人間を解放する」という言葉は,
それまでの権力からの解放を意味していた。
だから,たいてい場合それは前権力の暴力的打倒を意味した。
しかし,支配から自由になり,物が豊かになっても,
その開放感は満足させられることはなかった。
心が解放されてこそ,それは得られるからだろう。

今数少ないチャンスが来ているのかもしれない。
それがコンピューターの分野だ。
かつてボーナスを賭して購入した機器は,
今やひと月の給料,いやひと月のお小遣いで
買えるところまで来ている。
そういう意味では金持ちが独占してしまうことを
コンピューターは脱することができた。

ここが人類の勝負のしどころだ。
私たち「フツーの人々」が手に入れた
このコンピューターを使って,
さらに楽しくごきげんな世の中を作っていくのだ!
(と,1人で興奮する私・・・)

かつてアメリカで若者たちのバイブルであった
『ホール・アース・カタログ(全地球カタログ)』という本がある。
理想の社会を実現させるための道具の数々,
自然エネルギーや宇宙,東洋思想が紹介されていたそうだ。
機械いじりが好きだったジョブズ氏は
コンピューターに心をひかれた。
当時最先端の技術だったコンピューターは,
人間の可能性を拡張する道具として紹介されていた。
(番組の解説より)

そういう意味ではジョブズ氏も「時代の子」で,
子どもの頃から理科系の親の導きもあって,
この分野に興味を示し,高校生のころから頭角を現したようだ。
(アルバイトで働かせてもらった企業での刺激もあったようだ)

ここで,スティーブジョブズ氏の死去の直後
朝日新聞に掲載された
「ジョブズ氏が繰り返した破壊と創造」
という年表&グラフを写真で紹介しておこう。
さまざまな発明品とアップルの株価を表しているものだ。

Photo_2

私が最初にパソコンに対して抱いた感情は,
必ずしもいいものではなかった。
むしろ悪いものだった。
今から10数年前学校にもパソコンが導入され,
「操作できる先生」と「操作できない先生」とを
差別するような研修が行われたからだ。
(当時の私にはそう感じた)
そこで,わざと「アナログ3兄弟」を称した時代もあった。
(学年でパソコンを拒否する3人の先生のことをこう自称した)

しかし,それから数年後,私はまったく逆のことを始めた。
21世紀のスタートの年である2001年に「IТ革命」を始めたのだ。
強制される研修は真っ平ごめんだが,
パソコンは今までの私のやってきたことを統合し,
さらに発展させてくれる何かがあると直感し・・・。

私のパソコン史は,4期に分けられる。

(1) 肥さんのパソコン草創期~最初の半年
(2) 「肥さんのメールマガジン」時代 2001~3年
(3) 「肥さんのホームページ」時代 2003年~
(4) 「肥さんの夢ブログ」時代 2005年~

今も読者の九想さんには,それぞれの時期に
様々なアドバイスをしていただき,
「パソコンの師匠」として感謝している。

最後に,スティーブ・ジョブズ氏が残した言葉を1つ。
「私がしたいのは性能のよいコンピューターを作ることではない。
コンピューターを使って感動を巻き起こすことなのだ」
(『ТIME』誌,1999年)

彼は芸術家であり,夢のあるコンピューターを作ることによって,
私たちの生活を大きく変革した「革命家」なのだと思う。

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コメント

本文と関係ありませんが…。

やっとこさ『聖徳太子論争』を読み終わりました。
最後の、「天寿国繍帳」の四百一字問題で
原文を読み解くのが最後の山で苦しかった…。
冷めないうちに『法隆寺論争』を撃破したいと思います。

あじすきさんへ
コメントありがとうございます。

『聖徳太子論争』から『法隆寺論争』へと
読書が進んでいるとのこと。
おめでとうございます。

古田史学をよくご存知ない方のために,
本の宣伝文を載せておきますね。
両方とも古田武彦氏と家永三郎氏との
書簡論争を書籍化したものですが・・・

『聖徳太子論争』・・・法隆寺に伝わるあの有名な釈迦三尊像。あれは聖徳太子に
 かかわるものでなく,もともと九州王朝のものだとする古田氏に対して,「上宮聖徳
 法王帝説」研究の先達・家永氏が反論。さらに古田氏が再反論。論題は古代文献
 の読み方へと進む。古代史ファンに見逃せない論戦(新泉社の宣伝文より)

『法隆寺論争』・・・好評の書簡論争の第2弾!家永=日本書紀の記事は疑ってかか
 るのが安全/太子と無関係の仏像を本尊とするのは不自然/精緻な論証と主観的
 な独断の共存する古田学説 古田=「法華義疏」の著者は第三者/倭国の首都は
 筑紫にあり/言われたと言われなかったテーマ(新泉社の宣伝文より)

ということです。

両方とも1400円+税で買えるので,
この論争に興味のある方はぜひ!
アマゾンでも買えるんじゃないかな。

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