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2011年12月31日 (土)

所沢の鎌倉街道を辿る 【弐】東山道武蔵路

「所沢クチコミサイト・フォートラベル」というサイトに,
STAMP MANIAさんという方が,
「所沢の鎌倉街道を辿る 【弐】東山道武蔵路」という旅行記を載せていた。
(「所沢 東山道」で検索するとトップで出ます)

そこで私は,お礼の言葉とともに,
以下のようなメールを差し上げた。

「STAMP MANIA様

新所沢に住んでいる肥さんです。
東山道武蔵路について調べているうちに,
STAMP MANIAさんの旅行記に出会いました。
ここ数ヶ月私がたどった道を再び写真で辿れて,
不思議な感慨を持ちました。
素晴らしい報告をありがとうございます。

私は古田武彦という歴史研究者に学んでおり,
東山道など全国6300キロにわたる古代日本ハイウェーを
建設した主体として倭国(九州王朝)を想定しております。
(逼迫するアジア情勢の中で軍用道路として建設した)
それが,7世紀後半の白村江の戦いで大敗。
その後日本を治めることになった日本国(大和政権)が
唐の命令か,あるいは唐に遠慮して廃棄したので,
わずか100年のうちに廃れていってしまったと考えています。

九州王朝説をご存知ない方にとっては
「何のことを言っているのかよくわからん」と思われると思いますが,
お知らせだけはしておきたいと思い書かせていただきました。

もしよろしかったら,私のサイトにも遊びに来て下さい。
「肥さんの夢ブログ」と申します。
http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/」

もし訪問していただけたら大変うれしいな。
フィールドワークにもご一緒したいと思っている。

小川駅~恋ヶ窪駅間のフィールドワーク

午前中2時間ほど,古代ハイウェー探索のための
フィールドワークをしてきた。
小川駅の前にはブリジストンの本社があるのだが,
その西端の土地で府中街道と並行して走っている地帯を
私は古代ハイウェーと見ている。
(今はだいぶ建物が建ってしまっている)

それは南下し,やがて青梅街道とぶつかり遮断されたかに見えるが,
左折,右折をして再び南に向かう。
その右側の緑地帯(幅50mほど)がくさい。
今は主として畑や雑木林になっている。

玉川上水にぶつかるところから
府中街道はカーブして南東を目指すようになる。
先日の西国分寺駅付近の東山道武蔵路に接続するのには
どこかでそのようなカーブをしなくてはならないが,
そのきっかけがどうもよくつかめない。

国分寺市の教育委員会の報告では,
西国分寺から恋ヶ窪へは北上しているので,
やはりカーブするのは今の府中街道のような形なのかなと思っている。
(木本雅康著『古代官道の歴史地理』(同成社)参照)

PS その後「東山道武蔵路」というサイトで,
(1) 野口橋遺構
(2) 小川団地遺構
(3) 原島農園遺構
(4) 上水本町遺構
という4つの遺跡が発掘されていて,
私が予想したより滑らかなカーブで
西国分寺の遺構に続いていることがわかった。
次に,これまで調べてきた地点をもとに
東山道武蔵路の予想コースを地図に描いたものを載せる。

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昔なら手紙や電話で教育委員会等に確認するわけだが,
今はインターネットによって検索するという便利なツールが使える。
もちろん土地勘を付けるには,
実際に現地を歩いて観察することが基本であるが・・・。

地球は重い

「太陽系の惑星の中で「1番重い」のは地球である」
という話を聞いて,
「惑星の密度」で検索してみたら,
以下のように出ていた。

【密度くらべ(kg/m3】)

地 球 5520
水 星 5430
金 星 5240
火 星 3930
冥王星 2130
海王星 1670
木 星 1330
天王星 1270
土 星 690

よく土星は水に浮かぶとかいうけれど,
この中では1つだけ「1000」を割っている。
内惑星はほぼ同じ密度で,
火星より金星や水星の方に親しみを感じるなあ。

『マイブック~2011年の記録』のあとがき

2011年1月1日に書き始めた文庫本が,
いよいよ本日完成する。
初めて挑戦した「文庫本の執筆」は
「その日の夢ブログの題名」という拙いものだったが,
なかなか思い出に残るものになったと思う。
この1年の,いわば私の「歴史」が綴られているからである。

(1) 楽天の応援記事
(2) 勤務校の変更
(3) 多くの仮説実験授業の実践
(4) 部活動の記録(また男子バレー部でТ先生とコンビを組む)
(5) 古田史学の研究の進展(日本古代ハイウェーなど)

そういう意味で2011年は,「二重にいい年」となった。
それを記して,『マイブック~2011年の記録』の幕を閉じたい。

皆様,良いお年を!

2011年12月30日 (金)

『「九州年号」の研究』など4冊を入手

昨日,以下の4冊を一挙に入手した。
いずれもミネルヴァ書房刊のものである。

古田史学の会編『「九州年号」の研究』
古田武彦著『古代史を疑う』
古田武彦著『古代は沈黙せず』
福与篤著・古田武彦解説『漫画・「邪馬台国」はなかった』

出ないときはなかなか出ないのに,
出る時は一挙に出るものだ。

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「続日本紀」の中の九州王朝の傍証(追加)

大事なものを忘れていた。
それは「大宝建元」記事だ!

大和政権にとって「大宝」という年号は,
初めて定めたということを誇らかに書いてあるのが「大宝建元」なのだ。
次からは「改元」となるのに,初めてだから「建元」と書いた。

しかし,そうなると「大化」「白雉」「朱鳥」の3年号はどうなるか。
「建元」以前の年号=九州年号ということになってしまうのだ。
ここにも矛盾が垣間見えるというわけである。

チュンチョンという韓国料理店

自宅から徒歩5分くらいのところに,
チュンチョンという韓国料理店がある。

今まで行ったことはなかったが,
知り合いのYさんがアルバイトをしているというので,
昨日夕食に寄ってみた。

残念ながら昨日は勤務日でなく
Yさんには会えなかったが,
ママの美味しい石焼ビビンバをいただくことができた。

チュンチョンを検索したら,以下のように説明されていた。
けっこう有名な町なんだな。

「春川市(チュンチョンし,しゅんせんし)は、
大韓民国江原道の道庁所在地。
面積1,116.35平方キロ(山林851平方キロ)。
『冬のソナタ』のロケ地として知られるほか、heart04
タッカルビ(鶏の焼肉)が名物料理として知られる」

2011年12月29日 (木)

Metisの「人間失格」という曲

昨夜肴やで読者の九想さんとオフ会をしていた際,
九想さんからMetisの「人間失格」という曲を教えていただいた。

Metisは,1984年広島県生まれの女性シンガソングライター。
「人間失格」はなかなかスケールの大きい曲で,将来が楽しみだ。
副題が「生きる事は素晴らしいのです」と付いている。
Metis 人間失格

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人間失格

作曲:Metis
作詞:Metis

もう帰らぬ日の青春
何より自分が大切だった
苦しむ友を救う事さえできなかった
人間失格

つまずく足元に咲いていた
頭を垂れたお人好しな花
色んな者に踏まれる為に
きっと強く立っていたのでしょう?

人を従わせ支配しそんなに自分を大きく見せたいのですか?
君の庭に咲く花は寛大ですか?
心のままにいつも咲いていますか?

涙を忘れていませんか?大事な事から逃げてませんか?
自分に嘘をついてませんか?諦める事に慣れ過ぎてませんか?
泣きたければ 泣けばいい 叫びたければ 叫べばいい
それでいいんだよ…君でいいんだよ…
全ていいんだよ…きっといいんだよ…
明日は明日の風が吹く

信じ合うなんてここでは
軽々しく聞こえる
分かり合うなんて言葉は
多分無意味に響いてる

人は誰も弱き生きもの
見えない幸せ探す旅人
過去は暗いままでもいいんだよ
君の笑顔が明日にあれば

人の過ちをあざ笑い 人を責める事が全てですか?
君の空に架けた虹は愛しさですか?
心のままにいつも「好き」と言ってますか?

涙を忘れていませんか?大事な事から逃げてませんか?
自分に嘘をついてませんか?諦める事に慣れ過ぎてませんか?
泣きたければ 泣けばいい 叫びたければ 叫べばいい
それでいいんだよ…君でいいんだよ…
全ていいんだよ…きっといいんだよ…
明日は明日の風が吹く

後悔していませんか?
夢を忘れていませんか?
道をはずれていませんか?
下を向いていませんか?
家族を大事にしてますか?
ありがとうと言ってますか?
今誰を愛してますか?
大切な人涙してませんか?
無駄遣いしてませんか?
贅沢をしてませんか?
もうタバコはやめましたか?
楽に生きようとしてませんか?
もう人間やめますか?
人生放棄するのですか?
生きる事は素晴らしいのです
君を今必要としています
故郷を覚えていますか?
バイトは続いてますか?
自分の時間がありますか?
泣けるくらい恋してますか?

涙を忘れていませんか?大事な事から逃げてませんか?
自分に嘘をついてませんか?
諦める事に慣れ過ぎてませんか?
泣きたければ 泣けばいい 叫びたければ 叫べばいい
それでいいんだよ…君でいいんだよ…
全ていいんだよ…きっといいんだよ…
明日は明日の風が吹く

後悔していませんか?
夢を忘れていませんか?
道をはずれていませんか?
下を向いていませんか?
家族を大事にしてますか?
ありがとうと言ってますか?
今誰を愛してますか?
大切な人涙してませんか?
無駄遣いしてませんか?
贅沢をしてませんか?
もうタバコはやめましたか?
楽に生きようとしてませんか?
もう人間やめますか?
人生放棄するのですか?
生きる事は素晴らしいのです
君を今必要としています
故郷を覚えていますか?
バイトは続いてますか?
自分の時間がありますか?
泣けるくらい恋してますか? Lalala…

1月の楽しみ

冬休み前半の部活動も終わったところで,
1月の楽しみといこう。
もう「来年のこと」と笑われることもないだろうから・・・。

1月6日(金)~8日(日)・・・仮説の冬の大会(愛知県刈谷市)
9日(月)・・・所沢市内の1年生大会

12日(木)・・・社会科サークルの新年会

14日(土)・・・飯能・日高サークル
15日(日)・・・仮説社フェア

17日(火)~18日(水)・・・スキー林間

21日(土)・・・昭島サークル

27日(金)・・・朝霞地域社会科学習会
28日(土)・・・『たの授』公開編集会議

2月4日(土)・・・新所沢たの授サークル

PS クリスマスも終えたので,ブログの「衣替え」もしてみる。

昨日の部活動 12/28

昨日は,午前8~11時のコマだった。

大学生2人の助けを得て,いつもの練習を短めにした。
最後に体育館への感謝を込めて,
30分の大掃除をした。

次回の部活動は,1月4日。
それまで元気で冬休みを満喫されたし。

2011年12月28日 (水)

2011ベストセラーと私

最近のニュースで今年度のベストセラーを扱っていた。
だいたい以下のような売り上げがあったようだ。

★マークは私もすでに読んだ本で,
☆はこれから買おうと思っている本。
私もかなりベストセラー志向になっているようだ。
あなたはどうですか?

1位=「謎解きはディナーのあとで」(東川篤哉)★
2位=「体脂肪計タニタの社員食堂 500kcalのまんぷく定食」(タニタ)☆
3位=「続・体脂肪計タニタの社員食堂 もっとおいしい500kcalのまんぷく定食」(タニタ)
4位=「心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣」(長谷部誠)★
5位=「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(岩崎夏海)★
6位=「人生がときめく片づけの魔法」(近藤麻理恵)★
7位=「KAGEROU」(齋藤智裕)★
8位=「くじけないで」(柴田トヨ)★
9位=「老いの才覚」(曽野綾子)
10位=「謎解きはディナーのあとで2」(東川篤哉)★

11位=「新・人間革命(23)」(池田大作)
12位=「9割がバイトでも最高のスタッフに育つ ディズニーの教え方」(福島文二郎)★
13位=「モンスターハンターポータブル3rd PSP版 スタートダッシュブック カプコン公認」(Vジャンプ編
集部)
14位=「ニッポンの嵐 ポケット版」(嵐)★
15位=「スティーブ・ジョブズ(1・2)」(ウォルター・アイザックソン/井口耕二訳)☆
16位=「モンスターハンターポータブル3rd ザ・マスターガイド」(電撃PlayStation編集部)
17位=「伝える力 『話す』『書く』『聞く』能力が仕事を変える!」(池上彰)★
18位=「官僚の責任」(古賀茂明)
19位=「日本男児」(長友佑都)☆
20位=「救世の法 信仰と未来社会」(大川隆法)

古代技術を楽しむ会の忘年会で

古代技術を楽しむ会(岩城正夫さんが中心)の忘年会での岩城さんの話を,
昨日「たの授ML」の横山裕子さん(小学校の先生)が教えて下さった。

「古代の遷都の際には,建物を分解して運んだ」のだから,
「法隆寺が分解して運ばれても不思議ではない」
という形で古田武彦氏の『「邪馬台国」はなかった』を紹介していたようだ。

また,岩城さんは『盗まれた神話』の話もしておられたようなので,
かなり古田氏の著作を読んでおられるとみた。
さっそくお便り差し上げてみようかな?

昨日の部活動 12/27

昨日は,午後11時~午後2時のコマだった。

昨日も大学生2名のお手伝いがあったので,
私は「新人戦からクリスマスカップまで」のこれまでの対戦を,
一覧にした通信を作ることにした。
今後の戦いのために参考にしてくれればうれしい。

0ー25の記録的大敗(所沢北高との練習試合)から出発した新チームも,
ようやく賞状をいただける段階までには達したというわけだ。

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2011年12月27日 (火)

朝霞地域社会科学習会2011年12月例会

昨日は,午後6時から上記のサークルに参加した。

場所は,新座市の東北コミュニティーセンター。
参加者は,関口さん,川口さん,山口さん,野口さん,富崎さんと私の6名。
内容は,高校の修学旅行だった。

最初に,2月に行われる埼玉・歴教協・県の研究集会の案内があり,
そのあとで私の持っていった資料の紹介をさせていただいた。
(古代道路,続日本紀,「邪馬台国」,世界地理かるた等)

さて,メインの報告は関口さん。
修学旅行というと,寺社や観光地を巡ったり,
平和学習といったことが思い浮かぶが,
新座高校の行っているのは農業体験学習とも言うべきものだった。
(場所は,大分県の安心院=「あじむ」と読む。
3泊4日の日程で,1泊目が船中泊で,そのあと2泊が民泊。
今回で6回目の実践である)

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4,5人の班で各農家に民泊し,農業体験学習をさせてもらう。
これは多くの生徒たちに好評(アンケートで90%を越える支持)で,
最初に楽しみにしていたことが「いろいろな乗り物に乗れること」だったのに対して,
事後の最も深く心に残ったことで「受入家庭の人たちとの交流が深まった」という項目に
多くの支持が集まっていることからも分かる。(見事な「逆転現象」だ)

しかし,高校生たちに修学旅行を実施するには苦労も少なからずあり,
そこが先生方の悩みつつ行っていらっしゃる日々の授業や
農業体験学習による修学旅行という実践に表れているように感じた。
(本当に頭が下がります m●m)

「その学校の生徒たちにとって,必要なことをやる修学旅行が,
広い意味での平和学習ではないか」との関口さんの解説に,
なるほどなるほどと一同納得したのでありました。

サークル後は,志木駅近くのイタリアンレストランにて懇親会。
月曜なので他に客も少なく,注文がすぐ出てきたことと,
ワインの飲み放題が格安で,楽しく夜は更けていった。

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次回は,1月27日(金)の午後7時から。
場所は,新座市の東北コミュニティーセンター(志木駅下車徒歩10分)
報告者は,なんと私です!
題名は「私の社会科の授業~仮説実験授業を中心として」です。
奮ってご参加下さい。

昨日の部活動 12/26

昨日は,2~5時のコマだった。
少し前倒しして行われた。

高校生,大学生となった先輩たちが5人(男性3名,女性2名)も
練習を手伝ってくれた。
また,小学5年のかわいい「弟分」が2名参加して,
いっしょに汗を流した。

練習内容はいつもと同じでも,彼らが間に入るだけで活気が違う。
顧問のТ先生もこのところ運動を心がけていらっしゃるようで,
3人組のシートが毎日ある。
私もボール拾いに走り回り,日頃の運動不足解消の一助とする。

最後に臨時保護者会のための椅子並べをして,
30分ほど早く練習を終えた。

2011年12月26日 (月)

ミネルヴァ書房12月の出版案内

一昨日の朝日新聞の朝刊に,
ミネルヴァ書房の12月の出版案内が出ていた。
(ここでは,古田史学関係のみ扱う)

・『古代史を疑う』・・・12月下旬刊行予定(もうすぐ!)
 ~「師説」に挑み,古代史の新たな姿を描く

・『古代は沈黙せず』・・・来年1月刊行予定(楽しみ!)
 ~第一級史料が真実の古代史像を語る

2冊とも楽しみな本だが,
なぜか『「九州年号」の研究』は紹介されていなかった。
(もう印刷は出来ているし,1月か2月に載るのかなあ)
古田史学や九州王朝説にとっては,欠かせないものだけに,
その点ちょっとがっかりだった。

「続日本紀」の中の九州王朝=10個の傍証

傍証とは,ある事実を間接的に証明する証拠。間接の証拠である。
今宇治谷孟訳『続日本紀』(講談社学術文庫)を読んでいるので,
そこに載っている九州王朝の傍証を10個挙げてみる。

(1) 「はじめて」「初めて」「始めて」記事のオンパレード
 大和政権としては「はじめて」「初めて」「始めて」○○したということ。
 本当に多いので,ぜひ確認してみてほしい。

(2) 698年3月9日・10日,諸国の国司・郡司の任命記事
 今だったら都道府県知事・市町村長の任命にあたる。
 これが大和政権としての初めての任命である。
 ということは,それ以前は九州王朝の任命ということになる。

(3) 698年11月23日,大嘗祭を行う(文武天皇の即位の儀式。
 「日本書紀」の最後の天皇である持統天皇に続いて大和政権では2人目。
 その前の天武天皇は悠紀・主基の2国にほうびを与えたのみなのだ。
 大嘗祭を行ったのは九州王朝の天子だった!?)

(4) 700年6月3日,薩摩の比売らの反乱記事(九州王朝の最後の抵抗?)
 内容から,評督や助督という役職が当時あったことがわかる。
 この役職は九州王朝時代の役職で,大和政権のものにはない。 

(5) 707年7月17日,「山沢亡命」記事(1)
 軍器(正規軍の印=錦の御旗?)を持って逃げていた人たちがいた!

(6) 708年1月11日,「山沢亡命」記事(2)
 禁書(九州王朝系の史書)を持って逃げていた人たちがいた!

(7) 712年,古事記の記事(があるはずなのに,ない!)
 720年の日本書紀に統合され,二度と陽の目を見るはずのない存在だった古事記が,
 鎌倉時代に真福寺で発見されてしまったというわけ。記紀の両立はありえないのだ。

(8) 716年5月16日,豊後(今の大分県)と伊予(今の愛媛県)の間は
 これまで行き来することが出来なかった=境界があった=別の国だったことがわかる。

(9) 717年11月17日, 「山沢亡命」記事(3)
 武器を持って逃げていた人たちがいた!(軍器や禁書はもう大和政権が手に入れたか)

そして最後は,極めつけの天皇の詔報の中に九州年号の登場だ。

(10) 724年10月1日,聖武天皇の詔報に九州年号が登場
 「白鳳以来・朱雀以前(要するに前王朝時代)のことは,はるか昔のことでわからん」と。
 といっても,わずか60年前のこと(今だったら「戦争中」のことという感じ)であるが・・・。
 治部省からの質問に対しての回答の冒頭で,ポロっともれてしまった九州年号だった。
 (おしまいに,参考として九州年号を全部挙げてある。寺社の縁起など各地に残る)

私がこれまで学んだ「続日本紀」の記事を10個あげてみた。
見る人が見れば,まだ他にもあるのだと思う。
もしご存知だったら,教えていただければ幸いである。 

【参考~九州年号とは・・・?】

九州王朝説を支える有力な証拠の1つが,
517~712年の195年にわたって
連綿と続いていた32個の九州年号である。
それを紹介しておこう。

継体・・・517~521年(5年間)
善記・・・522~525年(4年間)
正和・・・526~530年(5年間)
教到・・・531~535年(5年間)
僧聴・・・536~541年(5年間)
明要・・・541~551年(11年間)
貴楽・・・552~553年(2年間)
法清・・・554~557年(4年間)
兄弟・・・558年(1年間)
蔵和・・・559~563年(5年間)

師安・・・564年(1年間)
和僧・・・565~569年(5年間)
金光・・・570~575年(6年間)
賢接・・・576~580年(5年間)
鏡当・・・581~584年(4年間)
勝照・・・585~588年(4年間)
端政・・・589~593年(5年間)
告貴・・・594~600年(7年間)
願転・・・601~604年(4年間)
光元・・・605~610年(6年間)

定居・・・611~617年(7年間)
倭京・・・618~622年(5年間)
仁王・・・623~634年(12年間)
僧要・・・635~639年(5年間)
命長・・・640~646年(7年間)
常色・・・647~651年(5年間)
白雉・・・652~660年(9年間)◆
白鳳・・・661~683年(23年間) 663年,白村江の戦い(倭国=九州王朝の大敗北)
朱雀・・・684~685年(2年間)
朱鳥・・・686~694年(9年間)◆

大化・・・695~703年(9年間)◆
大長・・・704~712年(9年間)

◆は「日本書紀」に出てくる年号である。
「日本書紀」はその一部(3つ)だけを,しかも順を変えて
「盗用」していたことがわかっている。
712年は「古事記」が完成した年である。

もうすぐミネルヴァ書房から『「九州年号」の研究』が出版される。
ぜひ歴史に興味のある方は入手されることをオススメする。

弁当の日

「テレビ寺子屋」という早朝のテレビ番組を観た。

竹下和男氏が提唱し,実践してきた食育教育を
「弁当の日」というのだそうだ。
なかなか楽しそうな実践だった。
下級生が自分で弁当を作っている上級生にあこがれ,
その子が数年後下級生にあこがれられる上級生に変容していく。
よく教育はなかなか成果が現れないものだというが,
写真で見た小学生は確かな成長が見られれていた。

竹下氏が提唱した「弁当の日」とは,どんな内容なのか?
検索したら,以下のようなものが出てきた。

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☆「弁当の日」の3つの原則

① 子どもだけで作る
② 小学校:5・6年生のみ、中学校:全学年
③ 10~2月の月1回、年5回


☆ 「弁当の日」に託した6つの夢

① 「一家団欒の食事」が当たり前になる夢
② 食べ物の「命」をイメージできるようになる夢
③ 子どもたちの感性が磨かれる夢
④ 人に喜ばれることを快く思うようになる夢
⑤ 感謝の気持ちで物事を受けとめられるようになる夢
⑥ 世界をたしかな目で見つめられるようになる夢


☆ 竹下和男氏のプロフィール(数年前の内容だと思う)
 
1949年、香川県生まれ。香川大学教育学部卒。
県内の小・中・教育行政職を経て、
平成12年度から綾川町立滝宮小学校校長、
平成15年度より高松市立国分寺中学校校長。
滝宮小学校長の時、子どもひとりで作らせる「弁当の日」をスタート。
国分寺中学校でも実践し、その教育効果を実証し、
保護者・地域ぐるみの食育を実践中。
校長としての職務の傍ら、日本全国で、
幼児教育も含めた講演・執筆活動を行っている。
「弁当の日」は、滝宮小学校で7年目、国分寺中学校で4年目の実践中。
実践校は、全国16道県94箇所に。

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朝読書の実践が全国に広がって成果をあげているように,
この「弁当の日」も将来全国の学校で行われるようになると思った。
何より子どもたちに「生きる力」を与えているのがよかった。

昨日の部活動 12/25

昨日は,午後1~5時のコマだった。

大学生が2人練習の面倒を見てくれた。
1人はいつも来てくれているK君で,
もう1人は奈良県から帰省しているK君だった。

一昨日から新たにN君が加わった。
センスがいいので,やがて追いついてきそうだ。
男子バレー部の皆さん,ご油断なく!

全体として,女子の方が声が出ている。
男子もがんばろう。
声を出すことによってリラックス&集中したプレーができる。
また,声をだすことによって,
ほかのメンバーとの連携プレーがスムーズにできる。
さらに,相手チームを圧倒できる。
いいこと尽くめの「声出し」である。
だから,監督の立場からいったら,
「声なき選手の起用はありえない」と思うのだ。

2011年12月25日 (日)

『たの授』公開編集会議2011年12月

昨日は午後から上記の会議に参加してきた。

会議と言っても,各地から送られてきた資料に目を通し,
雑誌の流れを頭に入れながら板倉さんの話を聞くだけだ。
軽い食事も出してもらえる。
こんなに楽しい編集会議はなかなかないだろう。

その会議で,得た情報をいくつか。

(1) 中国の貿易額は第1位

地理の教科書に載っている2004年の貿易額は,
世界第3位だった。
しかし,2009年度は世界第1位になったらしい。
(私は新聞でその記事を見逃していたようだ)
さっそく生徒たちに報告しなければ!

(2) 日本の「主食」はなんだろう?

佐々木さんの資料で「日本の米の消費量」を見たところ,
あまりの少なさにびっくり。
年60キロは世界第18位ぐらいだ。
まあ,「おかずが主食」ということは,
日本が豊かになってきたということでもあるが・・・。

(3) 冬の大会ごとに『仮説実験授業研究』を刊行

かつては季刊で出された『仮説実験授業研究』誌も,
今回の10号発行はなんと11年ぶり。
それは月刊の『たの授』の発行のせいもあったが,
今後は冬の大会ごとに年刊で出して,
12号で第Ⅲ期を完結させるそうだ。

昨日は仮説社38周年の記念日でもあって,
編集会議終了後お祝いの会が催された。

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教員生活30年を支えてくれた『たの授』や
仮説社の出版物に感謝である。

『たの授』1月号と『仮説実験授業研究』第10号

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根本さんの「世界の国から〈いただきます〉」

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中国が世界の貿易額の第1位に!

以下に転載するのは,「中国支援.com」というサイトの10月13日の記事である。
2学期の始業式,委員・係の決定,合唱コンの練習などで忙しくしていて,
私は新聞やニュースを見逃してしまっていた。
(現在使用している地理の教科書では,2004年で世界第3位)
さっそく地理の時間に生徒たちに知らせよう。(^-^;

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2009年発表のWTO資料によると世界の貿易額のなかで中国が第1位になった
中国の2009年の貿易額は、1.202億米ドルで世界貿易額の9.6%のシェアになった。
2位がドイツの1.121億米ドルでシェア9%、3位がアメリカの1.057億米ドルでシェア8.5%だった。
日本は4位で、581億米ドルのシェア4.7%である。

中国の貿易額は、1980年までベスト20位に入っていなかったが
1985年に17位に入り年々上位にあがってきた。
2004年~2006年まで3位、2007年2008年まで2位をキープしていて、
最新データで1位が確定した。

中国の貿易額の急上昇には、アジアの景気回復と税制の制度変更により
拡大方向へと変化してきた要因がある。
この中国が貿易額1位の地位を得た特徴として、
注目したいのが外資系企業の輸出の伸びが著しいことである。
「世界の工場」と言われるていることが現実のデータとして見えたと言える。
外資のなかでも、特に好調なのが100%外資の独資企業で
全体の輸出を牽引している状況である。

また、輸出品目のなかでIT産業製品の伸びが顕著で、輸出総額の2割を占めている。
中国のコンピュータ産業については、中国各地で台湾企業、
アメリカ系企業の世界最大のパソコン産業集積地が形成されていて、
世界のデスクトップ用マザーボードの35%、CD-ROMドライブの80%、
キーボードの60%などが生産されるまでになっている。

WTOに加盟して、中国は自由貿易体制の仲間入りにより自国の政策に左右されないで、
外資企業も活動しやすい環境が整備されたことが、貿易額第1位になった理由だろう。

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仮説社から出されている板倉聖宣著『世界の国ぐに』も,
ようやくここで改定されるというが,
これは中国の貿易額が第1位になるタイミングを見てのことだろう。

振り替え輸送

人身事故(飛び込み自殺?)などの際,
振り替え輸送ということが行われる。
復旧を待っているとかなり時間がかかってしまうので,
別ルートで目的地をめざしてもらう仕組みだ。
(電車をバスにするとか)

昨日初めてそれに遭遇した。
ただし,原因は人身事故ではなく,車両の脱線だった。

仮説社の帰りの電車が井荻駅付近で急に停車し,
アナウンスが車内に流れた。
東村山駅付近で脱線事故が起こったため,
復旧にはだいぶ時間がかかるので
振り替え輸送を利用してほしいとの趣旨だった。

そこで私は,バスで練馬高野台駅に向かい,
それで所沢駅まで行き,
所沢駅からバスで新所沢に帰ろうと計画した。

実際所沢駅に着いてみると
所沢ー本川越間はピストン輸送していたので,
所沢駅から新所沢駅へは電車で行くことができた。

振り替え輸送にしてはまあまあスムーズだったが,
それでも新所沢駅に着いたのは午後6時半頃だった。
(1時間以上よけいにかかった計算だ!)

振替乗車票(余ったもの)

007_2

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「日テレNEWS24」の記事より

24日午後、東京・東村山市の西武新宿線・東村山駅で
列車が脱線する事故があった。
この事故によるケガ人はいない。
事故の影響で、西武新宿線・小平~所沢など一部の区間は、
24日の運転を取りやめた。

 「西武鉄道」によると、24日午後4時40分頃、
西武新宿線・東村山駅で8両編成の上り列車の一部が脱線した。
列車は、駅の約100メートル手前で7両目が脱線したとみられ、
その後、約50メートル走行し、
先頭車両などがホームに入ったところで停止した。
当時、列車には450人の乗客がいたが、ケガ人はいない。
列車を調べたところ、後ろから2両目の、
車輪をつなぐ2本の車軸が外れていたという。

2011年12月24日 (土)

「世界を変えた男~スティーブ・ジョブズ」

先日亡くなったスティーブ・ジョブズ氏についての番組が,
昨日「NHKスペシャル」で放送された。
(NHKテレビ,午後10時~)

同時代に生き,世界を暴力によってではなく,
コンピューターという発明品によって大きく変えた人物。
それがスティーブ・ジョブズ氏だ。

昔「人間を解放する」という言葉は,
それまでの権力からの解放を意味していた。
だから,たいてい場合それは前権力の暴力的打倒を意味した。
しかし,支配から自由になり,物が豊かになっても,
その開放感は満足させられることはなかった。
心が解放されてこそ,それは得られるからだろう。

今数少ないチャンスが来ているのかもしれない。
それがコンピューターの分野だ。
かつてボーナスを賭して購入した機器は,
今やひと月の給料,いやひと月のお小遣いで
買えるところまで来ている。
そういう意味では金持ちが独占してしまうことを
コンピューターは脱することができた。

ここが人類の勝負のしどころだ。
私たち「フツーの人々」が手に入れた
このコンピューターを使って,
さらに楽しくごきげんな世の中を作っていくのだ!
(と,1人で興奮する私・・・)

かつてアメリカで若者たちのバイブルであった
『ホール・アース・カタログ(全地球カタログ)』という本がある。
理想の社会を実現させるための道具の数々,
自然エネルギーや宇宙,東洋思想が紹介されていたそうだ。
機械いじりが好きだったジョブズ氏は
コンピューターに心をひかれた。
当時最先端の技術だったコンピューターは,
人間の可能性を拡張する道具として紹介されていた。
(番組の解説より)

そういう意味ではジョブズ氏も「時代の子」で,
子どもの頃から理科系の親の導きもあって,
この分野に興味を示し,高校生のころから頭角を現したようだ。
(アルバイトで働かせてもらった企業での刺激もあったようだ)

ここで,スティーブジョブズ氏の死去の直後
朝日新聞に掲載された
「ジョブズ氏が繰り返した破壊と創造」
という年表&グラフを写真で紹介しておこう。
さまざまな発明品とアップルの株価を表しているものだ。

Photo_2

私が最初にパソコンに対して抱いた感情は,
必ずしもいいものではなかった。
むしろ悪いものだった。
今から10数年前学校にもパソコンが導入され,
「操作できる先生」と「操作できない先生」とを
差別するような研修が行われたからだ。
(当時の私にはそう感じた)
そこで,わざと「アナログ3兄弟」を称した時代もあった。
(学年でパソコンを拒否する3人の先生のことをこう自称した)

しかし,それから数年後,私はまったく逆のことを始めた。
21世紀のスタートの年である2001年に「IТ革命」を始めたのだ。
強制される研修は真っ平ごめんだが,
パソコンは今までの私のやってきたことを統合し,
さらに発展させてくれる何かがあると直感し・・・。

私のパソコン史は,4期に分けられる。

(1) 肥さんのパソコン草創期~最初の半年
(2) 「肥さんのメールマガジン」時代 2001~3年
(3) 「肥さんのホームページ」時代 2003年~
(4) 「肥さんの夢ブログ」時代 2005年~

今も読者の九想さんには,それぞれの時期に
様々なアドバイスをしていただき,
「パソコンの師匠」として感謝している。

最後に,スティーブ・ジョブズ氏が残した言葉を1つ。
「私がしたいのは性能のよいコンピューターを作ることではない。
コンピューターを使って感動を巻き起こすことなのだ」
(『ТIME』誌,1999年)

彼は芸術家であり,夢のあるコンピューターを作ることによって,
私たちの生活を大きく変革した「革命家」なのだと思う。

クリスマスカップ2011

昨日上記の大会に参加してきた。
(会場は,飯能市立美杉台中学校)

本来は飯能市内の大会なのだが,
年々飯能市の男子バレー部が減っていき,
今は美杉台中を残すのみとなってしまった。
(その美杉台中も来年は男バレがなくなるとのことで,
この学校を使った大会は今回が最後となる)

【午前中=予選リーグ】

対富岡中・・・17ー25
10ー10まではよかったが,そこから自滅してしまった。
ぜひ勝利したかった対戦だった。

対美杉台中・・・25ー13
最初に4連続失点であせったが,その後連続15得点などで勝利。

対鳩山中・・・25ー10
常にリードを保ち,相手チームを圧倒することができた。

【午後=3,4位決定戦】

対向陽中・・・25ー21,25ー23
接戦だったが,久しぶりに向陽中相手に勝利できた。
相手に故障者がいたとはいえ,この勝利は大きい。
(向陽中は,市内の新人戦の優勝校)

ということで,8チーム参加した中で,
3位となることができた。
新チームとしての初賞状である。

今後,行われる予定の大会。
所沢市内の1年生大会(1/9)
西部地区の1年生大会(2月)
富士見市の友好杯(2月)
モルテン杯(2月)
弥生杯(3月)
協会長杯(4月)
学総体(6月)

2011年12月23日 (金)

千恵さんのカナダ報告 2年目(4)

しばらく連絡が来なかったのでメールしたら,
またまた千恵さんがカナダ報告を送ってくれました。
なにっ?パトカーにご厄介になった?
これは読まないわけにはいきませんねえ。(笑)

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肥沼先生

ご連絡ありがとうございます。
ご無沙汰しています。

日本でも雪が降ってとても寒いという話を友人から聞いています。
こちらも、雪が降っているのですが、去年と比べると大分温かいです。
気温もまだマイナス5度前後とさまよっている状況です。
私の記憶だと去年の今頃は、20度位気温が低かったかと思います。

こちらはクリスマスシーズンで、私が働いているレストランもとても忙しくなってきました。
グループのお客さんで、クリスマスパーティーがあったり、
立地がショッピングモールの真ん中なので、
お昼過ぎから、買い物に来たお客さんが食べに来て、
客足が途切れることがなかったりといった感じです。
月末まではこの状況が続くそうで、私もほぼ毎日仕事という日々を送っています。

先日、ちょっと怖い体験をしたので、その件を報告したいと思います。
あまりいい報告ではないので、申し訳ないのですが。
先日、職場の同僚と一緒にカルガリーに行ってきました。
同僚がレンタカーを借りて、行きも帰りもずっと運転してくれたのですが、
その帰り道での出来事でした。
私は助手席に座っていたのですが、どうやら同僚が法定速度を超えて                         運転していたらしくパトカーに誘導されました。
同僚も困惑したようすで、どうしたら良いのかわからず、
とりあえず、路肩に停まり、様子をうかがっていました。
パトカーも後ろに停車したのですが、特に何も指示がなく、しばらく時間が経ちました。
そして、とりあえず、車の外に出たほうがいいのではないかということになり、
ドアを開け、外に出ました。
するとパトカーの中の警察官がすごい剣幕で「車に戻れ!!」と指示してきました。
慌てて車に戻り、しばらくすると、警察官2人が運転席と助手席のドアのところに
それぞれやってきました。 
懐中電灯で照らされ、何だか映画の1シーンのような状況でした。

警察官の人達が私達の顔をみて、運転席に座っていた同僚に話しかけ、
地元の人間ではないということがわかるとすぐに
「こういう状況の場合、車から出てこられると、こちらとしてもすごい緊迫するから、
車の中で待つように」と言われました。
2度とこのような経験をすることがないに越したことがありませんが、
次に何かあった際はとりあえず車からでずに、
座ったまま待つのがよいということを学びました。

その後は、警察官からいわゆるスピードチケットを渡され、ことがすみました。
指定の金額を裁判所で払うということだそうです。
職場の人によると、裁判所に行って、なぜスピードオーバーしたのかという理由、
例えば、となりの車線の車を追い越すのに、
どうしてもスピードがでてしまったとか、トイレにどうしても行きたくてといった理由で、
それが認められれば、罰金が割引になることもあるとのことでした。
同僚は、英語での手続きに不安があるとのことで、
インターネットで、クレジット決済をしたとのことでした。
それを聞いた際、スピードチケットの罰金をインターネットで支払えるのかと思うと、
何だかいいのか悪いのかという感じがしました。

さて、こちらでは12月26日はボクシングデーという大バーゲンの日です。
日本でいう初売りセールのようなものでしょうか。
全部のお店が一斉にバーゲンを行うので、
私が働いているお店は1年で1番忙しい日になるそうです。
去年は、ホストファミリーの元を訪ねていて、お休みを取ったのですが、
今年は社員ということでとてもではありませんが
お休みを取るどころではありませんでした。
どれほど忙しくなるのか、今から少し怖気づいていますが、
すべて順調にいくことをいのるしかないですね。

もう中学校も冬休みに入るころでしょうか。
良いクリスマスをお過ごしください。
またご連絡させて下さいね。
お身体にお気をつけて。

近藤千恵

学年集会でクリスマス企画について話す

昨日の4校時は学年集会だった。
そこで少し時間をもらって,
学級委員会のクリスマス企画について話した。

(1) 8歳のバージニアちゃんの疑問とサン新聞の社説
(2) 「見えないサンタクロースを意識できる」ことの幸せ
(3) 来年度の企画(漢字一字で今年の決意を表そう!)

その前に各クラスの反省。そのあとに先生たちからの
学習面と生活面の話。最後に学年主任の話と,
盛り沢山の学年集会だった。

金森博雄博士のインタビュー記事

昨日の朝日新聞の朝刊に,
カリフォルニア工科大学教授の
金森博雄さんのインタビュー記事が載っていた。

金森博士の存在は,板倉さんの『たの授』の記事で
すでに知っていたので,興味深く読んだ。
「地震は正確な予測はできない」が,
「最新技術を使えば,警報はより早く」出せることが,
わかりやす書かれていた。

また,他の分野との協力の大切さや
地震学者自身が大学に閉じこもらず,
防災機関にどんどん発言していくことの必要性が
説かれていて,好感が持てた。

へとへとのゴール

昨日は「2学期前半最終日」だった。
6時間授業の上に,清掃まであった。

3学期制の頃は,こんなことはなかった。
午前中に終業式と学活などがあり,
半日で終わった。

生徒も先生もウキウキして冬休みに向け動き出し,
今のようなへとへと感はなかった。
しかも,通知表ももらうのでけじめがついた。
「暑くなれば夏休み,寒くなれば冬休み」の
日本の風土に適していた。

「授業確保」の美名の下で,
残念ながら私たちは大切なもの
(けじめや余裕,生徒と先生の交流など)を
失ってしまったのではないだろうか。
「テスト範囲が広すぎる」という批判は,
かなり前から生徒たちに出ている。

論語に「失敗に気がついたら,
ただちに直すのがよい」とあったと思う。
2学期制の実施率の低さ(2割台)を,
謙虚に反省材料にすべきだと思う。

2011年12月22日 (木)

2学期前半を振り返って

上記の題名で今日学級通信を発行する。
10/12~12/22の47日間の行事を振り返ったものである。

この47日間の前半には,合唱コンクールが行われた。。
体育祭で下位(6クラス中5位)だったので,
クラスとしても頑張りどころだったが,
お陰で銀賞(2位)をゲットすることができて盛り上がった。

その後,私は仮説実験授業の授業書である
〈指揮者のミス〉や〈心理学入門〉を道徳で行っていった。
これらには,校長先生をはじめとした参観者もあり,
生徒たち自身も楽しんでくれた。(感想より)

このほか,歴史の「「邪馬台国」はなかった!」や
「歴史人物かるた」も最後の方で立て続けにやった。
(このかるたは,予想以上にウケた!)

このように「楽しい授業日記」みたいなもので
その時期を振り返ることで,
私なりにけじめのない2学期制に
けじめをつけているつもりだ。
そういう気持ちで年に4回,「振り返って」いる。

歴史人物かるた2011(中1)

冬休み前の最後の社会科は,
「歴史人物かるた」を行った。

小学校の復習編で分かりやすいこともあって,
多くの生徒が「楽しかった」「面白かった」と
感想を書いてくれた。

いつもの通り前半で班ごとの競技を行い,
後半で「マイかるた」を作った。
これらは2月に行う2学期期末テストでも出題する。


● 歴史人物かるた

① 「邪馬台国」のナゾの女王・卑弥呼
② 法隆寺を建て遣隋使を送った?聖徳太子
③ 遣隋使として中国に渡った小野妹子
④ 「大化の改新」で蘇我氏を倒した中大兄皇子
⑤ 藤原氏のもとを築いた中臣鎌足
⑥ 仏教の力に頼り東大寺を建てた聖武天皇
⑦ 農民たちに支持された僧・行基
⑧ 荒海を渡り唐招提寺を建てた名僧・鑑真
⑨ 「この世をば・・・」と歌によんだ貴族・藤原道長
⑩ 『源氏物語』の作者・紫式部

⑪ 『枕草子』の作者・清少納言
⑫ 「平氏でない者は・・・」とおごり高ぶった平清盛
⑬ 鎌倉幕府を開いた将軍・源頼朝
⑭ 「一の谷」の戦いで活躍した武将・源義経
⑮ 二度にわたる元寇の時の執権・北条時宗
⑯ 室町幕府の頂点金閣寺を建てた足利義満
⑰ 銀閣寺を建てたが銀ははれなかった足利義政
⑱ 水墨画を大成した雪舟
⑲ 日本にキリスト教を伝えたザビエル
⑳ 楽市・楽座で商業を保護した織田信長(大幅に変更)

21 全国統一に成功して大阪城を築いた豊臣秀吉
22 関が原の戦いに勝ち江戸幕府を開いた徳川家康
23 「生まれながらの将軍」といわれた3代・徳川家光
24 元禄文化人形浄瑠璃の作者・近松門左衛門
25 化政文化「東海道五十三次」の作者・歌川広重
26 国学者で『古事記伝』を著した本居宣長
27 『解体新書』を仲間と翻訳した杉田玄白
28 全国を測量して「日本全図」を作った伊能忠敬
29 鎖国する日本に開国をせまったアメリカのペリー
30 江戸城の無血開城に成功した勝海舟

31 西南戦争の中心人物・西郷隆盛
32 明治初期に欧米に派遣された大久保利通
33 薩長同盟で日本の流れを変えた坂本竜馬
34 慶応義塾を建て『学問のすすめ』を著した福沢諭吉
35 早稲田大学を建て立憲改進党を作った大隈重信
36 自由民権運動をリードし自由党を作った板垣退助
37 ドイツに憲法を学び初代内閣総理大臣の伊藤博文
38 治外法権の撤廃に成功した陸奥宗光
39 関税自主権の回復に成功した小村寿太郎
40 細菌学で黄熱病の研究をした野口英世

天体望遠鏡

小学1年の時クイズ番組で,
天体望遠鏡が当てたことがある。

その時その天体望遠鏡で見て感動したものは,
月面のクレーター,土星の環,
木星と4つのガリレオ衛星などだった。

子ども用の天体望遠鏡でもそのぐらいは見えて,
そのあと金星が満ち欠けすることや,
オリオン座の星雲が加わったくらいだが,
宇宙へのあこがれは心の中でずっと続いていた。
(もしかしたら,私は天文学者になりたかったのかも・・・)

昨日リサイクルショップで
子ども用の天体望遠鏡が出ていたので,
冬休みの楽しみに購入してみた。
また,小学校以来の観察を繰り返すことになるのだろう。
天体望遠鏡は私にとって,生涯何回か出会う,
ロマンチックな心の現われなのかもしれない。

2011年12月21日 (水)

「「邪馬台国」はどこだ!」2011

昨日歴史の時間に上記の授業プランをやった。
私が仮説実験授業と古田史学から学んだことを,
今から20年前にまとめた1時間ものの授業プランだ。

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Q1 弥生時代の鏡はどこから多く出土しているか?
ア.北九州 イ.大和 ウ.その他 (正解は,アとイとする)

Q2 弥生時代の青銅器の武器(祭器)はどこから多く出土しているか?
ア.北九州 イ.大和 ウ.その他 (正解は,アとウ(出雲)とする)

Q3 弥生時代の鉄器の武器(実用の武器)はどこから多く出土しているか?
ア.北九州 イ.大和 ウ.その他 (正解は,アとする)

Q4 弥生時代の絹はどこから多く出土しているか?
ア.北九州 イ.大和 ウ.その他 (正解は,アとする)
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以上のように考古出土物の分布を聞いていくシンプルなものだが,
実はこれがなかなかいいのだ。
「邪馬台国」はどこにあったかを探るには,2つの方法がある。
文献的手法(魏志倭人伝など)と
考古学的手法(考古出土物の分布図から見ていく)だ。
私の授業プランは後者のものだ。
(前者について扱った「「魏志倭人伝」を読もう!」
という私の3時間ものの作業プランもある)

生徒たちは最初何をやっているかピンとこないが,
だんだん予想が当たったり外れたりしているうちに,
「邪馬台国」探しに乗り出してくる。

この4つで見ていくと,圧倒的に北九州説が有利なのだが,
私の言いたいことは,中学生にも「武器」さえ与えれば,
歴史研究者と同じように「邪馬台国」のありかについて,
語る資格を得られるというところにあるのだ。
(いくら高名な学者がえらそうに語っても,
「でも,考古出土物はそうなっていませんよね」と突っ込めるのだ)

作文の方法を伝授した「形式を教えちゃおう!」にしても,
中学生たちは方法さえつかめばどんどん力を発揮する。
その「武器」をもっと彼らに教えてあげたいと思う。
(憲法や法律が,彼らを縛るものと教えるか,
彼らを守るものと教えるかも同様の例だ)

昨日の授業で,北九州説になった生徒はクラスの半分を越えた。
(わかからない→北九州説14名,大和説→北九州説2名)
もともと北九州説だった7名を含めると,
34名中23名が北九州説を支持するようになった。
(しかも自信を持って。普通は大和説の方が多くなる)

「縄文時代」はなかった(2)

先日の話題の教科書を,
同僚のK先生が生徒から持ってきてもらい,
私も昨日見ることができた。

東京書籍の6年社会の教科書は,
「1米づくりのむらから古墳のくにへ」からスタートし,
まず弥生時代と古墳時代を学ぶ。
そのあと,「今まで学習してきた時代を年表で表してみよう」で
縄文時代のことが出てくる(旧石器時代はここでも出てこない)。

三内丸山遺跡の写真はなっているものの,
印象はとても弱い感じで,縄文大好き人間の私にとっては,
「縄文時代」はなかった!という感じがした。

ちなみに「縄文カレンダー」はなく,
「縄文・弥生カレンダー」のようなものが出ているのだが,
これでは両者がごっちゃになってしまって,
ここでも「縄文時代」はなかったという感じだ。

ちなみに,この年表のあと習うのが,
「2聖武天皇と奈良の大仏」であるから,
小学校で歴史を習うというのはこういうことだったのかと,
教員生活30年にしてあらためて実感したのただった。

私は社会科サークルで小学校の先生の話を聞いていたが,
こういう中で授業書《日本歴史入門》をやる意義を
あらためて思った。

「謎解きはディナーのあとで」最終回

私は原作本から入ったのだが,
「謎解きはディナーのあとで」の最終回が
昨日放送された。(フジテレビ,午後9時~)

最初の頃はぎこちなく感じた配役も,
回数を経るにつけなじんできて,
今は執事の影山(櫻井翔),お嬢様の麗子(北川景子),
刑部の風祭(椎名桔平)の配役もハマってきた。
これなら原作さえ出来れば,何作でもできるように思う。

「水戸黄門」が一昨日放送を終えた。
あそこまでの長寿番組にはならないだろうが,
勢いのあるここ数年間は同じ配役でいけるのではないかと,
人気の作品に私はエールを送りたい気持ちだ。

2011年12月20日 (火)

〈心理学入門〉が第2部まで進む

道徳で行っている〈心理学入門〉は,第2部まで進んだ。
月曜日ということもあってやや落ち着かなかったが,
りこうな馬ハンス,チンパンジー,警察犬,試薬の仕方と
興味深い話が続き,内容的にも豊富だった。

キリのいいところが感想の取りどころかなと思い,
第2部を終えたところで感想を書いてもらった。
りこうな馬ハンスを中心に多くの話が印象に残ったようだ。

ここで冬休みをはさんで,一休み。
また1月から再開して(私自身もサークルで続編を仕入れて),
第3部以降を実施したい。

2年選択社会も同じところで止めた。
あちらは今「プロジェクトX」のビデオがウケている。
(先週は「ツッパリ生徒と泣き虫先生」を,
今週は「南極観測船「宗谷」の活躍」を見せた)

こちらの体調が良くない時はビデオは楽でいいのだけれど,
せっかく授業書があるのなら,
私はそれを優先したいと思っている。
人生で仮説実験授業の授業書に出会う確率は
それほど高くないと思うので・・・。

大宝年号をめぐって

九州年号の存在と先在を知っている私としては,
「大和年号」とも呼ぶべき年号で,
最初に作られたのは「大宝」ということになる。

なるほどここから現在の平成まで1300年以上
途切れることなく続いているわけで,
本格的な年号といってもいいものかもしれない。
ただ,2~3気になることもあるので,
それをここに書いておきたいと思う。

1.大宝年号の多元性

念のためにウィキペディアで「大宝」を調べてみた。
すると大宝は「大和年号」だけではなかったのだ。

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大宝 (梁) : 南朝梁で使用された元号(550年 - 551年)。
大宝 (日本) : 文武天皇の時期に使用された元号(701年 - 704年)。
大宝 (南漢) : 五代十国時代、南漢で使用された元号(958年 - 971年)。
大宝 (大理) : 大理国で使用された元号(1149年 - 1155年)。
大宝 (黎朝) : ベトナムの後黎朝で使用された元号(1440年 - 1443年)。
大宝 (蔡伯貫) : 明代に蔡伯貫が使用した元号(1565年)。
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「大和年号」のほかにも5つの「大宝」があり(多元性),
しかも,そのうち梁の「大宝」は「大和年号」より150年ほど古い(先在性)のだ。
「大和年号」の「大宝」を定める時,
この梁の「大宝」は意識されなかったのだろうか?
というのが,私の疑問の1つ目である。

2.唐は不快感を示さなかったのだろうか?

年号を定めるという仕事は,天子のものである。
「2人の天子は要らない!」
というわけで,歴史上いろいろな戦いが行われてきた。

ということは,唐の皇帝は「大和年号」が定められる時,
それに不快感を示さなかったのだろうか?
「僕も作るから,君たちも作れば」というように,
簡単に許したのかということだ。

また,「大宝」は先程見たように
南朝系(唐は北朝系)の梁の年号だったのだ。
それを「大和年号」として定めるというのは,
心穏やかでなかったと思うのだが,いかがだろうか?

よく8世紀前半は「唐との蜜月時代」と言われるほど頻繁に
(260年間に20回?)遣唐使が送られた。
しかし私には,「大宝年号」は問題なく受け入れてもらえたというのが,
解せないといえば解せないのである。

2011年12月19日 (月)

速報! 『「九州年号」の研究』ができました!!

みなさん 速報です!

今「新古代学の扉」のサイトの人気コラムである
「古賀達也の洛中洛外日記」を読んだら,
第363話(2011/12/18)として
“『「九州年号」の研究』上梓”の話題が出ていた。

古田武彦氏の古代史コレクション(復刊・増補版)に
割り込むようにして作られた新刊である。
期待度,大!である。

ぜひ発行元のミネルヴァ書房に注文されたし!
私も何冊かまとめて買って,興味のある人に紹介したい。
価格は,3000円弱だと思う。

【九州年号とは・・・?】

九州王朝説を支える有力な証拠の1つが,
517~712年の195年にわたって
連綿と続いていた32個の九州年号である。
それを紹介しておこう。

継体・・・517~521年(5年間)
善記・・・522~525年(4年間)
正和・・・526~530年(5年間)
教到・・・531~535年(5年間)
僧聴・・・536~541年(5年間)
明要・・・541~551年(11年間)
貴楽・・・552~553年(2年間)
法清・・・554~557年(4年間)
兄弟・・・558年(1年間)
蔵和・・・559~563年(5年間)

師安・・・564年(1年間)
和僧・・・565~569年(5年間)
金光・・・570~575年(6年間)
賢接・・・576~580年(5年間)
鏡当・・・581~584年(4年間)
勝照・・・585~588年(4年間)
端政・・・589~593年(5年間)
告貴・・・594~600年(7年間)
願転・・・601~604年(4年間)
光元・・・605~610年(6年間)

定居・・・611~617年(7年間)
倭京・・・618~622年(5年間)
仁王・・・623~634年(12年間)
僧要・・・635~639年(5年間)
命長・・・640~646年(7年間)
常色・・・647~651年(5年間)
白雉・・・652~660年(9年間)◆
白鳳・・・661~683年(23年間) 663年,白村江の戦い(倭国=九州王朝の大敗北)
朱雀・・・684~685年(2年間)
朱鳥・・・686~694年(9年間)◆

大化・・・695~703年(9年間)◆
大長・・・704~712年(9年間)

◆は「日本書紀」に出てくる年号である。
「日本書紀」はその一部(3つ)だけを,順も変えて,
「盗用」していたことがわかっている。
712年は「古事記」が完成した年である。

『マイブック~2012年の記録』を購入

毎年年末になると上記の本が書店に横積みとなる。
日記風の文庫本である。(新潮文庫,340円)

013

約1年前に「よし,今年は絶対1冊書き上げるぞ!」と
気合を入れて書き始めたのが,
あと2週間というところまで来ている。

「その日に書いたブログの題名を1年間メモする」
という課題設定がよかったのか,
私もあと2週間で文庫本をものする「作家」の仲間入りだ。
(えっ?そういう作家の定義はおかしいって?)
そんなことは知りません。
もちろん本屋の棚には並びませんが,
我が家の本棚には記念すべき1冊として,
しっかり並びますから・・・。

ちなみに,来年も趣向を変えて書いてみようと思っている。
(実は,「ブログの題名」は6年前から日記に記録していた)
「今日の献立」にするか,「いいこと日記」にするか,
「肥さん語録」にするか・・・。
また決まったら,ここに書くことにするつもりだ。

みなさんも『マイブック』を活用してみては?
340円なので,費用は1日1円ぐらいです!(笑)

昨日の部活動 12/18

昨日は,午前8~12時半のコマだった。

私は実家に用事があって少し遅れて参加したが,
サーブレシーブ辺りをやっているところだった。
大学生のK君が今日も手伝いに来てくれて助かる。

「声の出ないのとスタートの悪さは一流」で,
サーブからの展開にしても,
いつもレギュラーチームの方がリードされている。
(と思うのは,私だけだろうか?)

そもそもバレーボールの試合というのは,
まずガチンコで先制点を取りに行き,
ある程度点数をリードをしながらゲームを進め,
20点を目安に勝負をかけるものだと思うのだが,
彼ら(男バレ)の様子を見ていると,
10点までの得点の比率がいつも5ー5まで行かず,
つまり4ー6とか3ー7で折り返し,
ひたすらそのセットを失うために戦っているような気が
私はしてしまうのだが,いかがだろうか?

これだけたくさん時間をかけて練習
(月と水は社会体育も)を行い,
顧問の先生も専門的な指導ができ,
先輩たちも献身的に助けてくれていて,
それでもなかなか進歩が見られないのは,
副顧問の目からみても大変残念だ。
(と,ブログには書いておこう)

PS 12月23日のクリスマスカップ(美杉台中)は,
「留守番」ということになった。
女バレの練習につく。

2011年12月18日 (日)

古代史フィールドワーク

昨日は午前7時半から11時半まで,
古代史フィールドワークをした。

(1) 所沢中正門付近も発掘を!

フラワーヒル→所沢新町→花園→松葉町→緑町→泉町と
南下を続けた東山道武蔵路は,
どうやらけやき台の所沢中・正門付近を通るようだ。
確認の意味で,ぜひ発掘をしてほしい。

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(2) NТТ東日本も発掘を!

同様に,もと電信電話公社の広い敷地も通過しそうだ。
東西に細長~いトレンチを入れてほしいな。

(3) 南陵中校庭にソイルマークは出ないか?

南陵中校庭(いわゆる「東の上遺跡」)には
幅12m幅のソイルマークが出ていないかと思って立ち寄ったが,
残念ながら分からなかった。
南陵中の南にあるアパート辺りがその位置の目安。

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(4) 東村山ふるさと歴史館

勅使河原先生(考古学)が関わっているというので寄ってみたら,
その立派な展示に驚かされる。
東山道武蔵路についての写真や資料が豊富で,
私としてはうれしい限りだ。
発掘による推定だが,八国山も通過しているようだ。
千葉敏朗さんという職員の方との新しい出会いがあった。
また,千葉さんの著書『縄文の漆の里・下宅部遺跡』(新泉社)にも出会えた!

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(5) 八国山たいけんの里

千葉さんからご案内いただいて,
東村山ふるさと歴史館から西に歩くこと1キロ。
そこには,下宅部遺跡(縄文時代を中心とした複合遺跡)の
豊富な出土物が展示してある八国山たんけんの里があった!
縄文時代の木製品の出土にまずびっくり!
また,注口土器や漆塗りの道具類は,
青森の是川遺跡を彷彿とさせるものがあった。

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(6) 東山道武蔵路は八国山を越えたようである!

北山小学校の北側の八国山は意外と標高が低く,
馬を下りて引いていけば簡単に越えられそうだった。
私も歩いて尾根道に上がったが,
ハイキングをする人やロードレースの練習をする人に
何人も出くわした。
迂回するほどの勾配ではないという感覚は,
フィールドワークならではの発見だ。
特に将軍塚付近は発掘もされていて(八国山緑地),
元弘の碑(1333年)の出土地でもあるので,
古代から道があっても不思議ではないと思った。

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(7) 『縄文の漆の里・下宅部遺跡』も入手!

八国山の尾根道から下り,東村山駅前のあゆみ書店で,
先ほどの千葉さんの『下宅部遺跡』の本を入手した。
写真も多く分かりやすい記述で,好感が持てた。
なお,東山道武蔵路は,東村山駅北の踏み切り付近(西側)を通り,
さらに南下して国分寺方面に向かう。

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このようにして,発見あり,人や本との出会いのあった
充実したフィールドワークは,ここに幕を閉じた。

昭島サークル2011年12月例会

昨日は午後2~6時に,上記のサークルに参加した。
(正式名は,「たのしい教師入門サークル」)
場所は,昭島公民館。
20人ほどの参加で,いつも以上に資料が多く驚いた。

(1) たのしい授業通信11月号(佐竹さん)
(2) サンタクロースっているの(綿貫さん)
(3) 保護者から「批判」が出たら(山路さん)
(4) たのしい授業3つの柱(小川さん)
(5) はじめてのテープ起こし(中林さん)

(6) 小原さんの講演「伝える力」(中林さん)
(7) 不思議なドア(紹介・小川さん)
(8) おいしいラーメンを出し続ける・・・楽しい授業をし続ける(木下さん)
(9) 1年生とたのしんだ《空気と水》(森田さん)
(10) 大学生によるたのしい授業記録(小原さん)

(11) 農学部の学生と《タネと発芽》(中さん)
(12) 被災地・福島での研究会(中さん)
(13) ギフチョウとアオイ(中さん)
(14) 「おとうさん・おかあさん ご安心ください」(中さん)
(15) 学習について(紹介・中さん)

(16) 2学期までを終えて(市原さん)
(17) 授業記録《ものとその重さ》(伴野さん)
(18) 「なめられる」ということについて(中野さん)
(19) よくある学級・授業トラブルと解決の手立て(田辺さん)
(20) 第2回「よくある学級のトラブル」解決法研究会(田辺さん)

(21) 肥さんのホームページ&肥さんの夢ブログの紹介(肥沼)

私は(17)までで帰宅したが,本当にすごい「生産量」の会だ。
最後に,購入した書籍を2冊。

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2011年12月17日 (土)

小学校への出張と忘年会

学区内のY小学校に全職員で出張に出かけた。
いわゆる授業研究会で,
来年以降に出会う生徒たちに会うことができる。

6年生は来年度すぐ(4ヶ月後)。
5年生は再来年に(1年4ヶ月後)。

私は5,6年生の授業を参観したのだが,
全体として中学校よりゆったり時間を使って
活動させているものが多かった。
(6年生の社会科では45分のうち半分以上が調べ学習)
ただ,国語の話し合いの授業は,
児童たちの意見が活発に交わされ,
これまでの討論を彷彿(ほうふつ)とさせるものがあった。
(うちのクラスでもやれないかなあ)

授業後は,全体会の講演(「学力向上」に向けての)。
勤務校の学力テストの結果は参考になった。
今の2年生と3年生の「中1終了までの学力」の表をもらった。
(学校間,学年間でこんなにも違うのかと思った)

夜は先生方との忘年会。
ふだん話さない話題もたくさん出て,
楽しく2時間を過ごした。

「縄文カレンダー」を使って

「縄文カレンダー」という教材がある。
四季の食べ物や仕事を春夏秋冬に割り当て,
縄文時代をイメージさせるものである。
K先生のプリントでは宿題として書かせるのだが,
私は「2011(平成23)年カレンダー」をまず出し合ってから,
その「縄文絵日記」(四季のうち2つを選ぶ)
を書かせることにした。

生徒たちの出した「2011(平成23)年カレンダー」の食べ物

002_2

こういう時活躍するのは男子たちで,
多少的外れの答えもなくはなかったのだが,
授業を盛り立ててくれた。

そのあと,アニメ日本の歴史から「幻の邪馬台国~女王卑弥呼」を見せ,
次時につなげた。

来週は「「邪馬台国」はどこだ!」と「歴史人物かるた(小学校の復習編)」で
楽しく「歴史入門」の締めくくりをしたいと思う。

年賀状2012(案)

12月15日から年賀状の受付が始まった。
私はほとんど返信用として年賀状を考えているので,
25日の締め切りまでに間に合えばいいのだが,
2012年用としてこんなものを考えている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

明けましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いします。

【授業】授業書《はじめての世界史》を4月に6時間
実施したほか,《沖縄》《差別と迷信》《世界の国旗》
《心理学入門》などの仮説実験授業を実施し,8月
には18年ぶりに夏の大会(後泊して九州古代史の
旅も)にも参加しました。

【古代史研究】ミネルヴァ書房から出版された『俾弥
呼』を読んだほか,11月に行われた第8回古代史
セミナーに参加しました。また,12月に「古代日本
ハイウェーは九州王朝の建設した軍用道路か?」
を書き,「東山道武蔵路」研究会を発足させました。

【ブログ】おかげ様で,「肥さんの夢ブログ」は,44万
アクセス近づきました。「聡美先生の御蔵島便り」や
「千恵さんのカナダ報告」などのミニガリ本で,若い
人たちの応援をしました。

【旅行】今年は夏の大会から東北古代史の旅へ!

住所,氏名,電話,メールアドレス

あなたへ[                       ]

2011年12月16日 (金)

『ミニ授業書〈オリンピックと平和〉』が届く

ついに待望の本が届いた。
吉田秀樹著『ミニ授業書〈オリンピックと平和〉』(仮説社)である。
(イラストは,竹田かずきさん)

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この本は,本文57ページの中に9つの問題があり,
(3~4時間ぐらいの扱い)
それをみんなで予想しながら読み進めていくと,
「オリンピックと平和」というテーマが学べるというものだ。

吉田秀樹さんは仮説実験授業の会員の方で,
長い間古代ギリシャを研究されていたが,
そのうちの一部が書籍として出版されたのだった。
(ギリシャ彫刻などの研究もされているので,
今後さらに続編が楽しみである)

来年はロンドンオリンピックも開催されるので,
それに合わせて授業にかけてみたい。

世界の国々かるた2011

2年生の地理は,世界の国々のところを勉強している。
そこで,「世界の国々かるた」をやることにした。
全部で48首ある。

● 世 界 の 国 々 か る た

① 短い夏 イヌイットの人々も住む カナダ
② 世界をリードしたい アメリカ合衆国
③ アメリカのおとなり メキシコ合衆国
④ 砂糖が多い 社会主義の国 キューバ
⑤ 赤道直下 アマゾン川の広がる ブラジル
⑥ 昔「インカ帝国」の国 ペルー
⑦ 南北に 細長~い国 チリ
⑧ 牛肉と小麦はここに アルゼンチン
⑨ 福祉の進んだ 北欧 スウェーデン
⑩ 世界初! 産業革命の国 イギリス

⑪ イギリスのおとなり アイルランド
⑫ 大西洋につき出た ポルトガル
⑬ 闘牛と 情熱の国 スペイン
⑭ 実は ヨーロッパの大農業国 フランス
⑮ このチーズは だれんだ? オランダ
⑯ ヨーロッパの 大工業国 ドイツ
⑰ 永世中立国だった 観光の国 スイス
⑱ 音楽の都 ウィーンをもつ オーストリア
⑲ ブーツの形の イタリア半島
⑳ 昔は イスラム教の大帝国だった トルコ 

21 ナイル川のほとりに ピラミッドの国 エジプト
22 チョコレートの原料 カカオのとれる ガーナ
23 今後が心配な国 コンゴ
24 アパルトヘイトの 差別があった 南アフリカ共和国
25 湾岸戦争 フセイン大統領の イラク
26 砂漠の下に 石油がねむる サウジアラビア
27 イライラ戦争は もう イラン
28 インドのおとなり イスラム教の パキスタン
29 人口10億 ヒンドゥー教の国 インド
30 昔ビルマで 今ミャンマー

31 仏教を大切にする国 タイ
32 ゴムと錫(すず)のとれる国 マレーシア
33 とってもおいしい フィリピンバナナ
34 1万以上の島々と 石油がとれる インドネシア
35 人口14億 世界の5分の1は 中国人
36 日本とは 国交がないよ 北朝鮮
37 おとなりの国 ハングルの 大韓民国
38 ジャングル広がる パプア・ニューギニア
39 石炭と 鉄鉱石の オーストラリア
40 キウイで有名 ニュー・ジーランド

41 面積が 一番広い ロシア連邦
42 太平洋と 大西洋をつなぐ パナマ運河
43 新興工業経済地域 NIESの一つ シンガポール
44 人口ベスト10 イスラム教の国 バングラデシュ
45 人口ベスト10 アフリカで一つは ナイジェリア
46 カカオの生産で ガーナをぬいた コートジボワール
47 黒人奴隷たちが作った 自由の国 リベリア
48 フィヨルドの狭い入り江 遊覧船にみんなで ノルウェー

このシリーズには「ダジャレ」が入っていて,
生徒たちにもウケがいい。
(かるたは,一種の言葉遊び?)

来年はロンドンオリンピックも開かれるので,
世界の国々の名前を覚えるのは有益に違いない。
また,ミニ授業書〈オリンピックと平和〉をする伏線にもなると思う。

イントロクイズと百人一首

スキー教室のバスレクでイントロクイズをしたいという。
曲の先頭部分だけ聴いて,曲名を当てるというあれである。
このレクは「言うは易し,行なうは難し」のレクで,
どうなることやら・・・といったところだ。

ただ,とにかく数をやるつもりでCDをどんどん録音すれば,
もしかしたら意外に簡単にできてしまうのかもしれない。
(私はチャレンジしたことがないのでわからないが)

ふと思いついたのだが,最初の瞬間を争うという
古典的な「イントロクイズ」がある。百人一首だ。
この競技は,上の句の早い段階で札を取れれば勝利する。

百人一首には「む」「す」「め」「ふ」「さ」「ほ」「せ」という
最初の一字だけで札を取れる特殊札がある。
これなどまさに反射神経の問題という感じだ。

私は中学の頃赤門塾という学習塾で勉強した。
そのお陰で,この7つの特殊札の「下の句」を言えるのだ。エヘン!

「む」→霧立ち上る秋の夕暮れ
「す」→夢の通い路ひと目よくらむ
「め」→雲隠れにし夜半の月かな
「ふ」→むべ山風を嵐といふらむ
「さ」→いづこも同じ秋の夕暮れ
「ほ」→ただ有明の月ぞ残れる
「せ」→われても末に会わむとぞ思ふ

なんで,下の句が出るといいかというと,
源平戦で札を並べる時,
上の句で並べると相手に配列がバレてしまうが,
下の句でならべるとバレずに有効だったので。
(ただし,下の句で並べてもバレるような相手には,
どう並べてもかなわないと思う)

ああ,久しぶりに百人一首をしたいなあ。

2011年12月15日 (木)

歴史のものさしと土器の判定の授業

昨日「「縄文時代」はなかった」と書いたが,
学校に行ってことの次第が判明した。
「縄文時代」はあった,のだった。

文科省・・・「深入りしない」という名目で,
 教科書に旧石器時代,縄文時代という言い方を出さない
現場の先生・・・旧石器はともかく縄文時代は教えないわけにはいかないので,
 授業中に資料集を併用して教える

こういう力が働いたようで,
1年半ぶりでかなり「言葉」を忘れていた生徒はいたが,
再テストをしたらほとんどの生徒が「言葉」を思いだし,及第点を取った。

そのあと,2つの内容を授業した。

(1) 歴史のものさし

昨日黒板に人類の歴史を描いた。(3m50cm=350万年)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
人類の        旧石器時代 349万年            最後の1cm 縄文
誕生         (ずっと土器がなかった)                     時代
                                               (1万年)
                                       最後の1mm 弥生
                                                 時代
                                                 (1000年)

(2) 土器の判定

勤務校には縄文土器と弥生土器のレプリカが結構あるので,
「土器の判定」の授業をした。
つまり10個の土器を,色・厚さ・文様を確認しながら
みんなで縄文なのか弥生なのかを判定していくという内容だ。

中には縄目の文様がないのに縄文土器だったり,
逆に縄目の文様があるのに弥生土器だったり,
結構ややこしいものもある。

10個中9個当てた生徒が1人,
8個当てた生徒が1人いた。

他の時代の美術品などでも,
この判定の授業をやってみたいと思う。

所商出身バッテリー!

教え子の米田君の所属する信濃グランセローズは,
今季惜しくも優勝を逃してしまったのだが,
ここへ来て朗報が入った。
米田君と同じ所商出身の新人投手が,
ドラフト会議の結果入団してくるらしいのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◆和田 有斗 (わだ あると)
 ポジション 投手
 生年月日  1990年1月21日 21歳
 投/打    左/左 
 身長/体重  182cm/82kg
 血液型   AB型
 出身地   埼玉県
       埼玉県立所沢商業高校-東京国際大学
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
来季は所商出身バッテリーが信濃グランセローズに,
勝利の喜びをもたらしてくれることを信じたい。

非行防止,防犯教室2011

埼玉県警の女性警官2人による上記の会が,
昨日の3・4校時に体育館で行われた。

Photo_2

(1) おはなし
(2) ロールプレイ
(3) 質問コーナー

(2)や(3)が意外に生徒たちの興味を引き,
1時間半ほどで会は終わった。

感想用紙は750字もあるものだったので,
長すぎないように600字をゴールとした。
(1)(2)(3)に200字ずつあてれば書けるのだが,
そういう知恵はあまり働かないらしかった。

2011年12月14日 (水)

社会科サークル2011年12月例会

昨日は上記のサークルに参加した。
(私のほかに,篠原さん,大石さん,宮崎さん,荻原さんが参加)

内容は,小学校の篠原さんの「昔の生活」という報告だった。
東日本大震災の時の「計画停電」を導入に使った
なかなかいい授業だった。
いろいろな灯油ランプも購入され,
モノ的にも楽しかった。

1月は恒例の新年会を行う予定。
(1月12日(木)午後6時~,土風炉にて)

2月は荻原さんが「ハンガーマップを使った環境学習」について
報告して下さるそうだ。楽しみ~!
(2月14日(火)午後6時~)

「縄文時代」はなかった

昨日歴史の授業で小学校で習った
縄文時代と弥生時代の復習をしようと,
同僚のK先生の作られたプリントをやったみた。

ところがほとんど全部かけている生徒がいる一方で,
まったく書けていない生徒も少なくない。
これはどうしたことだ。
1クラスでこんなに学力の差があっていいものか・・・。

とりあえず「1年半前の授業のことだから,
忘れているのかな?」と思った私は,
「明日もう1度同じ問題(小テスト)をやるので,
勉強してきてね」と言い渡し,帰りの会でも再確認した。

昨夜,社会科サークルがあった。
その終わりの方で,私は小学校の先生方に遠慮気味に質問をした。
「小学6年で,縄文時代や弥生時代のことを勉強するんですよね?」
すると小学校の先生たちは,何か奥歯にものの詰まったような言い方で,
私にこう教えてくれたのだった。

前回の指導要領では「深入りしないように」ということで,
教科書に縄文時代は出ていない。
今度の指導要領では出てくるのだけれど・・・。
昨年縄文時代のことをやった先生がいるとすれば,
移行措置で資料集を使ったりして授業したのではないか。
(習っていない生徒がいる可能性もあるということだった)。

えーーーーっ!
『「邪馬台国」はなかった』という題名の本は聞いたことがあるが,
「「縄文時代」はなかった」では歴史の教科書にならない,
いや「戦前のの教科書になってしまうんじゃないの?」
私は混乱してそんなことも口走ってしまっていた。

つまり昨日の歴史の授業で生徒たちの学力差と見えたものは,
単に習ったか,習っていなかったか,ということかもしれないのだった。
(1万年分の日本の歴史を習っていないとは,衝撃的なことだが・・・)
なので,本日とりあえずアンケートを書いてもらおうと思う。
そして,その結果は,明日報告しよう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Q あなたは去年「縄文時代」のことを歴史の授業で習いましたか?

ア.教科書で習った。
イ.資料集で習った。
ウ.プリントで習った。
エ.習わなかった。

究極の感想文

私は新任以来仮説実験授業をやってきた。
今年はその30周年である。

4月に学校を替わって仮説をどんどんやっているほか,
福岡県で開催された夏の大会にも
18年ぶりに参加した。
また,歴教教・所沢支部の6月の〈はじめての世界史〉や
〈沖縄〉を実施した報告をした上,
所沢市教研(10月)や埼玉県教研(11月)にもしてきた。

仮説実験授業では,途中や最後に,
授業評価と感想を生徒たちに書いてもらうのが
通例となっているのだが,
昨日『仮説実験授業のある人生6』(西尾たのしい授業の会)
というガリ本の巻頭論文の中にある
岡田さんのクラスのS君の感想を見て度肝抜かれた。

S君の感想は,次のようだったという。
「うまれてきてよかった。
ちょうたのしい。」

S君はなかなかやんちゃな小学生で,
岡田さんの苦労も慮れるが,
それが一挙に吹き飛びそうな究極の感想である。
私も一生に一度は書いてもらいたいと思った。。

この『仮説実験授業のある人生』というシリーズは
超オススメのガリ本だ。
70部発行で,仮説の会員でないと入手できないが,
私はまた次回のガリ本プレゼント(有料)のハガキにも,
『同7』に希望の丸を付けて昨日出した。

2011年12月13日 (火)

仮説社の新刊のことなど

昨日仮説社に新刊の注文をした。

長年の吉田秀樹さんのギリシャ研究の成果の1つである
吉田秀樹著『オリンピックと平和』と
『仮説実験授業のABC(改訂版)』である。
数日後には送られてくるだろう。
楽しみだ。

なお,「はじめての世界史」が入っている
『第Ⅲ期・仮説実験授業研究(第10集)』は,
冬の大会(愛知県刈谷市)をめざして作っているとのこと。
現地で入手したいと思う。

昨日はまた,アマゾンに注文していた
木下良監修・武部健一著『続古代の道~
山陰道・山陽道・南海道・西海道~』(吉川弘文館)も届いた。

仮説関係も古代史関係も研究的な本が出ていて,
両方に関心のある私としては興味が尽きない。
早く冬休みが来ないかな!

『「九州年号」の研究』がいよいよ出版に!

古田史学の会編の上記の本が,
いよいよ出版される。

「古田史学会報」に同封されていたビラによると,
記念すべき「九州年号」の本は,
会からの「プレゼント本」にもなるようだ。

私としては,この本をきっかけに,
「九州年号」についてどんどんその存在を知らせていきたい。
ぜひみなさんも手に入れて,いっしょに研究しましょう!

【九州年号とは・・・?】

九州王朝説を支える有力な証拠の1つが,
517~712年の195年にわたって
連綿と続いていた32個の九州年号である。
それを紹介しておこう。

継体・・・517~521年(5年間)
善記・・・522~525年(4年間)
正和・・・526~530年(5年間)
教到・・・531~535年(5年間)
僧聴・・・536~541年(5年間)
明要・・・541~551年(11年間)
貴楽・・・552~553年(2年間)
法清・・・554~557年(4年間)
兄弟・・・558年(1年間)
蔵和・・・559~563年(5年間)

師安・・・564年(1年間)
和僧・・・565~569年(5年間)
金光・・・570~575年(6年間)
賢接・・・576~580年(5年間)
鏡当・・・581~584年(4年間)
勝照・・・585~588年(4年間)
端政・・・589~593年(5年間)
告貴・・・594~600年(7年間)
願転・・・601~604年(4年間)
光元・・・605~610年(6年間)

定居・・・611~617年(7年間)
倭京・・・618~622年(5年間)
仁王・・・623~634年(12年間)
僧要・・・635~639年(5年間)
命長・・・640~646年(7年間)
常色・・・647~651年(5年間)
白雉・・・652~660年(9年間)◆
白鳳・・・661~683年(23年間) 663年,白村江の戦い(倭国=九州王朝の大敗北)
朱雀・・・684~685年(2年間)
朱鳥・・・686~694年(9年間)◆

大化・・・695~703年(9年間)◆
大長・・・704~712年(9年間)

◆は「日本書紀」に出てくる年号である。
712年は「日本書紀」が完成した年。

体調不全

土曜日から昨日まで,体調不全の状態だった。

風邪と頭痛と疲労感で,
昨日は2時間ほど年休をもらい,
まず睡眠で体力回復を図ることにした。

若い頃は無理が利いた私の体も,
やはり回復機能が劣化しているらしい。

いつもより長く睡眠をとれた今は,
すっきり感があるから,
やはり時々ケアすることが必要なのかもね。

2011年12月12日 (月)

ようこそ「夢ブログ」へ

私が「夢ブログ」を開設していることは,
知る人ぞ知る事実であるが,
知らない人はやはり知らなかった。(^-^;
(本日隣のクラスの女バレの部員から,目を丸くして,
「肥さん,ブログ書いてるんですかあ?」
と質問されたもので・・・)

今日初めて訪問してくれたあなたに,
この「夢ブログ」の楽しみ方を教えます。

(1) 自分が興味のある内容だけ読んで下さい。
 中には難しいものも含まれています。
 無理して全部読まないのがコツです。

(2) ハンドルネームでコメントを書いて下さい。
 時々本名でのコメントがありますが,私の方があせります。
 ぜひハンドルネームにして下さい。

(3) 授業や部活動などでのコメントを歓迎します。
 よろしくお願いします。

授業プラン〈古代日本ハイウェーを探そう!〉作成へ向けて(素案)

今回の「古代日本のハイウェー」についての授業プランを作成したくなった。
ご笑覧いただければ幸いである。
授業プラン〈「邪馬台国」はどこだ!〉の姉妹編ということで・・・。

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【質問1】 あなたが知っている大きな道路を出し合いましょう。
(長さが長いとか,幅が広いとか,直線で何キロも続くなど)

【質問2】 古代に「延長6300キロ,幅12m,何キロも直線のところがある」
道路が作られたという話を聞いたことがありますか?

【おはなし】 これまでの古代道路研究

岸俊男さんの研究 1970年
大和の「上ツ道」「中ツ道」「下ツ道」「横大路」
河内平野の「大津道」「丹比道」

藤岡謙二郎氏ら共同研究 『日本古代の交通路』(4巻) 1972年
直線的な古代道路が,近畿にとどまらず,
全国的に敷設されたことが明らかになった。

1980年代後半の発掘調査
所沢市の東の上遺跡(1989年)は特に有名で,
東山道武蔵路が7世紀第3四半期に作られ,
8世紀半ばに廃れていったことがわかった。
ここは所沢市立南陵中の校庭で,改修工事で発掘された。
その後地下に埋め戻す

また,国分寺市で幅12m,直線340m(その後さらに伸びる)を発掘
(東の上遺跡を南に延長したところ)
現在,地上に着色(道は赤色,側溝は黄色)してわかりやすくしてある

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【質問3】 「古代日本ハイウェー」は地下に埋まっていることがほとんどです。
しかし,全国の地下すべてを掘るわけにはいきません。
あなたはどんな方法でそれを探しますか?
思いつくものを出し合ってみましょう。

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【おはなし群】

1.文献史料にあたる

「古い文献にあたる」という考えを出した人はいますか?
それはなかなかいい考えです。
しかし,今残っている道についての古代道路についての文献は,
「延喜式」「和名抄」といって10世の本です。
古代日本ハイウェーは7世紀半ばに作られたことがわかっているので,
200年以上前なのです。
他に古代の本としては,「古事記」「日本書紀」「風土記」(8世紀)などがあります。

2.地理資料から探す

「地図を調べればいい」と考えた人はいますか?
これはいい考えです。
1300年前に作られた古代日本ハイウェーとはいえ,
その痕跡が現代の道路に残っていることがあるからです。
大和を除いて,全国を走っている主要な道を「七道」といって,
東海道,山陽道,山陰道,東山道,西海道,南海道,北陸道がそれに当たります。
これらは現在でも大動脈なので,地図などの中にヒントが残っていることがあるのです。

(1) 地名から探す 「大道」「作道」「造道」「車路」「車地」「立石」「山道」「仙道」
 「太政官道」「勅使道」 

(2) 旧道や地割から探す 近江国東山道駅路

(3) 行政境界線から探す 「難波大道」「所沢市~狭山市」

(4) 条里余剰帯から探す 「明石川右岸条里剰余帯」 1町×1町のはずなのに・・・

(5) 航空写真から探す 東広島市の直線道路痕跡

(6) フィールドワークをする ソイルマーク(地下に遺構があると,
 雨上がりに乾き遅くなり,黒く地表にマークが出る)

3.考古資料からのアプローチ

(1) 道路・橋(交通路)の遺構 静岡県・曲金北遺跡に東海道駅路 西国分寺周辺遺跡 東の上遺跡

(2) 駅家・群家・関(交通施設)の遺構 兵庫県・小犬丸遺跡 播磨国布施駅家

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【参考文献】

木本雅康著『古代官道の歴史地理』(同成社)
木村良監修・武部健一著『古代の道~畿内・東海道・東山道・北陸道~』(吉川弘文館)
中村太一著『日本の古代道路を探す』(平凡社新書)

西国分寺駅周辺遺跡のフィールドワーク

昨日の午後,かつて多元の会・関東の人たちとでかけた
西国分寺駅周辺遺跡のフィールドワークに,
「東山道武蔵路」研究会として行ってみた。
その簡単な報告をしてみる。

(1) 武蔵台遺跡

4000前年の縄文時代の竪穴住居跡。
石敷きの立派なものである。どんな人の家?

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(2) 武蔵国分尼寺跡

金堂跡,僧坊跡など。
前回来た時は,まだ発掘途中という感じだったが,
今は「解説板」もついていてわかりやすくなっている。
斜めや直立に木を立てた幡竿掲揚柱状の丸太を
再現してあった。珍しい。

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(3) 文化財資料展示室

第4中学校の体育館の1階が展示室になっている。
(月曜のみ休館。土日に開いているのがうれしい)
係員の方と九州王朝説や軍用道路説を話す。
ただし,うわさの白鳳仏(東山道武蔵路から焼けた姿で出土)は
レプリカだった。残念!

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(4) 武蔵国分寺跡

金堂跡,中門跡,七重塔跡など。
寺域がかなり広く,往時が偲ばれる。
今も発掘が続いていると見えて,
青いビニールシートがかなりの数続く。
学芸員の詰め所みたいな建物もいくつか。

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(5) 武蔵国分寺跡資料館

白鳳仏のホンモノは,ここに展示されていた。
確かに肉眼でもはっきりわかるが,
左肩のところに焼け焦げた跡がある。
仏具の蓋と思われる銅器も同じく熱でゆがんでいるので,
猛火がその共通の原因かと思われる。
各地からの寄進の瓦(ヘラ書きで字が書いてある)が,
これでもかと大量に展示してある。

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(6) 500mの復元された「東山道武蔵道」

一昨日訪れた場所をまた訪問した。
ここは平らだが,姿見の池のところは低地で,
国分寺裏の崖でまた下り坂になるので,
高低差はけっこうある。馬も人もバテそう!
やはり1日に進める距離はそんなに長くないな。

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昨日の部活動 12/11

昨日は,午前8時~12時半のコマだった。

女子はいつもの練習だったが,
男子は攻撃に重点を置いてやった。
二週間後の12/23にはクリスマスカップがあるからだ。
(飯能の美杉台中が会場)
「攻撃は最大の防御なり」
攻めて活路を見出そう!

昨日も大学生と高校生の卒業生が
顧問の先生を助けてくれた。
ありがたい。

2011年12月11日 (日)

飯能・日高サークル2011年12月例会

昨日は,上記の会に参加した。
参加者は,丸屋さん,奥村さん,上澤さん,関口さん,佐藤俊さん,
佐藤裕さん,楠本さん,坂上さんと私の9名だった。

前半は,「古代日本のハイウェー~1300年前の“列島改造”」のDVDを,
みんなで鑑賞し,私が解説した。(ポイントは伝わったかな?)
後半は,上澤さんが担任を離れて行っている
「算数教室」の実践の紹介だった。
(2年から6年の5つのいろいろなクラスに対応するため,
かなり努力されているようだ。
教室をビオトープのような世界にするという発想は,
私も大賛成である)

例会後の望年会は,山葵(わさび)にて。
さらに青木さん,原さん,関口さん(旦那さん)も加わり,
にぎやかに時は流れた。
私としては,佐藤裕さんと奥村さんの
「馴れ初め」の話が聞けてよかった。

午後9時45分頃店を出たが,
ちょうど月食が始まるところだった。

欠け始めた月とオリオン座と,なぜか道路標識

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多元的「東山道武蔵路」研究会・新所沢支部

古田史学の考え(九州王朝説など)を土台に,
古代道(とりあえず身近な「東山道武蔵路」)を調査する
新たな研究会を立ち上げたい。

期間は,1年間。
毎月第1土曜日か日曜日にフィールドワークを行い,
(天気がよくないとつらいのでどちらかの日)
その報告を「夢ブログ」上で行う。
それを,2012年12月に
ガリ本かミニガリ本でまとめる。

1年間「東山道武蔵路」のことを考えることで,
あらたな展開を創りたいと思っている。
我こそはと思う人は,いっしょにやりましょう!
(もちろん私1人でもやりますが・・・)

なお,偶数月の第1土曜日に開いている
「新所沢たの授サークル」は,
2月までやって,その後しばらく休会しようと考えている。
思いのほか「需要」が少ないようなので。

西国分寺駅南口下車,徒歩5分の学習施設

「「東山道武蔵路」の直線,幅12m」を復元してある学習施設が
西国分寺駅南口下車,徒歩5分のところにある。
東京にお立ち寄りの節は,ぜひ行ってみてほしい。
距離は,約500mである。(早く歩いても5分ぐらいはかかる)
私は昨日,2回目の訪問をしてきた。

公団の14階から撮影した写真を何枚か載せてみる。
(赤色が路面,黄色が側溝を表わしている)
こんな感じで古代を実感させてくれるのだ。

説明図(1)

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説明図(2)

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幅12mの路面に立って

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14階の公団より北側を遠望する

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14階の公団より南側を遠望する

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真下をタクシーが通過する(車と道路の大きさを比べて下さい!)

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お昼頃行ったので,建物の影が路面にかかってしまった。
次回はぜひ午前中に行きたい。

2011年12月10日 (土)

道が先か,田が先か

古代道関係で,また新しいアイデアを思いついた。
ご笑覧下さい。

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道が先か,田が先か

                 所沢市・肥沼孝治

「ニワトリが先か,タマゴが先か」という笑い話があるが,
これは「道が先か,田が先か」という古代史の話である。
しかし,こちらは結論が出る。
もちろん道が先である。

私は先の「古代日本ハイウェーは九州王朝の軍用道路か?」で,
日本全国に6300キロにわたって建設された古代道が
(直線的で,道幅が12mもある)
白村江の戦いを目前に控えた九州王朝が命じたものと論じた。

その建設時期は,武蔵国の東の上遺跡(所沢市)の出土土器から,
7世紀第3四半期(651~675年)と考え,
廃棄時期を8世紀半ば(750年ごろ)とした。

その証拠集めのためにある本を読んでいたところ,
(中村太一著『日本の古代道路を探す』(平凡社新書)760円+税)
古代道を探す方法には,地名・地図・航空写真・フィールドワークなどがあるが,
そのうち地図の利用法として,「条里余剰帯」というものがあるのを知った。

つまり,条里制の田は1町(109m)×1町(109m)の
正方形を基本としているのだが,
その中に長方形のものが混じっていたら,
その余剰帯(109mを飛び出した土地)に
かつて古代道が建設されていたと推定する方法である。
これは1つの田だけでなく,連続して直線的に伸びていくから,
1つ検出できれば後は「芋づる式」に古代道を発見できる。
うまい方法を見つけたものである。

廃棄された古代道をほおっておく手はない,
さっそく自分の田に編入する。
なんだか古代の人たちの逞しさが伝わってくるような感じだ。

話は最初に戻る。
この話からもわかるように,古代道と条里制の田の先後関係は,
まず古代道(古代日本ハイウェー)の方ができ,
条里制の田の方が後にできるのではないだろうか。
だから,廃棄された後に,田が作られた。

また,条里制の田の基準となる古代道(古代日本ハイウェー)は
まだ未検出の地域の条里制の中に潜んでいるのではないだろうか。
そんな考えが大きくふくらんで来た。

条里制の開始時期については,
水野孝夫さんの「条里制の開始時期」という論考が,
『なかった~真実の歴史学(創刊号)』(ミネルヴァ書房)に掲載されている。
水野さんは『二中歴』の記事から7世紀末(690年)を考えておられるが,
これと私の考え(7世紀第3四半期=651~675年に
東山道武蔵路が建設されたという東の上遺跡の出土状況)と
とピッタリ合うことになる。

藤原和博さんと肥さん

あの有名人・藤原和博さんと
あの無名人・肥さんを比べるというのも
かなりおこがましいことだが・・・,
ちょっと比べてみよう。(笑)
(これがブログ開設者の特権だ!)

      藤原和博さん        肥さん

20代  リクルートのエリート社員  社会科教員(仮説実験授業を知る)

30代  リクルートのフェロー     社会科教員(古田史学を知る)

40代  和田中の校長先生     社会科教員(インターネットを知る)

50代  いろいろな分野で活躍   社会科教員(いろいろな分野で活躍?)

今回出版された藤原さんの『坂の上の坂』(ポプラ社)に刺激され,
こんなブログを書いてみたくなった。
この本,売れそうな予感がするなあ。

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今週の漢字

昨日は「今年の漢字が「絆」に決まるといいねー!」
なんて学年の先生と話していたが,
もし「今週の漢字」というものがあるとしたら,
私は即座に「疲」を選ぶだろう。(笑)

今週は3年生の三者面談があって昼清掃が行われ,
まずそれが生活リズムを乱した。
また,

月曜日・・・放課後,スキー林間のための旅行業者との打ち合わせ(2時間)
 をした後,夜の実家訪問
水曜日・・・放課後,修学旅行のための学年会とスキー林間の打ち合わせ
木曜日・・・日程変更のための「6分の5」の授業の後,執行委員会に顔出し

と,正規授業以外の会議がいくつもあった。

しかも,雨の多い週だったため,
自転車を学校に置いての慣れない電車通勤が2回。
(実際,電車通勤は「遠回り」になるため,時間が2倍かかる)

もう,「1週間」を歌うしかない!
「♪友達よ,これが私の1週間の仕事です~
トゥリャトゥリャトゥリャ・・・♪」

「にわか雪」の中で咲く赤色の山茶花(さざんか)

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PS こんな忙しい毎日の中「古田史学会報」に掲載をされる
文章を書くことが出来たというわけだから,
世の中不思議と言えば不思議なものである。

再告知・本日,皆既月食があります!

せっかくの皆既月食ですから,
もう1度お知らせしますね。

・月食の始まり 10日21時45分  ○
・皆既月食始まり   23時05分
・食最大       23時31分   ●
・皆既月食終わり   23時58分
・月食終わり  11日1時18分   ○

今回は条件がとても良くて,楽しみです。
(曜日,時間,日本全国など)
学級通信で生徒たちにも知らせました。

また,「なぜ月食は起こるんですか?」と質問があり,
太陽と地球と月との関係を
黒板に描いて簡単に説明しました。

太陽    地球    月
sun  →   ○  → ●

2011年12月 9日 (金)

歴史はやっぱり楽しいな!

地理もそれなりに楽しいが,
歴史はやっぱり楽しいな!

生徒たちの反応も,地理より歴史のほうが
良いような感じがする。

「誰か,この手形にピッタリの人はいませんか?(2,3人挙手)
はい,おめでとうございます。
あなたはゴリラと同じ大きさの手の持ち主です!」(ゲラゲラ)

「「ピラミッドは,王の墓・・・ではない!」という説を,
早稲田大学の吉村教授は唱えているよ」(オー)

「モヘンジョ・ダロ」というのは,
なんと・・・「死者の丘」という恐ろしい意味なのです」(ヮー)

ノリの良い男子と賢い女子に支えられて,
私は楽しく歴史の授業をスタートすることができた。

古代日本ハイウェーは九州王朝が建設した軍用道路か?

編集担当の古賀さんと西村さんに連絡をいただき,
もう1度推敲し,題名を改めて「本原稿」とさせていただいた。
その内容は,以下の通りだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

古代日本ハイウェーは九州王朝が建設した軍用道路か?

                     所沢市 肥沼孝治

はじめに 

私が参加している「たのしい授業ML」の横山稔さんの情報から
NHK・BS2で2年前に放送された
「古代日本のハイウェー~1300年前の“列島改造”」
という番組を観ることができた。
良さそうな番組だったので,BSを受信できない環境の私は,
念には念を入れ3人の方に録画をお願いした。
番組はよく取材されていて,なかなか興味深いものだった。
そして,この古代日本ハイウェーの建設を命じたのが,
天智天皇か天武天皇かといったくだりで,
私はまず最初のひらめきが来たのだった。

太宰府と吉野ヶ里をつなぐ高速道路 

というのも,かつて古田武彦氏を案内役に北部九州を旅行した際,
太宰府と吉野ヶ里は高速道路で結ばれていて,
軍隊を素早く大量に移動することができたと聞いていたからだった。
それを思い出した私は,番組の「誰が作ったかは不明だが,
このような6300キロにわたる長いハイウェーを作るということは,
何か緊急性のある事情があったのでは・・・」というヒントをもとに,
「これは九州王朝が建設した古代日本ハイウェーではないか」
という仮説がむくむくと膨れ上がってきたのだった。
 
古代ハイウェーは廃棄された~吉野ヶ里遺跡の建設と廃棄 

続いて番組を観ていると,「その古代日本ハイウェーは
100年後には廃棄された」という情報が入った。
ここで私の体の「アドレナリン」は最大限となった。
かつて栄えた遺跡が数百年後に廃棄された例を,
私は他に知っていたからだった。その名は,吉野ヶ里遺跡!
これも古田武彦氏から学んだテーマだが,
卑弥呼は「親魏倭王」という金印をもらったというが,
これはある意味「反呉倭王」だというのだ。
三国志の時代,内陸部の蜀が襲来する心配はないが,
中国南部の呉とは海を隔ててひとつながりという状況。
すなわち,有明海からの侵入に備えるために,
吉野ヶ里遺跡は作られたのだった。
幸いその後呉は滅んで,平和が訪れた。
しかし,かつて建設した軍事施設は,平和の時代には逆に不要なものだ。
いや,魏に仕える倭国としては,魏にあらぬ疑いをかけられ,
「おとりつぶし」ということにもなりかねない。
だから,「軍事施設としての吉野ヶ里は廃棄されたのだ」と。

白村江の戦いと唐の占領軍の来日 

それは,数百年後再び現実となった。
7世紀後半の白村江の戦いの敗北とその後の唐の占領である。
唐の司令官の立場に立って考えてみてほしい。
せっかく戦争に勝って倭国に来てみたら,太宰府の前に水城はあるし,
山上には神籠石の籠城用施設はあるし,全国に張り巡らされた
6300キロにも及ぶ軍事用の古代日本ハイウェーがあった。
さて,あなたならどうするだろうか。
そのままにしておくだろうか。
私なら,「これは何事だ。まだ我が唐に逆らう気か。
一日もはやく取り壊せ」と廃棄を命じるだろう。
でなければ,また倭国は息を吹き返し,戦いを挑んでくるだろうから・・・。
実際に動いたのが唐の占領軍だったのか,その後の日本の舵取りをまかされた
大和政権だったのか,それはわからない。
しかし,神籠石遺跡や石人・石馬の破壊ぶりを見るに付け,
きっと古代日本ハイウェーも同じ運命をたどったと思えてならなかった。

実際,7世紀の第3四半期(651~675年)に
建設したと考えられる東山道武蔵路は,
8世紀半ば(750年)には使われなくなったり,
道幅も縮小されたり,ルート変更されたりして,
歴史の闇に葬り去れたようである。
まさにこの時期の歴史とピッタリだ。

現代の高速道路と古代日本ハイウェー 

ところで,現代高速道路は,総延長が6500キロだそうである。
これと古代日本ハイウェーの6300キロは,まことに「瓜二つ」の数字だ。
いや,似ているのは,長さだけではない。
土を段階的につき固めていく版築工法や土の下に落ち葉や木の枝をしいて
土の重みで道路が崩れないようにする方法
(現在は敷網工法という似たやり方をとっている)など,
高い建設技術の結晶が古代日本ハイウェーなのであった。
(同様の方法は,太宰府を守る水城でもすでに使われていたようだから,
きっと九州王朝の持っていた技術だったのだろう)

研究前史1~狭山市に食い込んだ奇妙な土地の話 

社会科教員として「身近な地域」の単元で活躍してくれる所沢市の地図。
かつて「地図さがしっこ」などを楽しんだ2万5000分のその地図には,
実に不思議な地形が載っていた。
数10m×1キロで,所沢市が狭山市に食い込んでいるのだった。
自宅に近いこともあって,自転車で訪問したところ,
そこはフラワーヒルと呼ばれる昔の高級住宅街があった。
うわさに聞いていた高級住宅街を「発見」した私は,
その時それで満足してしまい,それ以上に追求しなかった。
「なぜフラワーヒルが,南北に一列で並んで建てられているのか」
という疑問が当然湧いていいはずだったのに・・・。
そしてそれは,木本雅康著『古代官道の歴史地理』(同成社)によると,
「東山道武蔵路」の一部だったのだったのだった。

研究前史その2~灯台もと暗しの「東山道武蔵路」の授業 

上に書いたように,わが所沢市には「東山道武蔵路」という
古代日本ハイウェーが通っていた。
今のように東海道から入ってくるルートではなく,
東山道の群馬方面から南下してくる道である。
その東山道武蔵路について,私はかつて同じ所沢市内の
玉田厚先生の授業プランで授業したことがある。
道幅12mの古代の道路が20年ほど前に,
所沢市内の南陵中学校の校庭から発掘されていて,
当時だいぶ話題を呼んだのを知っていたからだ。
その授業はなかなか楽しいものだったが,
「どうせ大和政権が奈良時代に作った道だ」と思い,
自分の研究している古田武彦氏の九州王朝説と結びつけられなかったのが,
返す返すも残念であった。

20年以上前から研究に参加した古田武彦氏の九州王朝説 

ところで,私は20数年ほど前に『吉野ヶ里の秘密』という本で古田氏に再会した。
(高校生の時『「邪馬台国」はなかった』にチャレンジしたが,
あえなく「討ち死に」していらいの再会である)
『吉野ヶ里の秘密』以降は,まさにその遅れを取り戻すかのような渉猟ぶりで,
本屋に表彰してもらいたいぐらい著書を読み,講演会に出席し,
旅行の企画に参加した。
飽きっぽい私にしては,仮説実験授業(今年度実践30年を迎えた)につぐ
長い取り組みである。

「古代日本ハイウェーの建設と廃棄」の仮説 

ということで,もうおわかりだと思うが,私の仮説は以下のようなものである。

(1) 唐との「本土決戦」に備えて,九州王朝は全国に軍用道路である
   「古代日本ハイウェー」の建設を命じた。(7世紀半ば)
(2) 662年か663年,白村江の戦いで倭国(九州王朝)が大敗北。
(3) 唐の占領軍またはその意をていした大和政権が
   古代日本ハイウェーの廃棄を指示した。
(神籠石の破壊はもちろん同時に,あるいは優先して行われただろう)

おわりに

こうして,古代日本ハイウェーは地下に埋もれ,今日に至ることになった。
昨今古代道が各地で発掘され,注目されるなかで,
誰が建設し誰が廃棄させたのか,謎のまま「こういう大事業を行えるのは
大和政権のみ」のような流れになることを心配し,
また一方こちらの方が大切だが,
九州王朝説の大事な試金石としてこの古代日本ハイウェーに挑戦してみた。
みなさんの叱咤をお待ちしている。

明日,皆既月食が見られます!

明日=12月10日(土)に,皆既月食が日本中で見られます。
もちろん,天気次第ではありますが・・・

・月食の始まり 10日21時45分  ○
・皆既月食始まり   23時05分
・食最大       23時31分   ●
・皆既月食終わり   23時58分
・月食終わり  11日1時18分   ○

私は多分,飯能・日高サークルの
忘年会の帰り道あたりかと思います。
楽しみです!

2011年12月 8日 (木)

「「古代日本のハイウェー建設と廃棄」の仮説」が採用に!

朗報です!

昨日この「夢ブログ」に掲載した
「「古代日本のハイウェー建設と廃棄」の仮説」を
古田史学の会の古賀達也さんにもお送りしたところ,
以下のようなメールをいただきました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

肥沼 様

ご寄稿、ありがとうございました。
会報へ採用させていただきます。
現在、原稿が溜まっていますので、
掲載時期は西村さんと相談の上、決定します。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

古賀達也

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かなり久しぶりの「古田史学会報」紙への掲載です!
(今調べたら,2004年2月号の
「古代戸籍の二倍年暦」以来,8年ぶり。
「多元」紙とあわせると,
「房総半島から八丈島が見えた!」以来4年ぶり)

私は早速,以下のようなメールをお送りした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
古賀達也様

メールありがとうございました!
掲載を楽しみに待つことにします。
また,これを励みにさらに研究を進めたいと思います。

肥沼
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何月号になるか分からないが,
(「古田史学会報」は偶数月に発行)
掲載していただける。
この喜びを,まずは読者の方に報告しておきたい。
毎日の訪問,ありがとうございます!


PS 昨日,アマゾンで注文していた本のうち1冊が届いた。
木下良監修・武部健一著『古代の道~
畿内・東海道・東山道・北陸道』(吉川弘文館)である。
ここでも,東の上遺跡(南陵中の校庭の12m幅道路)が
特別扱いで掲載されていた。

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「46億年の贈り物」と実感教材

2年前に続き今年度も,
上記のビデオ(25分)を見せた。
人類史に先立つ「エネルギー生成の歴史」である。
(法則化運動の向山洋一氏から勧められたもので,
私も入手してこの時期に見せている)

石炭,石油,ウランの生成過程が,
地球の歴史の中でわかりやすく説明されている。
生徒たちの感想もとても良かった。

そのあと,同僚のK先生が作られたプリントをもとに,
「人類史」に入っていった。
(「人類の発生」「旧石器時代」「野尻湖の象」
「岩宿遺跡の発見」など)

このあたりは,実感教材の宝庫で,
脳みその容積を空き缶やペットボトルで表現したものも用意。
(チンパンジー350ml,アウストラロピテクス500ml,
北京原人1リットル,クロマニヨン人1.5リットル)
また,黒曜石や打製石器,磨製石器のホンモノにも
触ってもらうことができた。

2011年12月 7日 (水)

「「古代日本のハイウェー建設と廃棄」の仮説」の下書き

古賀達也様

勢いで書いてみました。
「古田史学会報」への投稿です。
お読みいただければ幸いです。

2つの「研究前史」は冗長であれば省略します。
ブログの話としては,こういうのがある方がいいのですが。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

はじめに 

私が参加している「たのしい授業ML」による横山稔さんの情報から
NHK・BS2で2年前に放送された
「古代日本のハイウェー~1300年前の“列島改造”」
という番組を観ることになった。
良さそうな番組だったので,BSを受信できない環境の私は,
念には念を入れ3人の方に録画をお願いした。
番組はよく取材されていて,なかなか興味深いものだった。
そして,この古代日本ハイウェーの建設を命じたのが,
天智天皇か天武天皇かといったくだりで,
私はまず最初のひらめきが来たのだった。

太宰府と吉野ヶ里をつなぐ高速道路 

というのも,かつて古田武彦氏を案内役に北部九州を旅行した際,
太宰府と吉野ヶ里は高速道路で結ばれていて,
軍隊を素早く大量に移動することができたと聞いていたのだった。
それを思い出した私は,番組内の「誰が作ったかは不明だが,
このような6300キロにわたる長いハイウェーを作るのは,
何か緊急性のある事情があったのでは」というヒントをもとに,
「これは九州王朝が建設した古代日本ハイウェーではないか」
という仮説がむくむくと膨れ上がっていった。
 
古代ハイウェーは廃棄された~吉野ヶ里遺跡の建設と廃棄 

続いて番組を観ていると,「その古代日本ハイウェーは
100年後には廃棄された」という情報が入った。
ここで私の体のアドレナリンは最大限となった。
かつて栄えた遺跡が数百年後に廃棄された例を,
私は他に知っていたのだった。その名は,吉野ヶ里遺跡!
これも古田武彦氏から学んだテーマだが,
卑弥呼は「親魏倭王」という金印をもらったというが,
これはある意味「反呉倭王」だというのだ。三国志の時代,
内陸の蜀が襲来する心配はないが,
中国南部の呉は海を隔ててひとつながりという状況。
有明海からの侵入に備えるために,吉野ヶ里遺跡は作られたのだった。
幸いその後呉は滅んで,平和が訪れた。
しかし,かつて建設した軍事施設は,平和の時代には逆に不要なものだ。
いや,魏に仕える倭国としては,魏にあらぬ疑いをかけられ,
「おとりつぶし」ということにもなりかねない。
だから,「軍事施設としての吉野ヶ里は廃棄されたのだ」と。

白村江の戦いと唐の占領軍の来日 

それは,数百年後再び現実となった。
7世紀後半の白村江の戦いの敗北とその後の唐の占領である。
あなたが唐の司令官の立場に立って考えてみてほしい。
せっかく勝利の味にひたって倭国に来てみたら,太宰府の前に水城はあるし,
山上には神籠石の籠城用施設はあるし,全国に張り巡らされた
6300キロにも及ぶ軍事用の古代日本ハイウェーがあったら,どうするだろうか。
私なら,「これは何事だ。まだ我が唐に逆らう気か。
一日もはやく取り壊せ」と廃棄を命じるだろう。
でなければ,また倭国は息を吹き返し,戦いを挑んでくるだろうから・・・。
実際に動いたのが唐の占領軍だったのか,その後の日本の舵取りをまかされた
大和政権だったのか,それはわからない。
しかし,神籠石遺跡や石人・石馬の破壊ぶりを見るに付け,
きっと古代日本ハイウェーも同じ運命をたどったと思えてならなかった。

実際,7世紀の第3四半期(651~675年)に
建設したと考えられる東山道武蔵路は,
8世紀半ば(750年)には使われなくなったり,
道幅も縮小されたり,ルート変更されたりして,
歴史の闇に葬り去れたようである。
まさにこの時期の歴史とピッタリだ。

現代の高速道路と古代日本ハイウェー 

ところで,現代高速道路は,総延長が6500キロだそうである。
これと古代日本ハイウェーの6300キロは,まことに「瓜二つ」の数字だ。
いや,似ているのは,長さだけではない。
土を段階的につき固めていく版築工法や土の下に落ち葉や木の枝をしいて
土の重みで道路が崩れないようにする方法
(現在は敷網工法という似たやり方をとっている)など,
高い建設技術の結晶が古代日本ハイウェーなのであった。
(同様の方法は,太宰府を守る水城でも使われていたようだから,
きっと九州王朝の持っていた技術だったのだろう)

研究前史1~狭山市に食い込んだ奇妙な土地の話 

身近な地域の単元で活躍する所沢市の地図。
かつて「地図さがしっこ」などを楽しんだ2万5000分の地図には
不思議な地形が載っていた。
数10m×1キロで,所沢市が狭山市に食い込んでいるのだった。
自宅に近いこともあって,自転車で訪問したところ,そこはフラワーヒルと呼ばれる
昔の高級住宅街だった。
うわさに聞いていた住宅街を「発見」した私は,その時満足してしまい,
それ以上追求しなかった。
「なぜフラワーヒルが,南北に一列で並んで建てられているのか」
という疑問が湧いていいはずだったのに・・・。
それは,木本雅康著『古代官道の歴史地理』(同成社)によると,
「東山道武蔵路」の一部だったのだった。

研究前史その2~灯台もと暗しの「東山道武蔵路」の授業 

上に書いたように,わが所沢市には
「東山道武蔵路」という古代日本ハイウェーが通っている。
今のように東海道から入ってくるルートではなく,
東山道の群馬方面から南下してくる道である。
その東山道武蔵路について,私は玉田厚先生の授業プランで授業したことがある。
道幅12mの古代の道路が20年ほど前に市内の南陵中の校庭から発掘されていて,
当時だいぶ話題を呼んだ。その授業はなかなか楽しいものだったが,
「どうせ大和政権が奈良時代に作った道だ」と思い,
自分の研究している古田武彦氏の九州王朝説と結びつけられなかったのが,
返す返すも残念であった。

20年以上前から研究に参加した古田武彦氏の九州王朝説 

ところで,私は20数年ほど前に『吉野ヶ里の秘密』という本で古田氏に再会した。
(高校生の時『「邪馬台国」はなかった』にチャレンジしたが,
あえなく「討ち死に」していらいの再会である)
『吉野ヶ里の秘密』以降は,まさにその遅れを取り戻すかのような渉猟ぶりで,
本屋に表彰してもらいたいぐらい著書を読み,講演会に出席し,
旅行の企画に参加した。
飽きっぽい私にしては,仮説実験授業(今年度実践30年を迎えた)につぐ
長い取り組みである。

「古代日本ハイウェーの建設と廃棄」の仮説 

ということで,もうおわかりだと思うが,私の仮説は以下のようなものである。

(1) 唐との「本土決戦」に備えて,九州王朝は全国に軍用道路である
   「古代日本ハイウェー」の建設を指示した。(7世紀半ば)
(2) 662年か663年,白村江の戦いで倭国(九州王朝)が大敗北。
(3) 唐の占領軍またはその意をていした大和政権が
   古代日本ハイウェーの廃棄を指示した。
(神籠石の破壊はもちろん同時に,あるいは優先して行われただろう)

おわりに

こうして,古代日本ハイウェーは地下に埋もれ,今日に至ることになった。
昨今古代道が各地で発掘され,注目されるなかで,
誰が建設し誰が廃棄させたのか,謎のまま
「こういう大事業を行えるのは大和政権のみ」のような流れになることを心配し,
また一方こちらの方が大切だが,
九州王朝説の大事な試金石としてこの古代日本ハイウェーに挑戦してみた。
みなさんの叱咤をお待ちしている。

〈心理学入門〉の反響

〈心理学入門〉のことを学級通信に載せたところ,
さわやか相談室のI先生(大学で心理学を専攻された女性),
2年の数学のN先生(若手の男性)から
授業書案がほしいと言われた。
そのお2人と養護教諭のI先生に,
(小学生の時「仮説」を受けたことがある方)
現在進んでいる第2部の終わりまでの
プリントを差し上げた。

また,クラスのHさんが家庭学習ノートの中に,
「〈心理学入門〉をまたやってほしい」とのリクエストを書いてくれた。
さっそく月曜の道徳で第1部の後半をやる予定だ。
(また校長先生にも来ていただこう!)

早朝の踏査サイクリング

昨日は午前5時に家を出発して,
1時間半ほど早朝踏査サイクリングをした。
狭山市の堀兼神社や所沢市立南陵中まで
合計15キロほどである。

015_2

これは例の「東山道武蔵路」の土地勘をつかむためと,
「ソイルマーク」という古代遺跡を発見する方法の適応可能な畑地を探すためである。
(冬は作物の植わっていない畑地が多いので,
雨上がりの後の晴れの日に遺跡が黒く浮き上がる。
地下に遺跡があると,水分の蒸発の仕方に差がつき,
穴がある分だけ水分を多く含むので乾きが遅くなるからである。
古代道の場合,側溝の線が12m幅で続く)

~~~~~~~~~~~~~~~~~
          ↑

         12m

          ↓
~~~~~~~~~~~~~~~~~

その結果,何ヶ所かでソイルマークを発見できそうな畑地をゲットできた。
やったね!

PS 南陵中の校庭から発見された「東山道武蔵路」の情報をお知らせしたところ,
古田史学の会の古賀達也さんからうれしいお返事をいただいた。
勇気100倍だ!

「肥沼様

メールありがとうございます。
貴ホームページも拝見しました。
会報へのご寄稿をお待ちしております。

古賀達也」

「今年の漢字」一覧

昨日の全校朝会で,校長先生が「今年の漢字」を紹介されていた。
1月の学級委員会の取り組みで「漢字一字で今年の決意を表そう!」
というものをやろうと思っている私としては,これは要チェックの事項。
昨夜インターネットで検索して,1995~2010年の漢字をゲットした。

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1995年  「震 」
兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)発生。地下鉄サリン事件や金融機関の倒産などによる社会不安の拡大。

1996年  「食」
O157による集団食中毒の多発、それによる学校給食などへの影響。税金や福祉を「食いもの」にした汚職事件の多発。牛海綿状脳症(狂牛病)の発生。

1997年  「倒」
相次ぐ大型企業の倒産や銀行の破綻。山一證券の廃業。サッカー日本代表がFIFAワールドカップのアジア地区予選で強豪を倒して出場決定。

1998年  「毒」
和歌山毒物カレー事件の余波で毒物混入事件が多発。ダイオキシンなどへの不安の高まり。社会問題となった環境ホルモン。

1999年  「末」
1000年代、1900年代、1990年代の最後(世紀末)。東海村JCO臨界事故発生。翌年への「末広がり」の期待を込めて。

2000年  「金」
シドニーオリンピックで、女子柔道の田村亮子、女子フルマラソンの高橋尚子が金メダル。金大中と金正日による初の南北首脳会談。長寿姉妹のきんさんぎんさんの成田きんが逝去。二千円紙幣誕生。

2001年  「戦」
アメリカ同時多発テロ事件発生。対テロ戦争。アメリカのアフガニスタン侵攻が始まる。

2002年  「帰」
初の日朝首脳会談により、北朝鮮に拉致された日本人が日本に帰国。日本経済がバブル期より以前の水準に戻る。昔の歌などのリバイバルヒット。

2003年  「虎」
阪神タイガースが18年ぶりにリーグ優勝。イラク戦争の勃発。「虎の尾を踏む」ような自衛隊イラク派遣。

2004年  「災 」
新潟県中越地震発生。新潟・福島豪雨、福井豪雨。台風23号をはじめとする台風の連続上陸。浅間山の噴火。美浜発電所の事故や三菱リコール隠し。

2005年  「愛」
愛知県で愛・地球博の開催。紀宮清子内親王と黒田慶樹が結婚。卓球の福原愛の中国での活躍。「あいちゃん」という愛称の女性の活躍が目立った。親が子を、子が親を殺すなど「愛の無い事件」が目立った。

2006年  「命」
いのち 悠仁親王殿下の誕生。小学生、中学生の自殺多発。北朝鮮の核実験。臓器移植事件、医師不足などによる命の不安。

2007年  「偽」
不二家をはじめ、「白い恋人」や「赤福餅」など、食品表示偽装が次々と表面化。年金記録問題の発覚。防衛省の汚職問題の発覚。テレビ番組『発掘!あるある大事典II』による捏造問題。

2008年  「変」
日本の内閣総理大臣交代やアメリカのオバマ次期大統領の「チェンジ(変革)」、株価暴落や円高ドル安などの経済の変化、食の安全性に対する意識の変化、世界的規模の気象異変による地球温暖化問題の深刻化、スポーツや科学の分野での日本人の活躍に表れた時代の変化。政治、経済をはじめ、よくも悪くも変化の多かった一年を象徴する。

2009年  「新」
自由民主党と公明党に替わる民主党の鳩山由紀夫新政権発足、アメリカのバラク・オバマ新大統領就任など、政治の一新に加え、裁判員制度や高速道路料金割り引きなど、様々な新制度のスタート、新型インフルエンザの流行、高速水着による競泳の世界新記録ラッシュ、イチローの9年連続200本安打の新記録などの世相を反映。

2010年  「暑」
記録的な猛暑により熱中症にかかる人が続出し、これに伴い野菜価格が高騰し、熊なども人里に出没。また地中の「暑い」中から作業員全員が生還したコピアポ鉱山落盤事故、1万度の突入温度から帰還した「はやぶさ」なども反映。

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こうなると,今年(2011年)の漢字が何になるか気になるところだ。
ちなみに,もうすでに投票は始まっていて,
来週ぐらいに発表になるそうだ。
これもインターネットで検索してみた。
実に便利な時代である。
(2011年10月22日現在。今後変更する可能性があります)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1位「原」原子力発電所、福島第一原発
2位「災」東日本大震災、災害(台風なども)、人災
3位「被」被曝(被ばく)、被災者、風評被害
4位「震」東日本大震災、地震、余震
5位「波」津波、引き波転載禁止
6位「放」放射線、放射能、放射性物質
7位「電」計画停電、東京電力、節電
8位「絆」深まる絆
9位「難」避難、計画的避難地域、帰宅困難者
10位「乱」混乱

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やはり,震災関連が多いようだ。
私も2~3考えてみた。

絆・・・東日本大震災を経験して,日本人は絆の大切さを再確認したので・・・。
撫・・・なでしこの「なで」の部分。女子サッカーがW杯で優勝!でも,この漢字,みんな書けない?
余・・・「余震」の「余」。体が覚えている,あの感覚。「震」や「災」はすでに選ばれたことがあるので。

2011年12月 6日 (火)

「サンタにお願い!!」が大盛況

先週始めたクリスマス企画の続報。

「サンタにお願い!!」のコーナーは,
連日好評を博し,
メッセージカードがほぼなくなった。

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ただ,1人で何枚も書いている生徒もいるらしく(筆跡から),
ということは,まだ1枚も書いていない生徒もいると思うので,
少しカードを追加しようと思っている。

向かって左側には女子,右側には男子。
別に性別を指定したわけではないのだが,
「住み分け」的に貼られている。

休み時間には,「どんなカードが貼られたか」と気になるのか,
生徒たちの姿が必ず見られる。
まずまず企画は成功というところか。
(12月22日の終業式まで展示する)

PS 1月の企画は「漢字一字で今年の決意を表そう!」
というのをやる予定。
今までクラスの取り組みとしてやってきたが,
学級委員会主催ということで行って,
学年全体を盛り上げていきたい。
これも「サンタにお願い!!」同様,
他の生徒の書いた作品が見たくなるものである。
その子の個性が作品に出るからだ。

1年生も道徳で〈心理学入門〉をスタート!

後期の2年選択社会で〈心理学入門〉をやっているが,
(昨日は「りこうな馬ハンス」のところをやった)
1年生でも道徳で同じプリントを始めた。

1年生は道徳での実施で,
まずまず1回目は興味を持ってもらえたというところだ。
キリのいい2回目で1回感想を書いてもらおうと思う。
〈校長先生にも見に来ていただこうかな〉

この授業書案は「まとまりの付け方」にコツがあるようで,
2回目までで第1部を終わり,感想を書いてもらう。
また,3回目で第2部を終わるといい感じに思えた。
これだと相当なスピードで進めることになるが,
50分あるいは45分の授業の中で行うわけだから,
しかたがないと思う。

あるいは,前回〈指揮者のミス〉をやった時のように,
プリントをあらかじめ綴じておいて,
配る時間を省くという手もないではないが,
次の答えがわかってしまうとかなりまずいので,
その危険はできるだけ避けるべきだろう。
初めてやる授業書案なので,こちらも手探りだ。
だが,確実にコツはつかめてきた。
(4回目のあとに,例の井上円了のビデオを
見せるという手があるかも!)

『坂の上の坂』

もと和田中で校長を務めた
よのなか科の代表的存在の藤原和博さんが,
「55歳までにやっておきたい55のこと」
という興味深い副題で上記の本を出版された。
(ポプラ社刊,1155円=税込み)
昨日朝日新聞の全面広告に出ていて驚いたのだが,
出版元も相当な力の入れようである。

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藤原さんとはよのなか科の縁で
(ということは,平野めぐみ先生の仲立ちで)
何回かお会いしたことがある。
頭脳明晰,行動力抜群という印象の方である。

田原総一朗,林真理子,乙武洋匡氏といった
当代の有名人が短評を寄せている。

藤原さんはいろいろな分野に著書も書かれていて,
私も5~6冊読ませていただいている。
提案性に富み,未来を志向している点で,
今回の本も「いける」のではないかと思っている。
さっそく書店で見つけて入手したい。

2011年12月 5日 (月)

『古代官道の歴史地理』

木本雅康著,同成社刊(古代史選書9),
7000円+税を昨日入手した。

一応古代道の研究史について目を通しておきたいと思い,
専門書だから値段は安くないが買うことした。

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南陵中の校庭に残っていた古代道は,
遺跡名としては「東の上遺跡」というのだが,
それが第1章と終章の2ヶ所で扱われており,
かなり所沢がこの分野で注目されているようだ。
その所沢市に住む私が古代道の謎を解くというのも,
何か必然的なことのように思えてくるから不思議である。

この本をざっと目を通して思ったことは,
古代に「直線で」「幅12m」「総延長6300キロ」のハイウェーを作ることを命じた
主体が誰であるかを追求するという姿勢はまったくないということだ。
(そんな権力は大和政権しか思い浮かばない
という通説の立場というか・・・)

そうであるならば,
私は古田史学に学んだものとして,
通説では説明できないが,
九州王朝説なら説明できるということを示し,
今までの学恩に報いたいと思う。

なお,うれしいことに私が20代に住んでい所沢市松葉町や
その近くの所沢新町に「東山道武蔵路」が通っていることが載っていた。
ますます「私がやらなくて誰がやる!」という意欲が湧いてきた。
今年の最後を飾る肥さんの古代史研究にご注目を!

PS 所沢市と狭山市の市界に20m×1キロという不自然な地域があった。
所沢市が狭山市に食い込むようにその土地は存在する。
私たち社会科教員は,身近な地域の指導の際所沢市地図を使っているが,
なんとも奇妙な形に「土地争いの名残では?」などと思っていた。
昨日その謎は解けた。『古代官道の歴史地理』にその話が出ていたからだ。
実は,その奇妙な区画は,「東山道武蔵路」の一部だったのだ。
南陵中を通り,所沢市松葉町を通り,所沢新町を通ったその道は,
(神米金のところでは一瞬現在は道が途絶えるが)
その先,例の奇妙な地形のところに一直線につながるのだった。
(地図で見ると,南陵中からは川越の方に行く道につなげる方が
素直な気もするが・・・)

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「古代道」研究について~今後の予定

「古代道」の研究について,
今後の予定を書いておこう。

(1) 読書

『古代官道の歴史地理』他の読書をしたい。
アマゾンで3冊ほど「古代道」関係の本を注文した。
これらを冬休みまでに読んでみたい。

(2) フィールドワーク

所沢市松葉町,所沢市北所沢町など近所のものをはじめ,
府中から北上して所沢まで。
さらに北上して狭山,川越あたりまで,
自転車で出かけて写真を撮ってきたい。
土曜日の午前中や日曜日の午後など。
土地勘をつけるためである。

(3) 論考書き

冬休み中に論考を書き,
「多元」か「古田史学会報」に投稿する。
また,できたら多元の会で発表したい。

昨日の部活動 12/4

昨日は,午前8時~12時半のコマだった。

いつもの練習だったが,卒業生の高校生と大学生が
練習を手伝いに来てくれた。

途中で学校の前を通過する所沢マラソンの選手たちに
ささやかかな声援を送った。
校長先生はあの椿峰の坂を楽々登り,
前のランナーをどんどん抜かして行った。
すご~い!

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もう1人2年生のH先生も参加しているはずだか,
確認はできなかった。
だって6000人も参加してるんです。

私がほかに確認できたのは,
M中でお世話になったM先生と,
市議会議員のKさんだった。
2人は余裕の走りという感じで,
向こうの方から声をかけてくれたのでわかった。

ちなみにこの所沢マラソン,
私も1回だけ出たことがある。
5キロの部に出場したのだが,
マイペースで走れないし,
椿峰の坂は2回も上り下りするし,
たぶん「1回だけの経験で
もういいかな」と思っている。

2011年12月 4日 (日)

「仮説」のための覚書~南陵中・東の上遺跡の12m幅道路など

昨日の「古代日本のハイウェー建設と廃棄」の仮説は,
煩雑にならないようにあまりその根拠を示さなかった。
証明をする際の「材料」「根拠」とすべく,
思いついたことを覚書にして残しておく。

(1) 市内の南陵中の校庭にも幅広い古代道が通っている。
(その道幅は,なんとあの12m規模なのだ!)
「東山道」を通って関東についた使者は,
群馬県方面から南下して東京の府中に向かったのか。
これも古代道の1つか。
番組内では,地図の中に描かれていなかったが・・・。
(現在「東山道武蔵路」と呼ばれている)

「平成元年10月、市立南陵中学校で用水対策として貯留浸透工事が計画されたため、
工事に先立ち教育委員会がグランド部分の発掘調査を実施している「東.の上遺跡36次調査」。
発見された多数の竪穴住居跡・掘立柱建物跡のほか、
特に注目されたのは幅12メートル規模を保ちながら一直線状の道路跡の発見であった。
道路の両側には側溝が備えられ、中央部分は固く突きかためられているなど、
きわめて計画性に富む工法を用いていたことが判明した。
出土した遺物から少なくとも7世紀中頃から後半にかけて造られたと考えられる。

これと同規模な道路跡はすでに東京都府中市や国分寺市等でも調査されており、
東の上遺跡とつながる可能性がもたれるようになった。
そのことは「続日本紀」宝亀2年(771年)の東山道から東海道に所属替えの記載のなか、
群馬県から武蔵国府(府中市)へつながる【推定 東山道武蔵路】
の実態をより現実的にしたと評価される。
東の上遺跡より北側については不明な点も多いが、
直線的な基本構造を考えると、埼玉県の西部を北上し、
群馬県へ向うルートの可能性がでてきたといえる。」  
(所沢市久米南陵中学校前の案内板より)」

(2) 中でも注目されるのは,土の崩れを防ぐため道路の下に敷いた草や枝である。
現在でも道路を丈夫に作る工法では同じような方法を取っているということだった。
(現在は「敷網工法」を使用している。また土を固めて重ねる「版築工法」も使われている)

(3) これらの技術は太宰府の水城と類似しているものだ。
通説=日本書紀では白村江の戦いより後だが,
放射性炭素の測定によって,実際の放射性炭素による測定では
もっと前から作られていたことが明らかになっている。(5世紀段階から?)

(4) こういった技術は緊急に道路を整備する必要があって作るものだと言っていた。
もしそうなら,白村江の戦いほど緊急性のあるものはない。(国家存亡の危機)
奈良時代以降だったら古事記や日本書紀に記事が出ていてしかるべきだが,
実際には出ていない。

(5) この官道は飛鳥時代から作られているので,
九州王朝の副都の前期難波宮により指示があったのではないか。

(6) 山口県には鋳銭司(銭を作る役所の意味)という地名が,
長登銅山とともに残されている。
和同開ちん(古和同。和同開ちんには「古和同」と「新和同」とがある)
も作られていたのだろう。

(7) ちなみに山口県(長門)には神籠石の遺跡がある。
柿本人麻呂は,長門国豊浦宮に仕えたと考えられる。
(山口県は,「人麿神社」の宝庫である)
神籠石はその宮を守るためのものである。

(8) 興味深いことに,九州の古代道は
太宰府を中心に「網の目のように」作られているそうだ。
当時の首都だと考えられるのだから当然である。
(太宰府から吉野ヶ里へ向かう軍用道路もその1つであろう。
白村江の戦いに向かう兵士たちもここを通っていたと思われる)

(9) 他の地方が主要道から枝分れするように伸びているのと,違いが明白だという。
(こちらの方が歴史が古い証拠である)

(10) かつて大変な労力をかけて作られたこれらの古代道は土の下にある。
100年ほど後には崩され,田畑にもどされたという。
このことを古事記や日本書紀は語ってくれない。
そこに語られない「秘密」があると考える。

新所沢たの授サークル2011年12月例会

昨日上記の会を行った。

場所は,新所沢公民館が取れず,
近くの新所沢コミュニティーセンターだった。
(新所沢公民館から5分のところにある)

参加者は2名。山本さんと私。
午前中が雨だったとはいえ,大変少なかった。
(次回が「最終回」とならないためにも,
2月4日(第1土)にはぜひご参加を!)

さて,内容は1時間ほどおしゃべり。
仮説実験授業や井上円了,
さらに今私が取り組んでいる
「古代日本のハイウェー建設と廃棄」の仮説の話など,
多岐にわたった。
(こういう時,ベテランの先生は絶好の話相手ですね)

そのあと,山本さんに準備いただいた岩波映画の
「ぬれる」を利用しながらマンツーマンの模擬授業。
「溶解」とはまた違った「濡れる」という科学の世界を
たのしく学ばせていただいた。
(いくつかの実験もしましたよ)
ありがとうございました!

次回は,2月4日(第1土)。
場所は,新所沢公民館。
時間は,午後1時~5時。

「最後の例会」とならぬよう,
奮ってご参加下さい。

「仮説」と「よのなか科」の橋渡し

私は仮説実験授業を30年実践してきましたが,
5年程前から平野めぐみ先生とお近づきになり,
よのなか科(ハンバーガーショップの授業で有名)という授業方法を
少しずつ取り入れさせてもらっています。

今回市原千明さんという仮説実験授業研究会の会員の方が
「不思議が楽しいオモチャの博物館」というご自身のサイトに
「ミラーの会社Komyを訪ねて」という話を載せていらしたので,
興味のある方はお読み下さい。 
長文ですが,なかなかたのしい話です。

「不思議が楽しいオモチャの博物館」


2011年12月 3日 (土)

「古代日本のハイウェー建設と廃棄」の仮説

BSアーカイブス「古代日本のハイウェー
~1300年前の列島改造」という番組を見た。
(2年前にNHKのBS2で放送された)

その内容が,通説では説明困難だが,
九州王朝説なら説明可能だというものだと思ったので,
お知らせしたいと思う。

まず番組の宣伝から。

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古代日本のハイウエー~1300年前の“列島改造”~
  チャンネル:NHK BS2
  放送日:平成21年10月12日(月)
  放送時間:午後9:00~午後10:30(90分)
  ジャンル:ドキュメンタリー/教養>歴史・紀行

NHK等の番組予告の内容では、
  今から千数百年前、総延長6300kmにも及ぶ4車線相当(幅12m程)の
  巨大道路ネットワークが敷かれていた!
  今、日本全国で、広くて真っ直ぐな古代の道が次々と発掘されている。
  建設され使われたのは、飛鳥時代から奈良時代にかけてと考えられる
  古代の道、なぜ、こんな広い道が必要だったのか?
  どうやって作ったのか?古代の道の謎に挑むのは、日本考古学協会の
  会員でもある俳優の苅谷俊介さん。
  日本中に張り巡らされていたと考えられる古代の道。
  それは、1300年前の巨大な公共事業だった。
  いったい、どれだけの人が動員されたのか?
  “古代日本のハイウエー”の謎と、その背後の歴史とは。
  知られざる古代日本の姿に迫ります。

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飛鳥時代から奈良時代にかけての100年ほどの間,
高度な技術を駆使して作られた古代道が,
「その後なぜか廃棄された」というところに
かえってピンと来た。

私の仮説~

(1)これらの古代道(官道)の建設を命じた主体は,
九州王朝(当時は首都・太宰府から「疎開」した副都・前期難波宮)の天子。
目的は,唐・新羅の連合軍との戦いにそなえての防衛政策(武装)

(2)白村江の戦いによる大敗北。九州王朝の滅亡

(3)古代道(官道)の廃棄を命じた主体は,
唐の占領軍とそれと結んだ大和政権の天皇(天武?)
目的は,唐に忠誠を示すための「武装解除」。
神籠石の「武装解除」も同じように行われたと考えます。

かつて弥生時代には,吉野ヶ里遺跡でも同様のことがあった。
三国時代に呉からの防衛のため作られ,
呉の滅亡とともに廃棄されたのだ。

考古学というのは「実験」みたいなところがあります。
100年の間確かに古代道が存在した事実は,
たとえそれらが地中に隠されようとも
歴史の真実を明らかにする証拠となるのではないでしょうか。

PS 古田史学の会の古賀達也さんにも
以上の内容をお送りしたところ,
「古代のハイウェイの情報、ありがとうございます。
大変、興味深い内容です」とご返事いただきました。
心強いです。

来週から歴史がスタート!

1年生の地理は同学年を組むK先生に
プリントを作ってもらっている。(合計26枚)
それが昨日終了した。

来週からは歴史に入るが,
私としては原始・古代について
いくつか教材を提供しようと思っている。
(プリントは5クラス出ているK先生に
またお世話になるが・・・)

(1) 脳みその容積

チンパンジー350ml,アウストラロピテクス500ml,
北京原人1リットル,クロマニヨン人1,5リットルを
空き缶やペットボトルで表したもの
〈新任の美原中で同僚のK先生と発案した〉

(2) 石器,土器,金属器

黒曜石や縄文時代の打製石器・磨製石器・土器片や
(これらは三ヶ島中の時,地元の方からいただいた),
銅鏡・銅剣・銅鐸のレプリカを手に持たせてあげたい。
(特に銅剣は吉野ヶ里遺跡出土と同型のレプリカ)

(3) 「〈邪馬台国〉はどこだ!」の授業プラン

「邪馬台国」の位置を,考古出土物をもとに推理させる
私の作った1時間ものの授業プラン。
仮説実験授業と古田史学から学んだ成果の1つと
私は自負しているものである。

これら以外にも「歴史人物かるた」の最初のもの
=小学校の復習版をさっそく用意しておきたい。
〈内容を知りたい方は「肥さんのホームページ」へ〉
やれることはいろいろありそうだ。

チョコボールの確率論

森永のチョコボールというお菓子ある。
ピーナッツやキャラメルの周りに
チョコレートがコーティングしてあり,
なかなか美味しいお菓子である。

また,その開け口に
「金のエンゼル」があれば1枚で,
「銀のエンゼル」なら5枚で,
「おもちゃの缶詰」がもらえる
ということでも知られている。
(けっこう夢がある)

私はあまり買っていないので
「銀」が数回しか当たっていないが,
このほど読者のイマジュンさんが
「金」をゲットされブログで公開された。
うらやましい~!

さて,「チョコボール 確率」で検索してみたところ,
「どのぐらいの確率で「金」や「銀」がでるのか」や
「その当て方」などが公開されていた。

その確率は,100個買った人によると,
金が1枚,銀が5枚だったそうだ。
つまり100個チョコボールを買うと,
2個「おもちゃの缶詰」がもらえる
=2%の確率である。

6000円買えば2個もらえる確率だが,
最近は森永も研究して,
アットランダムに当たりを入れるようにしているらしい。
とはいえ,確率2%に変わりがないならば,
たくさん買った人にはやはり当たるということである。
(やりたい人はチャレンジを)

ただ,チョコボールはそれなりのカロリーがあると思うので,
ダイエット的には大変危険である。
「おもちゃの缶詰」をゲットしたのはいいが,
「体重の缶詰」が中に入っていたということにならないように,
私は無謀なチャレンジはしないでおこうと思う。

やはり「偶然買ったもので,当たった!」
というのが幸せ感としてはベストなような気がするし・・・。

PS 「おもちゃの缶詰」にどんなものが入っていたかを
公開しているサイトもある。(興味のある方はどうぞ)

2011年12月 2日 (金)

明日は,新所沢たの授サークルの12月例会です!

明日=12月3日(土),
新所沢たの授サークルの例会があります。

今回は場所が新所沢公民館の近くの
新所沢コミュニティーセンターになりそうです。
(新所沢駅西口徒歩10分)
新所沢公民館まで直進した後,
さらに5分直進したところにあります。
私が新所沢公民館の前で立っていて
案内をする予定です。
(今回も「社会科サークル」に合流するので,
表示にはそう書いてあります)

【内容の予定】

・私と生徒と仮説実験授業~実践30年のあゆみ
・〈指揮者のミス〉をやって
・合唱コンは「カツゼツ」で勝負!
・井上円了をめぐって
・「ぬれる」「津波」他のDVD視聴
・たのしい手品〈数種〉
・悩み相談

午後1時からやる予定です。
お気軽にご参加下さい。
〈参加費は500円です〉

地震の「ショート訓練」

私は初めての経験だったが,
朝の会の途中で
地震の「ショート訓練」があった。

突然予告なしに非常放送が入り,
「机の下に避難する訓練」を行ったのだ。
同様に初めての経験だった1年生は,
この「予告なし訓練」にあわてていた。

その際教室の前のドアが引っかかり,
かなり開きにくくなっていることを再確認。
「これはチャンス!」
と教頭先生に修理をお願いした。
「このまま放置していては,
クラスの半分の生徒が逃げ遅れます!」と。

もともと技術科の先生である教頭先生は,
さっそく道具とガムテープを持って登場,
そのドアを修理をして下さった。
「教頭先生,ありがとうございました!」

給食のメニュー・リクエスト

「1年に1回給食のメニューをリクエストできる」
という企画が,給食センターから
アンケートという形であった。

余興として,給食委員や担任の
アンケートの回答を公開しているうちに,
「どうせ給食委員が集計するなら,
みんなに手を上げてもらって,
それを集計に利用してしまおう」
ということになった。
これがけっこう楽しかった。

わがクラスの集計を書いておく。
(実際は「学校全体」の集計で決まる)

主食・・・カレーライス(5票)
主菜・・・ポテトグラタン(11表)
副菜・・・ジャーマンポテト(7票)
飲み物・・・りんごジュース(6票)
デザート・・・プリン(7票)

カレーライスから3点は,
ジャガイモが使われている料理だ。
どうやらわがクラスは,
「ジャガイモ大好きクラス」らしい。(笑)

ほかのクラスでも,同様のことをやって
楽しんでいたらしい。

2011年12月 1日 (木)

3学期制の再導入の記事

「タウン通信」12月上旬号に
3学期制再導入の記事が出ていた。

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先頃当選した新しい市長さんは,
もと所沢市の中学校の教員の方で,
3学期制の考えの持ち主だ。
そこで,その公約とも言うべき3学期制の導入を,
放射線測定と並行して行っていくつもりのようだ。
(早ければ,来年4月から)

私は3学期制のような
日本の風土に合ったやり方がいいことを,
何回もこのブログで書いてきた。

また,個人的に放射線測定器を購入し,
少しは積極的に環境問題に関心を持って来た。
(今度学校付近でも測定がある模様だ)

ぜひ新しい市長さんには,
教員だった経験を生かして,
市民の声を聞きながら市政を進めてほしい。
それが同じ所沢市の教員としての希望である。

クリスマス企画始まる!

学級委員会主催の12月の取り組みは,
クリスマス企画である。
これは,しばらく前から準備をしていたものを
2つやることで昨日からスタートした。

(1) クリスマスツリーの製作

学年のT字路のところにクリスマスツリーを展示した。
これはしばらく前に100円ショップで購入していたものを,
昨日学級委員会で製作した。
もみの木本体に2本のモールを巻き,
10個の赤い玉,10個の星,たくさんの箱を飾り,
3種類の点滅灯を取り付ければ出来上がり。
なかなか豪華な展示物となった。
(これは来年も再来年も使えるので「割安」でもある)

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(2) 「サンタにお願い!!」コーナーの設置

クリスマスツリーだけでも結構ムードは盛り上がるのだが,
もう1つ上記のコーナーを設置してみた。
すでに30名近く書いてくれているが,
「今自分がほしいものをサンタにお願いしてみよう」
という趣旨のものである。
生徒たちとっては,他の人がどんなものを書いているか
気になって見てくれるだろうし,
私たち教員にとっては,いまどきの中学生たちが
どんなものをほしがっているのかを知ることができる。
一石二鳥のコーナーなのである。
(グラデーションで中央に企画名を書いたところに,
センスの良さを感じませんか?)

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前期の7月には「マルマル・モリモリ」を踊って
学年のムードを盛り上げ,
後期の12月には「サンタにお願い!!」で
同じく学年のムードを盛り上げるという
今年の学級委員会の企画はいかがだっただろうか。
よかったらマネしてみませんか?

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