« 『たの授』公開編集会議2011年5月 | トップページ | 板倉式発想法の会2011年5月 »

2011年5月30日 (月)

仮説の夏の大会&遺跡めぐり

今年の仮説の夏の大会には,
ぜひ行こうと思っている。

場所が福岡県宗像市で,
古代史の遺跡めぐりも楽しめそうだからである。

大会は7月29日(金)から31日(日)で,
その午後から古代史めぐりの旅が始まる。

【31日】 宗像大社の神宝館(沖ノ島の出土物)
     宮地獄古墳(「筑紫舞」が奉納された)
     福岡市立博物館(金印,須玖岡本遺跡の「三種の神器」セット)
     久留米泊(今のところ根本さんが同行予定。もう1名なら大丈夫)

【1日】 岩戸山古墳(磐井の墓。石人・石馬)
      ここで八女市在住のの國友さんと,午前9時に合流
     高良山大社(最強の神籠石遺跡)
     吉野ヶ里遺跡(有明海の守り)
      お昼。西鉄久留米駅まで國友さんに連れて行っていただき,
      そこから電車で太宰府へ
     水城,太宰府政庁(字・紫宸殿),観世音寺,蔵司,太宰府天満宮
     奴国の丘資料館,熊野神社(畳6枚分の巨大ドルメン),金隈遺跡,板付遺跡
      夕食。福岡空港より羽田空港へ

もちろん全行程,肥さんによる古田説の解説付き。
なかなか素敵な旅になりそうだ!

« 『たの授』公開編集会議2011年5月 | トップページ | 板倉式発想法の会2011年5月 »

古田史学」カテゴリの記事

コメント

遺跡めぐり、楽しそうですね。
もう一ヶ月になりますが、ゴールデンウイークに兄の住む小倉に行き、ついでに九州北部をめぐってきました。
阪九フェリーで新門司上陸、そのまま車で縦横無尽に福岡県を走りまくりました。
都府楼址(太宰府政庁跡)と太宰府天満宮も、駆け足になってしまいましたが見てきましたよ。

字・紫宸殿ってどこらへんだっけか?
古田さんの御本によれば、石碑を正面に見て、右に振り返った藪のあたり、だったと思うのだけど…
こんな真ん中から東に外れた丘の真ん前(狭いスペースしかないぞ)が紫宸殿? う~ん…
曲水の宴の遺構は?
内裏址は?

・・・ちーともワカリマセン(涙)

といった具合に、予習していかなかったために失敗でした(汗)
でも「宮殿のあった当たり」からまっすぐ南に向かって「朱雀大路」がのぞめ、だけど真ん中の礎石列から朱雀大路がやや向かって右にズレていることも確認でき、古賀氏の洛中洛外日記で紹介されていた「条坊が先、宮殿が後」説が妥当であるらしいことをこの目で見てきました。
今から思えば通古賀地区の王城神社にも行くべきだったなぁ、と後悔しています。

また天満宮の方にも行きましたが、車でいくらも走らないうちにたどり着き(ほぼ一本道)、やはり天満宮の地こそが「太宰府」なのではないかと感じました。

「九州王朝の兄弟政治の弟王の立場は、太宰と同じだよなぁ。大皇弟=東宮とは都府楼の東にある太宰府の弟王のことだったんじゃないかなぁ…」
「天武二年の条文に、耽羅の使者に対し太宰が詔勅を下している一文があるが、都府楼と太宰府天満宮の近さや、九州王朝の兄弟政治という概念があってはじめて理解できるもので、普通は天子にしか下せない詔勅を太宰が下すなんてあり得ないわな」
なんてことを、天満宮の巫女さんに萌えながら…、い、いや…小山田茶店で名物・梅ヶ枝餅を食べながら思った次第でした。
次の機会には「倭京探索」に的を絞り、是非とも水城や王城神社などにも行きたいと思います。

充実した古代史の遺跡めぐりになるように祈ってます!

ツォータンさんへ
コメントありがとうございます。

すでにツォータンさんは,GWに素晴らしい古代史の旅を
していらっしゃったのですね。ぜひご一緒したかったです。
(GWは新潟キャンプが恒例なもので・・・)

北部九州を回るのは久しぶりになります。
(確か12年前に教員仲間とレンタカーを借りて,
3泊4日のハードスケジュールでした。
12年前には対馬・壱岐にも行きました)

これを機に,自分の中の古代史研究熱を
再燃そせたいです。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 『たの授』公開編集会議2011年5月 | トップページ | 板倉式発想法の会2011年5月 »

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

最近のトラックバック

無料ブログはココログ