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2010年9月 3日 (金)

またまた,たの社メーリングリストに書く

その後の井藤さんとのやり取りもふまえて,
私なりの「皇帝」観を書いてみました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

井藤さんへ みなさんへ

私のイメージとしては,こんな感じです。

皇帝というと「他民族(王)も支配する天子」ということが
本来の意味である。
たとえば,秦の始皇帝以来中国の皇帝は,
周りの国々を「東夷」「西戎」「南蛮」「北テキ」と呼ぶ中華思想で,
東アジアの覇者として君臨した。
そして,これに対抗しようとする者は,武力で制圧した。
たとえば,支持していた南朝の滅亡後は
倭国は隋(北朝)に対して「日出ずる処の天子」と対等関係を主張するが,
そのあげく白村江の戦いで,唐と新羅の連合軍に
コテンパンにやっつけられる。(倭国が滅び,日本国が登場)

しかし,民主主義と科学が早く進んだヨーロッパには,
これとは違った伝統があったようである。
つまり,戦争など国難を乗り切ろうとする際,
ゆっくり話し合っているわけにはいかない。
選挙によって「皇帝」を選び,その人に強権を与えて
政治を任せるという方法である。
(古代ローマ帝国の皇帝,のちにナポレオン)

現在は民主主義の考え方も進んで,
他民族を支配することは民族独立に反する
ということで難しくなっている。
今「皇帝」を称するとしたら,国際的に非難されるだろう。

さて,ここで日本が考えておかなければならないのは,
天皇の英訳が「Tennou」ではなく,
「Emperer」だということである。
国際平和を望んでいるわが国としては,
「他民族を支配するという意味の皇帝」と訳されることは,
未来の歴史の障碍とならなければいいが・・・。

東アジアの歴史の中で,もともと中国の皇帝の下にあった
天皇(ほかに地皇というのもある)という地位は,
わずか65年前「世界の脅威」だった時代があったことを
忘れてはならないだろう。

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コメント

 天皇の英訳が「Emperer」になったわけ。
 うろ覚えでもうしわけないが、たしか最初は日本人が言っているように「天朝さま」と呼ばれていて、英訳としては「King」だったと思います。しかし日本の実情を知ってみるとヨーロッパ的な意味での王の地位は将軍(大君)が担っていることがわかり、天皇は将軍に統治権を任せる権威を持ってはいるが、実態はローマ教皇のような宗教的な権威に近いものであり、英訳に迷った。これを「Emperer」としたのは、日本語の造詣も深いアーネスト・サトウだったと思う。皇帝には本来、神聖ローマ皇帝のように、神の代理人として諸国を統治するという宗教的権威の側面ももっていたから、これを使ったと。
 調べてみてください。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

> 皇帝には本来、神聖ローマ皇帝のように、
> 神の代理人として諸国を統治するという宗教的権威の
> 側面ももっていたから、これを使ったと。

そのあたりを取っ掛かりに調べてみます。
ありがとうございました。

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